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私のボディーガード  作者: 水無月
7/14

7:犯人

 翌日。机の上に並べられた二枚のカードを、四人はじっと見つめていた。

「役立たず」

 腕を組んでカードを見ているレイに、陸が冷たく言い放つ。レイは眉間にしわを寄せた。

「否定はできんなぁ」

「ホントだよ。責任もって守るって言った傍から、二度もカード仕込まれるってどういう事?」

 今朝、美波の部屋で一枚、そして学校から家に帰る途中に鞄の中に一枚、カードが入れられていた。

 部屋で見つかったカードには、その晩、美波が本を読みながら聴いていた曲名が文中に含まれており、その曲が美波が普段聴くものではなく、母親の物だったことから、やはり盗聴されている可能性が高いように思われた。しかし、捜索しても盗聴器はやはり見つけられなかった。

 もう一枚のカードも、学校を出る前に翼とみゆきに鞄に何も入れられていない事を確認した上、帰路は買い物にすらよらず真っ直ぐ自宅に向かい、その間、誰も鞄に触れられるくらい近くを通った者はいなかった。にも関わらず、部屋で鞄を開けると見つかった。そこには、いつもよる本屋にも寄らせてもらえないなんて可哀そうだというようなことが書かれていた。

「俺が見ていた限り、誰もカードを仕込めるはずあらへんのやけど」

「でも、実際入れられてるじゃん」

「そらそうなんやけど……」

 納得いかないように、カードを睨みつけるレイ。翼も、同じような眼差しを二枚のカードに向けている。

「俺も納得いかない。今日の帰りは、誰も美波に近づけなかった」

「あのガキも、今日はおらんかったしなぁ」

 学校の外を見張っていたレイは、美波の高校の傍まで来た袴田柊を目撃していたが、彼は呼び出しの連絡が入ったのか、携帯を確認するなり踵を返して去っていった。美波はまだ校内にいたため、近寄ってはいない。

「じゃあ、何でカードはここにあるんだよ!」

 苛立たしげにばんっと机を叩く陸。得体のしれない事態に、不安を隠しきれなくなっているのがわかる。美波の顔色も、だいぶ悪かった。

「……美波、このカード見つけた時、共通してあった物とかあらへんの?」

「え?」

 レイの問いに、美波は俯き気味だった顔を上げると、不安に支配されて止まりかけていた思考回路をゆっくりと動かした。

 カードを見つけた時、いつもあった物。美波の部屋にも、鞄の中にもあった物……。

「……本」

「本?」

「ファンタジー小説です。部屋で見つかった時にはその本の上にカードが置いてあったし、学校にも持っていってたから、もちろん鞄にも入ってました」

 他に思い当たる物はない。それがカードを入れられた事に何か関係があるとは美波には思えなかったが、レイは少し興味を持ったようだった。

「ふーん。それ、見せてもらってもええ?」

「いいですけど、本屋さんで買った普通の本ですよ?」

「それでもええよ」

 レイのために、美波は部屋から本を持ってきた。レイは魔法陣の描かれたブックカバーを物珍しげに見つめながら、ぱらぱらと本をめくる。ブックカバーを外して観察したり、挟まれた魔法陣模様のしおりも裏表まで確認していたが、諦めたように本を置いた。

