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金魚カーペット

作者: 佐藤田中

オレンジ色に光る商店街のド真ん中を、ふてぶてしく歩く。

通行人は俺を見るなり両脇に避けていく。

傍から見ればどこかのお偉いさんのようにも見えるだろうが、実際はそんな尊敬されるような役職には就いていない。

まあ、ある意味お偉いさんではあるが。


「アニキ! アレやりやしょう! 金魚すくい!」


後方からぬっと伸びてきた太い人差し指。

お祭り客の頭を越えて、その先にあるのはビニール製のミニプールだ。金魚の赤や出目金の黒が入り混じり、絵の具のパレットのようになっている。


「お前なあ、この年にもなってあんな子供騙し……」

「アニキ! 俺もやりたい!」

「俺も俺も!」


後ろに列を連ねる五人が次々と賛同の声を上げる。


「ハイ! 多数決で決まりー!」


クソが。最初に提案した名すら知らんデブ、お前帰ったら覚えてろ。


人混みを避け、というより人混みが勝手に裂け、俺たちは金魚すくいの屋台へ向かう。金魚をすくっていた子供たちも、俺たちに気づくと親元へ避難して行った。

俺はジャケットの内ポケットから万札の束を取り出し、さらにその中から一枚だけ抜き店主に渡す。

店主は口をあんぐり開けてそれを受け取ると硬直し、しばらくして横に置いてあった箱から慌しくポイを取り出した。


「お、お客さん! まず一本っつーことで!」

「おう」


三本くらい一気にいってやろうかと考えていたのだが、それがこのシマのルールなら仕方ない。


「アニキ! 俺にも一本くだせえ!」

「100円やるからお前は向こうで綿飴でも食ってろ」

「やったあ!」


うるさいデブを始末できた。

綿飴なんて甘すぎて食う奴なんかいねーだろとか思っていたが、なるほど、鬱陶しい奴を排除するためにあるわけだ。


水面に浮かぶお椀を引き寄せ、準備完了。

早速一匹目に取り掛かる。端の方にうじゃうじゃと群がっているから、あそこを狙うのが定石だろう。


「よっ、と……あ」


なんということだ。俺がポイを水に浸けた途端、金魚たちが瞬く間に逃げてしまった。


「あー!」

「何やってんすかアニキー!」

「うっせえ。今のは素振りだ素振り」


店主から追加のポイを受け取り、再びコーナーを攻める。今度は最初より慎重にいったつもりだった。

が、失敗。


「アニキぃ……」

「もう一本くれ」


次も失敗。

次の次も失敗。

またまた失敗。

懲りずに失敗。


気がつくと、俺は無言でポイをプールに叩きつけていた。


「ちょ! アニキ何やってんすか!」


部下たちが慌てて止めに入ってくる。


「うるせえ。お前も島流しもとい綿飴流しの刑にすんぞ」

「そんなぁ」


「ハッハッハッハ!」


図太い笑い声で俺たちの会話に割り込んできたのは、店主の後ろから出てきた背の高い角刈りだ。

恐らく、一八五の俺を裕に越すくらいにはジャンボだ。こんな巨体が今までどこに隠れていたのか。


「おお。ダンさん起きたか」


店主がその角刈りに挨拶する。

名はダンというらしい。男らしい名だ。


ダンは屈んで、箱から勝手にポイを取る。おい、いいのか店主。


「坊主! いいか、金魚すくいってのはこうやるんだ!」


