表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

神器の観察

7/27 色々と修正……

 酷い臭いである。

 積まれたゴミ袋をクッションにし、しかし意外にも高級ソファに負けず劣らずな座り心地である。

 低い角度で全身に突き刺ささる日差しは朝である事を示しているのと同時に、由真は外で夜を明かした事を意味している。

「…………」

 聞こえるのは、胃の中に消化すべきものがない事を意味する腹音。

 まずは自身のねぐらであったゴミ袋の中を漁る事から由真の1日は始まる。

 まともではない食生活の代償なのか、筋肉の衰えたか細い腕でゴミ袋を解く。

 弁当のケースがあればまず中身を確認し、食べれるかどうかを口に運んでから判断する。

 賞味期限を見てから判断するのは2週間前にやめた。

 変な味がする食べ物を捨てるのは1週間前にやめた。

 今の由真にとってこの気持ちの悪さは空腹の為なのか、この荒んだ生活の為なのか分からない。

 しかしそれが分かった所で腹の足しになるのだろうか。

 そもそもどうして自分はこんなところにいるのか。

 いや、それは考えるだけ無駄である。今は取り合えず腹に何かを詰める必要があるだろう。

 幸い、東京という街においてはゴミを漁る量には困ることはなく、妥協をしなければ食いつなぐ事はそれほど難しい訳でもない。

「――、」

 襲ってくる腹痛。しかし堪えながらも食べ物を漁る。

 どこかの店の裏側に積まれてあるゴミ山である。人の視線は気にならない。

 どう見ても浮浪者であると思うだろう。だがそれにしてはあまりに若すぎる。

 やつれた制服に袖を通している由真はまだ中学生なのである。

 だからこそ由真は知らない。

 どのようにお金を稼ぐべきなのか。

 どこに帰りどこに行けばいいのか。

 そして――ここまでしてどうして自分は生きているのかを。

 今の由真に残っているもの。

 それは神器というただただ異常な武器だけ。


 ――神器とは。

 所有者の肉体を無理やりに改造してしまう武器の事を総称してそう呼んでいる。

 改造された肉体は人間とは比較できない程の腕力、脚力、また視力、聴力といった五感全ても強化されてしまう。

 そんな肉体を持った人間は当然規格外な暴力を持つ事になる。

 銃弾を自前の神器で弾き、剣筋を紙の様に避け、敵をいとも容易く葬る事が訓練次第で可能になるのである。

 そんな神器の所有者は総じてユーザーと呼ばれ、普通の人間とは一線を隔している存在であると見なされている。


 しかし――そんな桁はずれた強さだけでは腹は膨れないのであった。




 神器の観察




 そもそもどうして由真がここまで落ちぶれてしまったのか。

 由真は寒川冬花という姉、そして父親の3人で暮らしていた。

 しかしある経緯を経て由真の父親は殺され、姉は蒸発してしまったのである。

 その後、由真は家に残っていた貯蓄を浪費していきながら、父親の仇を取るためにユーザーを求めて徘徊を始め、芦並と出会うことになった。

 しばらくの間共に生活をしていたのだが芦並は死んでしまった。部屋に放置していた遺体はやがて腐敗し、異臭を放つ程になってしまった。

 髪は抜け落ち、肌もただれ、骨の形が浮き彫りになるほど、無残な、どこまでも本物な死体へと遂げていった。

 だから由真は逃げ出した。

 持てるだけのお金を持って人ごみの中に隠れる様に東京の街並みに姿をくらました。

 都会というのはなるほど、便利な隠れ蓑である。

 人に溢れるこの街では誰も他人の事情など詮索しない。

 だからこそ由真は誰からも怪しまれることもなく、家から持ち出したお金を使い、ある日はホテル、ある日は漫画喫茶、ある日は野宿とその日暮らしの生活を送ってきた。

 そしてついにその日は来てしまった。

 余るほどにあったと思われていた金もついには底をつき、仕方なく実家へ帰ろうと考えた。

 だが、久々に帰った実家は実家ではなくなっていた。

 突如空き家と化していた大豪邸も今は取り壊され、別の建物へと変遷する途中であった。

 今更芦並の家に帰る訳にもいかずに、文字通り途方に暮れ始めたのである。

 勿論寒川家に残された資産はそんな数日で食い潰せるものではない。それに父親が死んだとあれば、しかるべき手続きを踏めば早々金に困ることはない。事実、由真の父親は自身に莫大な保険金を掛けていた。

 だがそんな事も知らない由真は全てを放棄して都会に逃げ込んだので、路頭に迷っているのである。学校が失踪届が出している事にも由真は気付いてさえいない。

 浮浪者に向けての炊き出しや毛布の配布を行っている公園があるというのも当然由真が知る由もない。

 そんな何も分からない、赤子に等しい由真にも味方はいる。

「僕はね、思うんだ」

 由真はひとしきりゴミ袋にあった残飯を平らげた後に、そのゴミ袋の山にもたれかかりながら戯言を吐くように口を開いた。

 喋れる程度の元気がどうやら出たようだ。しかし唇をはっきりと動かす程ではないのか、モゾモゾとした独り言であった。

(なんですか?)

