バタフライ・エフェクト
映画『バタフライ・エフェクト』を下敷きに舞台を現代日本にして書いた練習作です。
俺(25歳)にとって現実は夢みたいなものだった。
今は違う。
俺は現実の世界に生きていた。
そんな実感を得るまでに俺は、4つの異なる”夢の世界”を生きたのだ。
あまりにも遠くて、つらい思いばかりの道のりだった。
俺が最初に生きた”夢の世界 その1”――つまり最初の人生じゃ、俺は平凡なサラリーマンをやっていた。
地方国立大学を出て、東京の小さな印刷会社に就職して。
その実、夢もクソもない生活を送っていた。
その世界じゃ、万年不況真っ盛り。就職氷河期も終わりが見えず職があるだけありがたいような感じ。
で、安い給料で、先行き不安の衰退業界で、終電まで毎日のように働くのが辛かった。
そんな潤いのない生活が続いた日々の中、俺は別の自分になる能力――”夢の世界”を生きる力を得た。
きっかけは俺が24歳のときのこと。
幼馴染の雫が俺の親友・乙と結婚したのだ。
結婚式には、出席を拒否することもできたが、俺にはそんな勇気もない。
貴重な有給を上司に文句を言われつつも必死に取って、くたびれた礼服で結婚式に出席して。
それで、とても幸せそうな二人を見せつけられた……。
外務省勤めのエリート官僚になっていた”元”親友の壬乙と、妻となった幼馴染の皐月雫はとても輝いていた。
多くの招待客の中、俺は二人と言葉少なげに話し、それで結婚式は終わった。
二人は一緒に、遠く米国へ行ったらしい。乙は外務省でエリートコースを歩んでいるそうだ。
結婚式以降、二人とは音信を取らなくなった。
もともと大学3年くらいからあまり連絡を取らなくなっていたから、いまさらなんてことはない。向こうも寂れた会社のリーマンなんて気にも留めないだろう。
独身、彼女なし、そして海外へ行く金もない。閉塞感漂うこの腐った国で、俺は腐った毎日を送る。
俺は結婚式に以降、心の奥底で情けない嫉妬をはぐくんでいた。
――乙が羨ましい。
努力の違いの結果を妬んでいるだけだって、わかっている。
乙は俺の何倍も勉強し、行動し、幸せをつかんだのだろう。
でも、俺にだって言い分はある。
千葉の中学校、高校で同じ青春時代を共有していたのに、この差は何だろうって――。
その嫉妬の思いが爆発しそうになったとき、俺は別の”夢の世界 その2”へと飛躍した――。
「うわぁぁぁ!」
俺は自分の悲鳴とともに目覚めた。
「こ、ここは……。うっ……」
まただ。この激しい頭の中をかき回されるような頭痛。
3度目であってもいっこうに慣れることはないクソったれな痛みだ。
一気に頭の中が書き換えられる感覚――。
”夢の世界”を移動したときの副作用だった。
俺はしばらくやわらかいベッドの上でのたうちまわる。
俺は、落ち着いてからやっと、”夢の世界 その4”を生きていることを実感した。
夢から覚めたのに”夢の世界”を生きるってのは奇妙な言い方だな。でもこれが俺の正直な感覚だ。
覚醒しつつある頭で周囲を見渡す。
今、俺はシャツ一枚、パンツ一枚で白いベッドに横たわっている。後ろは白い壁、前三方は白いカーテンが見える。
左側には点滴が白細い簡易の柱からぶら下がっていて、俺の右腕へと伸びていた。
俺は、明かりの差し込んできた右側のカーテンを軽く引く。すると、大きな窓が見え、その先には太陽に輝く青空、下に広がる青い海が見渡せた。
ここはどうやら広い個室で、病室か医務室のようだった。
後ろを振り向けば、白い壁にかかるハンガーがある。そこには柿色の立派な軍服がつるされている。この世界の俺の服装”らしい”。ハンガーの横には「修文23年6月」と大きく書かれたカレンダーが貼り付けてあった。下半分は日付表だったが、上半分には戦場の写真が占めており「国軍の勝利を願おう!」と大文字で書いてあった。
と、扉を激しくあける音が聞こえた。俺は前を見据える。
「弥生中尉!」
「は、はいっ!」
急いた男の声と共にカーテンが乱暴に引っ張られた。
「悲鳴が聞こえたのですが、大丈夫でしょうか?」
カーテンから姿を現したのは小太りの青年だった。看護士のような白服を着ていたが、俺の知ってい”た”看護士と格好が似ている。
俺は、この”夢の世界 その4”の「記憶」をもとに、彼の襟に階級章―陸軍医務伍長のもの―を読み込むと、しかるべき行動に出た。
「……問題ないですよ。ありがとう、伍長」
心配してくれる人に対して優しく言葉をかけるのは当然だ。
……そしてもっと言うなら。
この”夢の世界 その4”でも、こうやってお礼するのと同じくらい、俺が弥生弥という25歳の男であることに変わりはなかった。
