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神器の条件

2007年8月


「……おじさんだぁれ? あ、なんかあれだね、そのアロハシャツとか強そうだねぇ、キヒヒヒヒ」

「だろ? お前だけだよ、このアロハシャツの良さを分かってくれるのは」

 時刻は深夜。人気のない通りで一人の少年と一人の中年男性が向き合っていた。

 少年の手には銅像。その銅像からぽたぽたと垂れている赤い液体はついさっきまで、そこに横たわっている男の身体を巡っていたものだろう。

 中年の男はそれを見て溜息をつき、やりきれない笑みを浮かべた。

「はぁ。このアロハシャツの良さを分かってくれる奴を殺さなきゃならんのか……悲しいな」

「……おじさん何者?」

 今までへらへらとしていた少年はそこで初めて真面目な表情を浮かべた。

「東京物産、山王だ。気軽に山王さんって呼んでくれ。あぁ、お前の事は知ってるから自己紹介なんていらないからな。寒川由真くん」

 山王はそう言って背中から自身の神器を取りだす。それの分類は大太刀、しかし常軌を逸しているその大太刀はもはや独特のカテゴライズを必要とするだろう。

 その刀身は悠に刀2本分はある。そんな馬鹿みたいに大きい刀を持つ者はただただ滑稽に映るのだろうが、不思議と山王が構えると、達人の境地に至った者だけが出せる雰囲気の様なものが醸し出されていた。

「……僕と同じユーザーか。いやだなぁ。おじさん強そうだ。僕今はまだ強い人とはやりたくないんだけどなぁ……」

 冗談ではなく本気で言っているらしい由真はそれでも銅像を構える。自由の女神像の腕の部位を両手で掴み、たちまちそれは鈍器と化した。

「それはみんな同じだ。その為にも自分を強くしていくんだろうが」

 山王は剣を担ぐように逆手で持ち、切っ先に由真を見据えたまま距離を詰め始めた。山王の不意な突進にたじろぎ、それでも由真は銅像を振りかぶる。

 まずリーチの違いから先に山王の攻撃範囲となる。両手で大太刀を逆手の姿勢から弧を描くように手首を返す。切っ先は蛇の様に軌道を変えそれはそのまま由真を右から飲み込む。

 対して由真はそれを跳んでかわした。ユーザーならではの跳躍力で足を抱え込んだまま、しかし銅像は振り上げたまま。もう少し高く飛んでいなければ胴体から身体が半分ずつになっていただろう。

 山王の太刀は空振りに終わり、しかし振りきるまで山王の太刀は戻ってこない。

 由真は落下と同時に銅像を片手に持ち変える。さらに片腕を伸ばし、威力を捨てリーチを取ってきた。

重力の恩恵も受け、その銅像の先端部分が振り下ろされる先には、今やっと太刀を静止させたところの山王の姿がある。

 太刀が長い分機動性が悪く、ガードするのは最早無理な状況である。

 長い剣の場合振り切るまでがどうしても遅くなる。斬撃をかわされたり、また懐に入られた場合は容易に決着がついてしまう。

 圧倒的なリーチは確かに魅力的だ。だがどうしてもそれ相応のデメリットは存在してしまう。

 そしてそのデメリットをカバーし切れなかった時、それは殺し屋同士の場合、死に繋がる。

「き、ひひひひひひひ!! だっさぁ! そんな長い物干し竿とか使ってるからだよばぁーか!」

 勝利を確信した由真はそのまま銅像を振り下ろす。その際にしっかりと、位置的に山王の太刀が介入できないガラ空きの左頭部を狙う。あとは頭がい骨を砕く感触が片手に広がる――はずであった。

 感じたのは固い何か。これまでユーザーを相手にしたことのない由真にとっては初めての感触である。

 何せ由真の銅像は自由の女神とふざけているが、神器なのである。標的との間に遮蔽物があろうと、その遮蔽物ごと標的を粉々にしてきたのだ。だから戸惑う。

 何故自分の攻撃が止められているのか、また止めるにしても奴の武器は――。

「……こいつを物干し竿って言われるのはあんまり好きじゃねぇんだ。取り消してもらうぜ?」

 銅像の影で見えなかったが、山王は確かに自前の太刀で受けとめていた。

「な、なんで? 明らかにあんたの剣は今の攻防に間に合うはずのない場所あったはずでしょ!」

「さぁ、なんでかね」

 山王は太刀で受けとめている銅像を押し返し、1度距離を開けた。由真はまだ混乱しており、不機嫌そうに、そして自分の知らない"何か"を使ってくるこの山王に恐怖を覚えていた。方や山王は今のやりとりだけで激しく息を切らしていた。

