〜荒野の国で〜
初めまして、ゆーやミントと申します。
今回が私の初投稿となりますので誤字脱字の他にも粗相があれば何なりとコメント欄に書いていただけると嬉しいです。(ただし、荒らし等はやめて下さい)
リメイク開始しました!
ーーーそこは人間にとって絶対的な強者であるモンスターが徘徊し、多くの人々が自国の城壁の中に閉じこもって生活をしている世界。
しかし危険地帯を駆け抜け、国の依頼に応じて厄災の根源となっているモンスターを駆除する為の傭兵を育成する機関があった。
「ターゲットは順調にコースを走っている。到着まで後3分!」
荒れ果てた大地の上に一筋の土煙が立ち上り、駆けていく。
その発生源は四足歩行の大型獣。無残に引き千切られ、至る所が煤けてはいるものの、もとは立派な銀色の体毛出会った面影が残っていた。
『獲物がまもなく射線に入る。各員そのまま誘導を続け、合図とともに散開せよ』
「「「了解」」」
ノイズ混じりの声に了承の声が続いて、ある者は速度調整のために銃撃を、ある者は方向修正のために刃をきらめかせる。
「ちっ!銃弾じゃちっとも効果が無いナ」
「愚痴は後にしろトドロキ!1人だけ棺桶で帰りたいか?」
「すみまセン、先輩!」
呟きを叱咤された青年は上官の地獄耳に肩を竦ませながら手に持った拳銃を撃つ。
しかし、鈍い音を立てただけで目立ったダメージを与えられていない武器の火力不足に再びため息を零す。
獣の正体はスチールウルフという名のモンスターで、鋼鉄の様な毛皮に身を包む体長は3m近くもある獰猛で危険な狼だった。
名前にある通り、鋼鉄のような体毛が防弾繊維の役割をして銃撃ではダメージが通らない。
ーーーま、仮に毛が無くっても、あの弾力のある相手じゃゴム弾みたいなもんだけどさ。
せっかくの初陣で活躍の場ができたと思えば、こんなサーカス染みた真似をしていることで彼はプライドを傷つけられた様な気分になっていた。
『準備良し!総員退避!』
再び通信が入ると、全員が扇状に散開する。夢中で走る巨狼は彼らが居なくなったにも関わらず走りつづけ、やがて岩の無いところまで躍り出た。
「撃てッ!」
号令と同時に轟音が轟いて高台に設営された25cm砲弾が真っ直ぐに飛翔、直撃した。
「ッッッッ!!」
運動エネルギーの暴力によって自慢の身体を撃ち抜かれた巨狼は、断末魔の叫びさえ上げる間も無く胴体断裂させてこの世を去った。
後には砲弾の爆炎によって燃える亡骸が自然に帰るのを待つのみだった。
「ターゲット撃破、任務達成だ」
砲座で拳を握りしめた指揮官が無線機に手を伸ばすと、ホッとした声で作戦終了を告げる。
「皆んなでガーデンへ帰るぞ!」
彼らの名は【マーセナリーズ ガーデン】
この世界で唯一の、対モンスター傭兵機関だった。
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高く分厚く、見るからに頑丈そうな城壁で囲まれた、荒野の中にポツンと存在する中規模な都市国家。
産業といえば、硫黄とわずかな貴金属の採掘程度しかない都市ではあったものの、近年では荒野の中心に近い場所にあることから列車の中継基地としてかつて無い繁栄を得ていた。
都市は、中心から各城門まで放射上に伸びた中央通りが存在し、その脇には柔らかい岩を削って漆喰を塗った家々が立ち並んでいる。
小道には怪しげな出店が多く軒を連ね、人種も種族も数多で、雑多な雰囲気の通りに青年の声が響く。
「おーい紗希ー、どこだーい?」
声の主は十代後半の東洋人、袋を肩に担ぎキョロキョロと首を動かして誰かを探していた。
彼の格好はゆったりとした袖口の付いた東方の格好で、もっぱら洋服がメインの街の中では浮いている。
しかし行く人行く人がすれ違う度に振り向いたのにはいくつかの原因があった。
一つに艶やかな黒髪だ。やや旅疲れてはいるものの、極東にしか存在しないはずの純然たる漆黒の髪の毛は多くの通行人が目を止めるところであった。