 いや、独り言ではない。

 由真の内側には神器が秘められている。その神器は特別なものであり、意思を持っているのである。

 時々こうして由真は神器と会話をする。由真の人格が未だ壊れずに済んでいるのはこうして会話というセラピーをこなしているからかもしれない。

「何のために生きてるんだろう。どうしてこんなゴミを漁ってまで生きようとしてるんだろう」

 思春期独特の悩みともいえるだろう。しかし過酷な経験を積みすぎてきたためか、由真の悩みは中学生が陥る程の軽いモノではない。

 誰かを殺して、誰かを殺されて。

 由真にとって生きる意味の重大さは希薄になってきているのである。

 もういっそ死んでしまおうか。本気でそう思ったら由真は躊躇いもなく命を絶つのだろう。

(何かの為でないと由真は生きていられないのですか?)

 数少ない、たった一人の神器は優しく由真の問いに答える。

「んー」

 当初は父親の仇を討つために由真の姉である寒川冬花と、その背後にいる組織、東京物産を狙っていた。

 今、全ての復讐を成し遂げて、清算が済んだと仮定しよう。

 しかしそこに……由真の敬愛していた人はいない。

 父親も。芦並も。もう死んだのである。

 復讐を遂げようが、遂げまいが、その事実は変わらない。

「なんかもう面倒になっちゃった」

 虚ろな目で、まるで糸の切れた人形の様に由真はその場で動く事はなくなった。

「僕の中古だけど……この身体めーちゃんにあげるよ」

(……)

 確かに幾度か由真の身体をのっとった事はある。だがそれは神器として自由が欲しかった訳ではなく、ただ由真を守るために仕方なくのことである。

「いや、分かってるよ。でもさ、めーちゃんだったらどんな風に生きるのか見てみたいって思っただけなんだよね。人間である僕よりもよっぽど人間らしく生きていられるかもしれない」

 冗談なのか。本気なのか。

 確認しようと神器は由真に話しかけるが、既に由真は瞼を閉じ、眠りについていたのであった。

 由真は無防備な身体を晒しつつ、そして神器はただ由真が再び目を覚ますのを待つことにした。




 場所は変わってとある東京の雑踏。

 その人ごみの中で一際目立つ二人組みの乙女がそこにはいた。

「でもいいんですかぁ~? 私に付いてきちゃってぇ~?」

 ピンク色の髪に間延びした喋り方が酷く特徴的であるこの人物は黄村咲羅という。

 フワフワで、薄いピンク色のドレスは東京というお洒落の権化である街でも流石に浮いていると言わざるを得ないだろう。

 いや、ここが東京の秋葉原であるのならばそれほど目立たないのかもしれないが。

「いいのよ! 本部の仕事ってのにも興味あるし!」

 力強く肯定を返し、咲羅の隣に並んで歩いているのは日本人然とした黒髪の少女である。

 隣人の派手な格好を気にした素振りもなく、何処かプリプリとした表情で歩いている人物は馬酔木綾子という。

 灰色の中折れ帽子から肩口まで伸びるお下げの黒髪。適当なインナーにカーディガンをつっかけ、下はカジュアルパンツとボーイッシュな格好が中々様になっている。

「あのバカ兄貴……あんな奴知らないんだから!」

 腕を組みながら唇を突き出している綾子に咲羅は、はぁ、と曖昧な返事を返していた。

 お兄さんの事が好きなんですねぇ、と皮肉の1つでも言ってやろうとも考えたが寸前でやめておいた。きっと面倒な事になるだろう。

「本当にあいつってば神器について分かってないと思わない? 大体さぁ――」

 だがそんな思惑は何の意味も為さず、綾子はそのバカ兄貴とやらについて愚痴を言い始めた。

 ……藪をつつかなかったにも関わらず蛇が出てきてしまった事に人知れず咲羅は苦い表情を浮かべた。

 そもそもどうして咲羅と綾子の二人が並んで歩いているのかというと、綾子がどうしても咲羅の仕事に付き合いたいと言うので付き合わせた形なのである。

 その実家に帰省しているバカ兄貴とやらから距離を置きたかった為にわざわざ咲羅についてきたのだろうか。それとも愚痴のはけ口として咲羅が選ばれたという事だろうか。

 ……後者だとしたら最悪である。

「取り敢えず今後の予定について話させてもらいますねぇ~」

「――え、あ! はい!」

 このまま愚痴を聞かされるなど溜まったものではない。咲羅は綾子の会話を遮断して口火を切った。

「神器の気配を辿って色々回ることにしますぅ。普通のユーザーであれば問題なしですし~、適合者でないと思われる人物であれば職務質問ですねぇ~。場合によっては戦闘も覚悟しておいて下さいねぇ」

 本部の仕事というよりもボランティアに近い活動である。本来ならば本部の諜報員から何かしらの連絡があった時だけ動くのだが、今はちょっとした事情があり、こうした見回り活動をやらされるハメになっているのである。咲羅としてもこんな面倒な事を拒否しようとしたのだが、上からの命令では流石に逆らうこともできないのであった。

 だがこんな下っ端全とした仕事ではあるが、本部としての責任が伴う仕事なのである。愚痴ばかりを吐き出し続ける綾子に、もう少し緊張感を持ってもらうためにも、殺し合いを仄めかしてみたが……、

