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Mercenaries Garden   作者: ゆーやミント
プロローグ
2/87

〜沈黙の列車〜

城壁間近に建てられた、列車用の巨大なターミナル。赤煉瓦を主材に建てられた屋内のホームには無数の列車が立ち並び、蒸気の雲を空へ立ち上らせる様相は、近未来的な雰囲気を醸し出す。


『第4ドッグの港街・ミーラスブリザ行きは間も無く出発致します。ご利用のお客様はお早めにご乗車下さい。』


ターミナル内にアナウンスが流れる頃には、暦たちは汽車の通路を歩いており、予約していた車内の個室の扉を開くと同時に汽車も発車した。

荷物を下ろして座席に座り、背中を伸ばした暦が窓の外の景色を眺めると石造りの街とターミナルが徐々に遠ざかり、代わりに特殊な合金で作られた無骨な城壁が近づいてくる。


『この度はミーラスブリザ行きの便にご乗車いただき誠にありがとうございます。間も無く本列車は城壁を通過に伴い揺れが生じますのでご了承下さい』


車内アナウンスの声をボーッと聞き流す暦の肩に紗季が頭を乗せた。


「幸せぇ....」

「はは、安い幸せだな。でも確かにくっついてると温かいもんな、幸せと言えば幸せだ」


ほんのりと頬を赤く染める紗季を暦は微笑みながら眺める。


「ミーラスブリザに着いたら船に揺られていればガーデンだ。・・・そしたらもう二人でゆっくりできないかもな」

「本当に行くの?」

「ああ」


視線を外に移しながらも暦の顔には強い決意が籠っている。

それを心配そうに見つめる紗季は、暦の服の袖を握り締めて(うつむ)いた。


「紗季こそ...本当に着いて来るの?まだ引き返せるよ」

「それは嫌!お兄ちゃんとだけは離れたくない!」


紗季はけして離れまいと暦の腕に強くしがみついて叫ぶ。暦は何も言わずに受け止めると、空いた手で必死な妹を撫でた。


「そうだね。ーーーまあ、引き返したところで帰る場所も無かったけど...。本当に、いいんだね?」

「うん」


静かに頷いた紗季は再び暦の肩に頭を乗せると小さな寝息を立て始めた。


「・・・・・でも、お兄ちゃんとの時間が減るのは....ちょっと嫌かな...」


暦は寝言の様な妹の呟きには答えることなく、そっと頭を撫でるだけで、視線を窓の外へ移した。


アナウンスの通りに開門が地を震わせ、眼前には赤茶色の大地が広がった。


見渡す限りの岩と枯れた低木ばかりが映る、文字通りの荒野。これがこの大陸横断鉄道に三日も揺られ続ければ、景色は一変して白亜の港町に辿り着く。

そこから船に乗り換えて半日もすれば、目的地のマーセナリーズ ガーデンへ到着する。


マーセナリーズ ガーデンとは、簡単に言ってしまえば傭兵機関である。

ただしゴロツキが集まる粗野なものではなく、対モンスター戦闘のエキスパートを育成する一種の教育機関で、世界中の国家から派遣依頼を受けて行動する由緒正しき組織でもある。

故に、その受験生は水上兄妹のような根無し草だけでなく、貴族や軍幹部の後継ぎも多い。

学んだことを祖国でフィードバックする事で国防の為になり、そして何よりガーデンで戦えば、結果として生死を問わず名声を稼ぐことが出来た。


「くぁっ...」


する事もない暦は大きなあくびを一つする。

二人きりの個室で妹の温もりを感じるつつ、しばらく外の景色を眺めながら思案にふける。しかしやがて、揺れに身を任せて彼自身も眠りについた。





最近は夢を見る事もなく、ただ暗闇の中に意識を沈めるだけの時間であったが、故にわずかな違和感に感づいた。


「ん?」


奇妙な振動に暦は目を覚ますと、汽車が停止したことに気づいた。しかし窓の外は未だに荒野の中である。そして空調も止まっているのか、身を刺すような冷気に身を震わせる。


異常事態を不審に思い、乗務員に停車理由を尋ねに行こうと通路へ繋がる扉に近寄るが、取っ手を握ると金具が薄っすらと凍り付いていることに気がつく。今更ながらに、吐く息も白い。