だが「この世界」の俺は「陸軍中尉」をやっている”らしい”。
大きな戦いで功績を挙げ、「東京市」の皇居で陛下じきじきに勲章を賜った”らしく”、その足で神奈川の横須賀近くの国防士官学校まで来て、倒れる寸前まで講演をしていた”らしい”。
らしい、らしい、らしい……。
今の俺は「記憶」の教える”らしい”にしたがって思考する。俺が直接経験したことのない、過去の俺の「記憶」に触れているとき、まるで他人の撮った映画を瞬時に見ている感覚がした。俺が経験したものであるという実感もない。
俺が黙っていると医務伍長がおそるおそるといった風に言った。
「……中尉。お客様がきています」
医務伍長がいうが早いか、その後ろから人影が現れた。
「よう! 元気にしているか!」
現れた男の姿に、俺は戸惑ったが、「記憶」に従い、瞬時に適切な行動に移った。
「……乙じゃないかっ! 士官学校を”出所”して以来だな!」
そして、俺は、喜びで笑顔を見せて、両手を掲げて”再会”の驚きを表現した。
乙は、海軍の白を貴重とした制服を着、左脇には白の制帽をはさんで背筋を伸ばしていた。右手で重そうな黒革のケースの取っ手を握っている。
肩に見える階級章は海軍中尉のものだ。
そんな彼も顔をほころばせた。
「ははは。本当は講演会のあと、驚かそうって壇上の横で待っていたんだぞ? なのに、お前、講演を終えたと思った瞬間に倒れるものだから……。体調のほう、大丈夫なのか?」
「……休んだから大丈夫だ。最近忙しかったから、ちょっと疲れが溜まっていたのかもしれない。心配かけたな」
この”夢の世界 その4”では、”夢の世界 その1”から変わらず、俺は壬乙と中学、高校と一緒だった”らしい”。
この世界と他の”夢の世界”とで俺と乙の関係が変わった原因――。
俺の「記憶」はさらに教えてくれた。
”夢の世界 その4”では、高校卒業後、国防士官学校まで乙と一緒に進んだのだ。国防士官学校は神奈川の小原台という場所に広がり、陸海空軍の士官を育成している”らしい”。
俺と乙は陸軍と海軍と進む道は違っているが現在でも交流の続く親友のまま”らしい”。
「記憶」を整理した俺はあらためて乙の表情を伺った。
相変わらずの優しげな笑みだ。
「考えごとか?」
「……腹が減ったからな。次の飯について考えていたのさ」
「ははは。お前の胃袋は士官候補生のときから変わらないな。久しぶりに食堂でも行ってここのクソまずい飯でも食おうぜ。あのクソ食堂長のオヤジ、まだ引退してねーってんだからな。驚いたぜ。英雄さんの顔でも拝ませてやれば、驚いてうまい飯作るようになるかもしれねーぞ!」
「そりゃいいや!」
俺と乙は軽くいいあう。
俺は、乙と楽しげに話せて嬉しかった。
ここは他の世界とはマシなのかもしれない。
俺は”夢の世界 その2”でエリート投資家となり、”夢の世界 その3”では凶悪犯罪者だった。
どの世界も異なる歴史を歩んでいた”異世界”だった。その分、街の風景や、人々の暮らしや考え方も微妙に違っていたように思う。
でも、世界を移動した俺は、移動する前の俺と過去を共有していた。
いや、記憶を共有していたからこそ世界を移動できた、というべきか。
とにかく”夢の世界 その2”も”夢の世界 その3”も、俺には不幸な結末しかなかった。
雫との関係をめぐり、俺と乙は殺し殺されるという不幸な関係しかなかったのだ。そこに雫を巻き込んで彼女を結局、乙に殺させたり、俺が殺してしまったり……。
だからこそ、俺は”過去”を変えて、この”夢の世界 その4”へと至ったわけで――。
……そうだ。この世界の雫はどうしているのか。
……クソ、まるで霞かかったように思い出せない。
「今のうちにゆっくり休んでおけ。お前にはこれから辛い仕事があるんだからな……」
乙は笑みを消すと、深刻そうな様子でため息をついた。
それは、まるでガンを告知する医者が告知のタイミングを探ろうとしているかのようだった。
気がつけば、医務伍長が部屋から消えている。
きっと、気をつかってくれたのだろうが……。
「……どうしたんだ、乙?」
「俺が、今日来たのはな……。この命令書を渡すためでもある……」
乙が右手にもった黒の革ケースから取り出したのは、B4サイズの茶封筒だった。
「一体、なんだっていうんだ?」
俺は不安を覚えながらも微笑もうとするが、乙は笑みを見せない。結局、どんな表情をしていいのか分からずに、封書をあけた。
どうやら乙が来たのはこいつのため”らしい”。
「これは……」
重々しい蝋の封印は、この中身が東京市市ヶ谷の”陸軍省”から発令されたことを意味する”らしい”。
海軍の乙がなぜ陸軍省からの封書を預かっている?
