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私のボディーガード  作者: 水無月
12/14

12:男のプライド

 兄弟たちの論点のずれた追及は、美波が冷めた紅茶を淹れなおしている間におさまっていた。

 熱々の紅茶を一口飲み、音をたてないようにそっとソーサーにカップを戻す柊。気を取り直したのか、落ち着いた様子で美波を見つめた。

「とにかく、誰が美波さんを狙っていたのかはっきりしましたし、彼はこちらの人間を魔法で攻撃するという最も許されない行為もしました。彼の事は、我々守護者ガーディアンが責任を持って明日にも捕縛します。ですから、もう安心してください」

 美波は柊の真摯な眼差しと柔らかだが凛とした響きのある声に安心し、微笑みを返した。

「彼が捕まるまで、この屋敷には魔力を持つものが入れない様に結界魔法をかけさせていただきます。外出の際は連絡をいただければ僕がガードしますので、遠慮なく……」

「それは出来ん相談やな」

 続けた柊の言葉を、冷めた声で遮るレイ。同意するように、陸が不機嫌な顔で頷いた。

「ホントだよ。理由つけて美波と連絡先を交換しようなんて、油断ならないよね」

「それもそうやけど、オレが納得できんのはそこやない」

「コケにされた相手を人に任せず、自分で捕まえたいんだろ」

 自分もそうだと言いたげな翼に、レイはニヤリと笑みを返す。

「わかっとるやないか」

 好戦的な表情のレイを、柊は困った様に見つめた。

「しかし、人を傷つける事を躊躇わない相手と魔法で戦うのは想像以上に危険だと思います。実際、怪我されているじゃないですか。ガーディアンに見つかって彼は追い詰められていると思いますし、先程よりも危険な魔法の使い方をするかもしれない。そんな危ない真似はさせられません」

「そうですよ、レイさん。レイさんがこれ以上怪我したら、私、どうしたらいいか……」

 自分を守る為につけられたレイの傷を心配そうに見つめる美波。レイは微笑んで美波の髪をくしゃっと撫でた。

「こんなのは傷のうちに入らんし、美波が気に病む必要はなんもない。それよりも、美波を恐がらせ、魔法が使えるだけでオレらを見下してるあいつを人任せにする方が、我慢できんのや」

「でも……」

「それに、二度も同じヘマはせん。怪我なんてせんよ」

 美波に自信たっぷりに述べ、レイは戸惑い気味の柊に視線を向けた。

「お前、あいつの身を守っていた魔法を無効にできるんか?」

「できますけど……」

「だったら、それだけしてくれればええ。後は、オレが仕留めたるわ」

「いや、でも……」

「お前らが捕まえても、あいつは魔法を使えん奴を見下したままやろ。どんだけの罰則があるのか知らんが、あの手の人間はまた同じ過ちを繰り返す。二度とそんな気が起きんように、魔法を使えん奴が痛い目に合わせる方が効果的やろ」

「それはそうかもしれませんが……」

 だからといって、簡単に頷けないといった様子の柊に、レイは不敵な笑みを向けた。

「魔法を使うには、魔法陣っちゅーものが必要なんやろ? あいつは両手に描いとった。紙にも描いてあったようやし、宙に描いてもいた。魔法の種類によって、それぞれ魔法陣が異なるって事や。それに、魔法によって発動時間が異なる。元から描いてある場合でも発動に数秒。宙に描くとなるとその時間もプラスされる。攻撃の発動条件がわかり、数秒あれば、かわす事は可能や。あいつに手こずったんは力の正体がわからん上に、こっちの攻撃が届かなかったからやし、それさえクリアすれば、倒せん相手違うわ」

「…………」

 驚いたようにレイを見つめる柊に、陸は軽く肩をすくめた。

「ま、魔法使いのあんたと同じくらい、このおっさんも普通の人とは違うからね」

「……何をされている方なんですか?」

 ごく当然の柊の問いに、レイはちらりと美波を見てから、柊に舌をだした。

「そら秘密や」

「はぁ……」

 当惑気味に相槌をうった柊は、考え込むように膝の上に置いた自分の手の辺りをじっと見つめて動きを止めた。レイはクッキーを口に放り込み、柊の反応を待っている。

 美波は落ち着かない様子で二人のやりとりを見ていたが、黙って考え込む柊の横顔を見るうちに、不謹慎だと思いながらも少し浮かれている自分に気付いた。

 偶然の出会いは正確には偶然とは言えなかったようだが、あの短い出会いからずっと気になっていた彼が、自分の大好きなファンタジーを地で行く魔法使いだったのだ。しかも、密かに自分を見守っていてくれて、今も守ろうとしてくれている。態度も好感が持てるし、優しい笑顔を見ると安らぐ。これはもう、小説のような運命の出会いといっても過言ではないのではないだろうか、と考えても仕方がないと、美波はひっそりと思った。