「・・・いくらなんでも、油が凍るほど冷え込む夜なはずがないよな」


立て掛けておいた刀を腰に差し、うなだれる妹の肩を揺する。


「紗季、起きなさい!」

「んっ...」


紗季は顔を青くして目を開けない。あれほど温かかった肌も今では死んだように冷たくなっていた。


「汽車そのものが凍るついたような雰囲気...覚えは無いのに、なんだこの身の毛もよだつ様な不快感は」


形容し難い、不可視のモヤが体を這うような不快感と、同時に起る引きずり込まれそうな程の眠気と悪寒。立っているだけで倦怠感に包まれ崩れ落ちそうになる。


『清めよ 祓えよ

我が身に纏う邪を祓いたまえ 退けたまえ』


古くから家に伝わる退魔のまじないを呟くと、気の持ち様か楽になる。

同じものを今度は紗季に掛け、もう一度肩を揺すると、今度は弱々しく目を開いた。


「お兄...ちゃん..?」


状況に困惑しているのか、それともこの異常な空気に精神を侵されているのか、紗季はボンヤリとした表情で暦を見つめる。


「紗季、多分...いや、絶対に汽車が何かに襲われてる。危ないから絶対に離れるんじゃないよ」

「う、うん」


暦の真剣な表情に紗季も緊張する。

二人は抜刀し、暦が凍りついた扉を蹴り破った。慎重に通路を確認して耳に神経を尖らせる。

幸いにも二人の索敵半内には襲撃者の反応は無かった。


「見たところ近くには何も居なさそうだ。・・・確か隣の個室に子連れの夫婦が居た筈だ、確認しよう」


影のように静かに通路を歩いて隣の個室の扉に手をノックする。


....返事は無い。


「失礼します」


申し訳程度に断りを入れてから、自分らの個室と同じ様に凍り付いた扉を蹴り破る。

室内に異常は無いが、やはり空気はやけに冷たく眠る三人親子もピクリとも動かない。

暦は静かに三人の脈を計ると安堵の表情を浮かべた。


「良かった、三人とも生きてる。けど、今目覚めさせるのは逆に混乱を招きそうだな」

「そうだね。下手に動かれても戦い難くなるだけだもんね」


そう判断した彼らは、眠る親子の部屋を後にして幾つかの部屋を巡ったが、どれも同じ状況だった。

収穫無しと次の車両に行こうとした時、後ろの車両から何かの気配を感じた。


「後ろか!」


2人は、方向としては先頭車両の方へと走って行く。車両間の扉を蹴破っては進み、蹴破っては進んだ。進むうちに、今度は銃声や爆発音が聞こえてくるようになる。

そして今度もと思ったところで、反対側から投げ飛ばされた何かによって扉が破壊された。


飛んできたものの正体は、ボロ切れの様になった青年だった。ただの青年ならば安全な所へすぐに運んだだろうが、彼の服にガーデンのシンボルが付いていたことで対応は変わった。


「大丈夫か!何と戦った!」

「れ、レッドオーガ..ダ.....」


歪に曲がった腕を抱えながら、やや訛りのある口調でそう告げる。


「仲間は?」

「わからなイ...ガンナーが2人いて、1人殺られたところまでは...何とか見えタ....」


暦は青年の飛ばされてきた方に意識を集中して気配を探ってみるも、人間らしき命の気配は感じられない。

その視線と、首を横にふる様子を見て彼も仲間の命運を悟ってグッと歯を食いしばった。


「敵はどこから?」

「オーガ2匹と、黒ずくめの男ダ...男の方は何もせずに傍観していル」


ーーー黒ずくめの男。


その情報は、暦の脳裏にモヤとして残っていた男と一致するものがあった。


ーーー先の街で絡んできたゴロツキと一緒に居て暦を見るなり踵を返した。

ーーージッと獲物を見定めた獣の様な恐ろしさを感じる視線で見つめていた。

あの怪しい男だ。


「・・・わかった。紗季はこの人を看てやってくれ。まずは赤鬼から仕留めてくる」

「わかった。気をつけてね」

「グッ...待テ!一人でモンスター2体とやり合う気カ!」


その叫びは至極真っ当なものだ。

人の身はいかに鍛えようとも、人間としての限界を超えることは出来ない。

レベル換算で人間は1100が限界のところを、モンスターたちは幼体で1000を超すものも多い。そんな相手に単身で突入するのは、常識的に考えれば自殺以外の何物でもない。