「普通の本やな」

「あたりまえだろ。どんな仕掛けしたって、そこからカードが出てくるわけないじゃん。魔法使いじゃあるまいし」

「そうやなー」

 陸に小馬鹿にされて嘆息をしつつ、レイは美波に本を差し出した。が、美波が本を掴んでもその手を放さず、美波は小首を傾げた。

「レイさん?」

「んー、やっぱり、しばらくこれ預かっとくわ。それでもええ?」

「いいですけど……」

 美波が不思議そうな顔で本から手を放すと、レイは本を自分の横に置いた。そして、小さく肩をすくめる。

「よくわからん事態やから、一応、怪しいと思った物は排除しとこうと思ってな」

「そんな明らかに関係ない物を気にするより、もっと怪しい者を調べた方がいいんじゃない?」

 棘のある陸の声に、翼が深く頷いた。

「俺もそう思う。そんな本より、袴田柊に話を聞くべきだ」

 兄弟の冷たい視線を受け、レイは小さく息をついた。

「そうやな。犯人かどうかはともかく、何か事情を知ってる可能性はある。明日また美波をつけてきたら、とっ捕まえて話を聞いてもええかもしれんな」

「明日まで待たなくても、今から行ってもいいんじゃない? 住所、わかってるけど」

 すぐにでも出かけようと腰を浮かしかけた陸を、美波が慌てて座らせる。

「ダメだよ、陸。こんな時間にいきなり伺ったらご家族にも迷惑でしょ」

「でも、今夜にでも美波になにかあったらどうするんだよ!」

「大丈夫だよ。今までだって、カードしかきてないし、誰か乗り込んできたって、お兄ちゃんやレイさんが負けるわけないんだから」

 何処の誰かもわからない、姿を見せない人間に見られていると思うと不気味だ。むしろ、姿を見せてくれた方が恐くない。一人なら足が竦むほど恐いと思うが、二人が傍にいるなら大丈夫だ。

「じゃあ、明日でいいけど……」

 不服そうな陸だが、美波の意見に同意らしいレイと翼を見て、大人しく引き下がったのだった。



 翌朝は、カードは置かれていなかった。学校に行っている間も何事もなく、美波は鞄の中を翼とみゆきと共に確認してから、今日は委員会の仕事で残らなければいけないみゆきと別れ、翼と二人でいつもより騒がしい校門を出た。

「美波!」

 校門を出た瞬間に声をかけられ、その方向に視線を向けた美波は驚いたように目を見開いた。

「陸。それに、レイさんも……」

 よほど心配だったのか、陸はわざわざ迎えに来てくれたらしい。いつもは陰から見守っているレイも、陸の隣に佇んでいた。

 どうりで校門付近が騒がしかったわけだと、美波は納得する。いつもふざけてばかりいるレイだが、実は人目を惹くほど美しい。黙って立っていれば、何処かのモデルかと思われてもおかしくないくらいだ。通り過ぎる女子生徒たちが、レイと話す美波に羨ましそうな視線を向けて通り過ぎていった。

「騙されてるよねー」

 そんな女生徒達に呆れた視線を投げかけて、陸は美波の右隣にぴったりとついて歩きはじめた。美波の左隣を歩きながら、レイがニヤリと笑う。

「なんや陸。おっちゃんがモテモテで羨ましいんか」

「んなわけないだろ。見た目に騙されてる人に呆れただけだよ!」

「ほんまに? 陸がまだちびっ子でモテへんから、羨ましいと思ってるん違う?」

「だーかーらー」

 自分を挟んでのいつものやりとりに、美波はくすくすと笑った。すぐ後ろを歩いている翼も小さく笑っている。

一見楽しげな帰り道。だが、三人とも周りをかなり警戒しているのが美波にもわかった。

「翼」

 学校を出て数分経った所で、レイが静かに名前を呼んだ。翼が視線だけで反応する。

「あいつ、つけてきたで」

「!?」

 翼は目を見開き、前を見たまま気配を探るように意識を集中させた。だが、わからなかったのだろう、直ぐに顔をしかめる。

「二本後ろの道におる」

 レイの指摘に、翼は少し悔しそうな顔で口を開いた。

「……廻り込んで捕まえて、話聞いてくる」

「まかせるわ」

 心配そうに見上げた美波の肩をポンッと叩くと、翼は直進する美波達と別れ、左の小道に走っていった。

「大丈夫かな、お兄ちゃん……」

 しばらく歩いてから呟いた美波を見て、レイは苦笑を浮かべた。陸も嘆息したので、美波は左右の二人を驚いたように交互に見る。

「え、何? 私、おかしい事言った?」

「いや、翼が大丈夫かってより、翼に捕まったあいつが大丈夫か心配だって顔しとるなーと」

「そうそう。美波って素直だから顔に出るよねー」

 二人の言葉に、美波は慌てて両手を振る。

「ち、違うよ。ほ、本当にお兄ちゃんも心配してるよ!」

「ほら。『も』って言ってるあたりで、袴田柊も心配って言ってるようなもんじゃん」

「あ……」

「美波って、嘘つけないよねー」

 語るに落ちた姉を、笑いながら見つめる陸。美波はかくんとうな垂れる。その頭を、レイが優しく撫でた。

「落ち込む事はあらへんで。そこが美波のええとこなんやから」

「ありがとうござい……」

 頭を上げて礼を言おうとした美波は、突如レイと陸が足を止めたので、言葉を飲み込んだ。同じ所を見ている二人の視線の先を追うと、右手にある小さな公園の中央に、一人の男性が佇んでいた。