続いてはその容姿にあっただろう。二重まぶたのスラリとしていてキツ過ぎないつり目は、真っ黒な瞳をその中に納め、鍛え上げられた中背中肉の体は服の上からでも無駄な肉を感じさせない。ちらほらと見かける若い女性からの視線を奪っていた。
最後には、『ウルシヌリ』という方法で塗装された、真紅の鞘に納められている『刀』という剣の存在感があった。
折れず、曲がらず、よく切れると三拍子そろった東方の島国の剣なのであるが、製法が遥か昔に失われてしまっているため数が非常に少なく、物によってはこれ一本で家が建つと言われる程高価な代物である。
商人やならず者達は舌なめずりと共に、血走った目で見ていた。
「・・・」
怪しい視線以外は全く気にせず、わずかな警戒心と、剣をすぐに抜くことのできる気構えのまま、青年はしばらく首を動かして足を進める。その足取りは、呼びかけながら誰かを探しているとは思えないほどはっきりとしており、まるで見えない足跡を追っているようでもあった。
そして、道端の出店も行き交う人も無くなり、大衆の喧騒さえ遠巻きになった頃、一本の脇道を見つめて止まった。その脇道は昼間だというのに薄暗く、目を凝らすと何人かの人が誰かを取り囲んでいるのがわかる。
「.....ですからそこをどいて下さい」
「いいから嬢ちゃん、俺らに付いてきな」
「悪いようにはしねぇからよ」
「そーそー、俺らと来ようぜー」
一人の女の子が四人の男達に囲まれていたのだ。荒くれ者たちが可憐で小さな少女を取り囲んでいる時点で、人攫いか強姦魔のどちらかだと簡単に想像がつく。
少女は白いシャツにスカートで、ケープを羽織った洋服姿だったが、青年と似た雰囲気で、陶磁器のように白い肌とスラリとした目鼻に紅い唇、風にたなびく艶やかな黒髪。
薄汚い男たちとは縁もゆかりも無さそうなのは一目瞭然である。それにもう随分と足止めされているのか、丁寧な口調とは裏腹にイライラとしていた。
ーーーそう。彼女は狭い路地で男達に言い寄られているにも関わらず、怯えることもなく、ただ苛立っていた。
そこに先程の青年がわざと足音を立てて踏み寄ると少女は気まずそうな笑顔を、男達は険悪な表情を浮かべる。
「見せもんじゃねーぞゴラァ」
「死にてーのか!」
「殺っちゃうよー?」
「・・・・」
青年は小物感溢れる男達を流し、一番奥で壁に寄りかかる黒いコートを着た男をジッと見つめる。
その男も静かに青年の目を見ると、後ろを向いて路地の奥へ消えてしまった。
「あ、てめぇ!」
「逃げんな!」
青年はしばらく路地の奥を見つめていたが、すぐに居なくなった男を罵倒する男達を無視して、その中の少女に声を掛ける。
「紗希、こいつ等は?」
「人を脇道に誘い込む不審者だよ、お兄ちゃん」
紗希と呼ばれた少女は白く美しい眉間に皺を寄せて訴える。
「そう、わかった」
青年は妹に優しい笑みを向けると直ぐに手前の男達に振り返って、同一人物とは思えないような冷たい視線を向ける。
その目を形容するならば、研ぎ澄まされた一振りの剣が如きものだった。
「妹にまだ手を出していない事に免じて、十秒待ってやる。命が惜しくばさっさと失せろ」
男達はこの言葉に怒り顔を真っ赤にして声を上げた。
「ああ?剣持ってるからって図にのんなよガキ!」
「怪我すんのはテメェーだよ」
「剣持ってるのは俺らも同じだぜ」
「九、八、七....」
彼は男達を無視し続けて着々とカウントダウンを進めた。その間、柄を握った手は決して離れない。
「殺れ!」
一斉に剣を抜いた男達は狭い路地の中で器用に動いて暦に切りかかる。
男達の剣は無骨な形で、プレス加工で生まれた鉄板の側面を研いだだけの様なおざなりな代物だったが、それ故に切りつけた肉を噛み切りそうな独特の不気味さを持っていた。
「五、四....」
気にも留めずにカウントを続ける青年に凶刃が迫る。
男達の剣術は、今までの経験から多少の心得があるようだが、習った訳でも実戦の中で磨かれたものでも無いらしく、青年に剣筋を悟られて紙一重で躱かわされた。
「二、一....」
頭目らしき男が横薙ぎに切りかかってきた刃を体を大きく仰け反らせて躱し、斬撃の勢いを殺すために切り込んだままの姿勢で固まる男の鳩尾へと爪先を突き刺した。
