頭痛の日
「それで、襲われたのでやむなく自衛の為に相手を殺しました。さらに話の中から察しますに、村人の皆さんにも睡眠薬、あるいは抗酒薬みたいなものをまいていたみたいですね。骨付き肉を焼くのを手伝っていたみたいですから、その時でしょうか?」
「抗酒薬ですか?睡眠薬は分かりますが、それはどういったものでしょうか?後遺症などがあると心配ですわ」
「酒精を分解しにくくするための薬ですよ。名前とは裏腹に酒に弱い体にするものでしてね。悪酔いや急性の中毒などを起こしやすくなります。まぁ、皆さんの様子を聞く限りではそれほどきつい物でもないでしょう、心配することはもう無いと思います」
「そうですか」
「私には、どうやら別の物が使われたようですね。皆さんには発熱や痛みは無かったんでしょ?」
「ええ、本当に驚きましたが、皆の危険を最小限にしていただきましてありがとうございます。改めて御礼を言わせていただきます」
「いえ、此方も我が身が可愛かっただけの事ですからね。むしろ、未然に防げず家の中で惨状を晒しました。申し訳もありません」
深く礼をしながら感謝の念を述べるアリシアに、アルトも深く御辞儀を返す。
ガーリーの死の後、漸く気がついたアリシアに幾つかの都合の悪い所は改変しながら事情を説明したアルトは、そのまま再び休養に入った。高熱が続いていたからだ。
村にいる多少医薬の経験のある老人も、原因がわからず頭を冷やしながら水分を取らせるといった対処しかできなかったが、二日後にはケロリと回復してしまった。
アルト本人は大丈夫と言ってはいるが、バドウィック一家が心配して未だに彼をベッドに括りつけている。とは言え、アルトも暇だし体は元気なので、当時何があったのかを再び詳しく話しているのだ。勿論、推測や憶測と告げた上で話はガーリーのみが悪いように誘導しては行ったが。
「はっきりとした理由は定かではありませんが、あの男はガルムの牙を特に欲していた。と言うよりは、独占したがっていたようです。値段の吊り上げのためなのか他に理由があるのかはわかりませんが……」
「そうですね、独占した所でそれほど値段を吊り上げる事が出来るものでもないでしょうしね。あの牙が有効な病気は百日熱と言いまして、100日ほど高熱が続いてから死に至る病です。死亡率は高いですが日数はかかりますので、どこか余裕と言いますか切羽詰った感じにはなりにくいですから」
「そうですか、それでは意図は良く分かりませんね」
「ええ、冒険者ギルドに出した依頼の紹介状も持っていましたし、警戒の仕方なども教えていただいて安心していたのですが」
「その辺りも調べてみたほうが良いんでしょうが……伝手が無いと難しいですね」
「ええ」
二人してため息をつく。妙齢の美人がため息をつく様には艶っぽさが漂うが、アルトはそんなことは気にもしていない。普通の感覚の人間であれば、バドウィックの妻がこの美人と知ったらば、多少のやっかみや驚きなどが出てくるものだろうが、そう言ったところも無い。
見た目で言うと20近く歳の離れた夫婦に見える二人だが、実際は7つしか変わらない。特に今日は朝からつやつやしている様子だ。
「それに致しましても」
「何です?」
「アルトさんにはお世話になりましたわ。ガルムの肉を全ていただけるとは、思ってもおりませんでした。それに牙も一対。それだけでもかなりの価値がありますのに」
「いえいえ、私としましても、このカフをそれらと引き換えに頂けました。思っていたよりも少ない出費で済んだと言えるでしょうね」
「ふふふ、牙はともかく肉は大きな町まで運ぶのは難しいでしょうしね。その分運べれば価値は高くなりますが」
「健康によいと聞きました。薬の被害が少なかったとは言え、まったくの無と言う訳でもないでしょう。お役に立てて頂ければ良いと思いますよ」
「そうですわねぇ」
にこやかに笑いあっていると、ドアをノックした後返事も聞かずバドウィックがはいってきた。もっとも、女性と二人っきりになる際のエチケットとしてドアは開きっぱなしだったのだが。
「アルトさん、お加減はいかがですかな」
「おかげ様で復調しましたよ。もう大丈夫です」
「そうですか、それは良かった」
「村の皆さん方も、先ほど奥さんから聞いた話では大丈夫な様で、喜んでいますよ」
「はっはっは、頂いたガルムの肉の効果もあってみんな何時もより元気ですわい。私も昨夜は久しぶりに力が付きましてな。いやいや、おかげ様で楽しめましたわい」
柄に無く豪快に笑うバドウィックの横でアリシアが紅くなる。アルトだけならば、その辺りの冗談も流す事が出来たのであろうが、流石に娘の前では恥ずかしいのだろう。バドウィックに一足遅れて、娘が後を付いて来ていたのだ、ちょうど間が悪く部屋に来てしまった。
もっとも、感覚的に周囲の人間の行動を察知できるアルトは勿論、隣の部屋で寝ていたサニーもそんな事は承知している。17にもなれば、田舎の村では結婚して子供の一人位居てもなんらおかしくない。村長の娘で一人っ子と言う理由で、婿選びに慎重になる必要が無ければ、とっくに嫁いで居ただろう。同年代の女友達からも話しは聞いているし、未だに仲睦まじい両親の姿は痛いほど見ている。
