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過去と


それまでの、目の前に薄紙を張られたような日々と比べて、その日の事は記憶が鮮明だ。俺の記憶は、母との別れ、母の死を知った時、そしてその時、その三つが重く鮮やかに脳内に刻み込まれている。


それ以外の記憶が無いではなく、実感もある。それでも、その三つがあまりにも鮮鋭に残っている。



9歳の時だ。


あの下衆は、その日久しぶりに公務でその施設にやって来ていた。無論、当時の俺にはそんな事分からない。後で聞いた話だ。作戦にも関わる事で、よく調べられていた資料を後で見たから分かっただけだが。その名目は「慰問団の審査」だった。これだけでは何の事か分からないが、要するに子供の中から何人かを連れ出して、よってたかって慰み者にしようと言う予定、その選別にやってきたわけだ。


午前中に、その審査とやらを済ませた奴は、何時ものように俺をなぶり始めた。俺の前で、飯を食いながら大人に一方的に殴られる俺を観賞。理解に苦しむが、たいそう食が進むようで大量の飯を食っていた。


その時、爆音と揺れが起きた。


始めてあの虐めの日々に感謝したい。とっさに動いた俺は、手に持った刃を落とされたナイフをかかげて下衆へと走った。考えあっての事ではなく、ただ殺す機会に身体が動いた。そこからは幸運が続いてくれただけなのだが、下衆は殺傷能力など殆どないナイフに対して銃を抜いた。そして、俺がナイフを投げつけると、その銃を落としたのだ。


後は簡単だ。その銃を拾い上げ、あの豚の脳天に押し付けた。


哂える事に護衛の奴らは、そんな豚の言葉にさえ従った。


「撃つな!動くな!言う通りにしろ。銃を捨てて後ろを向け」


意味が無い、そんなことをすれば自分が生き残れる可能性を無くすだけだ。俺はゆっくりと奴らの捨てた大口径の銃を使い、後ろから一人ずつ殺していった。上から下まで、脳みその腐った奴しか居ない国だ。


後はお楽しみの拷問と殺傷のお時間だ。


豚の持っていた銃は22口径の小さなものだ。護身用としか考えていなかったのだろう。その銃でまずは肩と足の付け根を撃った。


小便を漏らしながら血の泡を口から吹いていたな。後にも先にも、あれほどの駄目な死に様は他に無い。後は切れないナイフで滅多刺し、笑いながら何度も何度も、何度も何度も、何度もだ。


俺たちや両親の感じた苦痛の万分の一でも味合せてやろうと思ったのに、さっさと死んだ。仕方が無いので死体を何度も蹴ったが怒りは収まらない。


部屋の中を見渡すと、さっき殺した護衛の一人の顔が目に付いた。弱い者を苛めるのが生甲斐で、そのためにわざわざ派手なムチを持ち歩いたり、変な形のナイフを見せびらかしたりする奴だ。俺はそいつの身体を探った。


ナイフと、そしてなぜか手榴弾を持っていた。護衛中のはずなのに変な奴だが、この場合はいい物だ。俺は豚の胸を大降りのナイフで断ち割ると、その中に手榴弾を突っ込んでピンを抜きバーを外した。


爆発で首がすっ飛んで後ろにあった国旗に当って床に落ちた、両手も腹も肉片になっている。それを見たとき、何かは分からないが面白さにケラケラと俺は笑った。転がっている首に小便をかけて、武器を幾つか選んで俺は隠れた。


さっきの爆発の音で誰かがくると思ったからだ。


生憎と窓の外は三階で足場はなく、この部屋の前は長い廊下で逃げ場が無い。


そして入ってくる奴らを数回、不意打ちで倒しながら恨みを晴らしていると、そのうちに施設へと襲撃をかけてきた反政府ゲリラと出合った。そして俺は保護、正確には無理矢理捕獲されたわけだ。


もともと、ゲリラ側も此方の事情は知っており、生き残っていた子供たちの多く。元の国内の有力者の子供や、俺のような海外からきた者の子供、つまり人質としての価値があるので命まではとられなかった者を奪還するのが主な任務だったようだ。国内の有力者に対しては人質の奪還、そして国外の子供に対しては、それぞれの国に対しての外報工作の一環として。


思惑はともあれ、俺たちは地獄から救い上げられた。その後、幾つかの伝手をつかって、国許へ帰ること、あるいは国外の支援組織に引き取られることも出来た。特殊な立場ゆえに、俺たちの保護を申し出る者は多く、裕福な里親を選べたり、国の助成を受けて高いレベルの教育を受けたりも出来たそうだ。


しかし、俺はそれを望まなかった。あの豚を殺し、あるいは施設の奴らを何人か殺しただけでは、復讐の気持ちが治まらなかったからだ。


いや、奴らを殺した事でその炎は熱と力をさらに増し、胸の中で荒れ狂っていたのかもしれない。


俺はゲリラの指導者、とは言ってもトップではなくあくまでもその支団のまとめ役の男に取り引きを持ちかけた。


俺は復讐がしたい。この国の奴らを倒したい。殺したい。酷い目にあわせたい。奴らが俺にやったこと、俺たちにやったこと、母や父にやったこと、それらを全て覚えている。宣伝に使うのなら、何回でも何処ででも喋る。だから俺を此処に残してくれ、奴らと戦わせてくれ。そして俺に戦う術をくれ。