「上にかわされた時は少しやばかった。が、次からはそんなことさせないぜ?」

「…………いや、いい。あんたとは戦わない」

 由真はぼそりと呟いた後、神器を身体にしまい始めた。掌に触れた部分から銅像はまるで雪の様に溶けていき、あっという間に由真の身体の中に入っていった。

「おいおい、俺はお前を殺さなきゃならないんだ。それはちょっと無――」

 突如。由真の雰囲気が豹変した。

 中学生の少年という肩書は今や存在せず、最早人間の皮を被った何かがいる、と言った方がしっくりくるだろう。

 ただならぬ気配を察知し、山王は太刀を握り締め構えなおす。

「……あぁ、この感覚。そうか。だからお前から人の気配を感じなくなったんだ」

 暑さからではない、緊張感から山王の額に汗がじんわりと広がる。

 そして――由真はゆっくりと口を開いた。

「……貴方、なかなか強いですね。由真ではとても相手にならない……」

 人を小馬鹿にした様な口調ではない。それは落ち着いていて物静かに語りかけるような口調。

「お前、神器か?」

「御名答。……あぁ、それとそこで気配を隠しているユーザーのお方? 神器である私に対しいくら身を隠そうと神器を所持している限り貴方の位置はお見通しですよ?」

 聖母の様な笑みを湛えたまま、由真は通りの中でもひと際暗い影を落としている物陰をじっと見やる。

 誰もいない、何もない虚空を見つめている。由真にとってはそう思えただろう。だが神器が憑依している今の由真には違うものが見えている。

「……神器が憑依ってのは随分と厄介ですね」

 影から現れたのはスーツ姿の女であった。その片手には鞘におさめられたままである日本刀を持っている。隠れられる、という概念がない様な場所に今まで隠れていたというのは恐らく特殊な技能の持ち主なのか。

 さらりと艶やかな黒髪を夜風になびかせながら女は由真を警戒する。

「雪音、神器にとりつかれても暴走しないって事が有り得るのか?」

 雪音と呼ばれた女性は山王の質問に答える。

「神器に自我があるというのは聞いた事がありますが、こうしてまともに会話を交わせるというのは恐らく極めて稀……でしょうね」

 最初雪音は、これは全て由真の演じ分けだとも思っていたが、神器に人格がスイッチした途端居場所を看破されたのだ。雪音は気配を消すことに長けており、一般人は愚かユーザーであっても実力のない者には認知される事はまずない。最初から気付いていたのなら雪音への警戒も払うべきなのにそんな素振りは一切見せていなかった。

 その様な点から考えてもこの由真の身体に神器が憑依しているというのは容易に信じられる。

「……長々と会話をしていてはこの子の負担になってしまいますね。手短に質問しますね」

「質問?」

「えぇ。まずひとつ、寒川冬花を御存じですか?」

「……」

「……」

 雪音は山王の顔を覗き――たったそれだけの所作で神器は結論を下す。

「なるほど。その娘の居場所はどこですか?」

 由真は視線を少し落としたまま、山王の方に向け語りかける。

「冬花? 悪いがお前の言ってる事は全く俺達には理解できていないぜ?」

 只黙っている雪音を横目に山王は不敵にそう述べる。そして由真は山王の話を聞いていないのか、合点がいったと顔を明るくさせた。

「あぁ、良かった。そこに寒川冬花はいるのですね。ご丁寧にありがとうございます」

 ではこれで失礼します、と由真は山王にぺこりと頭を下げる。全くの出鱈目、ただのハッタリ。情報を引き出すためのただの鎌かけ、しかしそう感じさせない何かを山王は感じとった。