「零」
カウントダウンを終えると同時に男の体は宙に舞い、後方の男の上へと落下する。
十字状に倒れ込み、下敷きになった方は剣を取りこぼしてもがいた。
「お、おい!退どけ!」
「・・・。」
落下してきた男の体を揺すって叫ぶが返答は無い。男は白目を向いて口から血を流していた。
「なっ・・・」
あまりの早技に、男達は絶句してしまうが、青年の攻めはそれで終わりではなかった。
振り上げた足を素早く引き戻して地面を強く蹴る。前へと飛び出して手前で一度軽くジャンプすると、見事に下敷きになっていた男の喉に着地した。
「アガッ!」
ゴキッと何かが砕ける音と鈍い手応え...いや、足応えが身体に伝わる。
残った一人はあっという間にやられてしまった仲間を見て放心していたが、暦が鞘に手を添えて鯉口を切ると、奇声を上げながら紗季の首元に刃を突き付けた。
「動くな!こいつがどうなってもいいのか!!」
「・・・」
青年は動じた様子もなく、構えを解いてみせた。
しかしそれが降伏故の行動ではないとゴロツキも勘づき、嫌な予感を抱きながら眼下の少女に視線を移す。
特に表情を変えた様子もない少女に不気味なものを感じつつ、突然感じた胸の不快感に空いた手で患部を触れると、ぬるりと温かなモノを感じた。
「え?」
紗季の手に握られた小さな刀が自分の胸を突き、高まる鼓動に連動して出血を増す傷口を覗くと、その刃が的確に大動脈を貫いている事実を否応なしに実感させた。
突き刺された時とは違って、感触を伴って鋼の刃が引き抜かれると噴水の様に吹き出した血が少女を濡らした。
「おま..えら....何...」
壁伝いに腰を落とした彼の言葉は、失血により最後まで続くことなく永遠に途切れた。
「ありがとう、お兄ちゃん!・・・でもこれ、汚いなぁ」
血濡れた紗季は満面の笑みで兄にお礼を告げ、そして赤く染まった半身に口を尖らせた。
「無事でよかった....けど」
また元の様子に戻った青年も笑顔で礼を受けつつ、微かに口元をつり上げた。
「どうしてそう返り血を浴びる手口を取るんだい?いつも言ってるだろう」
「ごめんなさい...」
叱られてシュンと萎縮する紗季は過去と同じ言い訳を繰り返した。
「汚いけど、こうした方が命を直に感じられるんだもん。それに、どんなに汚くて、醜いものでも命は温かい...それを感じたいんだ」
刀身に残った血をすくい、指で捏ねまわしながら言い訳を続ける。
「それにこっちの方が早く成長出来るよ!お兄ちゃんもこうした方が効率がいいのに」
「・・・そこは趣向の違いかな」
苦笑いをしたまま妹の頭を撫で、そっと抱き寄せた。
「本当に、何もなくて良かった」
安堵の息を吐いた青年はポンポンと彼女の背を叩き、表情を一転する。
「さあ、いつまでも血みどろのままじゃ居られないよ。向こうに水場があったから、そこで体を洗おう」
「はーい」
ニコッと笑って、紗季は半歩先を歩く兄の後に続いた。
少しして、青年の記憶通り人の少ない水場で紗季は衣服を脱いだ。
「やっぱり、人が居なくっても外で脱ぐと恥ずかしいね」
「それが嫌なら、あんまり汚さないで欲しいんだけどなぁ」
青年は愚痴をぼやきながら荷物の真水で妹の髪と体を流すと、続いて石鹸で血の脂分を落としていく。一方で紗季は目を閉じて地面に座り、兄に身を任せつつ組み上げた水に衣服を漬けて揉み洗いをしていた。
一見、年端もいかない兄弟であれば微笑ましい光景も、成人を迎えた兄とそれに近い妹ですると背徳感が漂う。
「この街はフラフラしてると危ないって言っただろう、どうして離れたりしたんだ?」
「ごめんなさい。でもね・・・猫ちゃんがイジメられてたの」
心地好さそうに兄に体を清められながら、薄っすらと開けた奥には、鈍くて暗い目が虚空を見つめていた。
「汚いよね、人間って。自身の愉悦の為に弱者を痛めつけてさ....そんなの、自分の脆弱さを大声で知らしめているのと同じなのにね。どうしてそれがわからないんだろ?」