「相手が赤鬼(レッドオーガ)なら勝機はある。奴ら、基本的には殴る蹴るしか出来ないからな」


暦の言うことには間違いも慢心も無い。

レッドオーガはやや大柄な体格とおそるべき怪力を誇る一方で、知能が低く、その上特別に火を吹いたり装甲の様な外殻を備えていたりということはない。つまり、基本的には人間に対する攻防法で処理できてしまう。最弱のモンスターと呼ばれる所以はここにあった。


であれば、その大柄な体は人間用の列車内では邪魔にしかならない上に、2匹ともなれば互いの巨体が干渉し合って攻撃もままならない可能性が高い。こちらも複数人で行くよりは単騎で機動性を重視した戦法こそ有効だ。

しかも彼の武器は剣で、しかもその最高峰に位置する刀だ。銃のような射程というアドバンテージこそ無いものの、対モンスター戦において支援火器でしかないそれらよりは殺傷力がある。ーーーというのが暦の言う勝算であった。


というよりも後衛のガンナーが3人で脳筋型のレッドオーガを相手取ること自体が間違っていて、とても戦闘のエキスパートが行う行動とは通常考えられない。


ーーーガーデン方面への列車に後衛だけの傭兵たち...状況から見て前衛と指揮官は任務で死んだか。


それが水上 暦の導き出した答えであり、後日の報告書によればそれは正解であった。

しかしそれでも彼らを突き動かしたのは、自らが袖を通している制服からの義務感だった。


そうして彼らは、たった1人を残して壊滅したのだ。


「行ってくる」


そう呟いた暦は、2人ををその場に残して次の車両に進む。車両は線路の関係上やや右に曲がっており、そこから目視で赤鬼の姿は見えない。しかし足を踏み出すごとにボリボリと何かを噛み砕く音と血生臭さが濃くなって、車両を一両跨いだそこには二つの巨体が屈んで、元々は他のガーデン生だったであろう肉塊を貪る様に喰らっていた。

幸い暦には気づいていない。


ーーー件の男は...姿も気配も無いか。


ひとまず周囲の索敵を行なって、他に敵対者がいないことを確認すると、ならば先手必勝と刀を鞘に納めて間合いを測る。


ーーー距離は約十五メートル、通路の幅は三メートルってところか。


鯉口を切り、気配を殺してにじり寄る。

そしてパッと駆けるなり抜刀した。素早い居合斬りは、月明かりに蒼く輝いた白銀の三日月を(くう)に描き、ピュウと澄んだ風切り音を立てた。


硬質ゴムの様な弾力のある肉に触れ、吸い込まれるかの様に食い込んでいく刃は、脇腹から背中を走り抜けて背骨を断つと返す刀で太い首を落とした。


ーーー水上流奥義“燕返し”


相手が武器を持っていたならば初手で弾いて一太刀を入れ、そうでなければ今の様に動きと首を落としていく。

1匹のレッドオーガが断末魔を上げる間もなく命を散らせた太刀筋は、観客が居たならば拍手を送るよりも先に恐怖したであろう連撃の二太刀であった。


「まずは一匹ッ」

「ガアアアアッ!」


相方を失えば流石のレッドオーガといえども敵の存在に気づく。ここでもしも彼らに思考するだけの知能があったなら、絶対的強者であるはずの己たちを瞬殺する剣士の存在に危機感を覚えただろうが、不幸にもそんな頭は持ち合わせていなかった。

残る1匹のオーガが振るった腕を掻い潜り、伸ばされた二の腕を下からすくい上げるかの様に刃を走らせてこれを切り落とした。


「ギャアアアアアッ!」


失った腕の傷を掴み、痛みで絶叫を上げ、たじろいだ隙に朱に染まった刃が首筋に吸い込まれていく。が、今度はこれまでの血脂が刃を鈍らせた。


「ーーーしまッ!」


ずるりと骨で滑った刀身は、相手に致命傷を与えつつも即死させるだけの威力を生み出せずに、反撃の余地を作ってしまった。


残った腕が横薙ぎに振り抜かれ、それが暦の脇腹に命中する。


「ウガッ!.....」


勢いよく壁に叩きつけられた暦は内蔵が押し潰される様な衝撃と吐き気に襲われ、実際に胸の骨から鈍い破砕音が体内に響くとヒットポイントが最大値から5分の1ほど減退する。

