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Mercenaries Garden   作者: ゆーやミント
ガーデン生活 初年度生編
6/87

〜ミーラスブリザで一悶着〜

12/28に通貨のレートを変更

リメイク版 5話 未編集


中央通りを港側へ真っ直ぐ進んだ左手には、この都市で随一の質と謳われる老舗の武器屋が建っている。

金縁黒塗りの盾に黄金の剣が交差したシンボルの看板が吊るされた扉を開いて店内に入ると、幾つかのガラスケースに納められた立派な武器の数々や床に敷かれた真紅の絨毯が独特の高級感を(かも)し出している。

雰囲気もあってか一般人には踏み入りがたく、店内には従業員の他には、頭まですっぽりと覆われた衣装に身を包む変わった風貌の客が一人いるのみだ。


暦は不思議な客の姿を気に留めながらも、主人を呼ぶ轟へと顔を向ける。ここへは彼が二人の武器類を補修に出していたので、その受け取りでやってきた。

3人は個室へと案内され、飲み物とお茶請けを出されてしばらく待たされると、入り口とはもう一方の扉から上品な壮年の男性が現れた。

3人は彼に対して小さく会釈をした。


「トドロキ様、大変お待たせいたしました」

「いいや、大丈夫だよマスター。ところで、もう出来てる?」

「はい、二口(ふたふり)とも修繕は終えております。しかし、小太刀は刃こぼれを直す為に深く研ぎをいれたので少々刃が痩せてしまいました」

「確認させていただきます」


暦が鞘に収まった刀身を引き抜いて全体を見渡すと、確かに店主の言う通り痩せたなという印象があった。しかしそれが切れ味や耐久性に大きな問題が生じる程かと言われれば、それは熟練の技としか表しようのない腕で仕上げられていた。


「どうだ?」

「確かに痩せている。けれど刃が無くなった訳ではないし、重心が動いたということもない。とても良い出来だよ」


肩越しに問いかけてくる轟に思ったままの感想を告げると、胸を撫で下ろした様子で肩から力を抜く。


「そりゃあ良かった。代金はいくらになる?」

「大銀貨2枚になります」

「はいよ」


轟はベルトに付けられた幾つかのポーチの一つから綺麗に整列した大量の金銀貨が収納されているものを開くと、そこから白銀貨を2枚抜き取って受け取り皿に乗せる。


「どうもありがとうございました、またのご利用をお待ちしております」

「マスター、俺がガンナーだって知ってるだろ?じゃなくてもこんな高い店を頻繁に使ったら破産だよ」

「それについては励んでくださいとしか申せません。当店は値段なりの腕を持っていると自負していますのでね」

「老舗様は言うことが違うねぇ。じゃ、出世でもして機会があればまた使わせてもらうよ」

「お待ちしております」


彼が常連なのか、或いはガーデン行きつけであるが故の慣れなのか。轟の軽口に表情を変えることなくオーナーは返事を返す。暦はそのアットホームな雰囲気がなんとなく好ましく、機会があればまたこの店を利用しようと思った。短く敬礼を済ませると、轟は刀を一口づつ持ち主に返した。


「代金まで払わせて悪いな」

「いや、俺のせいで傷んだのだから気にしないでくれ。気にするというなら、命を救われた借りを返しただけだとでも思ってくれ」

「そうか、ならありがたく受け取るよ」

「ありがとうございます」


大銀貨とは、金貨の下に位置する貨幣で、それが2枚というのは小役人の月俸程の額にあたる。

暦も必要な出費に対して、予算の許す範囲でケチをする性格ではなかったが、本来であれば研ぎに大銀貨2枚も出すくらいなら市場で砥石を買い、自分で研いだであろう。

安全の保証されない旅路を行くのだから、金銭で危険を軽減できる武具に金をかけるのは当たり前のことだが、節約もまた当たり前の精神であり、暦にもその心得は身に染みていた。

