精神支配の能力①’
ゲームセンターにて。デート(仮)です。
祐雅が連れて来たのは、学園近くの娯楽施設――いわゆるゲームセンターの様な所だった。学園周辺の地域ではたった一つしかない。その為か、周囲には祐雅と裕美が来ている制服姿の生徒が数多く居た。学園では過度な遊戯は禁止されているが、この様な施設を利用する事は咎められていない。能力者、という点を加味した学園なりの良心だった。
そんな事情もいざ知らず、祐雅は年下の少女を連れて遊び倒していた。
「なあ、これやらないか?」
ゲームセンターの一角。クレーンゲームのコーナーへと二人はやって来ていた。エアホッケーで疲れていた裕美は返事をする暇もない。有無も言わせずに、祐雅は少女をプラスチックでできた箱の前へと立たせた。
「ど、どれ……ですか?」
裕美がまじまじと景品の数々を見つめている。透明な敷板の向こうには多種多様な景品がごちゃ混ぜになっていた。その中には可愛らしいぬいぐるみ等もある。祐雅は裕美がそれらに視線を向けている事を感付いた。
「んじゃ、交互にやるとするか。……初めてだろ? 最初は俺がやるから、やり方を見ててくれ」
百円玉が細い入口に飲み込まれた。数々のボタンを前に祐雅は構える。舌なめずりをしながら、正面にあるUFO型のクレーンを操作していった。
うぃーん、と横へとスライドする。同じ作動音を重ね、奥へと一直線に動く。クレーンが止まった。真下には十センチ程の大きさである熊のぬいぐるみが置かれていた。祐雅は熊の首筋に付いた輪っかを狙っているらしい。「かかれ、かかれ」と密かに呟いている。
UFOが下降し、熊のぬいぐるみをアームの範囲に捉える。二つの腕が円を作る様に合間を縮めた。片方の先端が紐を引っ掛ける。茶色いぬいぐるみがぐらりと揺れた。
「よっ――――」
しゃ、と叫ぶ前に熊が転がる。
クレーンには何も引っかからなかった。祐雅はあんぐりと口を開け、定位置に戻っていくUFOを眺めている。失敗だった。
「ちくしょー!」
操作台に並べられた硬貨を祐雅が再び投入する。再挑戦。その結果も、又もや空振りだった。祐雅がわしゃわしゃと頭を掻きむしる。
「ぐわああああ! 上手くいかねえええ」
絶叫する祐雅の傍ら。関祢裕美は大げさな祐雅に苦笑を浮かべていた。
「せ、先輩。……私もやってみていいですか」
おずおずと祐雅の背中から顔を覗かせる。裕美は操作台に視線を向けていた。二回の実践を見て裕美にもやり方は分かったのだろう。だが、悔しがる祐雅がクレーンゲームの難易度を表していた。
格好良く言った手前の気恥ずかしさを焦る祐雅が目で訴える。どうするか。ゲームに挑戦するか。無言の意思疎通の最中、裕美の目は熱く主張する。
「やるか? これ?」
裕美の顔が明るみに染まった。好奇心を開花させ、「はい」と答えてはゲーム台の前を代わる。お金は祐雅が無理を言って出した。ここで奢らねば自分の好感度が下がってしまうと思った。
――鵜呑みが早い後輩である、関祢裕美は。一回きりの説明でクレーンゲームの要点を掴んでいた。ゲームセンターに入った当初の反応を見ると、初体験としか考えられない。それなのに祐雅の言葉で粗方理解してしまった様だ。
「では、やってみますね」
確認を取らずに挑む姿勢には驚くが、実行までが遅い。宙で振るえている人差し指がボタンに触れるまで三十秒以上はかかった。
「えい」
うぃーん、とUFOが動き出した。横へと滑走し、任意のタイミングで停止する。次は縦方向だ。裕美は素早く二つ目の操作を施した。
クレーンは丁度熊のぬいぐるみの上で止まった。裕美も同じ物を狙っているらしい。
「お願い……!」
悲痛な声を零し、裕美が高度を下げていくUFOを凝視した。後は完全な運頼みだが、祐雅もその心意気に乗ってやった。
「いけよ……!」
うぃーん。
がしゃ。紐の輪っかをクレーンの先端が拾う。ここまでは祐雅と同じ。問題はこれを手放さずにクレーンが持ち上げられるかだ。
茶色い熊のぬいぐるみは――浮かんでいた。
UFOが賞品を運びながら戻って来る。最後に日本のアームを大きく広げ、ぬいぐるみを取り出し口へと落とした。落ちて跳ねる音が箱の内部で響く。下方に開いた取り出し口にて小型の熊が姿を見せた。
「おお」
祐雅はその腕前に見惚れる。
「やった」
裕美は甘い声音で喜びを噛みしめていた。胸元に熊のぬいぐるみを抱きかかえる。
「凄いな。初めてで取っちまった」
「いえ……。偶然、です」
年下の少女が面映ゆそうに顔を沈めた。言葉の割にはぬいぐるみを離そうとはしない。余程嬉しかったのだろう。運も実力の内。祐雅は謙虚な裕美を微笑ましく思い、その頭を思わず撫でていた。
ぽん、と置かれた掌に裕美が全身を震わせる。
「……ん? 悪い、気安くし過ぎたか?」
「い、いえ」
必死に頭を振って否定する。大人しそうな外見から裕美が人見知りする方だとも考えられた。男に頭を触られた経験など父親以外にないのかもしれない。祐雅は突然過ぎたと反省した。