幸いにも木製の壁面に激突したことでそちらのダメージは少なかったものの、咄嗟の防御に使用した刀は、相手の腕にカウンターの切り込みを入れた代償に少しばかり後ろへと曲がった。


「くそっ...」


刀は曲がっても一日放っておけば元に戻るのだが、自身も深傷を負った今はそんな悠長なことも言っていられない。

そう思った暦は刀を床に突き刺すと、ポーチから長さ10cm程の大針を三本取り出して投擲する。

二本は硬い肉に防がれて地面に転がったものの、残る一本が首に刻まれた傷に突き刺さった。


突き刺さった針は赤いランプが点滅させながら無機質な機械音を鳴らし、3秒ほどするとピーッと甲高い音を響かせて大爆発した。


流石のモンスターといえども内側からの爆発には耐えきれずに首の半分ほどが失われていた。それでも未だに絶命せずにうめき声を上げる様から人間には無い、高い生命力を感じさせられる。


「ハァッ!」


瓦礫の中から飛び出した暦は、背中に手を回して大振りのダガーナイフをレッドオーガの傷に突き立てる。

さらには首に取り付いて馬乗りになって突き刺したナイフを傷口の中でひねった。

これには流石にタフな赤鬼といえども白目を剥き、首と口から赤い血を流して、体をビクビクと痙攣させるとやがて動かなくなった。


暦は事切れた赤鬼の上がら退いてフラフラとした足取りで壁に寄りかかる。


「今の刺突で死ななかったら、転がってたのは俺の方か...」


落ち着いて2つの亡骸を見てみれば、暦が付けた傷の他にも無数の弾痕や皮膚に突き刺さった銃弾が頭を中心に広がっていて、彼が駆けつけた時には、2匹の赤鬼は既に瀕死とも言えた。

だからこそ傷を癒すための食事に専念していて暦の先制攻撃を許したのであろう。


付近に散らばるのは、血肉の他にも引き裂かれた布切れや砕けた装甲、壊れた銃器のパーツが飛散している。2人は無惨に引き裂かれた後で、身元はおろか性別さえ判別がつかない程に破壊されていた。

轟の言葉からしてガーデンの人間だと見て間違いないその惨殺された遺体に、暦は黙って手を合わせる。


「ありがとうございます。あなた方のおかげで助かりました」


暦が心からの感謝を述べると、不思議なことにその周囲の空気がわずかに軽くなったような気がした。


祈りを終えると...というよりも、耐え難い激痛によって自分の右脇腹を押さえる。


「くっ....あばらが二本は折れたか。刀は...まあ使えなくはないな」


暦は患部を摩りながら呻き、曲がってしまった刀は鞘に戻せないので抜き身のままで紗季達の待つ車両へ足を運ぶ。

刀は曲がったとはいえ、打刀が反りの浅い太刀になったくらいで誤差と捉えた。


しかし怪我はそうもいかない。

現状、ただ動く分には痛いだけで済んでいるが、この先にも強敵との戦闘が控えていると考えれば、それはあまりにも重過ぎる負傷だと言えた。


「お兄ちゃん!早く見せて!!」


轟が吹き飛んできたお陰で、戦闘を行った車両から紗季たちのいる車両までは吹き抜けになっていたものの、先にもある通りカーブした線路の関係で彼女たちに暦の戦闘は見えていなかった。