「分かりました! 全力で頑張ります! それでねぇー、あのバカ兄貴ってばさぁ――」

 あまり効果はなく咲羅は笑顔のまま、彼女は珍しくため息を吐いたのであった。




 探索を始めてから2時間。

 また、咲羅にとっては愚痴を聞かされ続けて2時間、とも言える。

 そんな咲羅の心象を表しているかのように、空色も少しずつ暗くなってきていた。

 神器の気配を辿って歩き回った結果、既に何人かのユーザーを見つけていた。

 ここで特筆しておきたいのが、咲羅の探索能力である。

 綾子が微塵も感じる事もできない程の遠くの神器さえも感知する事が咲羅、いや、本部に所属している人間には成し得るのである。

 見かけたユーザーの人数は3人。いずれも暴走するとも、また他のユーザーを無闇に襲う輩だとも判断されなかった為、ただ見送りになっただけである。

 そして今見かけているのは4人目。

 生気を漂わせていない虚ろ気な男である。何処と無く衣類にも清潔感が見られない。

 人気の無い場所まで誘い込み、綾子は会話を試みる。

 試金石として、まずは綾子に接触を図らせ、その態度によってそのユーザーの危険度を判定するのである。

 そして、綾子が無難な話題を振った所で、

「そんなことよりお嬢ちゃん、可愛いね。ぐしゃぐしゃに犯してもいいかい?」

 望ましい返答ではない、不適当な所有者の見本であるかのような回答が返ってきて、本格的な仕事が始まる。

 今殺しあう事に明確なメリットは互いに生じない。そしてその程度の判断すらもできない程、思考力が低下しているとなると、最早神器に力をのっとられていると考えても差し支えないだろう。

「はいはい、失礼します。綾子ちゃん、邪魔なのでどいてもらえますかぁ?」

 咲羅は綾子を押しのけ、代わりに男と対峙する形となった。

「神器管轄本部所属、黄村咲羅の判断において貴方をユーザー不適合者、フェイズ2とみなし、貴方の神器を回収させていただきますぅ」

 大事な場面で咲羅はマイペースに啖呵を切り、目の前の男の無力化を図ろうとし、

「いえ、咲羅さん、協力します」

 先ほど邪魔者扱いされていた綾子が咲羅の隣に立ち、咲羅は眉を顰めた。

 確かに、先ほどまでの愚痴全開の様子とは違い、綾子は真剣に敵と向き合ってはいる。

「綾子さん、2回目は言いませんよぉ? 邪魔です。そろそろ雨も降りそうですし綾子さんは一足先に帰って下さって結構ですよ」

 咲羅は明確に、言葉に重みを乗せ、綾子を拒絶した。

 事実、空は徐々に曇天模様を見せ始めている。雨が降るのは時間の問題だろう。

 その言葉に綾子は驚き、そして反射のように食い下がった。

「そんな! 私だって馬酔木家で様々な仕事をこなしてきました! 足手まといにはならないつもりです!」

 綾子は……目の前に敵がいるというのに、今は咲羅に向き合ってしまっている。安易に敵から視線を外す事がどれほど重大な事なのかを知っていない、そんな小娘に何が勤まるというのか。

 咲羅は内心で更に綾子の評価を下げ、子供をあやすように説明することにした。

 勿論、咲羅は目の前の敵から注意を反らす、なんてヘマは踏まない。

「私の神器は他の神器を引き寄せてしまうんです。もし綾子さんの神器を引き寄せてしまって、無防備の綾子さんが狙われでもしたら……ここまで言えば分かりますよね?」

 つまり咲羅はユーザーと共闘するには不便な神器を持っているのである。それ以外にも綾子を戦わせるのには不安要素が多々あると咲羅は考えている。

 まず気配の察知能力が低い点。気配の隠匿が下手糞な点。他に相手の力量を測る事もできないという点。

 直接見たわけではないが、これではユーザーとしての腕もたかが知れているだろう。そんな人物に暴走している神器の相手をさせる訳にはいかないというものだ。

「綾子さんに何かがあったら五十鈴さんにも申し訳が立たないんです。どうか分かってください」

 咲羅はそうやって目配せをし……ややあってから、綾子は悔しそうな表情を浮かべ、現場を放棄した。

 素直な子なんだけどなぁ、と思う反面、どうしてあんなにお兄さんに対しては反骨精神全開なんだろうと思わなくもない。あれではどう見てもただのブラコンである。

 本人が聞いたら必死にブラコンではない! と反論するのだろうが、咲羅からはそうとしか見えなかった。

「さて、じゃあどうぞよろしくお願いしますねぇ」

 まぁそんな余談は今はどうでもいい。大事なのは目の前の男だ。

 咲羅はひとつ咳払いし、神器を顕現した後に敵と向き合う。その一連の動作は優雅ともいえるだろう、左手には盾、右手には銃を構える。銃といっても射出されるのはゴム弾なのだが。

「そっちのおじょうちゃん何者なんだい? まるで隙がないねぇ」

 目の前の男もただ黙って二人のやりとりを見ていた訳ではなかった。二人が会話に興じて油断した瞬間に痛めつけて楽しむつもりだったが……いつまで待ったところで、このふざけた格好の女にはついぞ隙は生まれなかった。

