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狂嘩と突破


「ぶち殺すぞ!糞ガキゃー!」


腰の剣すら抜かず男はアルトに殴りかかった。


これはアルトにとって大きく予想から外れた行為だった。



玄人と素人、プロフェッショナルとアマチュア、一流と二流。言い方はどうあれ錬度の境界線、指針とでも言うべき一因が存在する。


『勝てる場所で力を発揮できるかどうか』


逆に言えば、負ける場所では戦わない。


言うだけなら簡単だが、これには自身の能力の見極め、周囲の状況の観察眼、相手の能力を図る推察力、感情に流されない意志、そして想像力を必要とする。


アルトはガーリーが個人で動いていた事、彼から感じる戦闘力、宴会の席でたくみに村民に薬を盛っていった手腕から、ガーリーの事を玄人と判断した。


特にアルトが重要視していたのは、彼が個人で動いていた点だ。アルトの常識からすれば、個人で動ける人間と言うのは例外なく一定以上の水準に居た。理由は単純、個人で動いても死んでいないと言う事。


地球におけるアルトの感覚では、闘争の世界に足を踏み入れる者は最初に先導者を必要とする。師であったり、国であったり、あるいは宗教や主義の集団であったり、犯罪組織であったりする。


少なくとも集団にまずは所属しなければ、世界への入り口にたどり着けないのだ。そうでない場合は例外なく死が訪れる。


アニメや小説のように、何も知らない少年が急に戦いの場に投げ出されたからと言って、急に戦えたり、あろう事か勝利を得たりは出来ないのが現実なのだ。


つまり、ある一定以上の力を持った者が個人でいた場合、それは集団の階層を抜き出てきた者だと断言しても良い。


そして集団の中にいるときに、最低限の教育を受けているはずなのだ。だからこそ力をつけているのだし、だからこそ現在生き残っているのだ。


集団を抜け個人でも生き残れるだけの力を持っている者は、すべからく玄人としての知識と素養を持っている。高度に練磨されているはず。


だからアルトは誘導した。


「お前では現状で俺に勝てない」


「しかし、すぐに牙を市場に出したりすることも無い」


「今は見逃してやるから、用意をして俺だけを狙え」


それだけの事を伝えたはずだった。そうアルトは思っていた。


相手が玄人なら、そこで怒りを飲み込むことが出来ただろうし、その怒りを原動力として次の場面へのモチベーションに利用するだろう。あるいは、金銭以外の方法で再び懐柔を図ってくる可能性もある。玄人であれば、ここでは戦わない。


しかし、アルトの常識とは異なる現実がこの世界にある。


一番大きい違いは、戦いがもっと一般的で間口も広く、その世界に馴染むための段階が少ない事。そして、微差ではあるが一般人の身体能力が地球の人間よりも高い事。つまり、この世界では何と無く戦いの世界に足を踏み入れる事ができてしまうし、そのまま教育や集団の段階を経ずに独り立ちしてしまう。最初から最後まで個人で動くような人間が存在していると言うことだ。


ガーリーはまさにその典型と言える。


小さな時から肉体的に恵まれ、特に苦労もしないまま我流で戦えるようになった。街から拠点を動かさずに活動していたため経験は少ない。しかし、経験内のことならば才能と身体能力だけで切り抜けられるだけの力を持っていた。今回は、彼が拠点を離れて行う初めての仕事だったのだ。


お互いに誤解や緊張があり、お互いに感覚や意識のすれ違いがあった。


もしもアルトが、一般的な生活の経験があれば話は別だったかもしれないが、別種の純粋培養同士の溝は今回悪い方向へと状況を動かした。


そしてアルトがガーリーの力を現実以上に強く評価したのにも訳がある。


彼は山窩(サンカ)だ。


日本にかつて存在した流民の山窩とは、まったく別の異人種としての山窩の一族の出。それゆえにガーリーの身体能力は、アルトがかつて見続けていた地球人ともこの村の村人達とも別の次元にある。少々鍛えている人間では歯も立たないほど身体的に優れているのだ。


本来ならば、常に漂流するように移動をし続ける山窩の夫婦が、なぜ街に住み着いたのか?なぜその子供が山窩としての力を使わず冒険者をしているのか?