「・・・・。大昔に、この辺りを治めた国の将軍がこう嘆いたそうだよ。『人間は、見たいものしか見ることができない』ってね。この言葉はきっと、紗季の悩みと同じだと思う」
言葉を紡ぎながら、彼は泡を真水で洗い流し、タオルで水分を拭き取っていく。
「信念だとか、薄っぺらい見栄に取り憑かれて、いつの間にか正常なものの見方が出来なくなる。いつしか綺麗な嘘か、限定的な現実だけが事実に見えてくる。人間の種族病だと言っていいかもしれない」
「その病気は、治らないのかな?」
見上げてくるあどけない頭を撫でつつ、青年は残念そうに首を横に振る。
「残念だけど、それは無理だ。俺も紗季も、人間である以上はこの病から逃げられない」
「・・・嫌だなぁ。私も、あんな醜いものと一緒だなんて」
指が食い込むほど強く自分の体を抱きしめる妹の体を、彼は背後から包むように抱いて、ピクリと反応する細い体が震えているのを、ゆっくりとなだめるように頭を撫でる。
「んっ」
「大丈夫だよ。それに気づいている紗季は、他の人よりもずっと綺麗だ」
「・・・」
その言葉には返事をせず、代わりに自らの体を拭く兄の手を取った。そしてそれを胸元に寄せて抱きしめた。彼はわずかに冷んやりしながらも、奥の方が温かく柔らかな感触2つと、少し早い鼓動を感じた。
「お兄ちゃん、綺麗に...して欲しいな」
「・・・今、してるだろう?」
「ううん。私の、ナカを」
ゆっくりと下っていく手を、彼は途中でやめさせる。
「今は駄目だ。また今度な」
「んーっ、お兄ちゃんとなら欲しかったのに」
文句を言いつつ、テキパキと汚れものを片付けて新しい服に着替えた紗季は一度頬ずりしてから立ち上がった。
「ところで、もしあのまま攫われてたらどうするんだい?」
「他に気配も無かったし、私が皆殺しにして戻るつもりだったよ?」
「慢心は身を滅ぼすぞ。特に奥に控えていた男からは変な気配を感じた」
「そうだったかな?私は気にならなかったけど...」
「そっか。気のせいなら良いんだけど」
一応はと頭の片隅に留め、今は感じない男の気配については一先ず忘れることにした。
「さあ、買い物にでも行こうか」
「うん、お兄ちゃん」
紗季は嬉しそうに暦に近づくとそっと腕を組み、彼は溜息を吐ついてから歩調をさりげなく紗季と合わせた。
メインストリートに戻った2人は、携帯食や医薬品といった旅の必需品を揃えるため、雑多な出店に寄ることもあれば、シャンとした店舗に入りもした。
紗季は現在、薬屋に居た。
「おじさん、軟膏と血止め薬に包帯を下さい!」
「はっはっは、いい買いっぷりだな嬢ちゃん。邪魔じゃなけりゃ毒消しをオマケしとくぜ!」
「じゃあ3つ下さい」
「おお、持ってくねぇ。いいぜ、3つ付けて値段はそのままの銀貨5枚だ」
「ありがとうございます!」
彼女は店主と楽しげに話しながら買い物をする。買い物は妹に任せて、青年はすぐ側の広場の一角で巨漢と対峙していた。
「さあ、勝ったら金貨10枚だ!」
蝶ネクタイをしたヤクザな男が高らかに言う。
ロープで仕切られた場所に暦は立っており『力自慢、この男に勝てれば金貨10枚!』とウエストエンドの公用語で大きく書かれた看板がその横に立っていた。
割の良い日雇い労働者の日当相場がおおよそ大銅貨25枚程。金貨10枚といえばその400倍に相当する。既に数人の男たちが叩きのめされた後らしく、リングの横には青あざを作りながら二人の様子を眺めている。
身長は頭一つ以上離れ、体格は一回りも異なる大男対、筋肉はしっかり付いているものの筋骨隆々な訳でもない青年とのマッチングは、皆が一瞬の勝負だろうと予想していた。
しかし実際のところ男は、身軽に動き回る青年によって汗にまみれて片膝を突き、疲労で顔は歪んでいる。
その光景にはギャラリーもレフリーも、唖然とした様子で、喧騒さえ忘れて夢中で見入っていた。
元々このゲームは、妹の買い物を店の外で待っていた折に野次馬の集った広場を見ていたら偶然目をつけられ、なし崩し的に参加させられたので適当にあしらった後だったのである。
「おおおおおおお!!」