俺の「記憶」そんな疑問が出てくる。
俺は余計に不安になりつつ、封印を破り封筒から一枚の命令書を取り出した。
最初に目に入ったのは命令書の一番上に記載された発令者名だった。「陸軍省憲兵司令官」となっている。
「陸軍省の、憲兵様が一体、俺に何の命令だ……」
俺は乙を不審の眼差しで見つめるが、乙の表情は硬い。
今の俺は、陸軍第一師団第2歩兵大隊第5中隊の中隊長をしていた。だから、憲兵隊とは命令系統がまったく違う。発令者名は第一師団長にするのが筋”らしい”し、しかも、こういう命令書というのは尉官つまり大尉とか中尉が渡すべきものではない”らしい”……。
つまり、この命令書は不可解な点がありすぎた。
だが、命令書の内容を認識し、
「おい……。冗談だろう?」
俺の声は震えた。
俺は不可解な命令書が出た”わけ”を察するととともに、驚愕する……。
「お前の任務は……重い。本当は陸軍の佐官以上が渡さねばならぬ命令書だ。海軍中尉にすぎない俺に託した憲兵司令官殿の気持ちを思え」
「……きっと、怖気づいたんだろう。陸軍省の人間には、英雄様に直接命令する気概もないってのか……」
気がつくと怒りで俺の手が震えた。
よく見れば、下のほうの「閲覧者名」の欄に、第一師団長の印、第2歩兵大隊長の印が押してあった。
ちくしょう……。
上のほうじゃすでに話がついてあるってことか。
「……同期の俺ならお前も受ける重圧が少ないだろうという懸命な判断……と思うことだ。今回の戦でお前は敵が”悪魔の第5中隊長”と呼ぶほどに――重すぎる責任を立派に果たした。だから、これ以上お前に頼ろうとする陸軍のやり方には俺も思うところはある。でも、実際問題、この困難な時期にこの任務を任せられるのはお前しかいない、とも俺は思うのだ……」
俺の脳内は、命令の内容に悲鳴を上げていた。
俺はこの命令に従わねばならない”らしい”。
俺こそがやり遂げねばならないこと”らしい”。
でも、これは……あんまりだ……。
俺は、そこで、ようやくこの”夢の世界 その4”が、今まで渡ってきた世界と同じくらい残虐であることに気がつく。
夢を移動するたびに、夢見が悪くなる……。
さっき俺が雫のことを思い出そうとしてもできなかった。それは、きっとこの世界の俺が思い出に封をしていたからだ。
頭が……痛い……。
「弥生中尉! 命令を読み上げよ!」
乙は制帽とカバンを下に置き、直立不動の姿勢となると、まるで上官のように怒鳴る。そして、俺の背中を平手で思い切り叩いた。
「どうしたぁぁぁ! 俺はお前が命令を読み上げ、受領するまで見届ける使命があるのだ! 読み上げよっ!」
この残酷な命令書を読まなければならないのか……。
頭の中でいくつも血管が破裂しそうだ。
命令書はただの文字の羅列にすぎない。でも、それが一つの意味をなすと”軍人”たる俺に突き刺さる。
俺は震えた声で読み上げた。
「……反政府勢力”日本人民解放戦線”の幹部、皐月雫の処刑を実行せよ……」
「そうだ! それが弥生陸軍中尉に命ぜられた任務である!」
俺は信じられず、助けを求めるように乙を見た。
彼はしばらく直立不動の姿勢だったが、俺がずっと見ていると、やがて下を向き、ため息をついて、ゆっくりと左右に首を振った。
「これは同じ釜の飯を食った同期として言うが……。俺も……お前以外に適任が思い浮かばない。彼女の幼馴染で、彼女の組織に大きな打撃を与えて陛下から勲章を賜ったお前以外には……な……」
”夢の世界 その4”では、俺は国家の英雄で。でも、それは俺の敵となった幼馴染と激しい戦いを繰り広げた結果の勝利のおかげ”らしく”て、そして国家に反逆した幼馴染の命を奪う役回りを、今、与えられたのだ。
今度は、”らしい”じゃすまない。
……最悪だった。
一週間後、俺は東京市にある代々木陸軍刑務所を訪れた。
士官学校の医務室で命令書を渡れた後、俺は自らの記憶に従い、この1週間つつがなく行動していた。
戦で亡くなった中隊所属の部下の合同葬儀に出席し、出身県の知事から激励を受け、出身の中学、高校を”英雄様”として訪れた。
俺が話す言葉はすべて過去の、俺じゃない俺がした行為から出ていた。
とても気持ち悪かったが、不安から逃げるように俺は威勢よくしゃべっていた。
そして、待ちに待った日を迎えた。
国家の英雄様が、特別な命令を受けての訪問した。
今の俺にとってはまったく特別じゃない”英雄”という肩書きのおかげで、刑務所側の待遇は別格だった。
俺が通された部屋は上下左右前後の6面の真っ白な壁に囲まれた中央に椅子が二つあるだけという異様な空間だった。