「いやですねぇ。ただの少女趣味で小さい男の子が大好きな本部勤めってだけですよぉ」

 咲羅は笑顔で会話に応えつつ、一歩ずつ歩き始めた。まだこの距離ではユーザーのポテンシャルを以って銃弾など簡単にかわされてしまうだろう。

 次の一歩。そこが射程圏内になる。

 その足を踏み込んだ瞬間――男は背を向け逃げ始めた。

「あら、」

「確かにキミも可愛いけど強そうだからね」

 予想外なアクションに咲羅の反応が遅れてしまった。

 半暴走状態、そしてまだお互いに手の内を見せた訳でもないうちから逃走するというのは早々ないからである。

「まさか逃げますか。よっぽど用心深い神器なんですねぇ~」

 咲羅は逃げられたばかりだというのに、慌てる素振りも無くまず神器をしまった。

 というのも……相手が神器を放棄しない限り、咲羅から逃げる事など不可能だからである。

 たった2、3言葉をかわしただけだが、相手の神器の気配を覚えるには十分すぎる時間であった。後はこの気配を辿っていけば必ず追い詰める事が可能なのである。しかし東京圏から離れられてしまったら、感知能力に長けている咲羅といえども流石にお手上げになってしまうのだが。

「……あまりのんびりもしてられませんかねぇ」

 でもその前に……と咲羅は一人ごちる。

「折角うるさいのも追い払えた所で、どこかでティータイムといたしましょう」

 延々と愚痴を聞かされ続けていた咲羅としてもリフレッシュは必要だろう。さっきの男の事も束の間忘れることにし、喫茶店を探し始めた。

 ……果たして本部に勤めている者の中で仕事に熱心な人物というのは何人いるのだろうか。




 雨が本格的に降り始めたのはストレートティーが咲羅の机に届けられた時であり、不穏な気配を感じたのは、3口目のスコーンを口にした時であった。

 先ほど会した男の気配を察知しつつ、優雅に紅茶を飲んでいたのだが、どうやらその男が逃げてる途中で別のユーザーと接触したようである。

 感知に長けたユーザーであっても、ある集まった箇所において、神器の気配を2種類、明確に分離して理解することができる者は本部でも数少ない。

 闇夜に糸を針の穴を通す程の正確さを以ってしてやっと分かる情報である。繊細な感性を持っている咲羅にこそできる芸当である。

 だが当然神経をすり減らしている。咲羅は額にじわりと広がった汗を拭い、食べかけのスコーンも残したまま店を出ることにした。

 ユーザー同士が衝突することは咲羅にとって迷惑以外の何者でもない。死体の処理も面倒だし、何より余った神器を回収するという仕事が待ち受けているのである。

 ひとまず現場に居合わしておくべきだろう。更に言うならば片方は暴走している神器なのである。既に戦闘が行われていてもおかしくはない。

 咲羅は喫茶店にあった傘立てから勝手に適当なモノを拝借し、電車を利用し現場へと向かう。

 勿論、フリフリドレスに蝙蝠傘は酷くミスマッチングであり、電車の中での咲羅の格好はもっと目立つ。かといって都会人はこの程度で動揺を見せることもなく、見てみぬフリを全員が全員するので大して問題にはなっていないのだが。

 そして割とのんびりとした現場入りを果たした咲羅を待ち受けていたのは1人のユーザーであった。

 そのユーザーは先ほど咲羅が会ったばかりのユーザーではない。

 まずは咲羅は駆けつけた場所の観察を行う。

 突き当たりとなっている路地裏。ゴミ捨て場が近くにあり、淀んだ風の吹き溜まり場所なのだろう、雨も相まってひどく生ゴミの匂いがきつい。

 そこにはボロボロの制服を着た一人の男の子が背を向けて立っている。

 その片手には鈍器らしきモノを握られている。その放たれている存在感、黒色は神器であることを意味している。

 地面には咲羅が先ほど遭った、暴走していた男が雨でビショビショに濡れて倒れていた。

 その手からは神器が零れ落ちている。恐らくこの子がこの暴走状態にあった男を嗜めたのだろう。

 そして、咲羅の存在に気付いたのか、男の子は不思議そうな顔で咲羅の方を振り返り――。


 ――キュン、ときた。


 咲羅の胸の中で、何かがはじけた。

 その気だるそうな瞳。ずぶ濡れになっている髪。

 大人びた雰囲気をしているが、まだまだあどけなさを残した顔が見て取れる。

 将来はかならず俳優顔負けの男になるだろう、美少年である。

 翼を失くした天使がそこに舞い降りていたと言っても過言ではない。

 ……まぁ全て年下が好きな咲羅のフィルターを通して見た感想なのであるが。

「お姉ちゃんもやる気なの?」

 やる気の欠片もない様子で咲羅に向き合ったその少年の名前は寒川由真である。

 ただの惰性で襲ってきたユーザーを返り討ちにし、久々の戦闘の後で呆けていたところをこうして咲羅がやってきたという訳である。

「や、やる気だなんてとんでもないですよぉ~それよりもお姉さんと一緒に美味しいご飯でも食べにいきませんかぁ?」

 本部としての仕事等、目の前のこの男の子に比べれば些事である。

 是が非でもこの少年とお近づきになる必要がある。そのためにもまずは仲良くなる必要があり、そのためには会話の機会を設けなくては。

 別にこの人気のない場所で二人っきりの会話というのも悪くは無いが、こんな場所では相手が警戒したままになってしまうだろう。それに倒れこんでいる男がそこにいるというのもシチュエーションとしては最悪だ。