のそりと立ち上がった男が、腹の底から絞り出した雄叫びが響き渡り空気を揺らす。
対する青年は腰を落として肩の力を抜き、構えた拳は握りしめずに軽く開かれる。
それは【受け流し】と呼ばれる、相手の力を利用して攻撃を逸れせる東洋独特の格闘術で、正面からの力比べが基本の西洋格闘とは根本から異なった戦法であった。これによって青年は大衆の予想を裏切ったのだ。
そして前傾姿勢になると拳を腰の位置に構えて突進してきた。
「くたばれクソガキィィィ!!」
踏ん張りと同時に突き出される拳の軌道をしっかりと、けれど素早く見切る。ベクトルを変えられた一撃が空を切ったと同時に腰の回転を利用して踵を男のコメカミに叩き込んだ。
「ほがぁ!?」
男は気の抜けた声を出すと、白目を剥いてその場に倒れた。その様子を見た審判の男は、青ざめた表情になって側に寄った。
「う、嘘だろアレックス。あんたが負けるだなんて!あれは演技じゃなかったのか!」
「それは健闘した彼に対する侮辱だ。例え見世物の商人でも、黙って肩を叩くか、手を差し出すのが道理だろう」
ふうと一息ついて構えを解いた青年は、レフリーに冷たく言い放つ。
「まあ、流浪の者に説教をされるのは尺だろうからこれ以上は言わずに、金だけもらって立ち去るさ」
「くっ...」
それでも相手は金貨の詰まった袋を渡そうとはしない。だがそれは金を惜しんでの行動というよりは、何か気兼ねがあっての行動のようにも見え、その様子に彼はスッと目を細めると、腰の刀を一閃して皮袋の底を斬り飛ばした。中から金色の硬貨が10枚こぼれ落ちる。
「あっ!」
必死になって伸ばした手の先にある硬貨にダガーナイフが突き刺さり持ち上がっていく。
刃から引き抜いた硬貨を半分に割り、断面を覗くと青年はニヤリと笑った。
「よく出来てる。銅と銀の合金に金の鍍金ってところか?滅茶苦茶な混ぜ方だが、比重はほとんど純金と同じ、素人目や手に持たせた程度じゃ、金貨とは縁の無い庶民には判別なんてできないだろうな」
「い、いや...それはっ、どうしてそんなことが言えるんだ!第一、俺たちが偽造するなら本物が必要だろう?これは偶然の事故だ!」
青年の言葉を聞いて、ギロリと攻め立てるような目を大衆から向けられた男はしどろもどろに言い訳を始めた。彼はさらに追い討ちをかける。
「この勝負の挑戦料は銀貨三枚。一枚を大銅貨に崩して、もう一枚と合金。残った一枚は貯めて本物の金貨と換金。それを溶かして鍍金した....ってところかな?鋳型の金貨は、最初こそ本物でやっていたか、盗品だろう」
「お前...」
見たのかと言いたげな表情が事実だと証言する。
「さてだ。貨幣の偽造は重罪だ、死刑は免れない。これだけの人目に見られてちゃ証拠隠滅もできない...そこで提案だ」
青年は腰を下ろして指を二本出すと、指折りしながら告げる。
「一つは、法のもと裁かれて罪を償うこと。もう一つは、怒った観衆の鉄拳制裁を受けて慰みものになること。さあ、どっちを選ぶ?」
「ふざけるな!どっちも同じじゃねえか!!」
怒鳴り散らすなり、彼は人混みを掻き分けながら、その中へ逃れようと走り出した。
その様子を見て青年はたった一言だけギャラリーに唱える。
「行け」
すぐに男は襟首を掴まれて引き戻されると、まず挑戦者たちに暴言を吐かれながらタコ殴りにされた。
「テメェ!よくも舐めた真似してくれたなぁ!!」
「この詐欺野郎!金貨10枚たぁよくもぬかしやがったな!」
「や、やめっ...悪かっーーー」
次いで、地面に伸びていたアレックスが拘束されると、大衆は彼を荒縄で縛り上げた。
「どけっ!・・・何事だ!」
流石に騒ぎが大きくなったのか、衛兵たちが乱闘の野次馬を割って入ってくるなり、状況を見てギロリと周囲を見回した。
「この野郎らが、賞金の金貨を偽装してやがったんだ!」
「何だと⁉︎」
裂けた金貨を受け取った衛兵の1人が断面を確認し、さらに硬貨の縁をナイフでわずかに削ると上司に頷いた。
「偽物です」
「そうか」
短いやり取りの後、現場指揮官が腕を上がると、速やかに両名が拘束され、手槍が突き付けられる。