影からフラついた様子の兄を見て血相を変えた紗季は、急いで駆け寄ると慎重に患部の様子をうかがう。


「肋骨をやられた...息に血は混じっていないから...肺には異常は無い筈だ」

「わかった。ちょっと痛いけど我慢してね」


そう言うと彼女は兄の袂を開いて蒼くアザになった胸部を露わにすると、そっと耳を当てる。


「ッ!」

「ごめんねお兄ちゃん!・・・ゆっくり呼吸をして」


暦は言われた通りに妹の診察を受け、紗季は様々な方法で兄の容態を調べていく。一通り調べ終えると、紗季は安堵の息を()く。


「よかった、本当に肺には異常が無い。これなら胸部固定と安静ですぐに骨もくっつくと思う」

「・・・悪いけど、応急手当てで固定と鎮痛剤だけ処置してくれ。まだ大将を討ち取っていない」

「ダメだよ!こんな傷じゃ碌に戦えない...人間相手なら私が殺るから、お兄ちゃんはここで休んでて!」


扉の破片と持ち物で作った急造のプロテクターを取り付けながら、紗季は必死に首を振る。


「ダメだ」

「駄目じゃないよ!今戦ったらお兄ちゃん間違いなく死んじゃうよ⁉︎そんなの嫌だよ....お兄ちゃんの居ない世界なんて生きる意味が無いよ...」

「ーーーそれは、俺も同じだ」


泣きそうな表情(かお)で訴える妹の頭を撫で、痛む身体に鞭打って抱き寄せる。


「紗季は俺の全てだ。なあ紗季、俺は世界の全てが紗季の存在を否定したって、たった一人で庇うと決めた。もしも俺の手が届かないところで万が一でもあれば、世界なんて滅んだっていいと思ってる」

「お兄ちゃん...」

「愛は表裏一体だ。自分が相手を想う以上に、相手だって自分を想っている。ーーー紗季はちょっと熱くなりがちだからね、それを覚えててくれ」


なだめる様に、鎮める様に、優しく語って聞かせると、あれだけ頭に血を登らせていた紗季は落ち着きを取り戻していく。


「・・・お兄ちゃんは死なないよね、お兄ちゃんは私を置いていかないよね?」

「ああ」


泣きべそをかく妹の頭を撫で、暦はできるだけ優しい声で短く返事をした。

紗季はパッと兄の身体から顔を離して涙を拭うと、目尻を赤くしたまま笑顔を浮かべる。


「・・・うん、わかった。愛してるよ、お兄ちゃん」

「俺もだ、愛している。ーーーさあ、処置してくれ」


テキパキと治療が進められ、胸当ての様にプロテクターが装着されて、短時間用の眠気を伴わない鎮痛剤が投与される。


「ありがとう。これで少しは動ける様になった」

「ううん、お兄ちゃんも無理はしないでね。いざとなったら二人で逃げよう?」

「・・・それは難しい。ここは荒野のど真ん中だ。しかも鉄道が通ったせいでキャラバン隊ももう見かけない。外へ逃げるのは愚策だぞ」


突然の忠告に暦はハッとなって、声のする方を向いた。

視線の先には、腕に端材の固定具を取り付けた先のガーデン生が壁に寄りかかって座っていた。


「起きていたのか」

「今さっきな。助けてもらった上、君には怪我をさせてしまった。すまない、この恩は必ず返す」


紗季の治療を受けて、多少は回復している様子のガーデン生が暦達に深々と頭を下げる。


「いや、礼には及ばない。貴重な人材が死にかけていれば助けるのは当然だ」


暦はそれを手で制したが、それでも彼は食い下がらずに頭を下げ続けた。


「そうかもしれないが、例を言わなきゃ俺のプライドが許さない。それと、謙虚は美徳だが、礼を拒むのは非礼だぞ」

「・・・そうだな。ところでその言葉、貴方も東の出身で?」

「うむ、よもや同郷の者に命を救われるとは思わなかった。これも何かの縁なのだろうな」


頭を上げて、「まあな」と彼はウインクする。


先ほどまでの訛りと、現在彼が使っている流暢な東の言葉。そして水上兄妹と同じ艶やかな黒髪は、疑うまでもなく東洋人のものだった。


「カラの出身で、名を轟という。元は国の武官だったが、皇帝の命によりガーデンに籍を置いている。よろしくな」

「おお、カラ大国の...俺は暦で、こっちは妹の紗季。こちらこそよろしく頼む」


簡単な自己紹介を終えてお辞儀をしたところで、轟がジッと暦のことを見つめ、口を開いた。


「暦、君たちは大和の民かな?」

「何故?」


そう指摘されると、暦の肩が軽く震えて雰囲気が変わる。


「君らの名は我が国の基準のものではない。それにその、夜の帳を写した様な黒髪はかの国民の特徴だ」

「どうだろう。空似ということもあるでしょう」


武官という自己紹介に危機感を感じて、敢えて称名を隠した暦であったが、一瞬で見破られたことにわずかながら動揺した。


「彼の国の沈没後、大和の民はわずかに残った土地で密かに暮らしていたというが、数年前にその地も民諸共水底に沈んだと聞いていた。直前に旅立った二人を除いてな。君らはもしかしてーーー」