その辺りの事は話せば長くなるのだろうが、アルトとガーリーがそんなことまで話せるような関係になることはないし、ガーリーが他の誰かにその事を話した事もない。少なくとも、二人の利害が敵対している事に他の条件が入り込めるものではない。唯一、それがあったとすれば村人の乱入だろうが、それはガーリーが自身の手で阻んだ。


結果として、現在彼らは干戈を交える事になる。


「てめぇのような糞ガキが!俺たちの正統な戦いの邪魔をする?!ありえん!ありえん!」


半狂乱で目を紅く血の色に染め上げて喉を鳴らしながら切り付けて来るガーリーの剣を見切って避けながら、内心忸怩たる想いをアルトは隠せなかった。


彼自身、対人関係においての能力や経験が圧倒的に足りていないというのを改めて思い知らされたからだ。


自身の行いのその劣愚に奥歯が割れるほどに怒りを感じながらも、長年の経験と訓練により速やかにアルトの肉体は戦闘用へとシフトする。


アドレナリンの放出による血糖値の上昇、心拍数の増加、脂質を分解、筋肉組織の強化を行う。呼吸は細く深く、目は見るのでは無く、観るへと変化、全体像を感覚的全体的に捉える。


薄皮一枚で皮膚を擦り取っていく剣戟を避けながら、通常時の警戒態勢から完全戦時適応態勢に変化したアルトを襲ったのは、ガーリーの攻撃以上の激痛だった。


先ほどからずっと感じていた鈍痛や倦怠感など吹き飛ばしてしまうほどの激痛、アドレナリンの作用だけでは考えられないほどの心臓を突き破るほどの激しい動悸、血液との摩擦で火がつきそうな血管壁、耳の奥で鳴り響く轟音、血が覆いかぶさったように赤褐色に染まる視界、急上昇した体温が骨肉を焼き焦がす、全てが暴力的で破滅的な圧力と衝撃を持ってアルトを襲った。


「んんっ!んう!」


殆ど偶然に、苦しみからしゃがみ込んでしまったアルトの頭上を剣煌が疾走(はし)る。


怒りから、半ば正気を失ったガーリーがその剣を上から振り下ろそうとした時、内部から新たな波がアルトを襲った。


エンドルフィンに代表される脳内麻薬物質、それらが一斉に、しかも大量に放出された。


全身の痛みも忘れる恍惚感、全てを受け入れても構わないとすら思わせるような多幸感。


それらは苦痛を塗り替えていったが、肉体的な不利益が消えたわけではない、筋繊維が断ち切れて行くのも高熱を肉体が発しているのも何も変わってはいない。


しかし。


「動く、いや、判る!!」


一本の骨と一本の筋腱の収縮さえあれば、肉体を動かせる事を今のアルトは誰に教わるとも無く理解する事ができた。いわば肉体自身が本能すら越えて彼に身体の運用と特徴を瞬時に教え込んだと言える。


明らかに動きが鈍り苦痛の声を漏らしたアルトに何か問題が起こったであろう事を察知し、さらに勢いを増して大上段から満身の力を込めて剣を振り下ろそうとしていたガーリーの耳に風の音がした。


身を曲げていたアルトは目すら閉じたまま、ただ感覚にしたがって刀を鞘から走らせた。ただの一閃を持って内肘の腱と首の動脈を切裂いた切っ先は、そのまま鞘へと音も無く吸い込まれた。


振るわれたガーリーの腱は力を失った手からそのままの勢いで壁へと飛んで突き刺さり、ガーリーの体もそのまま倒れた。


奇跡的な神経の連結で刀を振るったアルトもそれ以上のことは出来ず、上から落ちてきたガーリーの体を支える事も避ける事もできず二人は折り重なるように床に倒れた。


急所を斬り刎ねられ倒れながら絶命したガーリーの首から未だ飛び散る鮮血の放物線を目にしながらアルトは呟いた。


「こいつはキツイな。しかし、()っちまいそうなほど、だ」


それだけを言うと、アルトは抗すべくも無い眠気に襲われ、そのまま気を失った。



翌朝、かつて無い悪酔いと薬の後遺症で異様なほどにだるい肉体を抱えたバドウィックの一人娘サニーは、客人を起こそうとして部屋を開けて、鮮血に驚き悲鳴を上げて気を失った。


絶叫を聞きつけたバドウィックとその妻アリシアは駆寄って来て鮮血の中に倒れる娘を見て同じように悲鳴を上げて気を失った。恐らくは酒と薬の効果で思考が鈍っていたのだろう、バドウィックはともかく賢妻の誉れ高いアリシアとしては珍しいほどの取り乱しようだった。


結局、三人が気を取り戻すよりも、アルトが眠りから覚めるほうが早く、アルトも驚いてバドウィックを揺すり起こした。


「大丈夫ですか!」


唸りながら目を覚ましたバドウィックは、開眼一発鮮血に染められたアルトの顔を見て再び絶叫して気を失い、同じ事をもう一度繰り返して同じ結果になったアルトは途方にくれて天井を見上げた。


天井にも昨晩のガーリーの墳血が飛び散っており、死体が一つと気を失った人間が三人いる狭い部屋の中で深く深くため息をついた。



読んでいただきありがとうございます。

明日は所用につき更新が出来ません。

明後日に投稿致します。

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