「治安維持の協力に感謝する。誰が暴いた?」
その問いかけには誰も手を挙げず、そういえばと辺りを見回したが、そこに件の青年の姿は無かった。
「そうか、残念だ」
「見た目なら覚えてる!珍しい黒髪のチビで、よく似た雰囲気の子供を連れていた」
「黒髪、渡来者か?」
「そんなような事を言ってたな」
ふと誰かが言ったヒントに、偽装金貨のチェックをしていた若い衛兵が反応した。
「あっ!自分に心当たりがあります」
「どんな奴だ?」
「3日前に入国してきた東洋人です。私の立合った入国審査で出くわしたので、よく覚えています」
「世間は広いようで狭いな。・・・で、そいつの名は何てんだ?」
「ええっと...」
容姿ばかりで名前までは...と言いかけたところで、偶然目に入った広場の水時計に埋もれていた記憶が刺激された。
「水時計...そうだ!ミズカミです。コヨミ=ミズカミ!」
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【水上兄妹について】
・水上 暦
Lv.1100
HP:14300
属性:悪・奔放
年齢:19歳
誕生日:7月8日
身長:176cm
体重:67kg
装備品:名刀・加州/ダガー/爆雷針
備考
本作の主人公。東方の地の出身の刀を携えた1青年で、その若さにそぐわないレベルと卓越した戦闘能力を持つ。
史学と生物学を得意とするほかに語学力に優れ、外国でも訛りなく会話ができ、わずかなイントネーションの違いも周囲の発音から学んで修正する。
妹の紗季がいつも傍におり、彼女に危害をくわえる者は人だろうとモンスターだろうと容赦しない重度のシスコン。
水上 紗希
Lv.650
HP:8450
属性:悪・混沌
年齢:18歳
誕生日:9月4日
身長:145cm
体重:30kg
装備品:聖印の小太刀
備考
本作のヒロイン格。水上 暦の妹であり、兄以外の人間は道端の石ころ程度の認識。また、他者の血を浴びる事で生を実感する精神異常者。
彼女もまた齢18という年齢に不釣合いな程にレベルが高く、兄に庇われるだけの旅路ではなかったらしい腕前を持つ。
内科医学と解剖学に詳しく、器具と施設さえあれば臓器移植手術も可能なほどだが、代わりに外科医学は包帯と軟膏で済ませる等適当な節がある。
【世界法則】
・レベル
人間の場合、最大で1100までの錬成が可能。
一般市民でLv.400代前半、腕利きの兵士や冒険者がLv.600代後半。
レベルは、生物を殺す事で得られる『命の欠片』(経験値みたいなもの)を、レベルに応じた規定数吸収することによって上げることが可能。『命の欠片』の吸収量は、殺したものの種族やレベルによって異なるが、同種族を殺した場合が最も効率よく吸収ができる。
また、通常は食事によって賄われているため、一般人のLV.400代は生涯における食事で上昇できる値である。
・ヒットポイント
可視の生命線。視界の右上に線として、本人にのみ見え、健康状態に応じて高い方から緑・黄・赤と三色で表される。
この線は傷ついたり、体調を崩すと減少して行き、無くなると死亡する。
何故自らの命が見て取れるのかは古来よりの疑問点だが、結論は未だに導き出されていない。
人や地域によっては神聖視する場合もあるが、命のやり取りを行う者たちからは「死を見せつけられている」と嫌われている。
・モンスター
僅かな例外以外は人類を捕食対象としている凶暴な生き物。
一般的に弾力のある肉や硬い外皮で身を包むものが多く銃弾の類は効果が薄い。そのために対モンスター戦闘では刀剣といった近接武器や大型の大砲が用いられる。
種族は多様で数が多く、レベル上限が人類のそれを遥かに上回る為、最弱とされるレッドオーガでも一匹退治するのにLV.600〜700の兵士3人が必要とされる。
そのため一般人では太刀打ち出来ず、国は自国の周囲に強固で高い城壁を築き、その中に城と街を作っている程であり、旅においての最優先事項はモンスターと遭遇しないことである。