質素を通り越して狂気すら感じる。
”盗聴器も軍の監視要員もなし。もちろん刑務官の付き添いも一切なし”
こんな、俺がダメ元で申請した条件を軍の上層部は渋々ながら認めてくれた。
俺の軍への影響力と、俺の上官―第一師団長の”慈悲”によるもの”らしい”。
先に部屋へと通された俺は椅子に座って人を待つ。
待ったのは十分ほどだろうか。
やがて、目的の人物が両脇を刑務官に固められたまま、部屋に唯一ある重厚な鉄製の出入り口から入ってきた。
目的の人物は、俺の来訪を知らなかったのか、驚きに目を見開いていた。
「弥……。どうして……」
「……雫なのか……」
俺は雫の姿を見た瞬間、その声を聞くまで、雫じゃない人間が入ってきたのだと思った。
彼女は灰色の囚人服をまとい、両手が銀色の手錠で拘束され、ふらついた足で歩いていた。
彼女を俺が雫だと思えなかったのは、そういう外見の違いからだけじゃない。
俺の中で、雫はきれいな黒髪、意思の強い黒い瞳、そしてとても整った顔立ちをした幼馴染だったのだ。
だが、今の雫はあまりにもやせすぎていた。いや、肉体だけじゃない。精神も細っている印象を受ける。
頬がこけ、黒い瞳は絶望に染まりかけており、きれいな黒髪も手入れがされずボサボサだった。よく見れば、全身には―おそらく拷問を受けた痕だろう―擦り傷やあざがたくさんある。
あの健康的な美を誇っていた雫は、幼馴染の俺が見間違えるほど病的になってしまったのだ。
俺が刑務官を見据えると、刑務官の二人は頷いて心得たように出て行く。
さすが、軍隊。無言でも十分”らしい”。
「……あなたが私の処刑を担当するんですってね?」
「ああ……。そうみたいだな」
椅子に座って俺と向き合った雫は背中を丸め、貧乏ゆすりをした。昔はとても落ち着きがあったのに、今じゃ神経質そうに見える。
「素っ気ないのね。いいじゃない」
雫は貧乏ゆすりをやめると笑った。
「君を……殺すんだ。幼馴染の君を……」
と、雫は立ち上がり俺を睨んだ。
「あんた、なにいってんの? 私たちは精一杯戦った! その結果、私は負けて貴方は勝った。悔いのない戦いの結果、他ならない”国家の英雄様”に最後を捧げられるのよ? ああ、恵ますぎて嬉しいわ! あんたに捕まった私の仲間は、私みたいに申し訳程度の裁判も受けられず、拷問も死なない程度の優しさじゃなかったんでしょう?」
「仲間のことは……すまない」
雫の所属した反政府組織に対し、俺は軍の人間として壊滅させることに全力を尽くした。そのとき、彼女の知り合いや仲間も大勢殺し、捕まえている。
雫は一通りいうと、「はぁ……」と大きなため息をついて椅子に座った。
「……今日のあなた変ね。妙に辛気臭い。いつもの貴方らしく堂々として、国軍の意義だの、日本臣民の矜持とやらを私にお説教したら? それじゃ国家の英雄さんが丸つぶれよ。これからの新生日本を背負うんでしょ?」
「そう”らしい”な……」
俺は雫の目を見ることができず、小さな声で答えた。
「ねえ? あんた本当にどうしたの? 私を転向させようとしたとは随分違うのね。貴方は勝ったの! 私たちの努力を、仲間を、理想を踏みにじって勝ったの! だから! 貴方は貴方の努力を、仲間を、理想を大切にしなさいよ! そうじゃないと……納得して死ねないじゃない……。こんな情けない敵に殺されるのかと思うとさ……」
「……ごめん。でも、俺……君を殺すなんて……」
「……あんた男でしょう? なら最後まで敵であることを貫いて! そうじゃないと、私も自分を保っていられないよ……」
そういって、雫は瞳をぬらし、そのこけた頬に涙がこぼれた。
「……俺は、最近、昔のことを懐かしみたい衝動に駆られてるんだ。でも、今さら無理でさ。昔のアルバムとか、俺にないんだもんな。お前と乙で過ごした思い出が消えたのは悲しいよ……」
「……本当、塩くさくなったのね。ダメよ? 軍の中でそんな風のままじゃ。立ち直らないと」
雫はもはや怒らず、昔のようにやさしげに声をかけてきた。
「そうはいっても……昔を懐かしむくらいいいだろう? 写真も映像も何もかもないのは……とても落ち着かない思いだよ」
俺は内心あせって、少々強引に”過去を思い出せるもの”の在り処を雫に尋ねようとしていた。
今の俺はさっさとこの”夢の世界 その4”に別れを告げ、別の”夢の世界”へ移動することしか考えていない。
だが、そのためには、過去を明確に思い出し「過去を変えたいという強烈な願い」を頭痛が激しくなるほど行う必要があった。
