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私のボディーガード  作者: 水無月
5/14

5:疑惑

 母の匂いに包まれ、思いのほかよく眠れた美波は、翌日、翼と共に登校した。

 校内では、翼の指令により、翼の親衛隊である腕に覚えのあるクラスメイトの男子たちが美波に近付くものがいないか常に目を光らせており、みゆきも傍にいてくれたので、何事もなく、安心して過ごすことができた。


「一応、鞄の中確認してから帰ろ」

 ホームルームが終わり、翼が教室に迎えに来る前に、みゆきの提案で美波のバッグの中を隅から隅まで調べる事にした。ポーチや財布の中まで確認したが不審な物は入っておらず、とりあえず美波はほっとする。

「よかった。何もないや」

「あったらさすがに驚くわ」

 ぱらぱらとファンタジー小説をめくりながら答えるみゆき。多数の人間が美波の周囲を見張っており、みゆき自身もずっと警戒していた中、何かをしかけられるわけがないと思っているようだ。

 書籍類を確認していたみゆきは、全てのページの間やカバーの間にも何もない事を確認すると、美波のバッグにそれらを戻した。

「とりあえず、今日校内で仕掛けてきた奴はいなかったって事ね」

「うん」

 頷いた美波に、みゆきは優しく微笑んだ。

「昨日の一件だけで終わるかもしれないし、続くようだったらうちのじいさんにも頼むし、美波の家族は強いし、安心していいよ」

 みゆきの母方の実家は探偵事務所を経営している。ストーカー対応のいわばプロだ。

「ありがと。あまり続くようだったら、お願いするかも」

「遠慮しなくていいからね」

 頼れる人が周りにたくさんいて自分は幸せだと思いながら、みゆきと、教室まで迎えに来た翼と共に、美波は帰路についた。



「あ、玉ねぎ!」

 帰り道、近くのスーパーで買い物をしながら、美波は野菜売り場を過ぎてから、買い忘れていた事に気づいて声を上げた。

「あれ、もう無かったっけ?」

「まだちょっとあるけど、ハンバーグ作るには足りないと思う」

 翼の問いに答えるなり、踵を返して勢いよく歩き出す美波。

「ちょっととってくる!」

「あ、美波。一緒に行く」

「大丈夫。すぐそこだし……うわっ」

 かごを持っている翼に答えながら角を曲がろうとした美波は、角の向こうにいた人物とぶつかりかけて、短く声を上げた。

「ご、ごめんなさい」

「いえ」

 顔を確認する前に頭を下げた美波は、何処かで聞いた気がする声が返ってきて驚いて顔をあげる。そして、固まった。

「もう、美波ったら何してんの。って、美波?」

 ぶつかりそうになった相手を見つめてポカンとしている美波に、すぐに追いついたみゆきが不審そうに名を呼んだ。その声に、美波ははっと我に返る。

「あ、き、昨日はどうも」

「奇遇ですね」

 そう答えた相手は、昨日本屋であった彼だった。

 今日は本の代わりに、野菜の入った買い物かごを持っている。

「本、もう読みました?」

「いや、まだ飾って楽しんでるだけで……」

「さっそく読み始めた母が、女の子なら好きそうな話だって言ってましたよ」

「読むの、楽しみにしてます」

 そう答えた美波に穏やかな笑顔を返し、会釈をすると、彼はその場を立ち去っていった。

 その背中を目で追っていた美波を見ながら、意味ありげな笑みを浮かべてみゆきが口を開いた。

「ふーん。今のが本屋で出会った運命の彼」

「っ……」

 みゆきに視線を移し、頬を赤らめる美波。その表情を見て、みゆきはくくっと笑う。

 が、一瞬でそれをおさめた。

「……誰、今の」

 普段明るい翼の声とは思えぬ冷たい声が背後からし、美波とみゆきはびくっと肩を揺らした。

「あ、いえ、運命の彼って言うのは冗談で……」

「昨日、たまたま同じ本を同じタイミングで買ったっていうだけだよ、お兄ちゃん!」

 振り返りつつ、二人は慌ててシスコンの兄に弁明する。

 が、翼は小さく頭を振った。

「違う。確かにそれはそれで気になるけど、今はそういう事じゃない」

「?」

 不思議そうに見かえした二人に、翼は鋭い視線を本屋の彼がいなくなった方向に向けながら口を開いた。

「あいつ、気配がなかった」

「え?」

「誰もいないと思ったから、美波を無理に止めなかったんだ」

「………」

 翼が言おうとしている事がわかり、美波は言葉を失った。