 恐らく、どういう訳でかは全く検討もつかないが、この神器は冬花の居場所を掴んでしまった。そう確信した山王は情報を引き出す為に口を開く。

「冬花を見つけて何をするつもりだ?」

「おや、やっぱり貴方御存じでしたか」

 由真とは違う、別の種類の人を馬鹿にした笑い声。山王も雪音もそれを黙って聞き流す。

「父親の最期の言いつけを守る為だとこの子は言っていました。何処までも素直ないい子です」

「……どうせその言いつけってのは、よからぬ事じゃないんだろうなぁ」

 山王はもう1度大太刀を由真に向け構える。その隣で雪音も臨戦態勢に入る。

 すると由真はまた天使の様な微笑を両者に向ける。

「あぁ、別に気になさらないで下さい。貴方がたに非がないというのは私も重々承知です。それに神器とは基より使役される物。これが私たちの宿命なのです」

 雪音はこの神器の会話に違和感を抱き続け、この台詞でピタリと何かがはまった。それはどうやら山王も同じらしく、苦虫を潰した様な顔をしていた。

「雪音! 絶対に逃がすなよ!」

「はい!」

 山王、雪音はともに由真に対し距離を詰める。その動きは洗練されており、それだけで今まで戦った中で間違いなく1番強い相手だという事を由真に悟らせた。

 まずは遠くから詰め寄ってくる山王の上段太刀をかわし、次に――

 目の前に何かが見えた。それは日本刀だと認識できたのは研ぎ澄まされた反射神経でかわし切った後であった。

 雪音の神器は日本刀。その構えは居合抜き。字の如く間合いを瞬時に零にする。その刹那の太刀筋をかわし切るのは流石神器といったところか。

 息つく間もなく、山王の大太刀が襲いかかる。下からの袈裟切りに由真は回避という選択を捨てる。

 何せ既に雪音は次の攻撃体勢に入っている。流石の神器といえどもこの達人2人の斬撃を素手でさばき切るのは不可能。

 金属音が2つ同時に響く。それはどちらも防がれてしまった事を意味する。

 山王の太刀を左手に現れたの銘板で。

 雪音の太刀を右腕に絡みついているの鎖で。

 どちらも防いでしまった。

 この不測の事態を見極める為にも二人は距離を開けた。

「鎖? 板? くそ、こいつの神器は自由の女神像だろ――」

 そこまで口にして山王は気付いた。確かに自由の女神像にはどちらも含まれているのである。

「山王さん!」

 雪音が呼びかけ山王は意識を由真に向ける。そこには既に逃亡を図っている後ろ姿を捉える事ができた。

 距離を開けた瞬間を好機と見るや否や、そのまま闇に溶けるように消えていこうとしていた。

「追いかけましょう! 今ならまだ十分間に合います」

「……いや、もういい。それより打瀬に連絡しとけ。急いで寒川の御嬢さんを東京物産で保護するように手配しろ」

 雪音は少し不満そうにしたがそれもつかの間、急いで携帯を取り出し何処かと連絡を取り始めた。

 山王はそこでやっとひと息吐き、神器を背中から身体に収めた。

「……雪音、あいつが誰と会話してたか分かったか?」

 山王は携帯を片手にしている雪音に質問をする。自分なりに解答を出してはいるが、どうしてもそれは信じられない。

「私も信じられませんが……恐らく私たちの神器と会話をしていたのかと……あ、もしもし、打瀬さんですか? 実は――」

「だよなぁ……でもそんな事できるもんなのかぁ?」

 神器との会話が可能であり、そしてユーザー以上の反射神経を持つ神器。それもただの暴走ではなく、明確な意思を持って行動をするというのだから尚更性質が悪い。

 そもそもユーザーと神器の意思が共闘するというのは恐らく前例のないことだ。

 山王はこの由真という全く新しいタイプの敵の厄介さをしみじみと噛み締めていた。




神器の条件




「いやー急に押しかけちゃってごめんよ。でも無事間に合ってよかったよ。本当に」

「……はぁ……。そして何処に向かうって言うんですか?」

 寒川冬花は依然黒砂の家に居座っていた。家に帰ろうとも考えたが、由真が居るかもしれない事を考えるとそう簡単に帰ろうとは思えなかった。もしかしたらいつか急に黒砂が帰ってくるかもしれないし、寒川家にいるよりもこの兄の温もりがまだ残っている部屋の方が快適で過ごしやすかった。

 それに何より最後黒砂の言い残した、俺が帰るまでに居なくなっておけ、というのは裏を返せば、黒砂が帰ってくるまでは我が物顔でこの家に居ていいという訳だ。

 そんな屁理屈も用意していた冬花を訪れた来客の一人が打瀬である。最近この家を訪れ黒砂の死を告げ、そして詳しく知りたければ電話をよこせ、と名刺を残して行った人物。その人物が深夜唐突に来たかと思えば、寝巻姿で本を読んでいた冬花を強引に車に乗せ今に至る、というわけだ。

「まぁ……うちの会社、かなぁ。本当はさ、こんな殺し屋稼業に巻き込みたくなかったんだけど、そうもいかなくなっちゃったみたいなんだよね。私も詳しく知らないんだけどさ」

 乗っている車は恐らく打瀬の私物だろうか。冬花は車に乗る前にフロントに付けられてあった高級車の代名詞であるエンブレムを見た。詳しくは分からないがどこぞの高級車なのだろう。

 その車は夜道を快適に、そして法定速度もお構いなしに飛ばして行く。冬花は知らずのうちにシートベルトを握りしめていた。

「……なんで私がそんなとこ行かなきゃいけないんです?」

「えーっとだねぇ……んー……ぉおー? あの空に煌めくは夏の大三角形!?」

 打瀬はフロントガラスから見える適当な星を右手で指差し、わざとらしく驚く。冬花は、この人は明らかに煙に巻こうとしている、というのが分かった。しかしあまりにその誤魔化し方が子供じみていて、冬花の言及する気を失せさせた。……それとこの速度でいつまでも片手運転させる訳にはいかない。

「もういいですから! しっかりハンドル握ってて下さい。でも着いたら詳しく教えてもらいますよ」

「はは、そうしてもらえるとありがたい……? おっと電話だ」

 そう言って慣れた手つきでポケットから振動している携帯を取り出し、そしてそのまま

「はいもしもし?」

「……」

 その携帯を取った。

 速度違反、片手運転、携帯で話しながらの運転。よく見るとシートベルトもしていない。

 警察はさっさとこの女から車の免許証を取り上げてやれ! 等と心の中で悪態をつきながら、シートベルトを更にぎゅっと握りしめる。

「――えぇ、無事に隣にいますよ――あ~はい、了解です」

 携帯を切り、冬花がほっとしたのも束の間、打瀬は今度は携帯に何かを打ち始めた。

「冬花ちゃん。今日はこのままどっかホテル探すよ。んで明日本社に向かうって事になったからさ、よろしくー」

「――!!」

 冬花は言葉にならない悲鳴を噛み殺しながら、すれすれでかわされていく他の車を見る。打瀬は携帯操作に夢中でちらちらとしか前方を確認していない。

 一歩間違えれば大事故である。いくら深夜の首都高といえども他の車が一切いない訳ではない。

 先程から、あとほんの少し反応が遅れれば大事故、という光景を何度も目にしている。それだけならまだしもこの運転手は携帯を操作している。冬花としては最早死を覚悟していた。