まぁ、子の心親知らずと言うことも多いし、子供は何時までも子供であって欲しいと願う親は多いということだろう。この辺りは、国や地域や人種が違えども変わらない、無論世界が違っても同じ事だ。
その後、アリシアがバドウィックを笑っていない笑みで外に連れ出していったので、話は何と無くお開きになった。サニーも軽くアルトに笑いかけて部屋を出て行く。
残されたアルトは、宴会中などに聞いた話なども含めて今後の予定を立てていく。
ガラン、それがこの国を含めた周辺国家で共通する通貨らしい。造幣が出来る国は少なく、少なくともアルトが居るアイゼナッハ王国では行っていないようだ。
通貨は金貨、銀貨、銅貨を主に商取引などに使われる金板と銀板。銅貨一枚が一ガラン、銀貨一枚で百ガラン、金貨一枚で一万ガラン。それぞれ百倍で分かりやすい、板になっているものは重さで量るようだが殆どはそれぞれ十倍、千ガランと十万ガランの価値になるそうだ。
聞いたところでは、ほぼ完全な資源本位制、金銀銅の物質的な価値がそのまま金額になっているようだ。信用通貨というものは発達していない。例外的に一部の国家では換塩券と呼ばれる塩と交換できる券で取引が出来る所もあり、小切手が使える所もあるが、パルムエイトの村では誰も知らなかった。したがってアルトも完全な資源本位制だと思っている。
国家としてはあまり大きくなく、何処にでも有るような小国家らしいが、先代の宰相が切れ者で、数年前に起こった戦争も中々上手く切り抜けて被害も少なかったらしい。
とは言え、戦争に参加したことは確かなので人口は多少減ったが、人質の返還はほぼ完全に行わせたらしい。何でも、先を見越して食糧備蓄を居ようと思えるほど行っており、戦争終結の原因になった大飢饉の中でも餓死者の数は圧倒的に少なかったらしい。
そして、その豊富な備蓄を利用して人質の返還も行わせたわけだ。もっとも、他国に渡すくらいなら国内で使って餓死者をゼロにすれば良かったと言う声もあるので、この辺りには賛否もあるが。戦場でそのまま死んだ男性人口減少に比べて、多数捕虜にされていた女性人口の減少は極めて少なかった。
結果、直接戦争に関わった五国の中でも被害はもっとも軽微で済んだ。
もっとも、戦争の火種自体は未だ燻り続けており、飢饉の所為で一時停戦になったに過ぎない。平和協定は勿論、休戦条約すら正式な形では結んでいない。何時戦争が再燃してもおかしくないのが現状だ。
当然、国家の交流は減衰し、物流や人の移動も減っている。そんな中で国を越えて動き回るのは、傭兵か冒険者、あるいは余程肝の据わった商人位な者だ。
バドウィックが最初にアルトを見て冒険者だと思ったのも、商人にしては売り物を持っていないし、傭兵にしては個人で動いているのがおかしいと思ったからだ。それに、言葉も通じないのなら余程遠方から来たに違いないと思ったのだ。大抵の場合、そんな長距離移動をするのは冒険者だけなので、これはと当りをつけたに過ぎない。
恐らく、本当にリヒテンラーデなどの隣国から来たのであれば、村の恩人であろうとここまで歓迎される事は無かっただろう。
最悪、村人総出で嬲殺してガルムを奪うと言った行為に出た可能性もある。被害が少なかったとは言え、この村からも十人近い戦死者を出しているのだ。新婚のまま未亡人になったものや、息子や娘を無くした家も多い。小さな村で、誰もが皆親戚と言った関係だ、それゆえに憎しみも骨髄に染み渡っていると言って良い。
王国ゆえに勿論国王が居て、貴族も居る。貴族の称号を持っている家は二百ほどあるが、その中で領地を持っている家は三分の一ほどだ。そして、国内の領地で貴族領になっているのは八割ほど、他の場所は国王の直轄地となっている。とは言え、殆どの場所は領地を持たない貴族の家に代理で治めさせているので、まったく領地を持たない貴族と言うのは少ない。
フランの街に近いこのパルムエイトの村も、国王直轄地の一つだ。しかしながら、フランの街自体は本当の意味での国王直轄地だ。貴族の権限がもっとも及ばない地で、むしろ王城のあるアイゼナッハ王国首都アイゼナッハよりも貴族の肩身が狭い街と言える。
結果的に貴族の力が強いアイゼナッハでは、比較的民間の力が強く、特に冒険者の数や質は国内でも高い。
おかげでよそ者や流れ者に優しく、またここを窓口にすると冒険者としての生活がしやすいと評判である。
アルトも、とりあえずはこの街を目指すことになる。
まぁ、馬車を使えばパルムエイトから一日かからない距離でしかない。運よく、数日後に農作物と木材を持って行く予定があるようだ。一緒に乗せて貰えるように話はついている。
「とりあえずはガルムを金に換えて……情報をしばらくは集めていくか」
額を撫でながらもはや癖になっているため息をこぼす。
「ふぅ。個人での情報収集にサバイバルか、何年ぶりだろうな。最近特に甘えていたんだなぁ………はぁ」
そして二日後、アルトはフランへと向かう荷車の上にいた。
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