 一方、由真からしてみれば、美味しいご飯というものはとても魅力的な提案であった。

 だが……食事の誘いをこんなに血走った目でされたことは初めての経験であるためにどのような対応をすればよいのか戸惑っている。

 とりあえず目の前の人から殺気は感じない。

 可笑しな衣装をしている点を除けば、まぁ悪い人ではなさそうである。

 そう判断を下し、返事を口にしようとした。

「……い――」

「はい! 決まりですねぇ!」

 ……まだ『い』としか言っていないのに咲羅はパチンと手を鳴らして、有無を言わさず由真の濡れている腕を掴み、一緒の傘に入った。

「でもまずはお着替えしましょうねぇ! あと折角ですしお風呂も入っちゃいましょう! そうですねぇ、私が贔屓にしているホテルに向かいましょう! いえいえ? ホテルと言ってもそんな変な事はしないですよぉ? 安心してくださいねぇ?」

 嬉々とした声で早口に捲くし立てる。普段の温和な話し方は最早見る影がない。

 咲羅は自分の服が汚れるなんて事も全く気にした様子もなく、びしょ濡れの由真にべったりとくっついてくる。見ず知らずの人だが、そのドレスを汚してしまう事に由真としても抵抗があった。

「僕お金ないんだけど」

「そんなの心配しないで下さい? キミさえよければ私が一生、死ぬまで面倒を見るのも吝かではありませんことよぉ?」

 あ、でもその前に……と咲羅は首からぶら下げていた携帯を取り出した。流石に本部に仕えている身として、このまま野良の神器を無視しておく訳にはいかない。

 どこかに電話を掛け始めた横で、神器である自由の女神像が、由真にだけ聞こえる声で呟く。

(……由真にはヒモの才能があるのかもしれませんね)

「ヒモって何?」

 由真のそんな疑問を神器はやり過ごし、咲羅はどこかに電話していたため聞き逃した。

「もしもし? 今の私の居場所分かりますぅ? そう、結構。そこに神器が転がっているので適当に回収しておいてくださいなぁ」

 いい終わるや否や携帯を閉じ、また由真の腕を掴み歩き始めた。傍から見ればバカップルそのものである。

「お姉ちゃん、名前は?」

 ピンク色のフワフワとした髪、フリフリのドレス……それらの可愛らしさを全て帳消しにするようなモダンな黒傘を見ながら、由真は尋ねた。

「あらあら私としたことが……申し遅れました。本部所属の黄村咲羅と申しますぅ。キミの事は――」

 そこまで言って咲羅は続きを口にすることを止めた。

 咲羅、そして由真も同時に新しく現われた人物を注視した。

 そこにいたのは大男である。雨の中、傘も差さずに寡黙を貫きリュックを背負っている。

 黄色のコート、丸縁眼鏡、緑のキャップ。そのキャップからは伸びきった髪の毛がはみ出ていた。

 無精髭にふっくらとした顔つき。こうしてみればただの東京にいるオタク、という印象を受けるのだろうが、いかんせん体つきが日本人離れしているので、近くに立たれると嫌でも威圧を感じる。

 その巨漢には不釣合いな小さい携帯を手にし耳にあてた。

 同時に咲羅の携帯が再び鳴り始める。

「私の前にその醜い身体を見せないようにって言いましたよねぇ? 神室久木さぁん」

 咲羅は携帯にそう告げながら、目の前の、神室と呼んだ男を睨む。

「俺だってお前を見たかった訳じゃない。だがそいつを連れているとなれば放っておく訳にはいかねぇだろ、常識的に考えて」

 なんで電話越しで会話をしているの? と思っていた由真も他人事で済ませられなくなっている状況に気付いた。

「僕のこと?」

「お前以外に誰が居る、寒川由真」

 巨漢はそう言って携帯にではなく、直接由真を指差し告げた。

「あらあらぁ、この子があの由真君なのですかぁ?」

「どうして定例報告書に目を通さないのか俺は疑問で頭が一杯だよ。顔写真も載っていただろうに」

 だが咲羅とは電話越しに会話をしている。直接話すのも嫌い、という事なのだろうが、あまりに幼稚な行為だ。

「……あのですねぇ、私はあなたのその回りくどい喋り方がレモンの入った紅茶よりも大嫌いなのですよぉ。もう少しまともな人間の話し方を学習されてはいかがですかぁ?」

「奇遇だなぁ。俺もお前の間延びした喋り方を聞くたびに虫唾が走るんだよ。電話越しでも相当な不快指数なんだが、俺をイライラさせるコツでも密かに勉強してるのか?」

 咲羅はニコニコとした表情を浮かべているがひっそりと青筋を立てているのを由真は見ていた。

「そんな訳あるはずないでしょう? 私がどぉうしてゴミ屑以下のあなたの為に貴重な私の時間を割かなければならないんですかぁ? 自意識過剰もほとほとにして下さいねぇ?」