痛みが頂点に達したとき過去へとさかのぼり、俺は過去を変える。
そしてその過去を共有し、その過去の未来を生きる次の”夢の世界”の俺となるのだ。
だから、今の俺にはどうしても過去を思い出す道具が必要だった。それさえあれば、幼馴染を殺すなんてふざけた真似をしなくてすむ……と思う。
俺の愚痴に雫はしばらく考えた様子を見せたが、やがて何かを決心したかのように言った。
「……私、持ってるわ。あんたと一緒に写った写真がお守りの中にある。……検閲済みのお守りだけど」
そして彼女は懐からお守りを取り出す。どこの神社にでも売っている「祈願成就」のお守りだった。
彼女が言ったとおり、お守りから折りたたんだ写真を取り出し、広げた。
そこにはまだ小さかったころの俺と雫の姿がある。俺と雫は、かつてのかわいらしい彼女で楽しそうに笑っていた。
しかし、すで写真は色あせ、折り目からは色が抜けている。それはまるで今の俺と雫の関係を示しているように思われた。
「小学校高学年のときの写真よ。このとき弥って、引っ越そうとしていたのよね」
雫はとても懐かしそうに言った。
「そうそう! それを君がこの後、俺の両親を説得して……それでウチの両親が……」
と、俺は再び、過去の俺が封印してきた記憶を開けてしまう。
この世界で俺の両親は――。
雫は大きく息を吸い吐くようにいった。
「……私、貴方に謝りたいわ。いまさらだけど……ご両親のこと……。言い訳にすぎないけど、過激派の連中、止められなくて……。でも、あなたに殺されることで罪滅ぼしができるわ。その点、よかったのかもしれない」
「……そんなこと、いうなよ」
俺はうつむく雫をいたたまれない思いで見た。
”夢の世界 その4”では、俺の両親は、彼女の率いた”日本人民解放戦線”の人間に殺された”らしい”。殺し屋は俺の両親をマシンガンでズタズタにして、ダイナマイトを腹に抱えたまま逃亡し、憲兵隊に追い詰められた挙句、隊員の何人かを巻き添えに自爆した”らしい”が。
それがほんの一年前のこと。陸軍中尉の俺が中隊規模の”特殊部隊”を率い”日本人民解放戦線”の中枢に大きな打撃を与えている最中のことだ。
「……雫、なんで君は解放戦線なんかに入ったんだ……?」
それは”過去の俺”の疑問でもある。当然、過去の記憶にも答え”らしい”ものはない。
「もうそれは憲兵隊にいってあるし、裁判でも言ったわよ。……調書とか裁判記録読んでないの?」
「もうそれは調べてあるよ。でも……君は解放戦線に入る前のこと、ほとんど話していないじゃないか」
過去の俺は半年前、少数先鋭の部隊を率い、奇襲をかけ雫を捕らえた”らしい”が、その後、彼女には取調べが行われ、そして裁判となった。
過去の俺は記録を熱心に調べていた”らしい”。
でも、彼女は、人民解放戦線の理想や組織、あるいは日本政府に対する不満や非難を語るだけで、彼女自身については特に過去についてほとんど語られることはなかった。
「……ふーん。解放戦線に入ってからのこと聞かないのね」
「……それはもう読んだよ。でも、俺が知りたいのはその前のことだ。特に何で解放戦線に入ったのか。俺は……幼馴染として知っておきたい……」
俺がそういうと雫は呆けたような表情をしていたが、やがて「ふふふ。そう。まぁ、冥土のみやげにそれくらいなら話してもいいかな」といって笑うのだった。
「きっかけは……弥、あなたのせい」
「俺の? うーん……」
正直見に覚えがなかった。
「そりゃそうよ……。これは墓場までもっていくつもりのことだったけど、私……弥のこと好きだったのよ。幼馴染とかじゃなくて、異性として」
「えっ……?」
俺はあらためて驚く。
”夢の世界 その2”でも”夢の世界 その3”でも、俺は雫の思いを知ったが、この世界の雫もまさかそう思っていたいたとは思わなかった。
「そりゃもうかなりのものだったわ。子供のときからずーっと。だから引っ越そうとした貴方を無理やり引きとめたのよ」
「ああ……。君のその熱意で、俺の両親も動かされたわけか」
雫の意見で俺の両親は引越しという家族の一大イベントをやめる決心をしたことがあった。まぁ、両親に言わせればきっかけにすぎなかったらしいが。
……われながらまったく流されやすい両親だ。いくら一家で付き合いをしているといっても、隣人の子供の説得で引越しをやめるとは。
俺は内心、ちょっと抜けていた両親を思い出し、苦笑し、ため息をついて平手で額を撫でた。
「実は、私、最初、弥と一緒の高校にも行こうとしてたの……。でも急に弥が進路希望変えたから」