ーーーこの男を助けたのは間違いだったかもしれない。


そう感じた暦が刀に手を伸ばしかけた瞬間に、轟は表情を崩して手を上げる。


「おっと、これ以上の詮索は無粋だな。カラの民は恩義を重んじる。この事は忘れよう」

「そうだな。それは他愛の無い憶測...気に留める必要もない」


暦の気配が変わったことにいち早く気づいた轟は、改めて敵意がないことを示したのだった。それを汲み取った暦もまた、不必要に食ってかかることもなく肩の力を抜いた。


「ところで、今この列車は不思議な気配に包まれて人は意識を失っている。どうやって起きたんだ?」


思い出したように尋ねてきた轟に対し、これにもどう答えたものかと暦は頭をひねる。

詮索はしないと言われても、やはり手の内を明かすような言動は控えたい暦である。故にこれも曖昧な説明でぼかすことにした。


「あー...ずいぶん昔に祖父から聞いた厄祓いのまじないを試したんだ」

「なるほどな、我々もだ。先輩たちには起こしてから気のものだと笑われたけどな...」


はははと笑いながら遺体のある先頭車両の方へと視線を向ける。数分前までは笑いあっていた仲間が、今では物言わぬ屍だ。

この無情こそがこの世の常であり、逃れられぬ定めなのだと。轟は黙ってそう反芻(はんすう)する。


「・・・改めて、戦える様なら協力してほしい。正直言って件の男は人間とは思えない力を持っている」


キッと表情を正した轟は、既に気持ちの整理がついている様子で、それどころか眉間にしわを寄せてつい先ほどの戦闘を思い出しているのか、その表情は語るに連れてどんどんと険しくなっていった。


「あの男に睨まれると、俺たち戦いのプロでさえ新兵(ルーキー)の様に萎縮して冷静さを欠く。あれは蛇に睨まれた蛙の様な...天敵を目の当たりにしたみたいな、そんな恐怖だった。ただこちらを見ているだけだったのにッ」

「となると...正面からは勿論、迂闊に間合いをとることもできないか」


これは相性が悪いと暦は眉をひそめる。

接近しづらい、間合いが取りにくいというのは剣士にしてみれば重いハンデを背負わされて戦う様なものだ。


ーーーここは銃を使う轟に頑張ってもらうしかないか。


チラリと水上兄妹の視線が轟に刺さる。


「え、俺にアレの相手をしろってか?」


暦も紗季も得物は剣で、近接戦型。

投擲武器も無くはないが、威力も精度も銃には大きく劣る。ならば当然、ガンナーの(かれ)に白羽の矢が立つのは当然の流れだった。


「それが最も確実だな。手持ちの武器は他に無いのか?」

「今ここにはな。ーーーだが部屋に戻れば対モンスターライフルがある。マズルブレーキで内装は吹っ飛ぶだろうが、急所にさえ当てれば中型モンスターにだって致命傷を与えられる。人間大の奴なら、どこに当てても運動エネルギーとソニックウェーブの暴力で木っ端微塵だ」

「なら決まりだな、一度それを取りに行こう。部屋は?」

「ちょうどこの先にある。奴らとの戦闘は部屋から出た途端の出会い頭でビックリした」


ケラケラと笑いながら、彼は先の死闘の前半を語って聞かせる。本人は軽く笑い飛ばしてはいるが、水上であっても絶望的な戦いだったことが判明する。


「まっ、悪運強く俺だけ生き残っちまったけどな」


部屋に入り、ライフルを組み立てながら語っていた彼はそう話を締めくくる。

それは戦場に身を置くもの独特の、ユーモアある語り口調で自分の事であるのに物語のようだった。


「よく言えるな」

「悩むのは文官と高級士官だけだ。下っ端は精々、命大事に皆んな頑張れさ。ーーーほいできた」


呆れたような感心したような暦の言葉を一蹴すると、最後にマガジンをはめて銃の完成を告げる。


「ほいじゃあ、第2ラウンドと行こうぜ、水上クン」

--------------------------M.Gメモ-----------------------


マーセナリーズ ガーデン

対モンスター用の傭兵を育成している大規模施設。

入学直後の初年生は年齢に関係無く訓練兵団に所属され、そこで筆記、実技などの試験や戦闘訓練、実地演習を1年間みっちり行い、各兵団の入団試験に合格すると正式なガーデン生となる。