 こちらを見ているその男性に見覚えがある気がして、美波は記憶の中から彼を探そうとする。だが、記憶の引き出しをあける前に、陸が美波を彼から隠すように立った。

「美波の行きつけの本屋の店員だ」

 陸の言葉に、美波はあっと思いだす。本屋でよく見かける店員だった。つい先日もレジで魔法陣のカバーをかけてくれた人だった。

「犯人はあいつやな」

「え?」

「目が、そう言っとる」

 驚く美波の前を通り過ぎ、レイは公園に足を向けた。陸は背中で美波を守るように立ちながら、男を睨みつけている。

 美波は陸の陰から、恐る恐る店員を覗き見た。こちらを見ていた男と目が合い、背筋が凍る。

 美波を見つめていた虚ろな目は、常人とは異なっていた。美波を見ているようで、美波を見ていない。狂った瞳……。

 美波は思わず陸の服をぎゅっとつかみ、その背の陰に隠れた。

「あんたか。美波になれなれしくしてるおっさんは」

 男性にしては少し高い声で、男はレイに向かって話かけてきた。レイはそれに答えず、ゆっくりと近付いて行く。

「美波の行動を制限したり、美波の大切な本を奪ったりして、美波が可哀そうだと思わないの? 美波だって迷惑だと思ってるよ。本当は真っ直ぐ帰ったりせずに、僕に会いに本屋に行きたいはずなのに。ねぇ、美波?」

「っ……」

 声をかけられ、陸の背中の後ろで美波はびくっと身体を震わせた。冗談を言っている雰囲気はない。彼は、本気でそう思っているのだ。

「お兄さんも弟も、迷惑だよね、美波。束縛ばかりして、美波を自由にさせない。本当は毎日でも僕に会いに来たいのに、兄弟に僕への気持ちがばれないように、二日に一回しかこれないんだよね?」

「いい加減にしろ」

 男から数メートルの所に立ち、レイは冷たい声を放った。男は陸の後ろに隠れている美波から、レイに視線を移す。

「いい加減にするのは、あんただよ。僕は、美波を自由にしてあげるんだ」

「アホか」

 苦々しげに吐き捨て、レイは男を捕獲しようと、再び歩を進めようとした。

 男は鍛えてるようには見えない、細身の体型。たとえ武器を持っていたとしても、数秒で捉えられる。そう確信していた。

 だが、男がゆっくりと腕を上げ、自分に向けて掌を向けた瞬間、言い知れない悪寒がレイを襲った。男の手が自分に届く距離ではないとわかっていたのに、反射的にその手の延長線上から身体を逸らす。

 次の瞬間、何もなかったはずの宙を、何かが走り抜けた。

 ほんの少しかすった右腕に、熱いような痛みが走る。

 転がるように避けたレイは、自分が先程まで立っていた場所を見て、大きく目を見開いた。

「へぇ。今のを避けるなんて、おっさんのくせに反射神経はいいんだ」

 笑いを含んだ男の声。

 レイは何も言い返さず、ただ息をのんだ。

 男は何の武器も持っていなかった。それは確かだ。

 それなのに、地面には、先程までなかった氷柱が直線に一メートルほど出来ていた。

 鋭利な氷柱は、十分な殺傷能力があるだろう。それを、男は一瞬のうちに出現させたのだ。

「な、なんなんだよっ!」

 うろたえた陸の声が、しんとした辺りに響く。

 守るべき二人を見つめてから、レイは静かに息を吐くと、再び男に対峙するように立ったのだった。


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