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精神支配の能力①

新キャラ編です。

 古崎祐雅がその少女と出会ったのは、偶然ではなかった。


「初めまして」


 第八階級専門の教師に呼ばれ、対面させられた。別に不満ではない。既に二人の女性とそうして知り合った。今回で三人目となるだけだ。

 やけに白い壁に囲まれ、祐雅は返事に詰まっている。計測と拘束用の機械がうるさく稼働していた。うぃん、うぃん、と。物騒な装置が目について困る。暴走した能力者用の機械らしいが、それで抑え込められるなら能力者など必要ない。


「あ、ああ……」


 二人の女生徒知り合ったのだ。三人目も自然と分かり合えるだろう。一人目とは話がすれ違い、二人目とは分かり合うのに困難した。そこまでの経験が自分を支えてくれると、祐雅はさっきまで信じていた。

「えっと、お前が……あれなの? あの能力の使い手なの?」

 目の前の少女は表情を変えて答えた。

「はい。私が精神支配の能力者――関祢せきね裕美ゆみです」

 白い肌、青い長髪。スレンダーな身体つき。幼さが抜けきれない、けれども輝きを秘めた大きな瞳。

 ――祐雅に紹介された三人目は、年下の少女だった。

 小柄な面持ちに浮かんだとびっきりの笑顔に、祐雅は健気さを垣間見た。学園の制服に身を包んでいるが、祐雅の物より古びていない。体格も同級生の少女より小さ目だ。一つぐらい年下だろう、と勘繰る。つまり高等部の新入生という事だ。


「古崎祐雅さん……ですよね」

「まあ、うん。そうだな」


 年下の少女を相手にするとは思っていなかった。偶然にもこれまで出会ってきた女性は皆祐雅より歳が上だったのだ。次は最低でも同学年だと鷹をくくっていた。しかし、現実は違う。

「私、何か気に障る様な事をしましたか?」

「えっ」

 突如、関祢裕美は不安そうに瞳を潤ませた。祐雅がしまったと顔を引きつらせる。その表情も結果的には裏目に出た。関祢裕美には第一印象の悪化を疑われ

た。


「いや、別にそうじゃないんだ。ただ想像していたのと違くて……」

「ごめんなさい」

 関祢裕美が小さな頭を下げた。青い前髪が下方へと垂れる。

「な、何で謝るんだよ」


 初対面で不愛想な態度を取った祐雅は自分が悪いと思っていた。それを彼女の方から謝罪したのだ。別にこの段階では関祢裕美には問題がなかった。しかし、不自然な行為が嫌な予感を覚えさせた。

「別にお前は悪くないよ。俺はただ驚いていただけなんだって」

「その点が、申し訳ないんです。私なんかが第八階級(アハト)の能力を持っている事自体が…………」

 顔を示し合わせたばかりの少女は早速落ち込んでいた。しょんぼりと肩を下げて消沈している。能力における最高ランク、第八階級という称号が彼女に重くのしかかっている様だった。

 ――考えすぎじゃね? と、祐雅が胸中で呟く。彼女もある意味面倒そうな《相棒》な気がした。


「あーほら、頭上げてくれ。さもないと……」

 そこで祐雅達の頭上に音声が降りかかった。

『あー、泣ーかした。いけないんだー』

 茶化す様な口調だった。遥かに遠い天井――数人がかりで肩車をしても届かない距離にあったスピーカーが震えている。この部屋の外に居る教師が使っているのだろう。二人からは見えない形でカメラも設置されているに違いない。

 

 祐雅は姿もない声の主に向かって大声で返した。

「子供か、あんたは!? 別に泣かしてないわ。勝手に――」

「勝手に落ち込んで……ごめんなさい」

 先程の発言が引き金となり、裕美は涙を目尻に浮かべた。それを察した祐雅は緊張に身体を強張らせる。色々と文句が言われそうだったし、何より女の子の泣き顔など見たくもなかったのだ。

「ああもう、お前も! いい加減に頭を上げてくれ!」

 がしっ、と両手で顔を無理矢理に傾けさせた。

「っ」

 透き通ったような、大きな瞳と祐雅の視線が交わる。魂を抜かれると思えた程に綺麗な虹彩だった。「正面から見つめ合うのは危険だ」という直前の警告が脳内で騒ぎ立てた。だが、そんな疑いとは無縁だと感じ取れる色合いの目である。


「……うりゃ」


「ふえっ?」

 柔らかなほっぺをつねる。むにゅ、と滑らかな肌の感触が指先に走った。きめ細やかで随分と柔らかい。結構伸びた。

「いひゃいでふ」

 眉を細めながら裕美が訴えた。面白くなってついつい引っ張っていたが、流石に可哀想である。指を離すと赤くなった頬が元に戻った。

 裕美がつままれた部分を掌で擦る。落ち込んだ様子は見えなかった。それを確認した祐雅が彼女へと勢いよく告げた。

「あのな、別に俺は怒ってないんだよ。ただ驚いただけ。お前は何も悪くない。……ここまで言って分かんなかったら、本気で怒るぞ!」

「やっぱり怒ってるんじゃないですかぁ」

 涙声になって裕美は呟く。口元がまだ自由になってないのか。何処か舌足らずな口調だった。理不尽な祐雅の態度に困り果てているのだろう。甘ったるい声音が吹けば飛びそうな程にか細かった。