「……高校……」
俺はうまく「記憶」を拾い上げることができない。
まただ……。
霞がかかったように思い出せない……。
過去の俺は、よほど雫の記憶に封印をしたかった”らしい”。
「覚えてないの? 最初は私と乙、三人一緒で一緒に北高行くって話してたじゃない? でも貴方が女子禁制の南高に行くって言い出して……。私は近くの桜女子に行くことになったけど……。そこで先輩から解放戦線に誘われて……。私、弥と乙の関係がうらやましくて。その中に入っていきづらくて……。だから、活動にのめりこんだんでしょうね……」
「……そ、そんな……」
――思い出した。
それは俺が前の”夢の世界 その3”から移動するためにとった過去の改変工作だった。
”夢の世界 その1”から俺は乙と雫とで同じ共学の北高に通い、中学校以来の腐れ縁をやっていた。
しかし”夢の世界 その2”と”夢の世界 その3”で、俺と雫、乙は大学まで一緒で、やがて腐れ縁は、三つ巴の関係へと変化し、悪化した。俺と雫は愛を貫くために乙を殺すか、あるいはその逆となるか、という過ちを犯すはめになったのだ。
”夢の世界 その1”の俺は、不遇の原因を大学生活に求め大学時代の過去を改変し、”夢の世界 その2”へと至り、エリート投資家になった。そして雫と仲を深めたが、嫉妬した乙に殺されかけた。
”夢の世界 その2”の俺は、三つ巴になった原因を高校生活に求め、高校時代の過去を改変し ”夢の世界 その3”へと至り、凶悪犯罪者となった。
その世界では雫と親しくなった乙を殺していて、雫に復讐されるはめになっていたのだ。
”夢の世界 その3”の俺は、その原因が高校時代にあると考え、とにかくくそったれな”夢の世界”から移動したいと、中学三年のときに戻って、高校の進路決定の際に細工をした。
でも ”夢の世界 その4”に至り、それすら不十分だったと、今、思い知った。
過去の改変と異世界への移動。
それは新しい”夢の世界”に至るための方法に過ぎなかったはずだ。
でもそれが、この悪夢を生んだ……。
俺の、記憶を改変することで、未来を変え、変革した世界に生きる能力は俺の手に負えない代物となっていた……。
結局、俺が能力を使えば使うほど事態が悪化し続けるのだ。
「なぁ、雫、写真をもらえないか?」
「……いいわよ。もう私に必要のないものだから」
そして、雫は力なく笑った。
「少し前まで結構大切にしていたものが、最近どんどんどうでもいいものになっているのよ……。組織や仲間への思い、私の命も、そしてこの写真も……ね。人間、死期が近くなると諦めってものがよくわかるのかもしれないわ」
俺は、この世界の雫のように諦めたくない。
この世界に俺は未練などなかった。
「……わたるくん! わたるくん! だいじょうぶ?」
「あ……。しずくちゃん……」
意識のわずかな混濁を経て、俺が見たのは大きい世界と小さい雫だった。
……いや、そうじゃない。
俺が小さくなって、雫が子供に戻っただけなのだ。
俺は今、雫の部屋にいる”らしい”。
ファンシーな内装に、たくさんの人形が置かれているいかにも少女の部屋といった感じ。
きれいに整頓された学習机の上にはカレンダーがあった。そこには「修文8年1月」とある。15年前の、俺が10歳だったころに戻ったのだ。
周囲に気を配れば、肌寒い。俺と雫も夏服ではなく冬服を着ていた。
雫はとてもかわいらしかったが、きれいな黒髪、意思の強い黒い瞳、とても整った顔立ちをしている。
さっきまで、俺は、この少女が、やがて俺が見てもわからないほどに痩せ、傷つく、そんな未来を見ていたのだ……。
「ねぇ。話の続きだけど……。わたし考えたんだ。わたるがこの街にいる方法を! わたしがわたるくんのパパとママを説得すればいいんだよ!」
俺はさっきまで雫に引越しの話をしていた”らしい”。
俺が雫と一緒にいたいと言ったからだ。
俺の「記憶」だと、この後、雫は両親を説得しに行き、結果俺と雫の幼馴染関係はずっと続くことになる。
「なんで……しずくちゃんって、他人のためにそこまでするの?」
「……あ、遊び相手がいなくなったら困るからよ! それだけっ!」
雫は顔を赤らめたかと思うと、俺から顔を背けた。
その仕草は妙にかわいらしい。
こんな雫を失ったり、悲しませたりすることはもういやだった。
俺が利己的な思いで”夢の世界”をかき回したせいで、俺は雫を汚してしまったのだ。
俺は、俺の過ちに自分で決着をつけなければならない。
俺は、深呼吸すると、俺の決意を宣言した。
「必要ないよ。雫。俺は引っ越したいんだ!」
