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私のボディーガード  作者: 水無月
1/14

1:兄弟

 物心ついた頃から、男の子に敬遠されていた記憶がある。

 少し仲良くなれたと思ったのに、翌日から急によそよそしく距離をとられる事は日常茶飯事。自分が現れると露骨に逃げて行く男の子もいたくらいだ。

 女の子の友達はたくさんいたし、お兄ちゃんと弟とは仲が良かったから寂しくはなかったけれど、やっぱりちょっと悲しかった。

 友達みたいに、男の子とも仲良くなって、恋もしてみたかった。

 だけど、少し気になる子が出来てもすぐに避けられてしまい、恋まで発展する事はなかった。幼い頃に父の親友に憧れのような淡い初恋をして以来、16歳の今まで恋をしていない。恋愛小説を読んで素敵な恋愛に憧れているだけで、実際の恋愛経験は皆無だ。


 ずっと、自分が悪いのだと思っていた。

 自分では何処がいけないのかわからなかったけど、きっと知らないうちに男の子に嫌われるような言動をしているのだと、そう思っていた。

 だから、高校生になったのを機にその欠点を直そうと決意し、入学式で気が合って以来すっかり仲良くなった観察力の鋭い友人に相談したのだけれど……。





「あ、ほら、あそこ」

 昇降口を出て少し歩いたところで、もはや親友といっても過言ではない横溝よこみぞみゆきがシャープな眼差しを校舎の陰に向けた。それを追うように神崎かんざき美波みなみは大きな黒い瞳を動かし、とある人物を発見すると、眉間に深いしわを刻んだ。

「美波、あいつと仲良くしたの?」

 無言で苦い顔をしている美波に、みゆきは苦笑を浮かべながら尋ねる。

「仲良くっていうか……、忘れたって言うから辞書貸してあげただけなんだけど……」

「それでもダメって、どんだけシスコンなんだろうね、お兄さん」

「…………」

 呆れ顔の親友の隣で、美波は深い溜息をついた。



 みゆきに、どうして自分が男子に嫌われているのか相談したのは、入学してから数カ月経った夏休みの事だ。

 みゆきの答えは、簡潔だった。

「美波が嫌われているわけじゃない。美波に近付かない様に、お兄さんが男子を脅しているだけだ」

 美波にとっては寝耳に水の答えだった。

 兄であるつばさは、明るく快活で友達が多い。勉強は中の上だが運動神経は抜群で、空手部では三年連続全国優勝を誇る。背も高く鍛えられた身体を持ち、イケメンとまでは言えないが人好きのする顔で、女子にも人気があった。

 美波にとっては、そんな兄が誰かを脅すと言う発想が全くなかったのだ。

 しかし、それが事実だったとすぐに知る事になった。



「おーにーいーちゃーん」

 美波は精一杯の怒った声を、校舎の陰にクラスメイトの男子を連れ込んだ兄の背中に向けた。

「よぉ、美波。と、みゆきちゃん」

 翼は悪びれた様子もなく、振りかえって笑顔を見せた。

 その背後には、翼を崇拝する空手部の後輩に取り囲まれた美波のクラスメイトの姿。誰も彼に手を出していないのは見てわかったが、彼はすっかり怯えた顔色をしている。

「何してるの、こんな所で」

「何って、ちょっと聞きたい事があったから来てもらった」

 にこやかに返す兄に、悪事を見つかった反省の色は全くなく、切れ長の目は涼しげですらある。

「何か聞くのに、こんな所に呼び出す必要あるの?」

「誰にも邪魔されずに聞きたかったからな」

「あのねー」

「美波が心配する事は何もないよ」

 そう言って、翼は大きな手で美波の頭をくしゃくしゃっと撫でた。背の高い兄を美波はむくれた顔で見上げるが、翼はそんな妹を可愛くてしょうがないという温かな眼差しで見つめ返している。