「先輩……。あの」

 さり気ない一言。

――だが、その呼び声が祐雅の脊髄に衝撃を走らせた。雷に打たれた様な衝撃が鼓膜一杯に鳴り響く。

「な、何だと……!」

 油断していた祐雅は祢裕美の発言に寒気を覚えた。彼女の幼さを漂わせる声色による、完璧なイントネーション。祐雅の奥底に眠る本能が、激しく揺さ振られた。確かに祐雅は裕美にとって一つ上の先輩だ。何もおかしな所はない。寧ろ違和感の無さが異常だった。

「ど、どうしました? 私、また粗相を…………? 先輩?」

「やばいな」

「えっ?」

 猫背気味な背筋を裕美は伸ばした。真剣な顔つきとなった祐雅を見上げ、冷や汗を一粒額に浮かべる。


「……萌える」


 祐雅の目前にある大きな双眸が数回瞬いた。口を開けて唖然としている。そんな裕美を置き去りにして、祐雅が間近で力説してゆく。

「今まで年上ばかりとつき合わされたせいか――俺の性癖は年上に傾きかけていた。だが! これはどういう事だ! 年下から甘えられるのも素晴らしいではないかっ!」

『おい、そこの犯罪者。警察に突き出すぞ』

 上空から先程の声が響いた。

 しかし、祐雅は拳を握りしめて勇敢に反論する。

「先生! 自分が年上に分類されるからって、年下萌えを一方的に批判するのは止めて下さい。独身、三十路間近の先生だって……かつては少女時代を素通りしていたじゃあないですか!」

『上等だ、祐雅あああ! 表に出ろっ! 私の能力でぶっ潰してやるうううううう!』

 直後、スピーカーから破壊音が漏れた。間髪入れずに雑音が駆け抜ける。数秒の間を置いて、天井からの声はぷっつりと途絶えた。


「…………」

 裕美が心あらずといった様子で立ち尽くしている。開いた口が塞がっていない。

「はあ、これだからいき遅れは」


 やれやれ、と祐雅は首を振る。随分と慣れている会話内容だった。

「だ、大丈夫ですか?」

 仮にもあの教師は第八階級を担当している教師だ。能力も第七から第八階級相当となっている。裕美はそんな彼女に目を付けられた祐雅に心配そうな声で尋ねていた。

「ああ、大丈夫。あの先生は三十路間近の独身というテンプレ弱点があるから。それで精神的に揺さぶってやれば、余裕で逃げ切れるさ」

 祐雅が親指を立ててはにかむ。交戦前提の話をしている。

 時折、スピーカーから微かな低音が流れた。『祐雅……、今日という今日は……』『潰す……潰すツブスつぶす』『……ころ』――声色に含まれた怨念は濃密な冷気となって祐雅の鳥肌を浮かび上がらせた。冷や汗がその額も伝う。とても逃げ切れる様な相手ではなさそうである。

「まままま、まあ、きっと大丈夫だ。いざという時は土下座するぜ」

 突き立てた親指、及び全身が震えていた。顔色を真っ青にしながら祐雅は気丈を保っている。最下層の第一階級としては、やりすぎたという後悔が心を一番に占めていた。


 だが、それは後で考える事とする。

「……んじゃ、行こうか」

 さり気ない動作で、祐雅が裕美の手を握り締めた。

「え?」

「親交を深める為に俺達は顔を会わせたんだ。それなのに、こんな窮屈な場所じゃ嫌だろ?」

 小さな掌を掴み、祐雅は出口へと歩き出す。引っ張られた裕美は前のめりとなりながら破天荒な先輩を見上げた。愉快そうに唇を吊り上げている。企みとは無縁な、子供っぽい笑顔が印象的だった。

「男と女が二人きりで出かけんだ。これはデートで決まりだな」

「デ、デートっ?」

「行こうぜ」

 裕美は祐雅に引っ張られ、白い部屋の外へと出た。その頬は紅潮している。男性に誘われたという事実が裕美を困惑させていた。そんな心境を知らずに、祐雅は突き進む。扉から出た途端に鬼の形相と化した教師と遭遇してしまった。しかし、祐雅は裕美を連れながらも驚異の逃走で彼女を振り切った。


「逃げるのは得意なんだよ」

 振り返ることなく、祐雅は言った。


 裕美が繋がれた手元をまじまじと凝視する。二人の温度はお互いの肌を通じて染みわたっていた。祐雅は少し荒れており、裕美はとても柔らかい皮膚だった。自分の手を包む掌を眺め、第八階級であり祐雅の年下の少女は――密かに微笑んだ。


後輩的な立ち位置の少女、関祢裕美。サブタイトルから分かる様にえげつない能力を持っています。癒し系の美少女です。次週も更新する予定です。

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