 対して神室も平静を装っているが、携帯を持つ手がプルプルと震えているのが見て取れる。

「お前、塵芥に帰りたいか? そこの路上に接吻させてやろうか?」

「だからその気取ったモノの言い方を止めてもらえませんかぁ? ついでに本部も辞めてみてはいかがでしょうかぁ? 手続きは私が代わりにやっておきましょう。感謝してくださいねぇ?」

 ついに神室は携帯を叩き割ってしまった。ユーザーとしての握力を以ってすれば、赤子の手を捻るより容易いソレは痺れを切らしている事を意味している。

「本部としての仕事をこなしていないお前に言われちゃ俺の立つ瀬がねぇな」

「うわぁ、私に直接話しかけてくるだなんてどれほど身の程を弁えていないんですかぁ? 不細工は直接話しかけてこないでくださいねぇ?」

 ――咲羅の持っていた傘が地面に落ちた。

 同時に神器を顕現させ、そして既にその攻防は終わっていた。

 気付けば大男の手には片手斧。そして咲羅の片手には咲羅自身がすっぽりと覆えてしまうほどの大盾がそこにはあった。

 予備動作もなく分断せんとした斧の軌道の先には咲羅の首があり、しかし今それは盾によりふさがれている。

 由真はこの二人のやりとりをただ第三者の視点で見ている。巻き込まれたらそれなりに立ち回るつもりであるが、今の所火の粉は降りかかってはこなそうである。

「あらあらぁ、私はあなたと同じ本部の人間ですよぉ? 錯乱状態ですかぁ? あぁ、暴走しているのですねぇ? これは取り締まりをしなければなりませんねぇ」

 大義名分を得た、と咲羅は暗い笑みを浮かべ、太ももに巻きつけられているホルスターから銃を抜く。中身は当然ゴム弾ではあるが、5,6発連続でボディに打ち込めば大抵のユーザーであっても戦意を削ぐ事ができる。

「お前に取り締まられる程のザコじゃねぇよ」

 片手で咲羅の盾を封じつつ、大男はもう片方の手で斧を顕現させた。

 あまり見る事がないであろう、片手斧の2刀流である。

 実用性の欠片もない、ふざけたスタイルではあるが、これで本部に勤めているのだから、その実力には太鼓判が押されているようなものである。

 当然、咲羅は神室が斧をあともう1本、つまり全部で3本の斧を持っている事を知っている。だからこそ咲羅は斧が自身に振るわれる前にその腕を銃で打ち抜こうとし……、

 予想される腕の振りではなかった為、咲羅の反応が遅れた。

 そんな振りではこちらに斧は向かってこない。

 ただのフェイント、そう判断し来るべき3本目の斧に意識を割いたところで――、咲羅は神室の意図に気付いた。

 咲羅の予想通り、斧は咲羅には全く関係のない方向に振るわれ、そして放たれた。

 神室の得意とするトマホーク。不恰好な重心の斧は投擲される際、遠心力を持って標的に深く、深く突き刺さる。

「避けて!」

 咲羅は叫び、だがそれは意味を成さなかった。

 回避、防御、それらの選択肢が与えられるまでもなく――既に神室の放った斧は由真の右肩に突き刺さるという結果だけが与えられていた。

「、……」

 油断をしていたとはいえ、反応する事すら許されなかったのは初めての経験である。それほどまでに完全に意表を付いた行動。仮に由真の神器が由真の身体を操っていたところで回避することは難しかっただろう。