「あ、そうそう。冬花ちゃんさっき聞こえちゃったんだけど……私は免許取り上げられたりしないんだよねぇー」

「……? ど、どういう……?」

 そういって打瀬は携帯を耳まで持っていく。

「ほら、私って免許持ってないからさぁ~。あ、もしもし――」

 そんな大胆な告白をされた冬花は――コロリと気絶してしまった。




 コンコン、という誰かがドアを叩いている音で冬花は目を覚ました。

 気付くと冬花は豪華なベッドに横たわっており、それに部屋全体に光が差し込んでいる。

「冬花ちゃん起きてるかな?」

 ドアの奥から聞き覚えのある声がし、急いで冬花は身体を起こした。

 周りを見てみるとやたら高級そうな造りの部屋である。気絶した後そのままホテルに運ばれ、そしてそのまま朝になったという事なのだろう。

 にしても……嫌な夢であった。こうして生きているのが不思議なくらいに、生きた心地のしない夢を見ていた気がする。ふかふかなベッドで眠っていたはずなのにどうして疲労感が残っているのだろう。

 げっそりとした冬花の意識は、再び聞こえたノック音で戻された。

「はい、今開けます」

 ドアのとこまで行き部屋の鍵を開けると、濡れた髪のままの打瀬がいた。

(……ホテルってこんな温泉宿みたいな格好が普通なんだっけ……?)

 打瀬はそんな事も気にせずにおはようと挨拶をかわした後、冬花の部屋へ勝手に入り込んできた。

「起きてるんなら朝ご飯食べにいこ! ここのホテルはご飯がおいしいんだよ! 一回食べてみたかったんだよねー」

 あ、これ着替え。と冬花に私服一式を手渡す。確かに寝巻のままで連れてこられたので着る物がなく、素直に冬花はそれを受け取った。

「はぁ……ありがとうございます」

 もぞもぞと冬花が、恐らくついさっき買ってこられたばかりの服に袖を通している間も打瀬は語り続ける。

「にしても社長も太っ腹だよねぇーどこ泊まっても経費で落としてくれるっていうんだもんなぁ! 三ツ星料理が朝から食べられるなんてねぇーくぅー朝食が楽しみだぜぃ! ね、冬花ちゃん」

 打瀬の口からとあるキーワードを耳にした冬花の目がキラリと光る。

「三ツ星ですか! 打瀬さん、朝はバイキング形式なんですか?」

「そうだよ。冬花ちゃんは朝からたくさん食べられる方? それとも――」

「打瀬さん。だとしたら急がないと美味しいものが他の人に食べられちゃいます! そんな話は後ででいいんです。急ぎましょう!」

「そうだねそうだね! 急ごうか!」

 打瀬は冬花の手を引き部屋を出る。冬花の目が爛爛と期待に胸を膨らませている様を見て、ここに泊まってよかった、と心の底から思えた。

 打瀬としても酔狂でこんな高級ホテルに自腹を切って泊まった訳ではない。こんな事では到底償えきれないだろうが、打瀬なりの贖罪のつもりなのだ。

 結局打瀬はこの寒川冬花をこれから殺し屋に本格的に関わらせる事になるのだ。そこに冬花の意思が介入する余地などない。

 別段打瀬に非がある訳でもない。だが上から命令されたからといっても巻き込んだ張本人は責任を感じていた。だから少しでもいい思いをさせようと、わざわざ都内の高級ホテルを借りたのだった。

「……冬花ちゃん、本当にごめんなさい」

 エレベーターで食堂フロアに移動するまでの束の間。打瀬はそうつい漏らしてしまう。

「え、もしかして三ツ星っていうのは嘘なんですか?」

「あはは、そうじゃないよ。……ただ私たちのわがままであなたを嫌でも殺し屋稼業に首を突っ込ませる事になっちゃうから。それについて、ね」

 冬花は打瀬の深刻そうな顔を見て、いつもの悪ふざけでもなんでもないことを悟る。どうやらこの人は本気で罪悪感に苛まれているらしい。だが冬花にしてみれば、その罪悪感は全くの杞憂である。

「打瀬さん。私は次の日にでも東京物産さんに電話をするつもりでした。ですから巻き込んだ、というのは勘違いです。渡りに船ってやつですか? ですから打瀬さんは気に病む必要は全くありません」

 果たしてその言葉は本当なのか、それとも打瀬を慰める為の嘘なのか。今の打瀬にはそれは判断できず、ただ、

「……ありがとう」

 そう呟いた。




 流石に高速道路でもないし、信号の多い一般道路では昨夜の様な荒い運転をしないだろうと高を括っていた冬花の期待は見事に裏切られた。車の運転をレースゲームか何かと勘違いしているかの様なハンドル操作を真横で見ていた冬花の寿命をごっそりと削り落した末にたどり着いたのは、とある大きなビルだった。都内に壮然と立ち並ぶ大きな建築物に東京物産本社は紛れ込んでいた。

 一見どこにでもありそうな大手企業の様なビルであり、これが殺し屋云々と言われても冬花には全くピンと来なかった。

「それでは冬花ちゃん、我が東京物産へようこそ」

 守衛に気軽に挨拶をし、簡単に中に入れてもらえている所を見ると、打瀬はどうやら相当凄い人なのだろうか。

 守衛の人にじろじろ見られながら冬花も社内へと足を進め――言葉を失った。

 馬鹿でかいエントランスが視界全体に広がった。天井には豪華なシャンデリアが吊され、床は大理石の石板がびっしりと敷かれていた。それよりも真っ先に目に着いたのが水の流れる滝である。

