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未掌握




「取り敢えずこれ飲んで。苦いけど大分楽になるよ」



そう言って差し出された小さな瓶を躊躇いなく飲み干し、口に広がった苦味に顔をしかめる。


しかし、良薬口に苦しとはよく言ったもの。


苦味が口から消える頃には頭痛も収まり、酔いも動けるほどには収まっていた。


漸く真面に彼女を見れば、とても嬉しそうにこちらを見て微笑んでいるだけ。



「……えっと、これで終わりですか?」


「うん、これで君も名実共に仲間だよ」


「その割には、気持ち悪い感覚しか……」


「構成情報が変わったことによる改竄酔い、って先生が言ってたよ」



書き換えられたデータに体が馴染んでないんだってさ。


そう言いつつ小瓶をを受け取りコップを差し出す。


今度のは味がないから大丈夫、と差し出されたコップの中身は黒。


コップの底が見えない程黒いその液体を南無三と飲み干せば、体に力が満ちる。


いてもたってもいられない、との勢いで診療台から飛び降りれば、先程までとは別人のように体が軽く、そして力強く動く。


足の先から手の先まで、全ての感覚がはっきり分かる。


いや、寧ろ分かり過ぎる程だ。


自分の想像以上に動く身体は逆に思いどうりに動かすのを困難としている。


軽く跳ねるつもりで地を蹴れば、体は強くジャンプする。


力が有り余っている、と言うべきか。


普通に動くのならば問題無い程度ではあるが、急に動けばどうなるか分からない。



「これは…凄い……」











【未掌握】











「ここが訓練室。取り敢えず広い空間だから思いっきり動いてみると良いよ」



そんな言葉で紹介された部屋は思いのほか広く、そして高かった。


前を見れば向こうの壁が微かに見える程度、天井を見れば50m程度の高さはあるのだろう。


そんな広さの部屋の中には和と柿音以外誰も居らず、そして何もなかった。


まさに空っぽ。


何も無いのは寂しい感じだが、しかし今はそれが丁度良い。


モノにぶつかる事を考えず動き回れるのだから。



この体の限界を知りたい、そんな気持ちが体を突き動かした。


躊躇う事なく足を前へと、そして勢いのまま走り出した。



前へ、前へ、前へ―――。



駆け出した足は止まる事を知らず、面白いほどによく動く。



全力疾走、それなのに疲れがたまらない。


そんな体が楽しくて、更に足を速くする



速く、速く速く、もっと速く、―――。



気がつけば自然に歩幅は大きくなり、一歩一歩が飛ぶように進んでゆく。


足が止まったのはそれから約30秒後。


足の動きが感覚の理解を超え、上手く動かせずに転んでしまった時だった。


振り返ってみれば、最初に位置に立っているだろう柿音は米粒程の大きさ。


しかしそれでもはっきり見えているのは、またこれもバグとしての能力の高さなのだろう。


それにしても……。



「凄いなんてもんじゃない……」



制御しきれない程の力、速度。


起きたばかりよりか動けるが、それでも完全には把握出来ていない。


これが完全に扱えるようになった時、一体どれほどの身体能力となるのだろう。


それに、だ。


自分でも制御出来ない程の速度で転んだのだ、下手をすれば骨折してもおかしくないレベルだった。


それなのに体の痛みはそれほど強くない、打撲にすらなっていないのではないだろうか。


体の強度も確実に上がっている。


確かめるように両手を強く握れば、急に影がその手を暗く覆う。



「あはは、大丈夫?」



顔を上げれば、先程まで入口付近にいた筈の柿音が目の前で笑っていた。


しかしそこに嘲笑は一切なく、慈しむような優しい笑い。


そんな笑顔に気まずさ半分、恥ずかしさ半分で急いで立ち上がれば、勢いが強すぎて体が少し跳ねる。



「急な行動はまだ難しいかな?でもまぁ、これだけ走れたのは凄いと思うよ」


「凄い力ですね……跳んだらどれだけ行けるんだろう」


「いいねいいね、テンション上がってきたよ。今のうちに沢山楽しんで体に慣れておかないとね。思いっきり跳んでみなよ」


跳んでみなよ、そんな言葉に後押しされるかのように和は跳んだ。


膝を思いっきり曲げ腰を落とし、そのまま勢いをつけて全力で上へ。


―――いや、大丈夫か?


全力で跳んだ後はどうする?


着地出来るのか?


高ければ高いほど着地の衝撃は大きい。


ここは少し力を抜いて、だ。



「8割辺りで……!」



跳んだ。


想像していたよりも急激に地面が離れ、そして強く感じるG。


吹き付ける風に瞬きをすれば、一瞬の間に天井へと近づいてゆくのが分かる。



「え、ちょっと待って……!」



ふと姿勢が崩れた時に見えた地表。


それは予想していたよりずっと高く、そして怖かった。


高所恐怖症という訳ではない。


そうであろうと無かろうと、誰だろうと恐怖するだろう。


天井との距離からして45m以上の高さに一人、何の装備も持たずに飛んでいるのだ。


そしてジワリとやってくる浮遊は、その後の下降をより恐ろしく感じさせる。



「うあああ―――っ!」



思わず溢れた叫び声は、しかし彼女を見たら止まっていた。


優しい目でこちらを見つめる彼女は、まるで「君なら出来る」と言っているようで。



「―――足を下に……!」



恐怖に混乱していた心が落ち着いた。


だからこそ分かる、だからこそ考えられる。


あれだけ高く飛べる体だ、着地が出来ない訳がない。


問題は着地の仕方の方だろう。


足から降りず、腰などを打てば骨折程度にはなるかもしれない。


だから足を下に、体勢を無理やり整える。


抵抗が減り速度が上がるが、落ち着いた心が大丈夫だと思わせる。



だからそのまま落下した。



地面に足が着いた瞬間に膝を曲げ、少しでも力を減らすように足に力を入れ、―――和は転んだ。





「――――――へ?」




地面に着いた時に感じた衝撃は思いのほか小さく、そして弱かった。


普通に立っていても凌げただろう弱さに、逆に力を込めすぎた和はそのまま後ろへ転んでしまったのだ。


訳が分からない。




「まだ慣れるのには練習が必要みたいだね」


「…………そうみたいです」







色々とやっていたらこんなに経ってました……。


取り敢えず書きたいものを書きたいお年頃。


色んなものに手を出したくなってくるのです。


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