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Mercenaries Garden   作者: ゆーやミント
ガーデン生活 初年度生編
5/87

閑話休題

〜ある一室の密談〜


満天の星空と黄金の満月が白亜の街を地上の星の如く輝かせるとある晩の出来事だ。

昼間入港したきり、人の行き来が無かったガーデンの駆逐艦の甲板上にいくつかの人影が浮かび上がった。


「では、行ってくる。明け方までには戻る予定だ」

「お気をつけて下さい、討伐隊長」

「おいおい、別にモンスターと戦いに行くんじゃないんだ。そう緊張するな」


目深くフードを被った小柄な影は男たちに見送られると、舷側のラッタルから桟橋へと降り立ち、足早に移動を始める。

街は完全に寝静まり、酒場でさえ開いているところは数えるほどしかなかったが、それでも人影は月明かりさえ浴びないように注意を払いながら街を駆け抜けてガーデン御用達のホテルに忍び込んだ。


「俺だ」


寝ずの番をしていたフロントスタッフに、少しだけフードを持ち上げて素顔を見せてから小声で用件を伝える。


「トドロキというガーデン兵はどの部屋にいる?」

「本館3階の312室です」

「感謝する」


相手も慣れた様子で囁き返すと、スタッフは業務に、影は階段へ、互いに気づかなかったかのように視線を切って動き出す。

そして目的の部屋に辿り着くと、ノックもせずにドアノブへ手をかけた。ーーー鍵はかかっていない。


リビングルームの電灯は点いていないが、燭台の上で3つの炎が揺らめき、3つの人影を壁紙に映し出していた。

1人は紫がかった長髪の美しい30代半ば程の女性で、ゆったりと椅子に座って訪問者を迎え入れる。もう1人その横に座るのは、意匠は他と同じながら生地が純白の制服に身を包んだ壮年の男。最後は部屋の主たる轟であり、彼だけは女性の横に立っていた。


「すまんな、待たせた。こんな格好で悪い」

「いやいや、まだ5分前だよ。貴方は変わらず生真面目な方だ」

「お前もだろう」


椅子に座った人影の内、女性の方が懐かしむような声色で語りかけると、鼻で笑うようにそげなく返される


「船乗りなら、スマートな10分前行動は基本だよ」

「ふん、最年少の司令長官殿は気構えが違うな、ディアナ」

「いやいや、討伐隊長様には及びませんよ」


揺れる影の中で彼女は口元を吊り上げると討伐隊長と呼ばれた方は片手で頭を抱えた。

そしてため息を一つ吐くと気持ちを入れ替えてフードを取ると、銀糸の様な長髪に緋と琥珀色の鋭い眼光が明かりにきらめいた。

無骨な物言いとは反対に、その容姿は可憐な乙女そのものであり、討伐隊長と呼ばれる地位には見えない。


「ロイク管理委員長もお待たせした。始めてくれ」

「うむ、少し早いがお喋りはここまでだ。・・・トドロキ一般兵団員、お前に審問会出頭の命令が下った。審問官は私。立会人はシラギ討伐部隊長とディア司令長官の両名だ。...そこに直れ」

「・・・謹んで、お受けいたしマス」


そう言って懐から取り出した封筒には、簡素だが即日有効の審問権限が付与された書面が入っている。

立ったまま待機していた轟は、3人に対して正面になる位置へ移動した。


「では改めて、トドロキ一般兵団員。お前には審問会出頭命令が下された。これは学園長直々の命令で実行されるものである。この場での虚偽は、発覚した段階で即座に厳罰対象となる...心して答えるように」

「了解しまシタ」


不動の姿勢で正対する轟の背には冷たい汗が伝い、内心は気が気でないほどに慌てていた。


ーーーどうしてガーデンのお偉い方が集結する!審問会ってだけでもおかしいのに、キャストが厳つ過ぎるだろ!


重罰を侵したわけでもないのに特別審問会が開かれることは本来ありえない。それがどういった風の吹き回しか学園長直々の下命で、しかも出てきたのがガーデントップ3、4、5位。トドメは審問官が管理委員会の長だということだ。

ガーデンの最高機密情報を漏洩させなければ集うこともないゴールデンメンバーが、轟の目の前にいたのだ。


「はじめに、君の報告書をあらためた結果、新種モンスターの“ヨウカイ”について、性質や討伐方法のいくつか不審な点が浮かび上がったのだが...この中に虚偽の報告、あるいは改竄(かいざん)は無いと断言できるかな?」


ロイクの問いかけに、轟の内心は早速跳ね上がった。


ーーーどうしてバレた?

