11:力の正体
「ちょっと、なにしてるの!?」
ティーセットとチョコレートクッキーをのせたトレーを持って居間に戻ってきた美波は、居間に誰ひとり座っておらず、かわりに縁側で仁王立ちになっている見慣れた三人の後ろ姿を見て声を上げた。もう一人いるべき人間の姿が見えないという事は、間違いなく三人の向こう側にいるのだろう。すなわち、中庭に座らされている。
「何って……尋問?」
トレーをテーブルに置き、三人に歩み寄った美波に、陸が可愛らしく小首を傾げながら悪びれずに述べた。
「何でそうなるの!? 助けてくれた人なのに!」
「だって、変な技使うなんて怪し過ぎだし」
「……ですよね」
力なく答えた声の方に顔を向けると、中庭の石畳の上で正座を強いられている柊が、疲れたように肩を落としていた。
「ほら、本人も怪しいって認めてるし……って、美波?」
美波が怒った顔で縁側を降り、柊の傍まで行って三人を睨んだので、陸をはじめ、翼とレイもぎくりと身を堅くした。普段の美波は、怒るといっても拗ねるの延長線上くらいの可愛いものだが、本気で怒らせると誰に似たのか、結構恐い。
「どんな力を持っているかなんて関係ないでしょう! 話を聞くのにこんな態度とるなんて、三人揃って何を考えてるの!!」
「……はい、すいません」
美波に一喝され、大人しく頭を下げる三人。しおしおと、居間のテーブルを囲むように座り込んだ。
美波は申し訳なさそうに見つめ、立ちあがる柊に手を貸した。
「ごめんなさい。助けてくれたのに……」
「いえ、気にしないでください。危険な目にあわせてしまったのは、こちらの判断が甘かったからですし」
「でも……」
「それに、彼らが怒っているのはあなたの為だとわかってるので、大丈夫です」
柊に優しく微笑まれ、美波はほっと胸をなでおろした。そして、はっと我に返る。柊を居間にひかれた座布団の上に座らせると、レイの隣へ行って膝をついた。
「守ってくれて、ありがとうございました。陸と、お兄ちゃんも、ありがとう」
しゅんとしていた三人は、とたんに顔をほころばせる。
「ええんやで、美波。おっちゃん、美波の為ならいつだって命はって……」
「どさくさにまぎれて抱きつこうとするんじゃなーい!!」
「ぐほぅっ」
腕を広げて美波を抱きすくめようとしたレイを、後ろにいた陸が容赦なく殴り倒す。
神崎家にとっては見慣れた光景だったので、美波も翼も苦笑を浮かべただけだったが、柊は呆気にとられた様に畳の上に転がったレイを見つめた。
「え、あの、お怪我は……」
「あー、大丈夫。これ、丈夫に出来てるから」
先程の戦いで満身創痍に見えたレイを気遣った柊だったが、陸にあっけらかんと言われ戸惑うようにレイを見ると、レイは何事もなかったようにむくりと起き上がった。
「こんなん、怪我のうちに入らんから大丈夫や」
「はぁ……」
いつの間にか手当てを終えているレイは確かに元気そうで、とても激戦を繰り広げた後には見えない程ケロッとしている。
柊は不思議そうにレイを見つめたが、美波が紅茶を注いだカップをテーブルに置いて勧めてくれたので、それを一口飲んで一息ついた。他の面々も、とりあえず喉を潤しはじめたので、少しの間、居間は静かな空気に包まれた。
そして、カチャリと音をたて、それぞれがカップを置くと、全員の視線が自然と柊に向かった。レイがおもむろに口を開いた。
「じゃあ、そろそろ話をきかせてもらおうか、異世界管理委員さん?」
向けられた不敵な笑みに、柊は無意識のうちに姿勢を正した。
「話だけ聞いたら、とても信じられん話しやな……」
柊の話を聞き終えたレイは、眉根を寄せて溜息混じりにそう言った。隣で、陸もこくこくと頷いている。
「百聞は一見にしかず……だけどな」
翼が自分の見た物を思い出して呟くと、再び同意するように陸がこくこくと頷いた。レイも美波も、同じく納得した様に頷いている。
