表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/31

これからを

俺は薄情で酷で、そして冷たい人間なのだろう。


過去の事を振り返る。思い出すとき、その中に実父の姿は殆ど無い。


記憶に無いのだ、3歳で引き離された。死別したのだから仕方が無いのか、他の理由があるのか。


俺の中での実父とは、あの強い母に愛されていた男。そう言った役にいる存在なんだろう。


母は、俺に強さや優しさを見せてくれた。


引き離される時、それでも気遣って笑顔を見せる。今の俺は当時の母と同年代だが、とうていあんな事が出来るとは思えない。もっとも、それほど執着する事もないから比べるのは難しいのだが。


強くて、優しくて美しかった母だが、4歳で別れた。


師匠は強くて、そして風変わりだった。


あるとき、何を思ったのか、日本刀の脇差を買ってきて俺に渡した。使えと、こんなものも面白いと言って。暗器や棒を使って犬と戦った事も在る。丸一日、構えて動かない訓練もあった。目隠しをして虫を捕まえる訓練をした。泳いでいる魚を片手で捕まえたり。沼地の中を一日歩かされた事も在る。どれも普通の訓練や武器ではない。


理由も今は分かる。


あれは実験だった。


師匠は、当初押し付けられた俺を使ってある種の実験をしていた。分かりやすく言えば、自身の持っている技術をさらに先鋭化して教え込むと言う事だが、あれもその一環だったはずだ。


おかげで近接戦闘に関して特化した技能を早い段階で得たわけで、今では感謝している。


後半は、そんな単純な気持ちでもなかった事は間違いない。


実験材料相手に、親父と呼ばせようとはしない。俺は照れていたのか、あるいは恥ずかしかったのか、それとも家族を恐れたのか、結局そう呼べる関係には上手くなれなかった。


しかし、結局は師匠も死んだ。


俺が殺した。


ミスは俺の所為。


殺した原因は俺の過信と焦り。


そして親父は吹き飛んで、俺はその復讐すら満足に果たせなかった。


ふらふらと、おぼつかない足取りでそのまま突入した俺が見たのは、毒を煽って自殺していた元大統領と、彼によって殺されたであろうその娘だった。恐怖に顔を歪め、頭を赤く染めた娘と、床に倒れどこか安心したような死に顔の元大統領。


それを見たとき、俺は意識を失い。それっきり。


目が覚めた時には、すでに師匠は消毒、背後が分からないように手を加えられ埋葬された後だった。大統領の死体も、すでにあの国に送られていた。


全てが半端だ。


父を父とは思えず。母の香りを忘れて。親父になってくれた人をそうは呼べなかった。


そんな俺が何を出来ると言うのか、何を望むというのか。


唯望むとすれば、俺は死ぬために生きる。


親父と同じように、師匠と同じように戦いの中で死ぬために。惨めに死ぬために戦っていた。死ななくてもいい戦いで、馬鹿らしい場所で死ぬために、そのために傭兵を続けていた。


それが叶ったと思ったのに、白い世界を経て此処へきてしまった。


悔しい。


情けない。


哀しい。


馬鹿馬鹿しい。


肺の奥が重い。胃の腑に鉄でも刺さっているようだ。


今俺が苦しいのも、悔しいのも、怒りも、悲しみも、何もかもが自分の所為だ。運も悪かった。自分の行いも悪かった。


それでも、あんまりではないか。


酷いじゃないか。


せめてもの願いも叶わないのか。


俺はもう終わりたいんだ!




過去を振り返る時。昔を考える時。


口の中は常に鉄と土の味だ。苦くて痛くて味気なく、じゃりじゃりと耳の奥に響くような気すらする。


俺は無言だった。


ウィルキンズさんの問い、それは彼にとっても思わぬ言葉だったのだろう。プロにあるまじき表情がそれを物語っている。


俺にとっても、予想外の言葉、そしてそこから発生したのは思いも付かない、思いたくも無い考えだった。


痛みも、苦しみも、嘆きも、恐れも、そして飢餓感も。


全て知ってはいるが、何時までも慣れない。思い出すたび、考えるたびに心臓を抉り出したくなる。それをしないのは、師匠の教えだ、親父の教えだ、だからこそ俺は生きている。死ねる時の為に、今を続けている。


俺が元大統領を未だに憎んでいるのは、復讐が満足に果たせなかったという事と、俺がなしえない逃亡を果たした事に対しての嫉妬。その両方だろう。


今となっては、復讐の対象は自分自身だ。妬心の方が今は大きい、それを否定できない。


俺は語れない。


語れることは無い。


だから沈黙するだけだ。


今の顔は、何時もの作った顔ではなく。


一枚の板のように平坦な、そして光の無い目をした表情だろう。


お互いに言葉は無い。


沈黙は、その重さを加速度的に増していく。



「今日は、これで失礼する」


沈黙を断ち切ったのはアルトの言葉だ。アルトだけは気が付いていたが、少しだけ言葉の端が震えていた。何時もはせき止めている感情や、過去の痛みがなぜか一挙に流れ出し、その心を揺らしていた。そのための震えだ。


背中を汗に濡らしながら、ウィルキンズは応える。


「ああ、報酬は次のときにでも」


「それでは」


帰ろうとするアルトが扉を開けようとした時。


「ああ、待ってくれ」


ウィルキンズが声をかけた。その声は、はっきりと震えを内包していたが、何か決意を感じさせた。


「先ほどの問いは忘れてくれ。勝手な言い様だが、許して欲しい。それと、それとだ」


「何でしょう」


ウィルキンズは軽く息を整えると、一息に言った。


「君は自身を傭兵としてみているだろうし、そうありたいと思っているのかもしれないが。いまは、冒険者としての形に添ったほうがよい結果を招くと思う。私の勝手な想像で、しかも本来こんな事を言える義理もなく、押し付けでしかない。それでも、君は今人とは争わないほうが、何か良い結果を得ると私は思う」


その言葉に、アルトは呆気に取られた。


そして無理矢理笑顔を作って返す。


「ご忠告、感謝します」


内面の感情は違えど、その顔は、別れの時にアルトの母が浮かべた顔に良く似ていた。泣きそうで、叫びだしそうで、それでも作った歪な笑み。母のそれとは違い、アルトのその顔は、ただ弱さから作られていた。



読んでいただきありがとうございます。


多少重かったでしょうか?次回からは少しばかり軽くなっていきます。

予定はまだ決まっていませんが、週の内には掲載したいと思います。


それでは

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