書面は暦に関する一部を欠落させただけのもので、文章としての脈絡は整えて作成した。決して矛盾を感じさせる内容ではなかったはずだった。


彼は自問しつつ、事実を語るべきか悩んだ。


ーーー審問会で嘘を言えばガーデン籍の剥奪や、重ければ処刑もあり得る。ましてや立会人として来たのが...


ちらりと視線を上げ、奥から射抜くように見つめる討伐隊長に視線を向ける。


ーーーガーデンで単騎最強と言われるシラギ討伐隊長だもんなぁ...


討伐隊というのは、ガーデンの特殊部隊、ドラゴン討伐隊のことを指す。最強のモンスターとされるドラゴン相手に同じく最強と語られるのだから、轟のような凡人に尾ひれがついたような人間では逆立ちしたって敵わない。


審問会に応じずに姿を消す、という考えも浮かびはしたものの、彼自身がガーデンに身を置く理由からもここで罰せられる訳にはいかなかった。


「意図的な改竄や虚偽は誓ってありまセン。ただ、不注意から書き漏らシた箇所があったかもしれマセン」

「ミズカミ、という兄妹についてか?奴とは最近仲良くしているそうじゃないか」

「・・・彼には車内で命を救われたものノ、偶然乗り合わせた戦闘協力者に過ぎマセン。私自身も彼らについて詳しくは知り得ませんシ、ようやく今日目を覚ましたばかりの相手を質問攻めにすることは倫理的観点から行なっておりマセン」

「だが共闘中に何か見たのではないか?オーガ2体と未知数モンスターを3人で、しかも数本の剣とライフル1丁で撃退するのは現実的ではない。丈夫なだけで知能の低いレッドオーガは戦死したガーデン兵の功績を含めればまだ納得もいくが、ヨウカイという君の記した規格外のモンスターは生身の人間が相手できるものではない」


轟は目を瞑るような思いになったが、繰り返したのは報告書に記載した内容と大差なかった。精々、暦の技量を誇張した程度で、本質的には何も変わらない事を繰り返す。


彼の報告を黙って最後まで聞いたロイクは、いくつかのことを紙にまとめて整理をつける。そして改めて彼を見返すと、続く質問をする。


「では次に、ヨウカイというモンスターについて不明なことが多過ぎる。これについて何か心当たりがあったら聞かせてくれ」

「はい。詳細は報告書にまとめた通りで間違いありマセン。弱点は心臓で、姿形は人間そのものであるガ、攻撃力と再生能力が物理法則に則っておりませんデシタ」

「そうだ、それが解らない。物理法則に反しているとはどういうことだ?自身の質量以上のものを腰(重心)より上で持ち上げたり、欠損部が無限に再生したりするとでもいうのか?」

「ハイ。特に再生能力に至っては、戦闘中に合算で元の体積以上の肉体を失ったにも関わらズ、それを補填するカロリーの摂取も無く、同じ密度の肉体を再生しておりマス。再生能力の目安としましては、25mm炸裂弾のゼロ距離射撃を頭部に命中サセ、上半身を喪失したものの、数秒ほどで完治しておりマシタ」

「・・・」

「・・・」

「・・・そうか。なるほど、道理で学園長が私たちを送る訳だ」


轟の説明を聞き終え、長い沈黙の末にロイクがため息混じりに呟いた。立会人の為、発言権の無いシラギやディアナでさえ、眉をひそめて首をひねった。

並の...いや、通常の感性を持った審問官が派遣されていれば、直ちに轟は虚偽申告者として裁かれていてもおかしくはない内容に、ロイクは改めて事の重大さを感じる。


「感情ではあり得ないと断じたいところだが、列車の損傷を見れば納得もいく。オーガだけではあれだけ車体は壊せんだろうし、そもそも奴らは故意に壊すだけの知性も理由もない。戦闘中の被害にしてはあまりにも凄惨過ぎる。加えて、あのおびただしい量の血痕だ。十数人から干からびるまで絞らないと、あの出血量には足らんだろう」

「ご理解いただき感謝シマス」

「この件については、血液サンプルを採取した後に科学的な視点から議論を進めることとしよう。一先ずは、新種のモンスターが発見されたという事で区切りをつけておく。・・・それでは次だ」


