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村の灯

歩き出してみると、不思議な感覚が全身を包む。


軽く感じられ異様なほど意図どおりに動く身体、触れる風や舞い散るほこりすらも感じ取れそうなほど繊細な外部感覚と、流れる血流すら意識できる内部感覚、神経の火花すら調節できる神経接続。


それとはまた別に世界を俯瞰するような不思議な感覚がある。


周囲にある物がレーダーで捕らえるように認識できる。


葉の裏に隠れる虫や、木の陰に隠れる小動物、槌の下で眠るものすら位置や大きさがはっきりと分かる。見えるのでもない、聞こえるのでもない、分かる。知覚することが出来る。その不思議な感覚。


視覚や聴覚嗅覚などの認識能力、それが新たに二つほど増えた感覚。それに慣れない脳は過負荷を起こして頭痛を呼ぶ、吐き気を作り出す。


一つは対外、先に述べたレーダーやソナーのように周囲を知覚し認識する能力。広い視野やよく聞こえる耳とも違う、皮膚感覚のように周囲に対して存在を認識する。


もう一つは体内、神経の電気信号、血液の循環、ホルモンの分泌、細胞内で動くミトコンドリアの震えまで分かる微細で繊細な感覚。


これに対してのアルトの感情は単純だった。


「気持ち悪い………のか?」


額を掻いたり撫でたりしながら自分の体を少しずつ動かしていく。


「んー、気持ち悪くはないな、むしろ気持ちとしては良いと言っても……な!」


刀を抜き放ちそのままクルリと一回転すると刀は鞘に再び収められた。続いて、アルトの太腿ほどもある木がゆっくりと横にずれる。


「自分でやった事に驚くな、これは。さっき感じた違和感はこれか、末端まで神経が通っているように繊細な手ごたえと軽やかさ。今感じている体の軽さも実際に軽くなっているわけではないな、無駄な力が抜けて体を素直に使えているわけか。あのへんな場所での感覚と違いすぎるから分からなかった」


手を握ったり開いたり、肩を回したり、飛び上がってみたり、様々な動きを歩きながら試していく。


「筋量が増えたとか力が強くなったとか言う事はないか、骨を割ったり自分で関節を痛めるなんてバカらしい事は出来ないから他の所は分からないが」


立ち止まると屈伸と伸身、足の上げ下げなどをする、柔軟性などを確かめているようだ。


「これも変化なしか、肉体は変わった様子が無いが。何だろうなこの生体レーダーは?伝説みたいな武道家や剣豪の気配を読むとか言うのと似ているのか?師匠(おやじ)が言ってたが、こればっかりは眉唾物だと思っていたんだがな」


肩を竦めながら深く深くため息をつく、目を覆い頬をペチペチと叩きながらその場に座る。


「100、150、200は行かないか。180m前後だな。一方向に集中しても、150、200、250、300、350か、かなり疲れるな。慣れの問題なのか何なのか?しかし、常に情報を得られるのは良いが鬱陶しいな」


再び歩き出したアルトの視界が段々明るくなってくる。森の端に近づいたのだろうか、段々と木が細くなり疎らになってくる、切り株など人の手が入っている様子も増えてくる。


「自分にも周囲にも違和感が多すぎて何がなんだか分からない…救いは妙に心が平淡な事、ぐらいか」


森がきれた時に見えたのは、広々とした丘を覆う草原と疎らに立つ背の高い燈台。


茂みにとっさに身を潜めると、体勢を低くし背嚢から取り出したスコープで燈台を確認する。


「見えている建物は恐らく一般村落、周囲にあるのは燈台、数はおよそ30。村を囲うように配置されそれぞれに一人がついているところを見るとあれは警戒用か。何かあったら倒して危険を知らせるためのものだろう、明るいうちから灯を使っているのは、何か判りやすい脅威があるからか。こちら側の燈台は何回か倒した形跡があるな、脅威はこの方向からか」


眉毛の辺りを掻く様に触れながら、ゆっくりと息を吐く。


「脅威に対しての拙い対応、これで研究施設などの中という状況は消えた。後残っているのは、夢と冗談と冗談か。夢であって欲しいが、な」


スコープを背嚢にしまい背嚢と背中の間に刀を隠す、少々余るが元々が脇差サイズの短い刀だ何とか前からは見えないようになる。銃のホルスターも腰の後ろに移動させ一つだけに、髪を整えて顔の筋肉をほぐし笑顔を作れるようにする。顔面のマッサージをしながら深々とため息を吐く。


「とりあえず接触してみるか、不安ではあるが」



アルトが茂みから姿を現したとき、警備をしていた青年は一瞬で緊張した。実の所、ここ数日同じ場所で警備をしているのだが、この青年は無害な動物を見たときにも燈台を倒してしまい村人からの顰蹙(ひんしゅく)を買っていたのだ。


流石に懲りていた彼は、影の正体を見極めようと目を凝らした。同時に立て掛けてあった槍を手に取る。槍と言うよりはただ硬いだけの木の棒の先を尖らせ返しをつけた貧弱な銛だが、伝統的にある一定以上の大きさを持った動物に対応しやすいと言われている。素人に使いやすいというのも大きい。


それから、単純に高価な装備を揃えるだけの潤沢な資金が村に無いと言うのも大きな理由だ。つまり投げ捨てて使っても惜しくない程度の武装で、弓などの経験がないと扱えない武装でもないという理由で採用されている。


