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歓迎と

予約投稿を失敗したので、予定していた時間にも上げます。

明日も同じ時間に。


ガルムの屍骸は確認された。付いて来た男達は嬉しそうに屍骸を縛り上げると、添え木をつけて肩に担いで村に持ち帰った。


バドウィックは殆ど浮き上がるように軽い足取りで小太りの体を揺すりながら共に歩きながらアルトに次々と話しかけた。


村の事、近くの町の事、数年前の戦争の事、国の事、冒険者の事、取り留めの無い話が多く飛び飛びの内容ではあったが多くの情報を得ることができた。何時もは人の話を聞く側だ、頷きながら話を聞き続けるアルトの態度が嬉しかったのかもしれない。


もっとも、アルトの内面としては嬉々としてとは言い難く、むしろ多少の疲労を覚える状態であったのだが。


ともあれ、村に帰った彼らを迎えたのは歓声と賞賛の拍手だった、


大きく手を打ち鳴らし、口笛を吹く村の面々の中を男達はガルムの屍骸を御輿の様に掲げながらその間を通っていく、アルトはその最後を歩いていたのだが。


「gheshe nu lui wee」


「hume nu ackea wee」


ベチベチと村人から小突かれながら喝采を浴びる。アルトがガルムを倒したと言う話はすでに村全体に広がっている、すでに少なくない被害者も出していた。


彼らにとっては降って沸いた幸運、仲間の敵をとってくれた恩人、今後の被害を防いでくれた英雄だ。多少態度は荒っぽいが、全てが好意によって行われている事は明らかだ。


まぁ、アルトには彼らが話している言葉は一切分からないのだが。


アルトも仕方が無く笑みを浮かべて会釈をしながら通る。


それを見たバドウィックが耳を指差しながら話しかけた。


「すっかり忘れておりました、言葉が通じないんでしたな。この耳飾は、かつて森人(エルフ)との交易等に使われて居ったものです。とりあえずは使っておいて下さい、不便でしょうから。どちらでも構いませんので耳につけておれば話が通じます」


森人(エルフ)、エルフ、エルフ。完全にファンタジーじゃねえか畜生め!異世界へ漂流したとでも…………言うんだろうな。仮に仮想現実なんかに取り込まれたとしても、理由が一切無いしあの白い世界の事が説明がつかないしな。しかし、まさかバカにしていた話が現実になるとは、ジーンには悪い事を言ったかな)


アルトがいかに特異な環境で育って来たにせよ、一応一般社会に適応していたし生活面では問題も少なかった。一般常識もやや欠けていたり変化が見られるが無いわけではない。


トールキンの『指輪物語』、本編をきちんと読んだ事は無いがホビットやエルフと呼ばれる亜人が登場することぐらいは知っている。映画などにもなっていたし、CMくらいは目にしている。戦友のジーンがファンタジー好きで、アルトを映画に誘ったり本を貸そうとしていた。もっとも、アルトは毎回断っていたのだが。


そして、そんなアルトが異世界に飛び、ジーンは他の仲間共々核の炎で消し炭になった。運不運で言えばどっちもどっちな話だが、事実は時に馬鹿馬鹿しいほど奇抜な展開を見せる。もっとも、ジーンがいかにファンタジー愛好者であっても自身が幻想世界・異世界にくることを望むかどうかは疑問だが。


内心、絶望と呆れを感じながら、アルトは受け取った耳飾を右耳につけた。


その途端、周囲からの声がはっきりと理解できるようになる、その全てが嘘偽りの無い感謝の声だ。アルトにとっては気恥ずかしく、かつて経験した事の無い状況で自然と体が緊張していく。


「ありがとう」


「ありがとう」


無駄に言葉を飾らない、ただただやわらかい視線。感謝の言葉と恩義の念。そんな中において、ただ一組だけ違う意を視線に込めた両眼があった。


瞬間その視線と目を合せるがその線にバドウィックが割り込んできた。


「さぁさぁ、今日はお祝いです。是非にも参加なさって下さい。いやぁー今日は素晴しい、新しい子供が村に生まれ、村の脅威も消えた。こんなに良い日はない」


「そうですか、それは良かった」


次にアルトが視線を戻したときには、その視線の主はすでに別の方向を向いていた。如何見ても村人とは違う作りの服装に、腰に帯びた護身用として考えるには大きい剣、腕には手甲をつけている。


穏やかな村人達の中で、明らかに戦う者の姿をしたその男は明らかに浮き出ていた。いかににこやかに隣人と話そうと、感じられる気配はどこか寒々しい。ぬるま湯と冷水が隣り合っているような存在の違和感が男にはある。