「何でもないです、先輩。ちょっと驚いただけです」
「そっか」
祐雅は特に気にも留めなかった。彼女が楽しければそれで良い。ゲームセンターにはまだまだ遊べる物がたくさんあるのだ。次は何をやろうかと頭を切り替える。
「じゃ、次行こうぜ」
一拍挟み、ぬいぐるみを手にした裕美が頷く。
「…………はいっ」
声色を躍らせた後輩は先輩の後ろに続いていった。二人の様子はデートと呼んでも過言ではない。祐雅もそのつもりだった。裕美の初々しい反応は見ていて笑顔が零れる。先輩として尊敬されるのが純粋に嬉しかったのだ。
やがて、二人の時間は過ぎる。
あっという間に時は流れ、ゲームセンターから学生が締め出される時刻を迎えた。裕美と祐雅は入口直前の広間まで来ていた。周辺にある革張りのベンチに祐雅は一人で座っている。連れの後輩は手洗だった。
「ふい~」
間抜けな息抜きを晒す祐雅。
ふと、気ままに携帯電話を取り出す。やはり着信履歴が大量に表示された。学園にて撒いた理紗先生からが殆どだ。内容も『ゴトヘル』とカタカナ表記である。首を傾げて悩み――GO TO HELL――の意味だと知って背筋を凍らせる。
「古崎――」
そっと背後から声が聞こえた。
「ひいっ!」
祐雅は急いで背後を振り返った。身の危険に冷や汗が大量に出ていた。
「――先輩? どうしました?」
青い髪の少女、関祢裕美が戻って来ていた。早とちりをした祐雅はほっと胸を撫で下ろした。「何でもない」と断りつつ、明日土下座しよう、と予定を立てた。
「……あの、これどうぞ」
「?」
目の前に一本の缶が差し出される。ラベルからコーヒーと読み取れた。指先を立てて掴んでいる辺りまだ買ってきたばかりだ。
「今日はありがとうございました。……私、こういう所は初めてだったんですけど。先輩のおかげで今日は楽しかったです」
顔を赤くして裕美は礼を言った。随分と健気な後輩だった。
「いや、俺は別に何もしてないぞ」
受け取るべきか迷ったが、祐雅は裕美の行為を無下には出来なかった。ベンチから腰を上げて有難く受け取る。これは好感度が上昇したと考えるべきだ。そう信じ、祐雅は缶コーヒーを片方の掌に収める。
残った手は裕美の方へと伸びた。実験的に、感謝の意を籠め、頭を再度撫でてやる。
「ありがとな。俺も裕美と遊べて楽しかったぜ」
それは祐雅の本心だった。彼女は消極的な性格だが、その分だけ祐雅は自分らしく振る舞えた。年上の女性――特にあの二人だと楽しかろうが、自分の不甲斐なさが身に染みてしまうのだ。
何て言うだろうな、これ。…………癒された?
相手をリードする自分に寄っているだけかもしれない。だが、祐雅は裕美の内側に潜む儚さを守ってあげたいと感じていた。
「古崎……先輩」
長い前髪に隠された祐雅の目を見つめ、裕美は密かに口を開いた。
「これからもよろしくな。直球的に言うと、裕美みたいな美少女! が傍に居てくれると嬉しい。他の二人も追々紹介して、そして仲良くなって……」
煩悩に正直な祐雅はこれからを話していた。未来を想像し、瞼の裏で描かれる明日を瞳で見上げている。
あれ、これってハーレム? みたいな不謹慎な考えも言葉となって出ていた。手を置かせたままの裕美は異様に静かだ。呆れられた、好感度が下がった、と多少の焦りを持って正面の後輩に視線を戻す。
「………………え」
祐雅は予想外の反応にたじろいだ。伸ばしていた腕も咄嗟に裕美から離してしまった。
その硬直をきっかけとし、裕美も遅れて気づく。
起こした本人も分からなかった感情の変化。ゲームセンターという喜楽が絶えない背景には相応しくない思い。
そっと這わせた指先は裕美自身に理解させた。
「あれ…………?」
――自分が、涙を流している事に。
「おかしいな、どうして私、泣いてるんだろう……?」
泣いている本人も不思議そうに首を傾げていた。様子からして情動が崩れた訳でもなさそうだ。だが、祐雅は女の子を泣かせたという事実に衝撃を受ける。ただ頭をなでただけなのに。
「お、おい」
祐雅は心配になって裕美の顔を覗き込もうとした。対して、裕美はその視線から逃げる様に両手で顔を覆った。
「すいません。――私、もう一度お手洗いに」
最後まで言い切る事無く、裕美は駆け足で祐雅の前からいなくなった。
小さな背中が更に小さくなる。
足音が遠ざかって完全に途絶えた後、祐雅は呆けた顔で自分の掌を見つめた。この手で関祢裕美の頭を撫でた。そして、泣かれた。自分でも完全に被疑者と断言出来る。癒しオーラを振り撒く後輩がああなるとは思っていなかった。裕美本人が気付かなかったのも地味に痛い。
祐雅との接触は無意識から拒絶している。そう考えると、祐雅もほろりと涙を流したくなった。
「……俺の手、汚くないよな…………?」
健気な年下、をイメージして関祢裕美という少女を動かしています。しかし、その裏には――? 来週、又は再来週に更新しようと思います。