「それが当然の反応だと思います。話だけを聞いて『魔法世界』が存在する事をあっさりと信じられる人がいたら、それこそ驚きです。魔法を自分の目で見て初めて、信じられるかもしれないと思うくらいで当然でしょう」
柊の言葉に、レイは小さく肩をすくめた。
柊の話は、美波を襲った男や、柊の使った妙な力を見ていない限り、到底信じられないものだった。
この世界とは別に、同じような世界が存在し、そこは『魔法』と呼ばれる力を誰もが持っていて、柊たちはその世界の人間だというのだ。そして、その異世界の一部の人間たちはこちらの世界に密かに移り住んでおり、こちらの世界の人間として生活しているという。
柊は、その移住してきている魔法世界の人間たちが『魔法』を使ってこの世界の人間に様々な意味で損失や危害を与えないよう、秩序を守る任務についている。それが、異世界管理なんたらの、守護者という事らしい。
「とりあえず、あの変な攻撃が魔法だっちゅーことは納得したるわ」
「理解していただけると、助かります」
小さく頭を下げた柊を、レイは頬づえをつきながら半眼で見つめた。
「で、異世界の人間がなんで美波を狙うんや?」
「それは……」
言いにくそうに、柊は眉根を寄せた。隣に座る不安げな美波をちらりと見てから、再び正面に座る三人のボディーガードを見る。
「どこの世界にも、ストーカーはいるようでして……」
「異世界とか関係なく、ただの変態ってこと?」
「ですね」
「…………」
三人に睨まれ、柊は小さく溜息を洩らした。
「本当に、それ以上の裏はありません。美波さんが特別な理由で魔法世界の人間に狙われるとか言う事ではなくて、たまたまつけ狙ってきたストーカーが魔法を使えたという事で……」
「何だよ、それ」
力が抜けたように、ばたっとテーブルの上に突っ伏す陸。柊は申し訳なさそうに神崎家の人々を見つめる。
「あの、今日の事の前には、何をされていたんですか? カードがどうとかおっしゃってましたけど……」
「カードが送られてきたんです」
美波が答えると、レイが懐から預かっていたカードを取り出した。柊はそれを受け取り、目を通すと眉をひそめた。
「典型的なストーカーって感じですね」
「これが、知らんうちに美波の部屋やバッグの中に入っとったんや。誰も入れられる隙はないと思ってたんやけど、それも魔法の仕業だったってことか?」
「たぶん、そうでしょうね」
柊はカードを置くと、隣の美波を見つめた。
「このカードが現れた時、傍にあった物はありますか?」
「あ、はい」
答えながらちらりとレイを見ると、レイは何処かから預かっていた美波の本を取り出した。柊は本にかけられたカバーを見て、小さく溜息をつく。
「これのせいですね」
指差したブックカバーの魔法陣の模様を、全員が興味深く見つめた。
「魔法は、基本的に魔法陣を描いて使います。このブックカバーはもともとデザインされた物に手を加えて、移動魔法の魔法陣にしてあります」
「なんや、移動魔法って」
「同じ魔法陣の間を移動できる魔法です」
「……それって、人も移動できるってことか?」
目つきが鋭くなったレイに、柊は安心させるように首を振った。
「いいえ。こちらの世界は魔法の力の源が少ないので無理です。こちらの世界と魔法界の移動はできますが、こちらの世界で移動する事は不可能と言っていいでしょう。せいぜい、小物を移動するくらいが関の山です」
「それなら、まだええけど……」
肩の力をぬくレイ。三兄弟も同じようにほっとしている。
柊はブックカバーの次に本を調べ始め、挟んであったしおりを発見した。ページがわからなくならないように別の物を挟んでから、魔法陣の描かれたしおりをテーブルの上に置く。
「カードに私生活の内容が書かれていたのは、これが原因ですね」
「これも……」