 殺気を完全に咲羅に向けたまま、視線も反らさずに由真に斧で狙いを付ける。そんな芸当ができるあたり、神室もまた本部に勤めている者であると言えるだろう。

 由真は耐え切れずに膝をつき、右肩から溢れ始める鮮血を手で押さえた。

「寒川由真。神器と共存している稀有な存在で、いつ暴走の兆候が見られてもおかしくない綱渡りの状態を常に維持しているんだとか」

 咲羅、そして由真が呆けている間に神室はもう一本の手斧を取り出した。

「諜報員は観察対象だとか抜かしているが、俺は生憎そうは思わん。回収させてもらうぞ、その神器」

 その一言で由真も、そして咲羅も我に返った。

 由真は目の前のこの男に殺されかけているという事に。

 咲羅もまた本部に勤めている一員である。由真に関する情報が正しいのであれば、この男の言っている事は間違っていないのだろう。

 本部に属している者は独断で暴走、半暴走を見極め実力行使をする事が認められている。この男には今、由真を殺す権利があるのは間違いない。

 咲羅の事など気にもせず、もう一本の手斧がまた投擲されようとし――

「なるほどなるほどぉ。しかし彼が本当にあの寒川君という非常にグレーな存在であるならば貴方程度の独断で済ませられるほど軽いケースではないと思いますけどぉ」

 ――手斧を落としてしまったのは、その持っていた手首に痺れが走ったからである。

 咲羅の持っていた9mm自動拳銃の口径から放たれたゴム弾が男の右手を襲った。

 ゴム弾といえども貫通力がないだけでその威力は実弾に勝らずとも劣っていない。

「邪魔する気か?」

 落とした片手斧を無視し、残った1本を両手で握り、咲羅に振り下ろした。当然盾で防がれるのだが、神室はそれを上から押さえつける。

「邪魔も何も今の彼は暴走してはいませんよねぇ?」

 お互いに腕力に関しては人間離れしているとはいえ、それでも咲羅と神室の間には明確な差があった。

 その証拠に上から押さえつけられている咲羅は片膝をつき、絞り出すかのような声になっている。

 片手用の武器であるというのにこの重量は一体どこから出て来ているのかと咲羅は平静を装いながら舌打ちをする。

「だが過去に、無差別に人を襲っていたとも報告がある」

「過去の話ですよねぇ? 現状においてそんな暴走の兆候は全く認められませんがぁ?」

「その兆候がいつ再発してもおかしくない状態だから回収するんだろうが」

 神室の目は真剣そのものである。邪魔をするのならこのまま咲羅もろとも殺さんとばかりのギラギラとした殺意が眸から漏れ出ていた。

 ずしり、と更に上から体重を乗せられる。咲羅を盾ごと押しつぶすつもりなのだろう。実質、既に盾は咲羅の身体に密着し男の力は直に咲羅に加えられている。

「まぁ……そうですねぇ。しかし彼は貴重なケースですよぉ。殺すなんてナンセンスですぅ」

 という訳で……、と咲羅は左手で銃を構えた。その銃口の先には神室の額がある。

 今や盾を支えているのは咲羅の肩と右手だけである。片手になった瞬間、足がコンクリの地面にめり込みそうになる錯覚を覚えた。

 そして咲羅は引き金を引こうとし……銃の切っ先が男のもう片方の手により即座に曲げられた。

 つい先ほど発砲したばかりの拳銃はまだ熱を帯びている。そんな事もお構いなしに神室は拳銃を握り、無理やり銃口を顔から反らさせた。

 同時にそれは押さえつける斧が片手になった瞬間でもある。

 咲羅はその瞬間、咲羅は拳銃を手放し、両手の力を以って神室を押し返す。

 わずかに開く咲羅と神室との距離。そしてその距離が勝負を分けた。

 咲羅は自身の神器をしまい、落ちていた斧を手に取った。

 そして振りかぶる。神室も先ほど行ったトマホークである。

「浅はかだな。実践しなければその難易度に気付けんとはな」

 斧を投げる、というのは簡単なものではない。

 標的との距離によっては斧の刃は刺さる事はないし、何よりもアンバランスなモノである。投げる際の癖、軌道を理解するのにはかなりの練習を要する。

「難易度? 別にこれであなたを殺すつもりはありませんよぉ?」

 咲羅が振りかぶり投げた先は――曇天の空である。

 なまじ重さがある分、空気抵抗を受けた所でその重量の塊は失速することなく、そしてユーザーたる腕力で投擲された斧は優に100Mを超える飛距離をたたき出していることであろう。

 ついでに由真の下まで駆け寄り、そこに落ちていた斧も咲羅は全力で空に向かって投げる。その方向は先ほど投げた斧と180度違う方向。

「さぁ、尻尾でも振りながら拾ってきなさい?」

 神器と契約している身において、その神器が身体から離れれば離れるほど体力は蝕まれていく。

 それこそが神器と契約する際におけるデメリットである。契約した以上、常に身に付けていなければならないのだが、2本の斧を遠くに放られた今、神室は立ち続けるだけでも相当な疲労を感じているはずである。

 吐き気、頭痛、さらには目眩に襲われ、しかし神室は意地で立ち続ける。

 直ぐに回収しなければ。

 誰かしらの手に渡れば手に負えない事になる上に、この不調から回復できなくなってしまう。

「……この件は報告させてもらうぞ」

 由真を助けるためとは言え、神器を放り投げるというのは度が過ぎている。もし関係のない人にその手斧が突き刺さっていたとしたらそれは笑えない冗談である。そんな失態があった日には本部から追放されたとしてもおかしくはない。

「ご自由にぃ」

 だが咲羅は飄々としている。元々本部に思いいれがないのか、それとも今の立場よりも由真を守る事の方に価値があるというのか。

 舌打ちをし、神室はその大きすぎる背中を向け、路地裏を後にする。

 びしょぬれになっている黄色いコートを咲羅は見送る。思えばどうして相方と戦う事になってしまったのか。無駄な浪費であったと咲羅は嘆息し……、

 新たな殺気に目を剥いた。

 勿論その殺気に神室も気付いた。雨に紛れて尚衰える事のない、ピリピリとした殺気である。

「由真に怪我をさせておいてそのまま、ハイサヨウナラ、は虫が良すぎるのではないですか?」。

 濡れた髪で。

 虚ろな目で。

 血塗れの制服の少年がそこには立っていた。

 だが雰囲気はただの少年のソレではない。

「貴方の死を以って償ってもらうことにしましょうか」

 左手では自由の女神像が顕現される。右肩から血が噴き出てようが関係なしに、銅像を両手で構えている。

 腰を落とし……そして神室に向かった。

 血は既に行動に支障をきたす程流れてしまっている。それでも由真は悠然と武器を構え突進する。

 当然といえば当然である。今由真の身体を操っているのは神器であり、神器には痛覚といった感覚もない。だからこそ、人間の身体という器に限界を超えた動きを強要させることができる。