言うなり、極太の腕を滑らかにしならせて、金魚を二匹同時にすくってしまった。

俺は反射的にお椀を彼のポイの横に持っていく。


「ナイスアシスト!」


彼の声と共に、金魚はお椀の中に吸い込まれる。最小限の動きしかしていないため、本当に金魚がお椀に吸い込まれているように見えた。


「……オイ。てめえ誰に断って金魚すくいやってんだ」


案の定後ろの部下共がダンに喧嘩を売り始めたので、俺は手を伸ばしてそれを制する。

すると、ダンは口端を吊り上げた。


「坊主、お前は空気の読める奴だな」


読めるも何も――


「お前、ちゃんと店主に断ってんだろうな」


沈黙が流れる。ダンも部下共も、どちらもきょとんとした顔で俺を見ている。

やがてダンはまた「ハッハッハッハ!」と図太い笑い声をあげた。


「ア、アニキ……自分そういう意味で言ったんじゃ……」

「あ? 違うのか」

「ハッハッハ! 結構結構! おやっさん! この坊主に俺の紹介頼むわ!」


偉そうに胸を張るダンとは対照的に、店主は萎縮した態度で言葉を連ねていく。


「あ、えっと……この人はダンさんって人ですわ。金魚すくいの名人で……ええっと、年はいくつだっけ?」

「四○!」

「あ、そう、四○ね。毎年店を手伝ってくれんすよ。て言っても、大半の時間はさっきみたいに後ろで寝てるか、酒飲んでるだけなんすけどね」


迷惑な奴だ。

それに、俺より十以上も年上のくせに、まるで大人っぽさが感じられない。

むしろ、麦藁帽子とタンクトップで虫取りにでも行ってそうな無邪気さがある。


何にしても、ダンの邪魔が入ったおかげで客観性を取り戻せた。

さっきまで金魚すくいごときで激昂していた坊主頭のオッサンは、傍から見ればさぞ馬鹿らしく見えただろう。


ここらが潮時だと判断して、俺は腰を上げる。


「邪魔したな」

「お、お客さん! お釣りお釣り!」

「いらねえ。取っとけ」


そう言った後、部下共を引き連れて屋台に背を向けた瞬間。



「おい坊主! 教えてやるよ! 金魚すくい!」


「あぁ!?」



自分でも意識しない内に声を張り上げてしまった。

道行くお祭り客がこちらを振り返る。部下共はあたふたと俺の腕を押さえ始める。


「やべぇ! アニキがキレるぞ!」

「抑えろ!」


しかし俺にとってこいつらを振り払うことなど、ロシアンルーレットと同じくらい容易いことだった。

人混みの中に投げ出された部下共を尻目に、俺はダンに顔を近づける。もう目と鼻の先に、ダンのこんがり焼けた濃い顔がある。


「誰が、誰に、教えてやる、って……?」


あからさまな上から目線が許せない。気に食わない。


「俺が、お前に、金魚すくいを教えてやるって言ってんだよ。わかんねえか?」


しかしダンはあからさまに不機嫌な俺に怖気づくことなく、睨み返してくる。


「俺の立場は、いつからお前に『教えてもらう』くらいまで下がったんだ? あ?」

「知らねーよそんなもん。俺はお前に金魚すくいを楽しんでもらいてえだけだからな」

「取り下げろ。さっきの言葉」

「嫌だね」


こいつもなかなか強情な奴だ。無邪気さ余って憎さ一○○倍ってとこか。

しかし、ここまで引き下がらないなら仕方ない。


「おい角刈り、俺と勝負してもらおうじゃねえか」


ダンは面を食らったのか一瞬間抜け顔を見せたが、すぐに元に戻り、白い歯を鋭く光らせた。


「ほお……」