ともあれ青年は森から現れたのが人影だったので安心した、しかし、同時に不安にもなった。


リヒテンラーデ王国との国境に横たわるこの森は、黒緑の森と呼ばれてまともな道も通っていない。普通の旅人ならばもっと南にある交易路を迂回してやってくるし、冒険者であっても一人で森を抜けたりはしないだろう。森の中には何種類もの凶暴な穢れ物達が生息している。


その森を抜けてくるものとは何者だと、青年は再び不安になった。しかし、此方にゆっくりと近づいてきたアルトの顔を見たときにその不安も払拭された。


いかにもな優男風で物腰穏やかな青年に見えたからだ、珍しい黒い髪をしているが歳も自分より下に見える。とてもではないがこの森を抜けてきたようには見えない、恐らく何処かの迂回路の枝道から森の縁を伝うようにしてここまで来たのだろう、そう思ったのだ。


ちなみに青年の年齢は22歳アルトの年齢は26歳。


東洋系の血筋は幼く見られると言うのは常識かもしれないが、アルトもその例には漏れていない。青年がもう少し何らかの形で経験を積んでいれば違和感を覚えたかもしれないが。パッと見童顔で細身の男を見れば、農作業で太く肉のついた青年としては、何と無く自分のほうが上と見てもおかしい事は無いだろう。服を脱いだら、アルトもかなりの筋肉質ではあるが、厳しく絞り込まれた人間は往々に着痩せてしまう事が多い。


ともかく、青年が覚えた一番の問題は、その目の前にいる優男と会話が一切成立しなかった事だ。人と話が通じないというのは青年にとって初めての経験だった。もしも、アルトの髪の毛が緑色なら森人(エルフ)とアルトの身長が高く長い耳たぶを持っていれば山窩(サンカ)と納得も出来ていただろうが。


青年は困っていた。



アルトは困っていた。


話しかけた相手はアルトの感覚から言えば明らかなゲルマン系、高い背や広い肩幅全体的に大作りな体つき色素の薄い目や毛髪、服装に関しても中世以前の西欧人のようにチュニックを着てゆったりとしたズボンを穿いている。脛のあたりに布を巻きつけて絞っており、巻き脚絆(ゲートル)のようにしているのは運動性を考えての事だろう。


しかしながら、話が一切通じない。


知る限りの言語で話しかけてみたが一向に通じない。相手が話している言葉もまったく聞いた事がないものだ。世界中を飛び回っていれば理解は出来なくとも聞いた言語が何処の国のものかと言う事ぐらいはわかる。通常の会話程度なら日・英・仏・葡・蘭・スワヒリ語・パシュトゥー語を操るアルトだが、そのいずれにもまったく似ていない。


いい加減に貼り付けた笑顔にも疲れてきた。もっと若い頃には街中での潜伏や情報収集などの為に街に、引っ越してきたばかりの日本人の役を演じる事なども多かった。当時は慣れていたので顔を作り続けることも大して苦にならなかったのだが、久しぶりにやると中々辛いものがある。


埒が明かないのでいい加減他の方法を考え始めていたアルトだったが、目の前の青年はため息を着くと手を横に振った。地球ではお目にかかったことの無いジェスチャーではあったが、恐らくついて来いと言いたいのだろう。


青年は300mほど奥にある燈台の下にいる中年の気の弱そうな男に何かを話しかけると、今度はその中年男がアルトに手招きをした。


たらい回しにはされているが一応アルトに対して何らかの対処をする腹積もりらしい、他に手も無いのでそのまま男の後を村に入って行った。


村は全体的にアルトから見て古臭い造りだった。素焼きレンガを積み上げて作った壁には漆喰も塗ってはいない。ガラスがはまっている窓もあるが殆どは木窓だ。本当に中世以前の村にタイムスリップして来た様な光景だ。語族がまったく違う言語を話すヨーロッパ人など居ないと思うので可能性はさらに低くなったが。


屋根は藁葺きか茅葺きで草のようなものを積み上げている、しかし殆どが苔むしている所を見ると耐用年数は長いようだ。


そのままついて行くと村のほぼ中央に二つ並んで他の家より大きな建物が並んでいた。片方は他の家をそのまま大きくしたような建物でガラスを嵌め込んだやや大きめな窓が前面に見える。


もう一つは唯一白っぽい漆喰で周りを塗られた建物で、高い所に明り取りの窓が見える以外は窓が無い。扉もあまり大きくなく見るからに頑丈そうに作ってある。避難所とアルトは中りをつけたがその推測は当っていた。


たいした自衛手段を持たない村人は、危険を察知すると安全な場所に隠れるのがほぼ唯一の対抗手段だ。この建物はそのための護り家で、各村に似たような施設が必ずある。先ほどの村の周りの燈台に異変があった場合村人は一斉にここへ逃げ込むのだ。

 

大きな窓を持つほうの建物は、集会場を兼ねた村長の家だ。アルトは今そこに向かって案内されていた。




読んでいただきありがとうございます。

明日も同じ時間に掲載いたします。

今後も読んでいただければ幸いです。


一言。南ウンガルの元ネタ=パタリロ。

どなたか分かる方がいるでしょうか?分かった所で何の特典もありませんが…多分、私と気があいます。初期のパタリロの中でキャラクターの掘り下げのための話としてはかなり秀逸だと思います。話の内容自体は完全に元ネタがあるのですが、それを引いても素晴しいエピソードですのでお勧めな話です。魔夜峰央先生の話は時々あまりにも救いが無かったりするのも好きです。

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