新たな脅威の出現に深いため息をこぼしたロイクは、そこで気持ちを切り替えて次の問題に話を進める。


「コヨミ・ミズカミという男について、知る限りの情報を提出してほしい」

「はい。私と同じ東の出身で、ガーデンの剣豪と比較しても劣らない程の剣の達人デス。妹が1人おり、共にガーデンを目指してこの地まで足を運んだとのことデシタ」

「それで全てか?」

「はい。先程申しました通り、彼は同郷で戦闘の協力者ではありますが、偶然車内で乗り合わせた関係デス。知古の仲でもない為、詳しい事は何も聞いておりマセン」


ロイクの鋭い視線に物怖じすることなく、轟はキッパリとそう言い切る。


「そうか。確かにその通りか、不自然は無いな。・・・ところで話は変わるが、君は狙撃手で目は良いな?」

「え?ハ、ハイ。裸眼視力には自信がありマスが...」


どうして今その話題を?っと轟の脳裏に疑問符が浮かぶ一方で、ロイクは視線を動かさない。その様子に重ねて疑問符が付く。


ーーー俺と暦の接点が薄いことは今説明した。事実その通りで、ここに嘘はない。

ーーーじゃあ何故、管理委員長はこんな問いを吹っかけてきた?


可能性はいくつかある。


列車内に別のガーデン関係者が同乗しており、戦いの現場を見られていた可能性。

これは状況的にあり得なくはないだけで、可能性はとても低い。問いと理由の繋がりが薄く、遠めに観察していたという暗示とするにはやや強引だ。


そうでなければ、動体視力の良さと解釈して、何処からか観察した暦の動きに人らしからぬ箇所を見つけ出して、それを問うた可能性。

ありえなくは無いが、暦は列車から降ろして今日まで病室を出ていない。まあ面会謝絶というわけでもなく、ガーデン高官が一言フロントで声をかければ会うこと自体は難しくない。だが、そんなことがあればあの兄妹がそれに触れた話題を持ち出さなかったのは・・・いや、何処からか?


何処からかとは、いったいどこだ?

室内で直接か?もしくは室外からか?


ーーー今、狙撃手の視力について聞かれた。つまりは遠方からスコープ越しに室内を観察していたという事か?


考え込んで俯く轟に、ロイクは手を横に小さく降って疑るなと合図する。


「言い方が悪かったな。言い換えよう。君は、直線距離約3キロの海抜100mに浮かぶ、航空迷彩を着用した人間を発見できるか?」

「肉眼では、まず不可能デス。光学機器を用いて、空域を指定されていれば可能デショウが」


あまりに突拍子のない言葉に彼はますます混乱したが、とりあえず問いにだけは答える。


「うむ、それが正しい。普通、どんなに目のいい者でも1キロ先までしか人間には見えん。だが彼は、コヨミ・ミズカミは確実に捉えたそうだ。窓から海を見て、難なく発見して完璧に捕捉したらしい」

「ッ!」


いつかと言えば、暦が目を覚まし、会話した今日の昼間しか轟には思いつかない。そして確かに彼は、途中で窓から鳥を追うように視線を動かした瞬間があったことも覚えていた。


「まさか」

「その通りだよ。シラギの部下が実際に調査したことだ。ーーーではもう一度尋ねよう。トドロキ一般兵団員、君がコヨミ・ミズカミについて知っていることは、本当に先に話してもらったことだけかな?」