「どっちの立場が上か、分からせてやるよ」


俺は店主からポイの入った箱を強奪する。

そして中に入ったポイの数を素早く数え、その内の一本をダンに投げ渡した。


「お前のはそれだけだ」

「ちょ! お客さん困りますよぉ!」


店主が泣きそうな顔でこちらを見てくる。


「何の文句がある。元々俺が買ったポイだろうが」


箱に残っていたポイは五○本。

ここに訪れた時万札を出したので、俺が全てのポイを買い占めたことになる。一本ダンにくれてやっただけでもありがたいと思うべきだ。


「で、でも、勝負するにしても、これじゃダンさんが圧倒的に不利じゃ……」

「いいんだおやっさん」

「し、しかしダンさん……」


ダンは立ち上がろうとする店主をなだめ、受け取ったたった一本のポイを顔の高さまで掲げる。


「こいつ一本で十分だ」



■□■□■□■□■□■□■



強がりだ。そうに決まっている。四十九対一で何ができる。


俺は屈んで位置につく。ダンも向かい側に膝を突く。


「いいか、制限時間は一分。より多くすくった方の勝ちだ」


俺が口頭でルールを説明すると、「好きにしろ」とダンからの返事。そしてダンは、店主に開始の合図を頼む。

緊迫した空気が張り詰める。店主が口を開く。


「よーい、ドン!」


俺は箱の中のポイを十本ほどまとめて掴んだ。

そのまま手をプールの中に突っ込む。


「あっ! 何本も同時に! きたねえ!」


俺の背にぶつかったのは、後ろに群がるギャラリーからの野次だ。

この勝負に至るまで大事を起こしすぎたせいか、今やこの屋台を取り囲むように半円ができあがってしまっている。

俺はその野次を無視し、ひたすらコーナーに追い詰められた金魚を狩っていく。

ポイが二、三本破れたらさらに追加し、全て破れたらまた箱からごっそり掴んでくる。


それを幾度も繰り返し。


俺のお椀の中にあったただの水溜りは、いつの間にか小さな生簀のようになっていた。


「すっげえ! アニキすっげえ!」

「いいぞアニキー!」


ギャラリーに混じった部下共の声援が聞こえてくる。

対照的に、俺を非難しダンを応援する声は段々と小さくなっていった。


「おい……ダンさん大丈夫かよ……」

「負けんじゃねえの? あのチンピラに……」


一般客にまで親しげに「ダンさん」と呼ばれているところをみると、よほどの名物角刈りであると考えられる。

しかしダン、お前は運がなかった。この俺を敵に回してしまったのだから。


ダンを見ると、まだ俺がすくった金魚の三分の二にも届いていない。

俺がこのペースのまますくい続ければ、さらに差は開いていくだろう。


「ダンさん!」

店主まで心配している。顔と声が明らかに弱々しい。

というかお前、何でダンだけ応援してんだ。店の者は公平であるべきだろう。


「大丈夫だ」


ダンは一言だけ返し、淡々とすくっていく。最初のペースと何ら変わりはない。


一方の俺は今こそ好機と、さらにペースを上げて金魚を狩っていく。

店主の胸にぶら下がるストップウォッチを見る。残り二十秒。

いける。勝てる。ざまあみろ角刈り。土下座させてやる。靴を舐めさせてやる。


ポイが破れてしまったので、次のポイを取り出そうと箱の中に手を入れる。


背中を寒い何かが掠めた。

箱の中で手を暴れさせる。



ない。ないないない! ない!