 神室にはまだ斧が一本だけ残っている。だが片手用の小さな斧である。これだけであの銅像を受け止めるのにはあまりに分が悪い。

 それに加え、契約した3本の神器のうち、2本が手元にないというハンデも背負っている。いくら本部に勤めている猛者であろうと、この現状を覆すのはかなり厳しい。

 由真は既に人ではない、獣のような形相で銅像を片手で持ち――迫る。

「咲羅! 助けろ!」

 神室はなりふり構わず叫び――、

「まぁ、それは助けますけどぉ」

 既に神室と由真との間に滑り込んでいた咲羅は盾の神器を顕現させ二人の攻防に割り込んだ。

 由真は咲羅の盾を見て、直前で一回転した。

 回し蹴りの要領で銅像を振り回し、回転の勢いをそのままに咲羅の盾に叩き込む。

 防がれる事は既に想定済みなのだろう。

 だからこそ、盾者もろとも吹き飛ばさんと大技を決めにかかる。

「……その身体で由真君に無茶をさせている貴方の方が虫が良すぎるのではぁ?」

 だが咲羅は苦もなく受けきった。それもそうである。由真は既に貧血状態であり、また最近の食生活もたたっている。そのか細い腕は存分に力を発揮できるポテンシャルではなく、例え遠心力を味方にしたところで、まるで威力はなかった。

「……、」

「貴方の由真君は私が責任を持って介護するのでぇ、由真君を引き渡してはくれませんかぁ?」

 そう言って咲羅は殺気立っている由真に対して場違いな笑みを見せた。

 咲羅に遮られながらも、その背後にいた神室を睨みつけて……そして由真はそのまま倒れこんでしまった。

 人間の身体に詳しくないのだろう、神器が止血の処置を怠ったが為に血を流しすぎていた。

 走るのはおろか立つ事すらギリギリの状況、更に由真はまだ中学生である。かなりの無理をさせた事を反省したのか、由真の身体をのっとっていた神器の気配が薄れた。

 そこに残ったのは、力なく咲羅の身体にもたれ掛かるただの少年である。

 ひとまず急いで血をとめなくては。この雨で余計悪化してしまう。

「……礼は言わんぞ」

「えぇえ~? 今このタイミングでそんな事いいますかぁ?」

 それに由真の神器もなんとかしなければならない。猫の手も借りたいというこの状況で神室の面倒な発言に呆れるなという方が無理がある。

 ……今のうちに由真を殺そう、等と言わないだけマシというものか。

「私が貴方を助けたのはですねぇ、由真君に本部の人を殺させたくなかっただけであってそれ以外の他意はありませんからねぇ」

 珍しく咲羅の喋り方もどことなく切羽詰っている。この雨の中、今日だけで3度も神器を顕現するハメになって疲労も溜まっている。

「取り敢えず本部の東京にいる人に連絡をとって救援を待ちましょう。連絡してもらえますかぁ?」

 意識を失った由真に、そのまま地面に落ちた自由の女神像。

 その状況を疲弊した咲羅とほぼ戦力外のコンディションである神室の二人でなんとかなるとも思えない。

 咲羅が連絡をしてもいいのだが、今は由真を支えるので精一杯であり、携帯を取り出す余裕もない。

「……生憎だが俺の携帯はもうお釈迦だ」

 地面に転がっている携帯はストレスに身を任せて真っ二つに割られた後である。通信の用途は成さないだろう。

「ほんっっっとうに使えない男ですねぇ~。さっさと自分の神器を回収でもしてきなさい」

「……携帯が割れたのはお前のせいでもあるんだけどな」

「何勝手に人のせいにしてるんですかぁ!? さっさと失せろですよぉ!」

 咲羅には珍しい大声で追い払うと、神室はブツブツと文句を言いながら重い足取りで路地裏を後にしていた。

 はぁああ、と咲羅は長いため息をつきながら携帯を取り出した。

 早くホテルに戻ってシャワーを浴びたい。この濡れた髪をなんとかして湯上りに暖かいミルクティーを飲んで、フカフカのベッドで横になりたい。

 ビショビショになったブーツと洋服はフロントに出してクリーニングに出しておこう。

 そして更には……、

 チラリともたれ掛かっている少年に視線をよこす。

 長い睫に、軟らかそうな唇。

 キレイな肌、艶のある前髪に滴る水滴。

 こんな美少年をお持ち帰りにできる訳である。

 そのためにもまずは由真君の怪我の処置を急がなければ。

 内心でニヤケつつ、咲羅は本部の人へと手を回し始めた。

 雨で濡らしたハンカチを傷口にあて止血を行う。勿論気休め程度にしかなってないが、やらないよりはマシ、といったところか。

 応援が来るまではまだ掛かるだろう。

 その退屈な時間、咲羅は由真の顔をじっと見つめつつ待つことにするのであった。


小説書いてゲームして漫画読んでご飯食べて。

そんな怠惰な生活をしてみたい。


秋に新しいのを書き上げられたらいいなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