(不合格者は退学)

その際に入ることのできる兵団は、一般兵団・衛生兵団・技術開発班の三つに分かれている。

各兵団は、兵団長が兵団員の中から一人が兵団管理委員によって任命され、その兵団長が副団長を任命する。




ーー下位兵団ーー

組織図的には横並びとされ、各兵団ごとに公式の上下関係は無い。


【一般兵団】

ガーデンの戦力を担う兵団。最前線で戦い、多くの実績と傷を重ねる。

剣士団と銃士団に分かれ、そこから・・・課と細分されている。それぞれの課は副団長が統率する。

・剣士団

片手剣課

両手剣課

短剣課


・銃士団

中近距離射撃課

狙撃課

爆撃課


【科学開発班】

世界最高峰の科学技術を誇るものの変人の巣窟と呼ばれており、常に怪しい実験や武器の開発を行っている。造機・造船関係もこの部署が担当しており、ガーデンの中枢を形作る重要な場所。

外部の優秀な技術者であっても、希望制で専門家としての直接採用を行う。


片手間に開発された武器類はガーデン内武器ショップで販売している。性能は良いがどれも高額なためか人気は無い。


【衛生兵団】

ガーデンの医療全般を担当する兵団。

内外科医療から化学製薬課まで揃い、技術開発班と共に世界最高峰の技術を誇る。




ーー上位兵団ーー

それぞれの兵団に序列が割り振られ、上から高等兵団・ドラゴン討伐隊・兵団管理委員会・艦政本部という順序。



【高等兵団】

各兵団の中でもコミュニケーション能力・判断/分析能力が優秀とされる(兵団長込み)20人は年度末に高等兵団への入団許可が下り、個人の判断で入団できる。一般に士官と呼ばれるのはここに属する人間。

いろいろな現場に指揮官として異動させられる為、任官後は陸上・海上での戦闘指揮が正しく行えるようにする訓練がしばらくの間行われる。


さまざまな場面において部隊のリーダーや副リーダーとして活動することとなり、数人が現地に赴き、作戦の立案や現地での交渉、部隊指揮を行う。


高等兵団長のガーデン序列は2位。全兵団の統帥権を預かり、発言力も兵団管理委員の次となる。


【ドラゴン討伐隊】

ドラゴンの討伐を専門とするために航空戦を行うエリート戦闘集団。ガーデンの花形である反面、職務柄特に高い戦死率を持つ。

全ての兵団の中から戦闘能力において特別優秀であると判断された人材が討伐隊長からの直接指名で任命される。


討伐隊長は直接部隊の指揮を執る他、ガーデン内での序列が実質3位となる為、デスクワークと戦闘任務の板挟みにされる。


【兵団管理委員】

白い制服を纏い、全兵団のありあらゆる物資補給及び情報管理の元締めを行っている他に、ガーデン内の規律管理を部署。直接物資補給を担う下位組織、主計科を持つ。

委員長の序列は4位だが、強い憲兵権限と発言力を持ち、緊急時は学園長の意見以外を無視することも可能である。


【主計科】

管理委員会の下部組織で、日用品から戦略物資まで、ガーデンで必要となる全ての物資を調達、分配する部署。

大きな権限こそ持たないが、機嫌を損ねると嗜好品等の娯楽物資を減らされるため、各団長や兵団の経理課は弱腰になる。


【艦政本部】

ガーデンの船舶を管轄する部署。直属の下位組織として艦隊科を持つ。

主な役割は船舶艦艇の補給整備や増強計画の作成といった後方業務。司令官クラスはここに属する。

所属には高等兵団からの異動や艦隊科からの昇進が必要。


トップは艦隊司令長官であり、ガーデン内での序列は5位。


【艦隊科】

実際に船舶艦艇を運用する部署で、艦政本部の下部組織。乗組員層がここに属してそれぞれの船を動かしている。

基本的にはそれぞれの兵団から希望制、人員不足時等は必要であるなら一時的な任命で籍を得ることが可能。

現場指揮官クラスは高等兵団から異動により回されてくる。

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