 エントランス奥から流れてくる水は水路を辿って部屋の隅にまで行きとどいており、そしてそれはそのまま水生植物にまで行き届いている。

 会社に水路が設計されているというのが普通なのだろうか、分からない冬花はただ純粋に綺麗なエントランスだと思った。

「冬花ちゃん、こっちこっち」

 ぼーっとこのエントランスの光景に目を奪われている冬花を打瀬はエレベーターホールに手招きする。

 冬花は未だ驚きの表情のまま、エレベーターに乗り込んだ。エレベーターホールにいくつもエレベーターが用意されていたというのに1つ1つのエレベーターもやたら広い。

「東京物産って偉いお金を持っているというかなんというか……」

「んーまぁねー。東京で一番の老舗みたいだしねぇ」

 チーン、とエレベーターが止まる。目標の階にはまだ届いていない。

 扉が開くと、ここ殺し屋の会社なんだっけ? と目を疑わせる様な女性が乗り込んできた。

 ニコニコと常に微笑を携えており、20歳くらいだろうか茶髪がかっていて、肩まで伸びている髪はふわふわとしている。そのエレベーターに乗る動作ひとつひとつもゆるゆるというか、のろのろというか。その動作は深窓の佳人を彷彿させた。

 フランス人形とでも形容すべきなのだろうか、その肌も色白で日本人離れした美を感じさせる。

 その女性は階のボタンを押そうとして、そしてあら、と呟いた。

「おっとっと、咲羅と同じ階なのですね」

 間延びした声。まるで声すらもふわふわというか浮ついている様な声で、同乗者である冬花と打瀬に話しかける。元々にっこりと笑っていた顔がさらに緩む。

 冬花は反応に困っていると打瀬が気さくに、

「あはは~そうですね。2階から乗ってきたって事は食堂にいらしてたんですか?」

 と会話に応じていた。見ず知らずの、こんな怪しげな人と会話など冬花には決して無理である。冬花の中では、こっそりと打瀬を適当でありながらも尊敬に値する人物となりつつあった。

「えぇ、そこで時間を潰してましてですね。えーっと、なんだったかな…………あぁ、そうそう。ふわとろ生クリームのせプリン! あれ、すっっっっっっごく。おいしんですねぇ!」

 喋り方もふわふわならば食べる物もふわとろなのか、と冬花は苦笑を浮かべつつ少し呆れる。

「あはは。…………打瀬さん、後でそこ連れて行ってもらえます?」

「あーはいはい。まったくもう、冬花ちゃんは見た目に寄らず食いしん坊な女子高校生さんなんだねぇ」

 からかう様に打瀬は大げさにやれやれと手を振る。

「な、そ、そんなことは……っ……」

「むっふふー、女の子は甘いものが大好きですからねぇ~。恥じらう必要なんてこれっぽっっっちもありませんのですよ?」

 打瀬とその女性に翻弄され、耳まで真っ赤にし冬花は顔を伏せた。

 エレベーターが程良いタイミングで目的のフロアに到着し、打瀬と冬花、その女性は分かれ、長い廊下を歩き、一つの扉の前で立ち止まった。扉についてある数字が並んだパネルを手慣れた所作で叩き、扉の鍵が機械音を発し解除された。ドアを開ける前にさて、と打瀬は話を切り出す。

「んでさ、朝食の時に言ってくれた事はもう電話で予め伝えておいたからさ、話はスムーズに行くと思うよ。でも……本当にいいのかい?」

 その話とは、冬花がユーザーになることを望むと言う事。昨夜車で少しだけ話したが、その覚悟は既に打瀬が訪れる前から決まっていた。

「えぇ。むしろ私が本当に神器を持つ事が許されるかが心配です」

 そっか、と打瀬は納得する。その言葉にどういう意味が込められているのか冬花には理解できなかった。

「んじゃ入って入って」

 ようやくドアが開かれるとそこは部屋、というよりも広場、といった方が適切だろうか、物といえる物が一切排除されており、本当に何もない、ただ広いだけの空間が広がっていた。その広場の中央に佇んでいる男が一人、そしてその片手に握られている袋が冬花の目に入った。

「山王さん、お待たせしましたか?」

「あぁ、いや、別に問題ない。ただ……本部の奴がまだ来てなくてなぁ」

 山王と呼ばれた男は30代半ばだろうか、まるで映画に出てきそうな渋い男性であった。タバコでも持たせたらそのまま広告に使われてもおかしくはないその男性は落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

