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転帰と転機

前回の予想をはるか遅れまして更新となります。


申し訳ない。待って下さっている方は少ないでしょうが。なるべく頑張ってチェックの時間を作れるようにします。

それでは、どうぞ。


朝4時半、ようやく太陽は町の建物の隙間から光を土地に差し込ませることに成功し、少しずつ人が起き出して来る頃。いくら生活水準が中世期に近いこの世界とは言え、街の中では4時から活発に動いているものは少ない。農村などではまた話が違ってくるが、街の中はまだ静かだ。


そんな街の中をアルトは歩いていた。


ただ緩やかに散歩をしているだけに見えるが、その腰は少しだけ落ちて、かかとは地面から僅かに離れている。わざと重心を後ろに、筋肉を緊張させつつわざとゆっくりと動いている。


背には何時ものように背嚢、腰には刀、左手にだけ甲の付いた手袋をしている。


顔には出来る限り造った柔和な笑み、昨日まで少し伸びていた髭も剃ってさっぱりとしている。


どうも、地球のように早朝ランニングなどをしている人間は此処には居ないようで、街中ですれば変に目立つだろうと言う事で少し変わった形でアルトは鍛錬をしていた。


そして街の中を道が重ならないように歩いていくと、ギルドの前を通った。


様子がおかしい。


ギルドの中からアルトへ感じられる雰囲気は、早朝だと言うのに慌ただしく、どこか殺気にも近い焦りや怒気のような激しいものが感じられる。


「んん~」


立ち止まり、背を伸ばしながらアルトは考える。


今日はギルドに行こうと思っていた。しかし、時間が早すぎるのでは?あの状況が普段とは考えにくい。何か問題が起きている。関わるべきか?ウィルキンズなら情報を掴んでいる?尋ねる?いや、しかし。ある程度の立場は欲しい。これはその機会になるか?面倒だけ?いや、情報の拡散を止めるのは難しい、面倒事かも知れないが何らかの名には繋がるか?現状は名を売るだけでも利益に。しかし、冒険者の立場がこの街以外ではどうなっているのか分からん。少なくともパルムエイトとフランでは立場は悪くない。ある種の尊敬を受けるようだ。しかし、他はどうだ?


情報が足りん。


あっさりと断定し、とりあえず詳しく様子を見ようとギルドへと向かった。


情報は足りないが、それを得るためには金もコネも要る。そして、それを得るためには名前や立場がいる。立場や名前をものにするには情報の集積は不可欠で、さらには能力も示さなくてはならない。この辺りはどれが先でも後でもない、全て賄って行かなければならない。ならば、今は動くべき時なのかもしれない。




「すいません、まだ準備中で」


ギルドの中に入ったアルトへ向けられた言葉は、控えめな拒絶だったが、アルトはそれを無視した。


そのまま中へと入り込み、依頼受付窓口に座っているアリシアへと歩み寄る。そのアルトに、何時ぞやの受付嬢が言葉も荒く言う。


「準備中!帰ってください!」


「そうか?問題の解決に助けは要らないのか。余程優秀な者がすでに手配できているようだな、それならば帰る」


ギルド内の空気が軋むようにして留まる。


「どうした?全て問題は無い、そして今後も起きない。順調に事は進んでいる。そう断言できるなら俺は帰る、謝罪もする。どうだ?」


何時ぞやの受付嬢の顔は、満身の力が込められて血管が浮いている。ギルド制服の裾を握り、それを引き千切らんばかりに力を込めているが、まぁ、か弱い女性の力だ、千切れはしない。異様な迫力はあったが。


「問題の内容ですが。貴方はご存知ですか?」


アリシアの静かな問いに、アルトは向き直る。


「正直に言えば知らない。しかし、ある程度の推測は出来る。恐らくは高位の穢れ物の襲来、あるいは穢れ物の集団の襲来、この辺りだろう。しかし、高位の襲来で間違いないだろう。集団であれば、必要なのは数だ、即座に動員をかけるだろう。有名な盗賊や犯罪者などの場合は、ギルドの業務と関わる所もあるだろうが、ギルドだけの問題ではあるまい。準備期間も必要に成るはずだ。以上の理由から、数に頼れず緊急性のある問題としては高位の穢れ物の襲来が考えられる。それも、国に頼れるほどではない、避難も呼びかけないところを見ると、A 程高くは無いなBの中頃と言った所か?」


アルトの説明に嘘は無い。しかし、たいした確信も無く階級まで指定したのにはわけがある。


アルトは現在D級にいる。Bであれば、二階級上と言う事で仕事を請けられるが、Aであれば無理だ。超法規的な手段で可能になるかもは知れないが、Bの仕事ならば俺は理解して対処できると言外に言ったのだ。