俺は怒鳴ると、わざと雫の耳元に顔を近づけ、ささやいた。
「俺、君のこと嫌いなんだ。一緒にいるのもいやだ。だから、もう近寄らないでくれ……」
「そ、そうなんだ……。ごめん……」
さっきまで明るく振舞っていた雫は俺を怯えた目つきで見る。
俺は内心泣きそうになりながら、最後の言葉を口にした。
「ああ。悪いけど、俺、雫とずーっと離れていたいよ。二度と見たくもないね!」
「う、うん……」
雫はもう泣きそうな顔をしている。
「じゃあ!」
俺は逃げるに走り出し、彼女の家から飛び出すのだった。
「改変前の記憶を共有した改変後の異世界」が俺の目の前に現れるまで、俺は走り続けた。
「弥生君! 弥生君!」
意識が混濁するなか、俺を呼びつける……おっさんの声がした。
「は、い……」
「気がついたか? ねぇ、弥生君っ! 大丈夫なの?」
俺が顔をあげると、いかにも心配していますといった風にバーコード頭のおっさんが俺の顔を見つめていた。
「ええ。課長……。すいません、ご心配をおかけして……」
俺はこの小さな印刷会社で働いている”らしい”。
”夢の世界 その5”は”夢の世界 その1”――最初の世界と同じような感じらしいかった。
日本は相変わらず不況の真っ盛りで、印刷業界も不況真っ盛り。都内で得た印刷会社の仕事の条件も良くはなく、サービス残業当たり前の世界。
「今日は早退したほうがいいんじゃないのか?」
ただ、幸いなのは会社の上司が最初の世界のときよりも優しい”らしい”ことか。
「いえ……。大丈夫です」
俺はさっきまで大量の伝票整理をしていた”らしい”。柱にかかる丸時計を見れば、深夜1時を過ぎている。
その下のカレンダーを見れば”平成23年6月”とあった。日付欄の上はいかにも平和そうな鳩達が公園でたむろっている「誰が徳するのかよくわからない」写真がある。
……いくら決算を控えているからって、がんばりすぎだろ、俺。
そう思った俺だったが、心配そうに見つめるパーコード頭の課長の視線がちょっと怖かったりした。
「病院にいきなさいよ、弥生君。これは命令だよ。寝不足にしては、君の寝方おかしかったからね。まるで妻が脳血栓で倒れたときみたいなイビキかいてたよ。それに……」
そういって課長は苦笑いした。
「そんな顔で仕事をされては仕事に手がつかない。どうしたの、そんな変な顔して? 親でも亡くなったの?」
「恐い夢を見ていたんですよ……。俺が親しい人と、殺したり、殺されたりする羽目になった夢を」
「ははは。だいぶ疲れているな! まぁ、仕事も一段落したし、もう休め」
「すいません。では今日はこれで失礼します……」
深夜一時までの残業はきつい……。
さっきまで働きづめだった俺の肉体は、意識が変わっても変わることなく、疲労のサインを各所から発していた。
「もし調子が悪いなら明日も休んでくれてかまわんよ。今、抱えている仕事ないんだろう? ここ3ヶ月も休みなしで働き詰めだったもんな。溜まりに溜まった休日を消化するといい」
「ありがとうございます……」
この世界の俺は頑張りすぎだった……。
「さすが、我が課のホープじゃないか! 心置きなく休んでくれ」
俺は課長とそんなやり取りをした後、「記憶」に従い、自分のアパートに戻った。
アパートは偶然だろうか、”夢の世界 その1”に借りていた場所に近く、家賃も同じくらいで、部屋の質も同じくらいだった。
俺はとりあえず……帰ってすぐに眠るのだった。
翌日。
上司に休んでいいといわれたので堂々と休んだものの、頭痛がひどく、耐えかねた俺は、近くにある大学病院の脳外科で精密検査を受けた。
最初は内科だったのだが、脳に異常があるかもしれないという話になり、大学病院にありがちな長い長い待合時間と検査時間を経て、担当医に遭遇できたのは午後3時のことだった。朝9時にきていたのに……。
担当医の、いかにもインテリ風のメガネの医者が言った。
「あなたの脳、ここ、大脳皮質といわれている部分ですがね……。異様な脳密度です……。正直、これで生存できるのか不思議ですよ……」
そういって彼はさっき精密検査で撮られたレントゲン写真を取り出した。
「これ以上、脳内の密度が高くなれば最悪死にいたる可能性もありますね。……なぜこんなに密度が高くなったのか不思議でならない。さらなる精密検査が必要ですよ」
俺は思い当たる節があった。
「100年分の記憶がつまったような感じですか?」
「……100年分かどうかはわかりませんが、特に記憶野の密度は異常です……。まぁ、100年単位の記憶を一気に詰め込んだというのはイメージとしては間違っていないたとえだと思いますがね……」