 頬が緩みそうになりながら柊の横顔を見つめていたが、柊が顔を上げ、真剣な眼差しでレイを見つめたのを見て、はっと我に返り、気を引き締める。あの男が捕まるまで、浮かれている場合ではないのだ。

「わかりました。彼の居場所の特定をこちらで行いますが、彼を捕らえるのはあなたにお任せします」

 意を決した様子の柊に、レイは満足げな笑みを返した。

「ものわかりがよくて、助かるわ」

 レイとは対照的に、柊は堅い表情のまま返す。

「僕は彼の防御魔法を無効にすることだけお手伝いしますが……、危険だと思ったらそれ以外にも手を出させていただく事は了承してください」

「別にええで。出番はないと思うけどな」

 妙に自信たっぷりの様子のレイを不安げに見た後、柊は恐る恐る陸と翼に視線を移した。

「さすがに、お二人は参戦しませんよね?」

「なんで?」

「当然行くだろ。うちの可愛い妹を恐がらせた相手だぞ」

 何を当たり前の事をいった二人の態度に、柊は額を押さえた。

「いえ、あの……お一人ならこちらも守りながらでも戦えますが、複数だと狙われた時にフォローしきれず、先程の様に逃げられてしまう可能性が……」

「攻撃の理屈がわかったから、自分の身は自分で守れるよ。僕は攻撃には参加しないで、終わった後に精神的なダメージを与えたいだけだし」

「俺も無理はしない。それともお前、偉そうなことを言う割にあんまり強くないとか?」

 翼の言葉に、柊はさすがに少しむっとした顔になる。

「一対一なら、あの男くらい難なく捕らえられます」

「ふーん。あんた、どんだけ強いの?」

 陸の疑問に、柊は気を取り直したように姿勢を正し、落ち着いて答えた。

「魔法の強さを正確に説明するのはややこしいんですが、少なくとも、こちらの世界ならどんな相手でも捕らえられるように修練を積んでいる自負はあります」

「こっちの世界限定なの?」

 陸は未知の世界や力に興味があるらしく、楽しげに尋ねている。

 柊はどう説明するか少しためらった後、ゆっくりと口を開いた。

「向こうだと、生まれ持った魔力が大きい者しか扱えない強大な魔法が存在します。僕にはそれが使えないので、対抗するのは難しいでしょう。ですが、こちらの世界は魔法の源となる力が少ないので、標準的な魔力の僕が扱える程度の魔法しか発動できない。元々の魔力の大きさは関係ないんです。ですから、どれだけ早く発動できるか、相手の使う魔法を正確に読み解き対応するかが重要です。それに、同じ魔法でも雑に発動するのと、正確無比に発動するのでは強さが違う。早く正確にが重要です。向こうだと生まれ持った才能で強さが決まりますが、こちらでは努力次第で強さがかわる。そういう事です」

 ぴんと背筋が伸びた姿勢で言いきった柊からは、自信が見て取れた。だが、驕った様子はない。今まで積み重ねてきた努力、そして今も修練を怠っていない事から出てくる自信だと思うと、美波は柊への好感度が増した気がした。

 冷静な眼差しで柊を黙って見ていたレイだが、他に誰も口を開かないのを見て、問いかけた。

「ってことは、お前はあいつみたいに魔法を使うのに数秒かからんってことか?」

「魔法の種類にもよりますが、彼よりは早いと思いますよ」

「見せてみろや」

 頬づえをつき、視線で中庭に向かってやってみろと命じるレイに、柊は少し戸惑う。だが、神崎兄弟も興味津津に待っているのを見て、立ちあがって縁側に踏み出ると、中庭に向かって宙に指を走らせた。間をおかず、音をたてて鋭い風が空間を引き裂く。男が使った物と似ていたが、その鋭さが違う事は魔法に関して素人の美波達にもわかった。

「こんな感じです」

 振り返った柊に気負いはなく、今の行為がごく当り前なものだと感じられた。

 美波は柊の魔法をみて目をキラキラ輝かせ、陸は好奇心に満ちた眼差しになり、翼は感心したように息をついた。レイは頬づえをついたままニヤリと笑い、ぼそっと呟く。

「お前と闘るの、おもろそうやな」

 その声は柊の耳に届いていたが、好戦的なレイの瞳にぞくっとしたので、聞えなかった振りを決めこんだ。そして、安全な相手ならばもっと色々魔法を見せてもらいたいと思った陸と美波の要望によって、柊はしばらく害のない魔法を披露する羽目になったのだった。


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