 周りに気を配っていた翼が気付かなかったという事は、彼が気配を消してそこにいたと言う事だ。美波が急に方向転換しなければ、きっと彼の存在に気付かなかった。

 普通の人間は気配など消せない。たまたま気配を消せる技術を彼が持っていたとしても、ただ買い物をしている最中にそんなことをする必要は、普通ない。

「今の彼が犯人だって事ですか?」

「その可能性が高いと思う。美波の周りに気配消せる奴がゴロゴロいる方が不自然だから」

 みゆきの問いに冷静に答えた兄に、美波は首を振る。

「でも、そんな事するような子には見えなかったよ」

「見た目がいい人そうでも、いい奴とは限らないよ、美波」

「……」

 俯く美波の頭を、翼は慰める様に優しく撫でた。

 そんな兄弟の様子を見ながら、みゆきが問う。

「追わなくていいんですか?」

「あぁ、今捕まえても証拠がないからね。とりあえず、帰ってから身元を洗う」

「華中の三年ですよ、彼」

 さらりと答えたみゆきを、驚いて見つめる神崎兄妹。みゆきは小さく笑う。

「律儀に校章と学年章つけてましたから。名札は外してましたけど」

「なるほどー」

 答えつつも、美波は驚いていた。

 彼と会話していた数十秒の間にそんな事を確認し、出身校ではない近隣中学の校章まで覚えているのがさすがだと思う。

「さすがみゆきちゃん。助かるよ。学校がわかれば、陸が調べやすい」

 笑顔で礼を言う翼に、みゆきは微笑を返した。

 兄と友人を頼りになると思いながら、美波は心に棘が刺さったような気持ちのまま、買い物を手早く済ませると家に帰ったのだった。




「華中の三年ね」

 冷たい微笑を浮かべてパソコンを操作しはじめた陸の横に、面通しをする為に翼とみゆきが座っている。その背中に美波は声をかけた。

「ちょっと、着替えてきちゃうね」

「ん、わかった」

 陸が呼び出した画面を見つめながら、みゆきが答える。

 美波は階段を上り自分の部屋に戻ると、そっと扉を開けた。陸が侵入者が入ったかわかる仕掛けをし、帰ってから誰も侵入していなかった事を確認してくれていたが、それでも昨日の衝撃が抜けておらず、少し不安だったのだ。

 だが、部屋を見回しても何もおかしなものは置いておらず、ほっと胸をなでおろす。

 鞄を置き、部屋着に着替える美波。

 そして、結局読みそびれているファンタジー小説を鞄からだして机の上に出しておこうとし、その手が止まった。

 指先が小刻みに震える。

 それを抑え込むように拳をぎゅっと握ると、美波は鞄を持ったまま部屋を出て階段を駆け降りた。

 普段の美波らしからぬ足音に、居間に入ると皆が心配そうな顔で美波を見つめた。

「どうした、美波?」

「これ……」

 尋ねた翼に、美波は震える手で鞄を差し出す。

 受け取った翼は、ファスナーの空いた鞄を覗きこみ、そして顔をしかめた。

「うそ……」

 立ち上がって翼の横から鞄の中を見たみゆきが呆然とつぶやく。

 中には、昨日と同じ封筒が入っていた。

 翼がそれを取り出し、封筒の中からカードを取り出す。


『美波のつくったハンバーグ、僕も食べたいな。今度、僕の為にもつくってくれるよね?』


 昨日と同じ筆跡のメッセージだった。

「学校を出る時は、絶対に入ってなかったのに……」

 呟くみゆきに、翼が口を開く。

「入れたのは、学校を出た後だよ。美波がハンバーグ作るって言いだしたのは、スーパーに入ってからだ」

 美波は唇を噛んだ。その表情を窺いつつ、みゆきは翼に向かって話を続ける。

「彼なら、聞いてましたよね」

「聞こえる距離にいたのは確かだ」

 二人の会話を否定したいのに、否定できる要素が自分の感覚しかなく、美波は口をつぐんだ。

 彼からこんな事をするような感じはしなかった。

 それだけでは、疑いを晴らす要素にはならない状況だ。

「これ、こいつはどう?」

 翼たちのやりとりを聞きつつ、パソコンをいじっていた陸が声を上げた。

「二人の言ってた特徴、当てはまってると思うんだけど」

 ディスプレイには、一人の少年の姿が映し出されていた。

 それを見て、翼とみゆきが頷く。

 それは間違いなく、スーパーで会った彼だった。

「ビンゴだ、陸」

 翼の確定を得て、陸は口元に冷笑を浮かべる。

袴田はかまだ しゅう。ふうん。こいつが犯人ね」

 陸の冷たい声で、初めて彼の名を知る美波。

 もっと違う形で彼の事を知りたかったと、少し哀しかった。


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