問い
風呂から上がり、軽く食事を取ったアルトはウィルキンズの店へと来ていた。町に来た初日から通っている屋台が今日は見当たらなかったので、屋台ではなくきちんと建てられた店に入ってみたが、中で交わされていた会話には苦笑をした。
ゲーデルは酷い言われようだ。仮にも封建社会、そして街の統治を担う者が此処まで悪し様に言われるとは。特に、今はレイトラントが病気で動けない状態だったのだ、ゲーデルは治世者の筆頭だろうに。
フランと言う町の独自性なのか、ゲーデルが常識を超えて無能なのか、あるいはアルトが最初に想定した以上の自立性と見識を一般市民が持っているのか。
そこまではまだアルトにも判らない。
そう思いながら店に入り、アルトは預けていた荷物と刀を受け取る。流石にこの背嚢と異質な武器である刀は目立つ。特に心配はしていないが、刀の目釘を外し茎と柄を確認する。背嚢の鍵を空け、動かした形跡が無いか確認する、明け口に判りにくいように貼ってあった封印用のシールと自分の髪も確認し問題が無い事を確かめる。
そのアルトにウィルキンズが酒を出しながら呟いた。少しばかり不本意そうに、ほんの少しばかり不本意そうに。
「少々、薬を効かせすぎなのでは?泣きながら部屋へ篭ったらしいですよ」
確認を済ませ、軽く頷いたアルトは酒に手を伸ばす。一息に半分ほど飲むと。
「美味い」と呟いた。
「風呂上りには堪らないでしょうね」
「そうですね。しかし、薬をと言うのは貴方の依頼だ。効きすぎたからと言われても…少し困りますね」
「少々自信をなくしましたよ。貴方と言う人間を見る私の眼にね」
「値は下がりましたか?」
ウィルキンズは笑って首を横に振る。
「いいえ、ただ」
「ただ?」
「もう少しお人好しかと思っていました」
その言葉にアルトは驚く。そして少しばかり笑った。
「初めて聞きますね。そうですか、お人好しですか。そうか…」
「中々厳しく、そして思ったより茶目っ気もある。それになかなかふてぶてしい。まさか、ゆったり風呂に入ってから来るとは思いませんでした。私の事をある程度信用していただけたようで。嬉しく思います」
その言葉にアルトは少し遠くを見る。
「そうですね。少し信用、と言うより言葉に流されたかもしれません」
「ほぅ?一体如何流されたのです?」
「彼女に対して、少しばかり八つ当たりになってしまったのかもしれません。はっきりとは覚えていませんが。彼女の服装の事で、貴方が言った事です」
「ふむ、たしか、憧れと言いましたかな。此方に対しての」
アルトは深く頷く。
「私は幾つか我慢できない事柄がありまして。一つは戦場を自分が選べない事。戦いと言う選択を自分と自分が信用する者以外から強いられる事です。
そして、戦場や戦いというものに憧れる者を嫌悪します。あんな物は、しかたなくその場に身を置いて抜け出せなくなった者以外が携るべきではありません。離れていられるなら一生離れているべきです。私はそう思う。本心からそう思う」
アルトの拳が自然に強く握られる。顔は伏せていてはっきりと見ては取れないが、その肩からその背からどす黒い気配が立ち昇る。怒りと憎しみと、悲しみがないまぜになって燃えている様に。
ウィルキンズは何も言わず、アルトの前でただ杯を磨いていた。
彼は、過去に正しくその憧れから戦いの道へ踏み入った。そして後悔し、今はそれを眺めながらもどこかでその憧れが燻っている。だからこそ、稚気に溢れるレーンの行動を単純に良い悪いでは言い表せなかった。むしろ、その単純でほのかな憧れを微笑ましくすら思った。
だが、目の前にいる青年はそれを憎んでいる。
深く深く、憎悪し、嫌悪し、そして悲しみ、忌んでいる、恨んでいる。
腑に落ちない思いだ。
ウィルキンズは、長年の経験からアルトが優秀な兵士である事を推察し、確信を持っている。そして、彼が戦いの場を欲していると考え、だからこそ自分との関係を持った。
傭兵と言う職業も、冒険者と言う職業も簡単なものではない。それぞれギルドに登録すれば、確かに戦場へは行けるし依頼もこなせる。そこから先は個人の資質しだい。
そう信じている者は多い。
が、違う。
当然資質は必要になってくるが、それは肉体的なものや技術的なものだけならば大した価値とは言えない。重要なのは主張と構築だ。
すでに場を持っている者に、いかに接近し、いかに信頼を得るか。そして、いかにそこから自分自身の場を作り上げていくか。その能力こそ重要視される。
縁故やゴマ擦り等と勘違いする者もいるかもしれないが、そんな者はあっと言う間に場に淘汰されてしまう。
彼はその場を、選ばれ、また選ばれるべき者達の戦場を望んでいる。ウィルキンズはそう考えていた。かつてウィルキンズがその場を離れた戦場へ、逃げ出し、何度も振り返りながらそれでも戻っていないその場所へ。
レーンに中途半端にこの世界を教えてしまったことも、半可に技能を教えたことも後悔していたからこそ、今回アルトに頼んだのだ。実際の戦場の空気を色濃く纏ったこの青年に脅されれば、考えを変えるだろうと。しかし、その思惑は予想外のものもウィルキンズへと齎した。
彼の考え方も少しばかり変えたのだ。
それが何かは彼自身も分かってはいないが、彼の感じるアルトへ対しての違和感はさらに大きなものに変わっていく。
ウィルキンズには分かりようも無いが、アルトは現在非常に不安定だ。
精神や思考は地球にいたときと変わってはいない。現代人特有の多量の情報や知識を持ちながら、この世界の常識には疎い。冷淡さや慎重な思考方法を持ちながら、長年の戦友を一気に失った事によって精神の均衡は崩れ、どこか人恋しさを感じさせる。肉体は20代、この世界の人間の感覚から言えば10代と言っても通用する若さなのに、その体が持つ技量や技術は老練を通り越して達人の域だ。
だからウィルキンズは思わず尋ねてしまった。
彼は後々このときの事を思い出しては赤面し、後悔し、また情けなさに自身を哂ったりもした。本来ならば、その場でウィルキンズがアルトから見放され、利用価値が無いと断じられてもおかしくなかったと。
ウィルキンズの問いはこうだ。
「どうやったら君のような人間が出来上がるのだろう?」
そう言った。
途端、自身の口を押さえ、驚きに目を丸くしながら冷たい汗をかくウィルキンズに返って来たのは予想外のものだった。
答えが、では無い。答えた事そのものが予想には無かった。
恐らくは、アルトのその不均衡さ、不安定さが最も強く出たのだろう。アルトは言葉を濁しながら幾つか自身の経歴を語った。
少し短めですが。
次回更新は未定でございます。微妙に忙しく過ごしております。
あと、間違いで友人から「ゲームセンターCX」のDVDを借りたところ、楽しすぎて、楽しすぎて。そんなこともありまして、進んでおりません。
わざわざSFC出してきて遊んだり、いやさ タノシー。
ではでは