が、しかし。


「並べては見たが、結局の所勘と推測の寄せ集めだな。先ほどの物言いも、けして褒められるものではなかった。すまなかった。もしも、必要ならば依頼は受ける。たいていの事には対応できるとは思うが、現状ではそれを示しようが無い。それだけだ」


アリシアからの視線で、アルトは何処と無くばつの悪い思いをする。彼女の視線が冷たいわけでもなく、責める様な様子も、悪意もあるわけではない。ただ、静かで穏やかな視線なのだが、わけも判らずアルトは恐縮した。緊張や、ある種の焦り、もしくは照れなども含まれているのかもしれないが、アルトにとってはかつて経験した事が無い感情だった。


「貴方の勘と推測は、正しく正鵠を射ています。説明いたします、依頼を受けるかどうかはその後に決めてください。しかし、これはあくまでも要請ですが、説明を聞いたうえで依頼を受けない場合、その内容を他者に漏らさないようにお願いします。拘束力はありませんが」


「職業倫理に基づいて、知り得た情報を無用に開示しない事を誓います。宣誓以外に、書面に残し罰則を受ける事を明記する事も出来ます」


「そこまでの必要性はありません。冒険者ギルドは、冒険者に対しての支配と抑圧を望みません。例外が無いわけではありませんが」


アリシアは例外と言う言葉の後にため息をついて見せた。半ばは演技で、残りは本心からその例外(・・)に対してよい感情を持ってはいないことの現われだろう。


アルトにしても、束縛や抑圧支配は望むところではない。無言のまま頷いてみせる。


「説明に入ります。昨夜遅く、当フランの街の北東凡そ2里の場所でパルプが確認されました。パルプ、ご存知ですか?」


アルトは首を振る。内心、「繊維?」等と一瞬思ったが、そのようなものが脅威にはなるはずがない。人名や固有名詞などに共感できる名前や聞き覚えのあるものが多かったからと言って、全てがそうでは無いと言うことだろう。あるいは、翻訳に使っている耳飾の所為なのか。もう少し細かく確認を取り必要がある、アルトはそう考えた。


「凡そ4フィールから5フィールほどの高さを持ち、体重は2トパトほどに達する獣です。主な武器は牙と爪、走る速度はゆっくりですが、動作自体は機敏と言っても良いでしょう。後ろ足に比べて前足が長く、振り回してくる範囲は予想よりも広くなります。雑食では在りますが、人を襲うことも多い穢れ者です」


4フィールから5フィール。これは、1フィールが一ヤードに少し足りない程度の長さで、アルトが身体を使って図った感覚では凡そ85cm。トパトは樽5つ分で凡そ1tに換算できる。もっとも、アルトが今まで生活して調べた中で重さの度量衡とは接しなかった。軍や大規模の商人などで無い限りは、あまり一般的ではない。


換算すると、凡そ3,5m~4,3mで体重は2t前後となる。観測されている最大級のホッキョクグマでさえ、体長は3,4m体重1tである事を考えると、これは大きい、と言うよりも重い。


「でかいな」


これほど大きければ、半端な攻撃などまったく意味を成さない。刀剣による攻撃は勿論、大口径の銃弾でも難しい。毒を用いて内面の破壊などが辛うじて有効と考えられる。


「はい、巨大で強力です。ですが、それだけならパルプの等級はCの上位程度でしょう。B等級に含まれているのにはわけがあります。問題は、その血液中に含まれる猛毒です。少しでも傷を付けて、血液が外気に触れた瞬間、猛烈な勢いで拡散し、周囲にいる人間を死に至らしめます。皮膚に接触するだけで皮膚は爛れ、行動が阻害されます。そして、仮にそこで逃げることが出来たとしても、解毒法はありません。確実に死にます」


厄介にも程がある。そうアルトは思った。ガルムもそうだが、他にも話に聞く穢れ物達の多くが毒をもつ。爬虫類や両生類、あるいは無視などの節足動物などが毒をもつのは地球でも珍しくないが、此処では違う。ありとあらゆる系統の生物が毒を有する。しかし、散布型の猛毒など、もはや兵器だ。


創造主とやらが何を考えているのか。アルトは内心嘆息をこぼす。神様とやらに悪意があるのか、あるいはそれが必要なほど危険な世界なのか。もっとも、アルトは神を信じては居ないし、存在にも懐疑的だ。信者や信仰と言う概念さえ、どちらかと言えば嫌っている。