額を流れる汗を拭い、何度も手を動かしていると、端の方で何か柔らかい物が手に当たった。

今のは紛れもなくポイの紙の感触だ。

そこでやっと箱の中を覗き込む。


三本だけ。


たった三本のポイが、箱の中に横たわっていた。


「オイ! もしかしてあのチンピラ、ポイ切れじゃねえの!?」

「よっしダンさん追い上げろー!」

「頑張れダンさーん!」


凄まじい絶望感がこみ上げてきた。

ダンの方を見る。

まだ俺のすくった金魚の数には届きそうにないが、最終的には必ず追いついてくるだろう。

何せ奴は、たった一本のポイをここまで毛穴ほども破らず、さらに少しもペースを落とすことなくすくい続けている。


俺は苦し紛れにポイを一本掴んで、プールの中に突っ込む。

当然金魚は二手に分かれて逃げていく。ポイにがっぽり大きな穴が開いた。


「いつかポイ切れになるのは分かっていた。坊主、お前は雑すぎる」


ダンはこちらに一瞥もくれず、ただただ金魚をすくいながら、語りかけてくる。


「そんなんじゃ金魚たちは怖がっちまう」


俺は残る二本のポイの内一本を手に取る。

そして金魚たちに感づかれないよう、慎重に水面にポイを近づけ、一気にすくう。


「おい坊主。『金魚すくい』って何て書くか知ってっか」


一匹だけ強引にすくいあげることが出来たが、ポイは破れてしまった。

これで残り一本。


「『金魚掬い』じゃねえ、『金魚救い』って書くんだよ」


ダンを見る。


その手つきに俺のような傲慢さは一片もない。

代わりにあるのは、ただ純粋に金魚たちを救いたいという真心。

横暴そうな太い腕からは想像できない優しい手つき。

彼のポイに金魚たちが吸い込まれていく。まるで金魚自身が判断し、彼の下へくだるのを望んでいるかのように。


「いつまでもその不恰好な救い方じゃ、追いついちまうぞ」


ダンのお椀にはいつの間にか大量の金魚が集められている。

しかし、何故か騒がしい印象は抱かない。

金魚たちは安らかに眠っているようにも見える。


対して俺のお椀は、まるで凶悪犯罪者が集められた独房のようだ。

多くの金魚たちが暴れまわっている。


そこで俺は確信した。

少なくともこの舞台では、俺はダンより下位の存在であると。


「アニキ!」

いつの間にか横に来ていた部下共の声ではっと覚醒する。


「どうしたんすかアニキ! 早くしないと追いつかれちまいますよ!」

「いや、もう止めだ」

「え……?」


既に決着はついた。

元々これは立場をハッキリさせるための勝負だ。俺が折れてしまった以上、この先までやる必要はない。


最後のポイをポケットに仕舞い、立ち上がる。ダンを見下ろして言う。


「角刈り、来年もここにいるな?」


ダンは俺を見ることも言葉を発することもせずに、また金魚を一匹すくってお椀に入れた。

ポイをプールに放る。

そうしてから、やっと返答してくる。


「おう」

「その時にまた勝負しろ。今日のところは俺の負けにしておいてやる」


笛の音が響いた。店主が勝負終了の合図をしたのだ。

ダンは合図を聞いてから、自分のお椀と、それから俺のお椀を持って言う。


「何言ってんだ。引き分けじゃねえか。また来年来いよ、次は勝ってやる」



■□■□■□■□■□■□■




「いやー! アニキかっこよかったっす!」


部下共がしつこく俺を囃し立てる。

俺たちの前にはまた道ができていた。二つに分断された人混みで作られた道だ。


「だって素人だったアニキが、あのプロと引き分けですぜ!?」

「俺たちアニキに一生ついていきまっす!」


金魚すくいに素人もプロもあるか。

それに俺は知っていた。

ダンが最後の最後、引き分けになるよう金魚の数を調整していたことに。

アイツがそれでいいならと思って口には出さなかったが。


「いやー帰ったら祝杯あげましょ――」


不意に、冷たい何かが俺の腹部にかかった。


見下ろすと、子供が涙目で俺のことを見上げていた。

その手には、金魚が入っていたであろう袋が引っ掛けられている。

しかし中身は空で、金魚どころか水すら入っていない。


「あっ……あっ……ごめ、ごめんなさっ……」

「おいガキ……アニキの服になんてことしてくれちゃってんのぉ?」


部下共が子供を取り囲む。ガキの肩はガタガタと震えている。


そこで突然、ある光景が脳内を過ぎった。


この祭り会場に訪れた時からずっと、俺たちから伸びていた道。

危害を加えるつもりは毛頭ないのに俺たちを恐れ、脇に避ける祭り客。

あまり良い心地はしなかった。除け者にでもされているかのようで、変に気持ちが悪かった。


映像が切り替わって、金魚すくい。俺がコーナーに追い詰め乱暴に手を突っ込むと、二手に別れて逃げていく金魚たち。


ダンはこう言っていた。

――坊主、お前は雑すぎる。

――そんなんじゃ金魚たちは怖がっちまう。



「おい、どけ」



「お! アニキが直々にやってくれるんすね!?」


腰を下ろして、子供と目線を合わせる。大量の涙が溢れていることがよく分かった。


「譲ちゃん、これでもう一匹救ってきな」


ポケットから最後の一本のポイを取り出し、子供の手に握らせる。

子供はしばらくキョトンとした顔をしていたが、やがて涙を拭い、大きく歯を見せた。


「ありがとう!」


人混みの中へ走っていく。やがて大人たちの背丈に隠れて見えなくなった。


「ちょ、ちょっとアニキ何であのガキを……」


子供を確かに見送って、俺は立ち上がる。


「バーカ。金魚すくい流しの刑だよ」

「……なるほどぉ!」


お題『空気』で書いたら全くかけ離れたものが仕上がってしまいました。

文章は雑で、構成も良とはつけ難い出来・・・と自分で反省しております。

これから掌編を書いていく段階で色々な技術を身につけることができれば、と。

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