とはいえ、貸し借りを好まない水上兄妹であっても、これが気持ちの表れというのであればその心遣いとして素直に感謝をして受け取った。


「時間は...まだ平気か。ミーラスブリザはガーデンが昔から贔屓にした街で、ここは一等地に居を構えた老舗だ。冷やかしてみるのも後学のために良いんじゃないか?宝石みたいな値段のもあるが、特級品以外も普通の値段で置いてはある。損耗した分を補うにはお奨めだな」

「確かに言う通りだ。ついでというのは何だが、折角だから見てみよう」

「てな訳だマスター。適当に見繕ってくれ」

「承知いたしました。少々お待ちくださいませ」


オーナーが合図を送ると、商品が次々と運ばれ始める。始めにダガーや投げナイフといった消耗品を見て周り、その内のいくつかを実際に手に取り気に入ったものがあれば購入した。

必要な買い物を終えたところで、一押しらしい2つの商品が運ばれてくる。


「っ!これは...」


それは例のフードの人物が立っていた場所に展示されていた、一口の刀であった。

ビロードの裏打ちされた桐箱に納められた、拵のない一条の輝き。ただでさえ高価な武器の並ぶ店内でも一段と法外な値段をつけられたものだ。


「素晴らしい名刀だ。これほどの逸品は見たことがない」


拵えが外された刀身は、隠すところなくその地肌を露わにしている。綿密に織り込まれたことを示すその紋様は幾何学的な様であり、生物的な様でもある。

そして薄らと、刀身を覆う膜のように漏れ出している霊気に暦はゾクリと鳥肌が立つようであった。


(これで斬られれば妖怪といえども...いや、妖怪であるが故にひとたまりもないだろう)


霊気とは魔を祓う力であり、主に退魔の儀式に用いられ、水や煙に見立てられる。相手の魔の力に比例して威力を増していく刃は、強力な妖怪相手にはこの上ない武器となるだろう。


「流石は刀を扱う方とだけありお目が高いですな。こちらは当店唯一の刀で、銘は『菊紋の一文字』という東国の名刀になります。その昔この地を訪れた東方の老剣士から当時のオーナーへ贈られたとの記録が残っております」

「菊花を彫ることが許されたのは、大昔の名工数人のみです。おとぎ話に出てくる空想の刀で実在しないとされていましたが、まさかこの街にあったとは......」


店主はこの刀の真の力については知らないようである。暦も無粋なことは口にせず、あくまで普通の刀剣として相槌を打った。


「東方出身にして、稀少な刀の使い手ですので、特別に試し斬りをされてゆきますか?」

「あ...」


暦は祓魔の力のことなど頭から抜け落ちて、全身が火照ったかのような感覚に襲われた。

一文字は刀の中でも長い歴史と古き製法を持つ古刀というジャンルに当てはまる。

刀はただでさえ高価な代物だが、古刀の上物となればこの一文字のように値段などあって無いようなものになる。


頷きかけた寸前のところで我に返り、首を横へ振った。


「いえ、自分の様な若輩者(じゃくはいもの)には勿体無いです」

「お気に召しませんでしたか?」

「そういう訳ではないんですが...」


暦の持つ加州も名刀と呼ばれる刀ではあるが、一文字に比べれば700年近くも新しい刀だ。宿っている歴史の重さがまるで違う。

そんな刀を一度でも握ってみて気に入ってしまえば抜き差しならなくなる。加えて、刀の力に作用されて異変を起こす可能性も捨てきれなかった。


「この刀は素晴らしいものです。私如きでは触れることすらおこがましいでしょう」

「そのようなことは...いえ、失礼いたしました」

「お気持ちのみ、いただきます」


マスターは深く頭を下げると、それ以上は何も言わずに傍から暦たちを眺めた。


「では続いてこちらを...」


そういって続いて取り出されたのは、文字通り宝石の様な一本の剣だった。


「綺麗な剣」


紗季が思わず感激の言葉を零す。

吸い込まれる様に黒く、微かに透き通った刃は、星空のごとき輝きを宿している。銀の鍔には碧い輝石が散りばめられた薔薇の意匠が施され、艶やかな刃と清廉な拵えが見事な調和を生み出している。かといって、決して観賞のためだけに造られた訳ではない剛性と鋭さを備えていた。