「となると、超長距離からの攻撃、あるいは罠か?普段ならどう言った対処をしているのか聞かせてもらえますか?」


「普段であれば、長手(ながて)と呼ばれる弓と呪式を組み合わせる事の出来る方に長距離からの毒を使った攻撃を使用してもらっています。最低でも300、できれば450フィール以上はなれた場所からの攻撃と言うのが理想です。風向きなどにも寄りますから、一概には言えませんが」


「そして、長手は今は居ない。俺には長距離戦が出来ない。となると、罠か素手か」


「長手、フランの街で唯2人のB級冒険者のうちの1人なのですが。彼は現在事故よる負傷で加療中です。もう1人も槍使いですので。C級の中にも弓使いは居ますが、彼ほどの精度は…」


それは当然だろう。丸木弓と呼ばれる単純なものなら有効距離は凡そ30m。複合弓でもせいぜい80m。機械弓でも個人で使える範囲のものに限ればせいぜい100m。それが弓の限界だ。飛ばすだけなら4~500m飛ぶ弓は数多く存在するが、当たって相手に傷を付けられるかといえば話は異なる。呪式と言う、アルトから見ればズルのような手段が無ければ、そんな長距離攻撃は不可能だ。


仮に、現在アルトの手に大口径の対物ライフルが在ったにしてもその距離で1人で当てる自信は無い。精確な位置関係を把握した観測手を補助につけて何回も試射したうえで。それでも厳しいだろう。


「まぁ、しかたがない。出来ない事に恃んでもどうにもならない。出来ない事は出来ない」


ため息を吐くように言ったアルトの言葉に、件の受付嬢は舌打ちを隠そうともしない。アリシアは、どちらかと言えばホッとしたようだ。アルトが諦めると思ったのだろう。


アルトは受付嬢を見て苦笑する。ホッとしているのはアリシアだけではない、彼女も同様だ。いけ好かないと思っていたりしても、名前も顔も知っている人間が死ぬのを喜べるような女性ではないのだろう。目が合うと、フイッと顔を逸らす。それをアリシアも感じて苦笑を浮かべる。問題が解決したわけではない、無駄な時間を使っただけだが、それでも和む。そう言うことだろう。


しかし。


「素手で倒そう。負傷させなければいいのなら幾つか手はある」


その言葉に対しての反応は、受付嬢はその目を見開き言葉も無い。アリシアは、受付嬢よりも機敏に理解を示したため、心配さと安心と痛みのようなものを顔に浮かべた。


「よろしいのですか?」


アルトの無言の頷きに、アリシアが浮かべたのはより深い悲しみと怒り、そして責任感からの諦めだろうか。彼女がアルトのことを調べていたとして、ウィルキンズの所から細かい内容が現時点で漏れているとは考えにくい。目立つように動いてはいる。目を付けられていた可能性は高い、それはアルトが今日ギルドに入って行ったときの彼女の視線からも推測できる。


アリシアの心の動き、それは葛藤と喪失に対しての諦め。


街にやってきてすぐに活発に動き、ガルムを個人で容易く狩る事ができ、将来性の高い元傭兵が冒険者として街に居る。背後関係などは不明ながら、すでに何らかの立場を作り始めているらしい。間違いなく優秀だろうと思われるその期待の新人。しかも、この依頼を自分から受けるというあたり人格的にも評価が出来そうな、そんな新人。


その新人を捨て駒にしてでも街を守らなければならない。


「ああ、案内と確認の人員をつけて欲しいとは思う。それぐらいだな」


アリシアの頷きに、アルトは背中を見る。


「も1つ在った。荷物を預かっておいてくれ、失敗したら適当に処分してくれていい」


「出発は?」


「いつでも」


「分かりました。私が同行します。少々時間を下さい。荷物は、そうですね、応接室にでも入れておいてください。どうせ使っていませんから」


アリシアは受付嬢に目線で合図を送ると、返事も聞かずに奥のほうへと入って行った。


心配そうにおろおろとする受付嬢を残して。


その後姿にアルトは数回頷いた。誰かに対してではなく、自然と感動が漏れ出すように、数回ゆっくりと頷いた。





読んで頂きありがとうございます。


自信が無いので、掲載予告は今回いたしません。しかし、なるべく早くチェックを済ませたいとは思っています。



追記。

「願い事メーカー」と言うのがあるそうです。ためしにやってみましたところ、私の本名では「忍耐強くなりますように」でした。むやみに当っています。


それで、アルトを入れてみたところ。






「アイツのパンツを脱がせるようになりますように」アルト・ヒイラギ・バウマン




何これ?

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