もっとも、バドウィックと並ぶアルトにも似たような温度差は存在しているのだが。


その後始まった宴会は、村人にとってこの上ない楽しみだった。アルトは何度も感謝の言葉と共に酌をされ、また酌を返した。


しかしながら、元々愛想の決して良くないアルトには温度差を消す事は難しかった。村人にしても、恩人とは言え初対面の、しかも口数少ないアルトに無理矢理話しかけるより、苦楽を共にしてきた村の友人達と飲む酒のほうが美味い。結果として、アルトは殆ど取り残され、アルトの周囲にいるのはなにやら目を輝かせた数人の女たちだけになってしまった。


少なくとも顔の造作は整っているし、強い事は折り紙がついた訳だ。数年前の戦で男手が減った村では、むしろ女のほうが余っている。年齢的に村での婚期適齢期を抜けかけた女たちとしては、何とか村に男を引っ張り込みたいと思っているのだろう。


まぁ、アルトからしてみればそんな事情は知った事ではない。やたらとへばりつく女たちに内心辟易しながら、断続的に襲い掛かってくる頭痛と炎症のように熱を帯びた全身の痛みに耐えていた。


少なくとも、喜べるような状態ではないと言える。少し珍しい風味の酒を除いてはだが。蒸留はもちろん濾過も大してされていない酒には少しばかり濁りがあったが、甘い味を引き締めるような苦味と強い酸味が複雑な味を作り上げていて十分楽しめる。やや青臭さの残るところから何かしらの香草が入っているようだが、アルトの記憶にあるものではなかった。


ともあれ、様々な身体的、精神的な問題や困難を抱えながらも、それをおくびにも出さずアルトは宴会を終えた。


久々の平穏に安堵したのか、それともただただ楽しく飲みすぎたのか、村人達の多くは酔いつぶれ、免れた者も千鳥足で各々家へ帰っていった。


アルトは潰れてしまったバドウィックを抱え、彼の妻の後を続く。


宿の無いこの村では、村長であるバドウィックの家がその代わりを担っている。アルトも当然そこに部屋を与えられた。本来宿屋ではないから設備が揃っているわけではないが、寝るだけなら十分な個室が整っている。


流石に疲弊を自身でも感じるアルトは、部屋に入った途端ベッドに身を投げ出した。


異世界。


慣れない暖かな空気。


面倒な対人厚意への返答。


襲い掛かってくる経験の無い痛みと違和感。


これだけの条件下で、満足のいくコンディションを維持できるはずも無い。


とりあえず眠りたいと願ったアルトだったが、その願いはある乱入者によって阻まれる事になる。


先ほどの宴会にも参加していた異質な男。


こちらの人の言葉を借りるなら、いかにも冒険者風の男。彼がアルトの客室のドアを叩いた。


明らかに薄い板のドアを軽く三回ほど叩いて、返事も待たずに彼は入ってきた。灯も点けず真っ暗な中を歩いてきて部屋に入るときに手に持ったランタンに灯をつけたらしい、扉を開けると同時に暗かったアルトの部屋にも光が入り込んでくる。


「夜分に失礼いたします。お願いしたい事がありまして」


そのまま部屋に入ってきた男に対して、好意的な感情は中々持ちにくいだろう。頭痛を抱えながらではなおさらだ。アルトは首を軽くふって応えた。


「失礼と言うなら、返事くらい待つものだとは思いますが……なんでしょうか?出来れば手短にお願いしたいですね」


男は手に持ったランタンを棚に置き、ドアを閉め壁に寄りかかった。部屋の中だと言うのに、腰には剣を帯びている。壁に当って剣がカチャリと音を立てた。


「ええ、簡単な話ですからね。すぐに済みます」


「お伺いしましょう」


アルトは深くベッドに座りなおした。枕元には刀を置いてある、少しばかり刀と距離を詰め、男との距離を開けた。


「簡単な事です。ガルムの屍骸、全てを売って頂きたい。相場よりは色をつけても良い。そう、三体分で5000ガラン、銀板5枚はありませんが銀板3枚と銀貨20枚で。如何でしょう?悪い話ではないと思いますが」


「おや、村長さんから聞いていた話では…あれだけ綺麗なままならば、毛皮だけでも一体銀貨10枚にはなると聞きましたが。考えるに、肉や牙の価値を考えると、相場に色をつけるというほどではないのでは?」


「如何です?」とばかりに下から見上げるように男を見上げる。


「そうですか。では6000では?残念ですがこれ以上は手持ちがありません、他の情報などでお支払いできるならば上乗せは可能ですが。こう見えましても、私は情報屋などもしておりまして」


「そこまでせずとも二体だけ買われてはいかがですか?こちらにも少々事情がありますので、少なくともこの耳飾をバドウィックさんから譲り受けられるだけの物は残しておきたいのですよ。あと数日は此方で厄介になろうかと思っていますし」