 今日こそはしっかりと言って聞かせなくてはと口を開きかけた美波だったが、先に翼が動いた。ちらりと肩越しに美波のクラスメイトに視線を送る。

「もう行っていいよ、長野くん」

「あ、ありがとうございます!!」

 直角以上の深い礼をして、美波のクラスメイト・長野は逃げるように去っていった。その後に続き、空手部の後輩たちも翼に一礼するとその場を去る。

「じゃ、一緒に帰ろうか、美波」

「何が、『じゃ』なの!? 何で何事もなかった風なの!?」

「大した事は何もなかったよ、美波」

「っ……」

 兄の爽やかな笑顔に言葉を失う美波。そんな親友にかわり、黙って事の成り行きを見ていたみゆきが口を開いた。

「美波に近付かないように集団で脅しをかけるのは、大した事じゃないんですか? お兄さん」

「脅してなんかいないよ、みゆきちゃん。俺の可愛い美波に下心なんか持って近付いてないよね? って聞いただけ」

「がたいのいい先輩たちに囲まれてそんな事聞かれたら、当人としては美波に近付くなって脅されてるとしか思いませんよ」

「脅されてると思うのは、本人に後ろ暗い事があるからだろ。そうじゃなければ、怯える必要もない」

「それはそうかもしれませんけど……」

 あくまで穏やかで爽やかに受け答えする翼に、みゆきは諦めたように溜息をついた。

「あんまり過保護にするのは、美波の為によくないと思いますよ?」

「大丈夫。美波は俺たちがちゃんと守るから」

「………」

 これは馬耳東風だと、みゆきは呆れたように口を閉ざした。

 みゆきに憐れむような眼差しを向けられ、美波はがっくりと項垂れた。

 美波に男が近付かないように、鉄壁の守りを誇っているのは翼だけではない。

 もう一人、手強い相手がいるのを美波もみゆきも知っていた。

「まぁ、翼兄の判断は間違ってないよね」

「陸っ!?」

 いつのまに現れたのか、背後から聞こえた弟の声に美波は驚いて振り返った。

 りくは中学二年生にしてはまだあどけなさの残る女の子の様に可愛らしい顔に、冷たい笑みを浮かべながら、手にしたモバイルパソコンのディスプレイに視線を落としていた。

「長野《長野》優馬ゆうま、16歳。ふたご座のAB型。身長172cm、体重58㎏。サッカー部所属。成績は中の下、運動神経は中の上。ルックスは中の上ってとこかな。問題は、女好きって事だよね。中学の時に付き合った女が5人。高校に入ってからで既に3人。別れた理由のほとんどが、長野が他の女に興味を移したから。で、奴が女に近づく為の常とう手段が忘れ物を理由に何かを借りる事。古典的だよね。でもまぁ、成功率はそこそこ。美波にも物借りたって事は、美波を狙ってたって事で間違いないよ。だから、翼兄が阻止して正解」

「…………」

 いつ何処でそんな事を調べたのか疑問に思いながら、美波は陸の持つディスプレイを覗きこんだ。そこには、長野優馬の顔写真と共に、彼に関するデータがびっしりと書き込まれていた。陸が読み上げなかった項目の中に、『他人には知られたくない秘密』という物があり、さすがにそれを見てしまうのは彼に悪いと思い、読む前に美波は目をそむけた。

 鉄壁の守りを誇る片割れ、陸の美波を見守る方法というのはある意味翼よりも性質が悪い。翼は腕力を誇示して相手を畏怖させるが、陸は相手の精神的弱点をつく。相手の個人情報を徹底的に調べあげ、他人にばらされたくない秘密をちらつかせるのだ。

 いくら全国トップレベルの頭脳を持つ弟とは言え、その探査能力をどこで見につけたのか謎だ。さらに、実家の道場で腕を磨き、翼ほどではないが護身術には長けている為、力で彼を押さえつけるのも難しいのが恐ろしい。ただ、その能力を姉である美波に男を近付けないため以外に使っていないのが救いである。

「な、なんで陸がうちの学校にいるの?」

「美波が変な男に手をだされそうになってるかと思って様子を見に来たんだけど、問題ある?」

「何でそんな心配するの!?」

「だって美波、自分が相当可愛いって自覚ないでしょ。おまけに人の事疑わない素直な性格だし、狼たちにとっては狙いやすい獲物なんだよ。だから、僕たちがちゃんと見守らないとね」

 愛らしい笑顔でそう述べる陸。

 だが、長野に物を貸したのは今日の2時限目が初めてである。兄の翼は同じクラスにいる空手部の後輩からその事を聞いたにしても、陸にはそれを知る術はないはずだ。兄から連絡を受けたにしても、それから放課後の間までにどうやって別の学校にいる長野の事を調べたのか……。

 あまり人の事を疑わない美波だが、盗聴器でも仕掛けられているのではとちょっぴり心配になる。

「美波、僕たち以外の男はあんまり信じちゃダメだよ? 男なんて、美波が思ってるほど純粋じゃないんだから」

「…………」

 キラキラとした笑顔とは裏腹な毒のある陸の言葉に、美波は溜息しか出なかった。

 幼いころから、美波に気づかれない様に近付く男の子を排除していた二人。翼も陸も、心底美波の為を思っての行動だとわかっている。だから、みゆきに二人の行いを気づかせてもらってからも、強く言いきれないのだ。

 でも、もう16歳だ。

 いいかげん、自由に恋愛をしたい。

 恋愛小説のような素敵な恋を、読むだけではなく、体験したいのだ。

 しかし、愛情たっぷりの温かい眼差しを向ける二人の兄弟の壁は相当分厚く、遥かに高い。親友のみゆきの協力を得ても説得不能の二人の壁を超え、自分を迎えに来てくれる素敵な人は現れるのか……。

「諦めなければ、いつかなんとかなるよ」

 小声でそっと励ましてくれたみゆきに、美波は力ない笑みを返したのだった。


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