 ……ただ時期は9月であり、着ているアロハシャツと下駄という組み合わせだけは冬花の中でマイナス評価であった。

「まぁいいわ。えーと、寒川冬花、だっけ」

「は、はい!」

 打瀬が敬語を使うくらいなのだ。きっと偉い人なのだろう、冬花は無意識のうちに畏まっていた。

「……お前は黒砂の神器、まぁこの鑓を引き継ぎたい、と。そういう事でいいんだっけか?」

 山王は抱えていた布袋を掲げる。その中には恐らく黒砂が使用していた鑓が入っているのだろう。

「はい」

 冬花は迷いなく返答する。

 山王は以前打瀬がユーザーになってもろくな目に合わないという事を冬花に話したのを知っている。だから今のはそれを踏まえての返事なのだろう。

「……まぁ理由は聞かねぇ。それを知る権利は誰にもねぇ。ただ俺達は神器についてお前を導くだけだ」

 どっこいしょ、と山王はその布袋を床に置き、解いていく。その布袋の内側には多くの凡字とでもいうのか、奇妙な見たことのない記号が羅列しているのが見えた。

 と、その時ドアがノックされる音が響いた。

「っと、来たか。打瀬、開けてやってくれ。今回の神器継承に付き合ってくれる本部の奴さんだろう」

 打瀬はドアを内側から開け、そしてドアの奥にいた相手を見ると思わず声をもらした。

「あらあら~、まさかまさか、おなじ部屋なんてぇ。ずいぶん奇遇なんですねぇ~」

 にっこりと笑いながらも部屋に入ってきたのは先程とエレベーターで会った女性であった。

「お前が黄村咲羅、でいいんだよな?」

「えぇ~。そうです。このフロアというのは知っていたのですが、わたくし方向おんちでして、しばらく迷ってしまいましたのです」

 山王は明らかにこの黄村という女性の喋り方にうんざりしているような表情を見せるが当の本人はそれを知ってか知らないでかニコニコと愛想を振りまいていた。本当に本部に携わっているか怪しいところであった。

「あぁ、もしかしてー……この食いしんぼさんが、あたらしくユーザーになるのですかぁ?」

「ちょっと! その食いしん坊って表現やめてもらえます!?」

 冬花の真面目な反論も一笑に付し、咲羅はええと、と思案を始める。

「まずはご挨拶からいたしましょう。通称“本部”勤めの黄村咲羅と申します」

 そう言って懐から怪しげな仮面を顔に付け……かと思うと直ぐに外してしまった。

「今確かにつけましたからねぇ? 本部の人に咲羅は仮面をつけていたか、と聞かれたら確かにつけていましたと言って下さいねぇ~」

 一体本部というのは何なのだろうか。仮面でも付けているのが普通だというのか、いや、でもそんな馬鹿な事があるはずもないし……。

 冬花が頭を悩ませているのにも構わず、咲羅は話を続ける。

「え~っと、まずはですねぇ。……あぁ、そうそう。神器を持つにはそれなりの資格がないとだめなのです。そこで食いしんぼさんにはちょっとした“てすと”を受けてもらうのです」

 冬花は半ば諦めた状態で質問をする。

「資格……ですか?」

「あぁ。神器ってのは意思があるものだと考えられている。神器に対し適応力のない奴だと神器に飲み込まれるからな。……まぁピンと来ないだろうがな」

 山王が咲羅の続きを補足する。それに対し咲羅はどこか不満そうな表情を浮かべる。

「ではではぁ、まずはやりを持つ前にこの焼印を押しましょーう。えーっと、ちょっとまっててくださいねぇ?」

 咲羅は小さな印鑑のような物をポッケから取り出した。それは歪なまでに黒く、一見して神器なのだと冬花も分かった。

 そして自前のライターを……ライターを――今ようやくつける事に成功し、印鑑をあぶり始めた。

「えぇっとですねぇ……この烙印を身体に刻む事によって、神器の耐性をつけられるんですぅ。つまりー、まぁようするに、神器からからだを乗っ取られにくくするということですねぇ」

「……ちなみに神器に乗っ取られるとどうなるんですか?」

「大体の場合、無差別に殺人を起こす様になる。まぁ安心しろ。鑓は確かに扱いずらい類だが、お前も黒砂の妹っていうならそう苦労なく扱えるはずだ」

 この山王の補足に今度は露骨に咲羅は嫌な表情を浮かべた。

「え~っと。3号さん、でしたっけ? 神器のせつめいはすべて、わたくしがおこないますので……少しのあいだだけー……お口にチャックしていただけますか?」

 にっこりと微笑を携えながらそんな事を、思いっきり年上である山王に対して言う。どうやら何か変なプライドでも持っているのだろうか。

「誰が3号だ。俺が説明したって同じだろうが」

 確かに餅は餅屋という諺もある。神器を持っているだけの、いわば専門じゃない人も説明に加わると分かり辛くなるかもしれない事を考慮しての事なのだろうか、

「さぁ、冬花さん、ひきつづき、わたくしが何でもせつめいいたしますですよ~? あんな、むさっっっくるしい変なおじさまに耳を貸すひつようはですねぇ、もうまったくありませんからね~。あぁ~全てが純粋な少年だけの世界でしたらそれはなんと素晴らしいことでしょうねぇ~」

 いや、それは違った。ただ単に山王を嫌ってるだけらしかった。正確に言うと、年上の男を嫌ってるぽかった。

 というか呼び方がくいしんぼではなくなった。どうやら私を味方に引き入れるつもりか。

「山王さん……」

 不安そうにひっそりと静観していた打瀬が心配そうに山王に呼び掛ける。だが山王はただ小さくため息をつくだけであった。

「あーあーあーあー、そういえば思い出したわ。本部の奴らはろくな奴がいねぇって噂だ。やたら神器を契約してる奴もいるわ、根っからのマッドサイエンティストって呼ばれてる奴もいるわで。お前もその例に漏れてない訳だ。わかったわかった。おっさんは静かにしてますよっ、と」

 お手上げといわんばかりに両手を上げひらひらとさせ、窓際まで移動しタバコを吸い始めてしまった。冬花としては、二人からの色々な意見を聞きたかっただけにこれはあまり芳しくない状況である。