「ならば、なおさら私に高く売っていただいたほうが。失礼かもしれないが、このような田舎の村には現金収入は貴重でしょうし、そのほうが喜ばれるかと」


「さて、それはどちらが貴重か判断が難しいところですね。現金と薬と言うのはどちらも大事です、そう言えば納得できますか?」


「しかしですね」


「もう一度言いましょう。薬。貴重ですよね、簡単に独占する気は私にもありませんよ」


「ですから、私としても一括して買い上げた」


頭を掻いて、ため息を一つ、そしてパチンと遮るように指を鳴らすと、アルトは男の腰にまわされた手を指差した。腰元には、宴会の前に見た大剣とは別の少し小ぶりな剣を帯びている。


「得物を変えてご登場か、殺気もまともに隠せないとは地力がしれるぞ。視線の意味も理解しない、腹芸もまともに出来ないのなら最初から斬りかかって来い。ましてや情報は如何だと?商談の場になんのようだ?脳足らず。此方としても、半分方はそっちの意図は見えているんだ、ガーリー。


どうせこの名前も偽名だろう。目的は半信半疑だったが、お前があまりにも軽率に動くので確信が持てた。


ガルムの牙、そこから出る毒は猛毒だそうだな。しかし、同時にある病の特効薬にもなる。


先だってその病が流行った所為で、今は何処でも品切れらしい。現にこの村も予備を全て使い尽くしてなお、大きな町から買取を打診されたと聞いている。


最初は、そこに利益を求めているのかと思ったんだが」


指がクルリと頭の横で一回転する。


「お前が教えたと聞いたあの警戒方法、仕掛けたと言う罠、そのどれをとっても積極的にガルムを始末する様なものでは無い。


今対峙している感じでは、お前だってガルムとやれば倒す事は可能。まぁ、一度に三体をと言うと少しばかり厳しそうだが、村人の助けを受け、罠を使い、時間をかければ不可能ではない。


それでは、なぜそうしなかったのか?


臆病?


慎重?


不安?


答えは恐らく必要が無いからだろう?


お前にとってはガルムが何処かへ逃げ去ってしまったほうが都合が良かった。倒してしまえば、屍骸が残る。村人に助けを借りればガルムが倒された事がわかる。村人の口を封じるにも限度がある。


流石に皆殺しには出来ないだろ。


家族が死にそうでとか、そんな理由を今更持ち出すなよ。そんな理由なら三体全部を必要とはしないんだから。それに、今にも剣を抜きそうになりながらでは説得力が皆無だ。


推察するに、お前にとって都合の悪い人間が例の病気にかかった。治そうにも薬がない、ガルムは本来この地方には少ないとも聞いた。先頃の流行でさらに減ったらしいし簡単には手にはいらない。


ならば、薬の供給さえ止めてしまえばその人間の息の根を止められる。そんな所か」


「牙だけで6500」


「話を聞いていなかったのか?俺はお前相手に取り引きをしない。金額を吊り上げても無駄になるだけだ」


刀を手に取り、背嚢をコツコツと叩くと刀を座っている膝の上に置き直した。


「牙はすでに全て確保している。俺を倒せるとは思わないほうが良いぞ。さぁ、早く決断しろ」


「正義のためだ。巨悪が崩れ去るまで待っていて欲しいだけなのだ」


搾り出すように言ったガーリーと名乗っていた男の言葉に、アルトは鼻で笑う。


「はっ、正義だ悪だと唱える輩が俺は一番嫌いだ。主義も主張も、正義も悪も、理念も理想も、自分の中だけに持つのなら勝手にすればいい。しかし、それを口に出した瞬間から俺にとっては嫌悪の対象でしかない」


「しかし」


「さらに!」


言葉を返そうとした男の言葉は大きくは無いが勢いのついたアルトの言葉で遮られた・


「さらに言えば、殺気をちらつかせ、村人に弱いものではあるが薬を盛ったお前のような奴が言う正義など、それこそが腐れたものだと断言できる。


殺すのも面倒だ。


自分で首でも括って死ね。誰の邪魔にもならんように森の奥深くなどでやれば、少しは褒めてやる」


アルトの眼差しにはランタンの細い明かりに照らされた侮蔑の視線だけが存在していた。


「さぁ、早く消え失せろ。他に交わす言葉は用意していない」



読んでいただきありがとうございます。

ご意見ご感想などいただけましたら嬉しいです。


釣りに行ってきました。瀬戸内海は現在異常満潮ですばらしく水が多いです。何時もつっているポイントが波打ち際になっていたので別の場所で釣ったら殆ど釣れませんでした。まぁ、珍しい光景が見れたので良かったです。

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