先の刀とは打って変わって、ある種の妖気を醸し出している。


「こちらはオニキスという銘の剣で、刀身が名の通りオニキス石で作られております」

「石で?割れたりしないんですか?」

「勿論ただ削っただけでは加工の段階で砕けてしまいますし、仮に剣の形になったとして一度でも使用すれば粉々になるでしょう。しかし、この剣は北のリラント=レス=ノースに存在する魔術で加工されており、甲冑ごと相手を切ってしまう程の利剣なのです」

「魔術、ですか」


店主の言葉は、先日までの我々であったなら歯牙にもかけなかっただろうが、今は違う。

超常的な存在を目の当たりにして、また自らもそうなった現在では、一言に眉唾と見限ることはできない。


「握っても?」

「どうぞ。お気をつけて」


許可を出すマスターは少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

一礼してから柄を握ったが、どういう訳かピクリとも動かない。腕に力を込めても、両手で握っても、剣は化粧箱から微塵も動くことはなかった。


「お前ではないーーー」

「?」


柄を握った瞬間、青年の声でそう言われた気がしたが、当然周囲には我々の他に誰もいない。


「重さ...とは違う。まるで空間に固定されているような、違和感を感じます」


事実として、箱から柄を握る分には持ち上がるし、やや重たいが一般的な直剣の範疇を超えてもいない。しかし、それ以上にはどれだけ力んでも変化はない。


「雪の積る北の大地には古くから技術としての魔術が存在しており、その地の騎士たちは魔術を籠めた剣を自らの手で鍛えるそうです。この様に造られた剣は自我に似た意思を持ち、自分の認めた担い手以外には扱うことを許さないのですよ」

「剣自身が、担い手を選ぶのですか」


もう一度腕に力を込めてみるが、やはり剣はびくともせずその場に留まる。先ほどの否定が、剣の声だとでもいうのだろうか。


「はい。運ぶことは誰にでも可能ですが、武器として扱うには特別な縁が必要になるのです。貴方からは不思議な雰囲気を感じたため、もしかするとと思ったのですが、試すような真似をして申し訳ありませんでした」

「いえ、良いものを見ることができました」


不思議な剣と選ばれし担い手とは、まるで物語の中からこぼれ落ちたような話だった。


一通りの買い物と冷やかしを終え、出されたお茶を飲み終えた頃に轟の持つ端末から電子音が鳴った。


「そろそろ迎えるの船が着くみたいだ、俺はもう港に向かうよ。君らはこの後どうする?」

「退院手続きを終えたら今日の宿を探すよ。俺たちの使う船が出るのは明後日だから、しばらくは休養と観光かな」

「そうか。なら次に会うときは先輩後輩だな。マスターも世話になった、また頼むよ」


ニカっと笑うと轟は席を立ち、後ろ手を振りながら退店した。


「さて、俺たちも戻ろう。店主、お世話になりました」

「手入れをしていただきありがとうございます」

「こちらこそ、良いものが見られました。またのご来店をお待ちしております」


店を出ると、再び眩い日光と白亜の街並みに目が眩む。一先ずは宣言通りに病院へと戻り、荷造りと退院の手続きを終えると、時刻は正午を少し過ぎた頃を迎えた。


「さて、どうしようかな」

「お腹が空いたねぇ。ねえお兄ちゃん、海の見えるところでお昼にしよう」

「良いね。折角だから魚介の出る所がいいな」

「お魚かぁ、このところ内陸を通ってきたから久しぶりだね」


経由する国の文明の発展具合にもよるが、冷凍・冷蔵や衛生技術の未熟なところでは当然ながら生魚は出てこない。川魚や干物も良いが、肉に塩味を自然と馴染ませた新鮮な海魚は格別な旨味を持つ。