間違いない。俺は確信した。
この”夢の世界”その5に至るまで、25歳×4つの世界分の記憶、100年分が脳に詰め込まれたのだ。
俺はため息をつきつつ、
「……大丈夫ですよ。原因はわかっているので……」
とだけ言い残し、さっさと診察室から出た。
「あ、次回の診断はよろしいので? 精密な検査が必要ですよ! いいんですか!」
そういって戸惑う親切な医者を置いて。
病院の支払いを終えるのにさらに1時間がかかったが、その頃までには頭痛は嘘のようにひいていた。
時刻はもう午後4時を廻っていて、俺は帰り道に商店街通りを歩く。
その道半ば、俺は考えていた。
病院でのこと、俺の生きた4つの”夢の世界”のこと。
もう次の”夢の世界”にはいけない。
これ以上飛ぶと脳内の密度が最高潮に達し、死に至る可能性がある。
その現実に俺は残念がると同時に安心してもいた。
もう跳ばなくていい――。
「ねえ、もしかして弥君じゃない?」
考え中だった俺の背後からいきなり声がかかる。
「うわぁ!」
驚き振り向くと、俺の後ろには、きれいな黒髪、意思の強い黒い瞳、とても整った顔立ちをした女性が立っていた。
「……まさか」
そんなはずはない。
彼女とは引越し以来、音信など取らなかったのだから。
「あら? やっぱり弥くん?」
「雫さん……」
「覚えていてくれたんだ……。久しぶり。小学校のころの懐かしい顔に出会ったなーって思ったらつい……」
「い、いったい、どうして?」
「この近くに住んでるのよ。そこから近くの大学院に通っていてね。教育学を専攻しているの。先生になろうと思って」
こんな偶然があろうか……。
別に縁もゆかりもない都内の商店街で再会するなんて……。
「懐かしいな……」
「ごめんね。急に声かけたりして。でも、弥君との別れって、あまりいい記憶がなかったじから……。あのとき、急に不機嫌になったのって、私に非があったんじゃないかってずっと思っていたけど……」
雫はあのときのことを確かに覚えているようだ。
「非なんてあるものか……。あれは俺が悪かっただけで……。その……ごめん」
それは事実だった。俺の意思で、雫を傷つけたのだ。
「そう……。それならいいんだ……。引き止めて悪かったね。じゃあ……」
そういって立ち去ろうとする雫に、俺は……。
「ああ、ちょっと待って……」
「なに?」
彼女は不審そうに振り返った。
まったく、名にやっているんだ、俺は。
「今どこに住んでいるの?」
「……えーと、弥生君、それってナンパなの? 昔、振ったくせに?」
俺を見る目がとても怖いぜ、まったく……。
「い、いやそんなんじゃないけど」
と、雫は微笑んだ。
「まあ、いいわ。でも、いっておくけど、今の私には旦那がいるわよ?」
「……そうか。結婚、しているんだ」
「驚いた?」
雫は微笑む。
俺は正直、少し落ち込んだ。でも、そんなの当たり前のことだ。器量もよくて、きれいな雫を男連中が放っておくはずがない。
「子供も一人いるわ」
まぁ、25歳で既婚者ならおかしくはない。
「あ、うん……」
でも、俺は少し寂しい気分になった。
身勝手であるとわかっていたが、幼馴染の雫の横に自分がいたかったと俺は望んでいたのだ。
「ごめんね。期待に添えなくて」
「そんなんじゃ……ないよ……」
俺は雫の言葉を否定したが、内心の気持ちが見透かされているような気がした。
「ふふふ。昔、ひどいこと言ってそのまま別れた仕返し。でも、私は弥ほどいじわるじゃないわ。……まぁ、人生相談でもしたくなったら、この番号にかけてきて。相談くらいになら乗ってあげるわ。これでも先生の卵だから」
「……ありがとう。何かあったら電話させてもらうよ」
「あ、でも大人は教育の対象外かしら?」
「ははは。甘えはしないよ。大人だもんな」
俺はそういって、雫からメモの切れ端をもらうと別れた。
そしてアパートに帰る道すがら決意する。
ここはもう”夢の世界”なんかじゃない。
確かな現実なのだ。
もう悪夢を見ないように、人外の力に頼ろうっていう誘惑も断ち切るように、アルバムを全部処分しよう。
別の中学に通ったこの世界の俺には乙のような親友もいないし、ましてや雫のようなかわいい彼女もいない。
でも、これが俺の現実なのだ。
弥生弥25歳。
この俺は過去や夢の可能性にすがるのはもうやめた。
俺は俺の力で未来の現実を築こう。
それでもし悩むことがあったら……雫からもらった番号に電話するのもいいかもしれない。