その男、ゲリラのリーダーの一人は俺を気に入り、そして気遣って取り引きと言ってくれたが、どう考えても俺は気持ちをぶちまけただけだった。


結果として、俺は望むものを得た。復讐の場、師、そして予想外ではあったが信頼できる仲間と家族みたいなものを得た。


5年間、ゲリラとして活動した。とは言っても、所詮は子供、出来ることは限られていた。広報活動や海外へ向けての取材応対などが主な活動、他には偵察や侵入時のカモフラージュ役として、時には軍の施設に毒を流しに行ったこともある。


非道と言うなら非道な事もした、演技も覚えた、カメラの前でわざと泣きながら経験を語ったこともある。おかげで援助は増えたようだ。国を、奴らを殺すため、復讐のためならばなんと言う事もない。


そして5年、ゲリラはついに国を倒し新たな政府となった。王制から軍事独裁、そして再び別の軍事独裁へ。この後この国がどうなろうと、おれには関係は無い。ゲリラの首謀者、俺が最初に話したリーダー格の男の従兄弟にあたるらしいが、そいつがどんな政治をするのかと言う事にも興味は無い。もしかしたらもっと酷い国になるのかもしれない。


俺の目的は復讐だったんだ。


それが叶えば良い。




しかし、件の大統領は落ち延びた。


後々になって分かった事はたくさんある。ゲリラ内にいたほかの国の工作員の事や、あるいは敵側に潜伏していたゲリラのシンパや直接的な間者、何処の国がどう金を払い、物資を送り、あるいは売りつけ、媚を売ったり脅したり。


言い出せばきりが無い。結果として俺たちは最後の詰めでしくじった。


そして、俺、というよりも俺の師匠、フレデリック・バウマンはある依頼を請け負った。


逃亡した大統領の確保である。


元々傭兵であり、戦う事よりも教官として招かれていた師匠ではあったが、その能力は素晴しいものがあった。近接戦闘や破壊工作、そして何よりも追跡者として素晴しい技能を持っていた。


しかし、それでも、その彼をもってしても個人での依頼完遂は難しかった。かといって、ゲリラ上がりの奴らを連れて行くわけにも行かない。彼らは間違いなく勇敢な戦士で、能力もあるが、それはゲリラ戦に関してのみだ。長期間都会で潜伏し、調査し追跡する能力を持ち合わせていない。


そこで、師匠は昔から親交のあったPMP・民間軍事会社マーチング・コックテイルに任務の参加を依頼した。


紆余曲折はあり、俺が認められるのにも時間はかかったが、そこから3年。金をばら撒きながら、そして大国の影からの支援を受けた元大統領を、俺たちはようやく捉えた。


夜、作戦を固め、奴の潜む邸宅に静かに忍び込んだ。


そして。


目の前で師匠は、俺の親父になってくれた人は吹き飛んだ。




俺には、幾つか忘れられない事と、思い出せないことがある。


下衆を殺したときの事、師匠と会って弟子入りするときの事、ラッセル達とであって認められたとき、どれも良く覚えている。


父親の顔や声、初めて殺した少女の顔、自分が復讐を誓う前に何を考えていたのか、大事なはずなのに思い出せない。


俺と引き離される時に、泣きながら笑みを浮かべていた母の顔が忘れられない。自分も不安で、怖くて、愛する夫を失い、そして子供と引き裂かれる時に、それでも子供に笑顔を向けようとして無理に作ったその顔が忘れられない。せめてもと、俺に向かって笑顔を残してくれた。そのときの母の強さが忘れられない。


潜入する前の晩、最後だと言いながら、無理矢理に俺に酒を勧めて来た師匠の言葉が思い出せない。いやいやながらコップ半分だけ酒を飲んだ、当時は美味いとも思えなかったが、それを見て笑いながら師匠が何かを言っていた。しかし、内容が思い出せない。その次の日に、師匠は俺の所為で死んでしまった。


強かった母の最期を俺は知らない。母が愛し、俺を愛してくれた父を俺は憶えていない。師匠が最後に語ってくれたことは霞の向うにあって分からない。俺と言う人間が、本来はどう言った人間なのかも不明だ。


ただ、そう、ただ。


母の死を知ったときの怒りと殺意、復讐の意思と。


師匠の死を見ているだけだった俺の不甲斐無さと脱力、そして絶望。


それは今も俺の中で確かに存在する。


血垢にまみれた巨石のように、青白い焔のように在る。



引き続き明日も更新いたします。


感想やご報告などありましたらぜひお寄せください。

良い事も悪い事も、いただければ励みになります。


それでは、明日。

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