適当な立て看板のお品書きに目を通せば、何やら面白そうなものがある。


「うちのオススメはボニートのカルパッチョさ。そのままでも、チーズと一緒にパンで食べても美味しいんだ」


屋台のオヤジさんがこちらを見て元気の良い客引きをする。店内で腰を据えた食事もいいが、折角景観のよい街を訪れたのだから、屋台飯も一興だろう。


「燻製した鰹に植物油を垂らしたものか。良いね、これにしてみない?」

「いいかも!」

「決まりだね。おっちゃん、2つお願い」

「まいどっ!」


手早く作られていく食事を見ながら、潮風と陽光を全身に浴びる。ポカポカと温暖な気候は眠気を誘うようで、後ろから近づく人影に気づくのが遅れた。


「っ!」

「?」


不意打ちを受けたようで驚いたため、間合いに入られた際に少し過剰に反応してしまった。相手も急にこちらが動いたものだから驚いて目を丸くしている。


「ーーーああ、ごめんなさい。(ほう)けていたので驚いてしまって」

「いや、気にすることはない。こちらも剣士に不用意に近づいたのだから当然だ」


気にしないと手を振る相手は、ガーデンの装いを纏い、この大陸では珍しい銀髪で、目は緋色に琥珀色と左右で色彩が異なっていた。そして何よりもその美貌は他に類をみない。

身長は暦より頭一つ分小さく、十人中十人が美少女と言うであろう容姿だ。

人間離れした美しさをもったその人物は、立ち振る舞いや髪を梳かす仕草、不思議そうに首を傾げる姿すらも絵になってる。

だが、不思議な剣を佩ている。鞘が異様に太く、先端から五つの(なかご)をのぞかせ、柄が無い。


「ここの屋台飯は逸品でね。寄港したら必ず来るんだ。オーダーに行ってもいいか」

「え?ああ、失礼しました」


声をかけられてようやく我に返って道を譲る。

一歩踏み出した相手の肩に紗季の手が乗せられた。


「ねえ、綺麗なお姉さん。さっきからお兄ちゃんを品定めするように見てたよね?それに、少し前から尾行ってほどじゃ無いけど、観察しながらこの屋台に来たよね。本当に偶然かなぁ?」


いつもと同じ口調で喋る紗季だが目が冷気を帯びている。本人は自重しているつもりだろうが、敵意が剥き出しになっていた。


「ほう...そうか、もしそう見えたならすまなかった。だがな.....」


静かな声で手を掴むと、次の瞬間には紗季の体が宙を舞っていた。


「紗季っ!」


放り投げられた紗季を両手で受け止めて目の前に立つ人物に睨みをきかせるが、瞬時にその異様な威圧に気圧されてしまった。

いやそれよりも、あの小柄な体躯でありながら片手で人一人を投げたのか?

だめだ、頭の中でグルグルと思考が巡る。


「一つ忠告しよう、俺は男だ」


相手の身長はこちらよりも小さい。見上げられているはずなのに、不思議と見下ろされている気分だった。


「俺に喧嘩を売るとはいい度胸だ。食前の運動に、シラギ・スラティスタが躾直してやろう」

--------------------------M.Gメモ-----------------------



通貨について


マーセナリーズガーデンのあるウエストエンドには決まった通貨単位は無く、硬貨の枚数で取引が行われる。(銅貨〜枚など)

硬貨は全部で8種類。

下から順に小銅貨、銅貨、大銅貨、銀貨、白銀貨、金貨、白金貨、ミスリル貨となる。


レートは以下の通り

小銅貨×10=銅貨×1

銅貨×10=大銅貨×1

大銅貨×10=銀貨×1

銀貨×10=白銀貨×1

白銀貨×10=金貨×1

金貨×100=白金貨×1

白金貨×1000=ミスリル貨×1


また、この世界には紙幣が存在しない。

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