橋
水晶の空の下の灰色の河 その岸辺には
鳩の群れが 歩みつつ、座礁した
船のような 教会のような 橋の姿を見つめている。
橋の櫓の上からは 鐘の音が鳴り渡り、
その高笑いが 鳩の数羽を飛び立たせ、
そのまま空間を静止させる。
そして 霧が立ち昇り、遠景を
ひっそりと 歪め、霞ませ、消し去った。
いつの間にか風は止み、河の音すら聞こえない。
動くのは ただ帆を拡げて漕ぎ進む 幻のような
船のみで、その船も今しがた 蛇行する
河の向こうに消えていった。
この道の先の風景も 霧に閉ざされ見えないが、
幼いころに住んでいた橋のある街、その懐かしい街の幻影が
霧の奥に現れる。大きな駅と 遊戯場、それに
デパートがある田舎の街。橋を渡ればその街に、
また逆に進めば 山の麓にある 六年通った
学校に、桜が咲き、紅葉する白い丘陵にたどり着く。
とはいえ懐かしさとは 何なのか。それは
愛するものの表象を 憎むものの想起によって
阻害される一種の悲しみ ではなかったか。
そして悲しみとは、理性にとって無用なのでは
なかったか。こうした想念に憑かれた時、
ふいに 霧が晴れ渡る。
風が吹き、河は波立つ。
鳩は円環を描いて 戻ってくる。
幻影の街は すでに消え去り、
後に残るは 鳥影、夏と積乱雲、
蛇行する河、風と波、陽を受けて
輝く岸辺 それに 倦怠。
(鳩の群れが 歩みつつ、座礁した
船のような 教会のような 橋の姿を見つめている。)
――おお されど考えよ、ままならぬ黄緑色の永遠を。