「それではぁ、程良くあったまったところでぇ、ええと……これどこにつけますか?」

 ライターの火を消し、赤くなった焼印を冬花に向ける。その赤く熱を帯びている部分は不思議な紋様をしていた。

「え、ええと……できれば目立たない場所がいいかな、と……」

「そうですねぇ、ではでは、後ろの首筋……なんてどうでしょう? 冬花さんは髪の毛も長いですしー……、うーん、たぶんうまく隠れるので、まわりからも変な目で見られたりしないのです~」

「じゃ、じゃあそれでお願いします……」

 そもそもたかが武器を使用するのにこんな烙印を押す必要があるのか。冬花は疑問に思っていたが、しかし口には出せずその焼印を甘んじて受け入れる。

 髪の毛を掻きあげ、そして皮膚が焼ける熱が首筋に伝わった。じわじわとそれが熱いのか、冷たいのか、判断する感覚がマヒしてきて、冬花はただじっとその熱による痛みを我慢していた。

 そして焼印は用を為し、冬花の身体から離れる。それでもまだしばらく熱は籠っており、首筋が痛んだ。

「……冬花ちゃん、すごいね。確かに小さい烙印だけど普通の女子高生ならうめき声でもあげるとこだよ……」

「あ、えぇ、確かに痛かったですけど、まぁ痛さには慣れてるので……って違います! そ、そんな変な趣味を持ってる訳じゃなくって……打瀬さん、何で段々後ろに下がっていくんですか!? さ、山王さんも!」

「あらあらぁ、くいしんぼの次は変態マゾって感じなのですかぁ~? 咲羅の知らない世界って広いのです。同じ高校生とはとても思えないのですよ」

 とどめが放たれ、冬花はその場にがくりと項垂れる。

 何故この様な事になった……というかショタコンくさいお前に言われたくないわ! などと少し罵り、そしてふと気付いた。

「……え? さっき同じ高校生って言いました?」

「はい~。いいましたよぉ。まぁさいきんは学校に行けてないので女子高生ではないのかもしれませんが~」

 驚いた。私と同年代の子も神器に携わっているというのか。この人は何故こうも簡単に普通の人生を投げ捨てられているのか。

 ……いや、違う。


 もしかして神器というのは全て嘘っぱちの物なのではないだろうか。


 ただの仮定が段々と現実味を帯びてくる。殺し屋と称している東京物産、しかしその実ただの企業と何ら変わりない外装。

 神器? ただの武器ではないのか? ただそれらしい事を仄めかしているだけで、決定的な証拠は見せてもらえていない。とり憑かれる? それこそ馬鹿馬鹿しい。

「――ではでは、無事にらくいんも済んだ事ですので~、早速鑓を持ってみましょうかねぇ~」

 厳重に袋に包まれていた鑓を咲羅は指差す。こうして考えるとこの無駄に凝っている包まれ方も怪しくみえる。鑓は不気味なほど全身真っ黒であり、先端部分は鋭く尖っていた。

 冬花はどこか冷めた目線でその黒い鑓を手にする。見かけは重そうに見えたが、持ってみるとそれは異常に軽かった。まるで見た目だけは精巧につくられた玩具みたいだ、と率直に思った。

「……どうやら無事に済んだみてぇだな」

 山王はふぅ、と肩を撫でおろした。

「どうですかぁ? 神器をもってみたかんそうはぁ?」

 咲羅はニコニコとしながら冬花の顔を覗きこむ。

「……確か何か特別な神器を持ったらとり憑かれるんでしたっけ?」

 冬花の顔色は暗い。それに気付いた咲羅は少し不思議そうな表情を浮かべる。

「え、えぇ……そうですが……?」

「咲羅さんも神器を持っていますよね。貸していただけませんか?」

「どういうつもりだ? お前が使う神器は鑓だけのはず。不用意に人の神器を持ったら暴走の危険が増すだけだぞ?」

「ですからぁ~、おじさんは口をはさまないでもらいたいのです。はい、いいですよぉ。冬花さん、私の神器、持ってみてくださ~い。恐らく暴走するとは思うのですが、神器はまず神器を狙うはずですので……そこのおじさんが狙われている間に咲羅が止めて見せますので安心してくださいなのです。でもいいのですか? 神器に乗っ取られるのは身体に結構なふたんがかかるってきいてますですよ?」

 大丈夫です、と冬花は冷たくあしらう。

 山王は納得のいかない様子だったが、冬花はそれを見ないフリをし、咲羅がいつの間にか用意していた神器に触れた。

 その神器は盾。盾上部には人を簡単に突き殺せそうな大きな針が2本ついていた。

 だが持ってみても冬花には何も起きない。それにまた玩具であるかの様に異常に軽い重量。

「え? え? えぇ~? そ、その盾を持ってもなんともないのですかぁ? そんなぁ……咲羅にしか使えない神器であると思っていましたのにぃ……」

「ふざけないで下さい!」 

 冬花は大声で吠えた。それに咲羅、打瀬は驚く。山王はただ動じずやれやれといった風で見ていた。

「何が神器ですか? 何がとり憑かれるですか? 馬鹿馬鹿しいです! 私を騙して何をしようっていうんですか? 私をからかって何が満足ですか!?」

「う、うぅ~ そんな気はちっともないですよぉ……」

 怒りの念がびりびりと空気を震わせた。確かに確たる証拠を見せ付けないままに神器を信じろというのが土台無理な話である。ただ大きな武器を身体から取り出したかの様に見える手品を披露されただけ、これで冬花の見た不可思議な現象は全て説明がつくのだ。