ーーー詰んだな。


轟は胸中で静かにそう悟った。

言いくるめられる相手ではないと承知していたが、妖怪という規格外のモンスターを説明することで論点をすり替えようとした画策は辛くも失敗に終わった。


ーーーこいつら、暦の異常性について初めから知ってやがった。審問会を開いて奴についての情報の正確性を高めるためだろう。


人類にとって有益であれば利用して、危険ならば排除する。単純な決定が上層部では既に決定されていたのだろうと考えを巡らせる彼は、一層脳みそを回転させていく。


ーーーハナから潰す気か?だからシラギ討伐隊長がやって来たんだろう。


立ち尽くす轟に抵抗の余地は無い。

口を開いても、閉じ続けても、自分の首は飛ぶと理解していた。


「どうした?沈黙は許さんぞ」


脂汗を流す彼に、ロイクが追い討ちのように回答を急かしてくる。


ーーーどの道、これじゃ生きて朝日は拝めないな。ともすれば、選択肢はおのずと一つか...陛下、不忠の我が身をお許しください。


「報告に偽りはありません。対象の情報は全て記載した通りです」


奥歯を噛み締め、睨みを利かせるシラギをニヤリと一瞥(いちべつ)ると、彼は凛とそう答えた。


「そうか...」


ロイクの反応はその一言。目を閉じ、深いため息がその後に続くと、鋭い視線が轟を射抜く。


「東洋人は頭が固いとよく聞くが、まったく噂の通りのようだな。・・・シラギ討伐隊長、もうよいのでは?」

「ああ、これだけ口が固ければ問題ない」

「では、トドロキ一般兵団員。報告書類不備として、君は明後日にもガーデン本島へ帰投し一週間の自室待機とせよ」

「なっ!しかし!!」


審問会の最中に、立会人へ意見を求める異例の行為と虚偽報告としても異様に軽い罰に轟動揺し、思わず決定に口を挟んだ。


ーーーいや、虚偽報告として処理していない?ならあの追求は何だった?単に口の固さを図るためだけに、こんな大掛かりなことをしたとでもいうのか?


「何だね、審問会の決定は下された。君は義務として、その決定を受け入れなければならん」

「簡易とはいえ、これほどの審問会を開いておいて私に下される罰則があまりにも軽いのではないでしょうか」


死刑が下されるものだとばかり考えていた轟は、思わぬ判断に興奮する。


「我々は学園長の命で派遣され、審問会を開くにあたりその裏付けを独自に調査した。結果、いくばかりか報告と異なる内容が見当たったが、対象との交流期間の短さから君が得た情報量との差を鑑みたところの判断だ。不自然はあるまい。まあ、ヨウカイというモンスターについての詳しい情報が得られなかったのは残念だったが、血痕からの分析結果が上がれば戦果報告よりも潜在的に貴重なデータが手に入ることだろう。それに君だって死にたくはないだろう?」

「ですが...しかし!」


思うことと口から出ようとする言葉が混乱して、轟はただ口を開けたり閉じたりするばかりで、裁かれている側にも関わらず納得できないといった様子で立ち尽くしていた。

審問会が終わったためか、そんな彼にシラギが近づいて肩に手を当て、跪かせると耳元に顔を寄せると小声で耳打ちをする。


「我らが何故、お前の口の固さを確認したと思う?」

「何故って・・・?」


訳がわからない様子の彼に、数回肩を叩いたシラギは手を振りながら踵を返す。


「まあ、お前の思う以上に世の中は魑魅魍魎だらけということだ。ーーーディアナ、俺は散歩がてら陸に泊まっていく。駆逐艦の奴らに伝えておいてくれ」

「そういうのは自分で言いなよ」


返事もせずに退室したシラギを横目に、椅子に腰掛けた二人も溜まった息を吐き出して身体を楽にする。

その姿は、軍人前とした先程までの姿とは打って変わって、ホテルの一室でくつろぐ親子のようだ。


あまりの速度で変化した空気に轟はついていけず、膝を折ったまま茫然としていた。


そんな彼を見てか、ディアナは気の抜けた声で彼に語りかける。


「君もまだ新人だろうから慣れないんだと思うけどさー。ガーデンって別に軍隊じゃないから、オフモードの時は上下関係とか気にしなくて良いんだぞ」

「はあ・・・」


生返事を零すのも気にせず、続いてロイクも口を開く。


「このホテルはロゼワインが美味い。君の生還祝いに一本奢ろうじゃないか」


空気感の変化についていけない当事者を置いて、ロイクとディアナの2人が始めた酒盛りに、なあなあで巻き込まれた夜は段々と開けていった。

--------------------------M.Gメモ-----------------------



・港町 ミーラスブリザ

700年の歴史を持つ、白亜の大理石で造られた真っ白で美しい港町。

メインストリートには開港の時より続く名門店が数多く軒を並べる。

現在はマーセナリーズ ガーデンのお抱え港の一つとなっており、実地訓練へ向かう初年度生達が主に利用する。

また、ガーデンの港でありながら一般人でも利用できる数少ない港町なので、ガーデンへ入学したいと思う人はここへとやって来る。


・レッドオーガ

オーガ系のモンスターの中では最弱の種。

しかし、一匹の討伐にレベル600代が3人はいないと安全とは言えない。

上位種にタイラントオーガ、アーマーオーガなどが居る。

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