次々にお気に入りの物が原因と言われ、美波が泣きそうな顔で呟いた。柊は申し訳なさそうに美波を見つめる。
「移動魔法の応用です。この大きさでは物は送れませんが、空間をつなげて、音を聞いていたのだと思います」
ぞっとして、自分の身体を抱きしめる美波。しおりは常に本に挟んで持ち歩いていたし、部屋にも常に置いてあった。つまり、常に自分の物音や会話を聞かれていたのだ。それは、かなり気持ちが悪い。
「あの……すみません」
「ううん。袴田くんが悪いわけじゃないから」
「……すみません」
自分と同じ世界の人間のした事に責任を感じているのか、肩を落とす柊。
レイは黙ってそんな彼を見ていたが、会話が途切れたのを見て、再び口を開いた。
「で、お前は何であの男じゃなく、美波をつけとったんや? あいつの犯行を止めるなら、あっちをつける方が正解やろ」
「それは、誰が美波さんを狙っているのか、確証が掴めなかったからです」
そこで言葉を切った柊だが、目で先を促され、言葉を続ける。
「たまたま行った本屋に、妙な魔法陣が描かれているのに気付いたのがきっかけでした。新書のコーナーの床に、透明な液体で描かれていたのは、害はないものの、魔法を使う人間が魔力を持たない人間の場所を探知するのに便利な魔法の物でした」
「なに、それ」
尋ねた陸に視線を移し、柊は説明を続ける。
「魔法界の人間は、魔力で人の場所を察知します。あなたたちの様に、気配で人の場所を察知するようなものですが、おそらく、それよりも察知できる範囲が広い。本屋にあった魔法陣は、疑似魔力の様なものを与える為のものです。その魔法をかけると、離れていても疑似魔力を感じ、居場所がわかるという寸法です」
「ふーん。で、続きは?」
少し冷めた紅茶で喉を潤してから、柊は先を続けた。
「誰が仕掛けたのか、誰を狙ったものなのかがわからなかったので、それからしばらく本屋に通ってみました。魔法の効力は長く持って二日程度なので、また魔法陣が使われるかもしれないと思って。それで、美波さんがターゲットだと気付き、誰にどんな目的で魔法をかけられたのか確認するために、つけさせていただきました」
「気付いたって……どうして?」
不思議に思って尋ねた美波に、柊は少し動揺した様に視線を逸らした。とたんに、正面に座る三人の目が険しくなる。
「その様子だと、近くにいたら気付くって種類の物じゃなさそうだな」
「そうだね。何したのかな?」
翼と陸に睨まれ、柊は気まずそうに視線を彷徨わせる。
「えぇと、ある程度の魔法なら近くにいるだけでもわかるんですけど、あれくらいの魔法は触れないと確信できなかったので……」
「あれ、わざとだったの!?」
柊との出会いを思い出し、思わず声を上げる美波。偶然触れたと思っていた柊の手が、実はわざとだったと知り、少しショックだった。出会い自体が、偶然ではなかったのだ。
「あれって、何?」
「いや、大したことではないです。ただ、ちょっと手を触れただけで!!」
殺気だった陸に、柊はたじろぎながら答えた。
「お前は、新書コーナーにくる人間全員の手に触ったんか?」
「ち、違いますけど」
「ってことは、美波が可愛かったから手をだしたって事?」
「え!?」
「動揺するって事は、そうなんだな」
「いやっ、違っ!!」
三人に責められ、慌てる柊。隣の美波が哀しげな事に気づき、さらに慌てる。
「いえ、可愛いと思ったのは違わないですけど、だから触ったとかではなく、美波さんからかすかに魔法の気配を感じたので、それがその魔法陣のせいか確かめたかっただけであり、決して下心があったからじゃないですから!!!」
「ふぅぅぅん」
「ホントですって!!」
疑わしげに見つめるシスコン兄弟に、必死に弁解する柊。
話しの論点がずれていっている事に気づきながらも、美波は柊が『可愛い』と言ってくれた事が内心嬉しくて、微笑みが浮かびそうになるのを堪えていた。