「……なら冬花。俺の神器を持ってみろ。それで全てが分かる。……おいそこの。仮に暴走しても止められるよなぁ?」

 呆気にとられフリーズしていた咲羅ははっと自意識を取り戻したのか山王に向かって反論する。

「ううっ、でもでも、とうかさんはわたくしの盾を持っても、暴走しなかった珍しい人なのです。あなたごときの神器で暴走することは、ないとおもうのです……」

「そっか。任せていいってことだよな。んじゃ冬花。これを持ってみろ。神器の全てが分かる。打瀬は一応雪音を呼んでおいてくれるか?」

 山王は背中から大きな太刀を抜き出す。冬花は目の前でこれを見せ付けられるも、ただの手品なのだと自分に言い聞かせた。打瀬が部屋から出て行き、ドアが閉じ、電子音で再びロックされる音だけが響いた。咲羅も暴走は有り得ないだろうと高を括っていても一応は警戒体制に入る。

 気軽にひょいとその床に置かれた太刀を冬花は握り――。

 何かに殴られた。いや、それはそんな気がしただけで、実際誰もそんな事はしていない。

 視界が回る。堪え切れず冬花は目を閉じる。どこが上でどこが下か。激しい頭痛が襲う。

 立っているのか座っているのか。はたまた走っているのか。目を開いてみても、見えるのは虚ろな世界。全ての感覚が失われる。そして声が聞こえた。怨念の様な。獣の様な。その声に脅え、冬花は――。




「そ、そんな! 咲羅の盾でも大丈夫でしたのに! その太刀、一体なんなんですかぁ~?」

 心なしか間延びした声もいつもより短い。流石にこの状況でものんびりしていられる程太い神経をしている訳ではないのだろう。

「備前長船長光って神器だよ。ホラ、お前のとこに向かったぞ」

 山王は対して逆に落ち着きはらっている。少なくとも神器は逃亡などしない、まず強い奴から排除する。まず標的にされている咲羅が殺されてから慌てればいい、という訳だ。

「な、なるほど。あの佐々木小次郎も愛用していたという、あれ、ですかぁ……まさかそんなキャパ値が高い神器がこんなとこに出回ってるなんて……」

 冬花は無意識のまま、神器に操られるままに咲羅を襲う。

 その長い太刀はまるで蛇の様に咲羅を襲う。咲羅は太刀筋を見切り、盾を構え――。

 太刀は2本に増えていた。いや、3本に。

 早すぎるその軌道は残像を含め同時に3方向から襲いかかる。どれが実像を伴った斬撃かは玄人目から見ても判断はつかない。

「な、なるほど。流石は神器といったところなのです。咲羅の目でも追うことができませんでしたよぉ。これがかの有名なツバメ返しってやつなのですね」

 咲羅はそんな事を言いながらもそれを右手の盾でしっかりと防いでいた。そして左手に持っている物は拳銃。

 冬花はそれを目視するや否や回避行動に移ろうとし――しかし太刀は盾にまるで吸い寄せられているかのように離れなかった。

 刹那――響く銃声。その銃弾は冬花の手を直撃し、大太刀は床に転がった。

「んー……心臓じゃなくて右手を狙ったので照準がーえっと、0.2秒いつもより遅れてしまいました。反省です……。あ、ちなみにちなみにこれゴム弾なのでおけがの心配はしなくても大丈夫なのです」

 アメリカとかだったら鉛だったんですけどねぇ、と咲羅はぼやいていた。

「……お前の神器には接着剤でもついてんのか?」

「まぁそんなところですかねぇ。といってもまぁ……あきらお姉ちゃんの“接着剤”には全然敵わないのですけど。あぁ、それとあなたすごい人だったんですねぇ。さっきのただの変なおじさん、というのは取り消しますよ?」

「んなもんお前の中で勝手に取り消しとけ。俺にわざわざ報告すんな」

 山王は最初からこんな小娘の悪口など相手にしていなかった。咲羅はむっとし、口をへの字に曲げていた。

 山王は床に転がった太刀をしまい、倒れている冬花の元へ歩み寄る。

「おい、大丈夫か?」

「…………は、い……」

 冬花はまだ続いている頭痛に苛まれながらも返事をする。


 なるほど。暴走というのはこういう事なのか。

 なるほど。神器というのはこういう物なのか。

 冬花はそれらを噛みしめながら気持ちの悪い感覚へと身を沈めていった。




◆◇◆




 都会の路地裏。昼間だというのにも関わらず、そこはうす暗く、人も通らない。

 そこで神器を片手に佇む少年が一人。空を仰ぎ、口端を吊り上げる。

「……ん? ん? ん? あはぁ~? なんか面白くなりそうな気がするなぁ~? キッヒヒヒヒ」

 その足元にはいくつもの死体。殺人者としてその少年は人知れず進化する。






神器を手にした少年と少女。

物語はまだ、序章である







打瀬さんはどのタイミングで信号が切り替わるか、など全て把握しています。


どうでもいいんだけどこんな投稿作品の多いサイトで人の目にとめてもらうのなんてめっちゃ難しいんだろうなー。

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