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狂と情の二重螺旋

アルトは仮面をかぶると寝ている男の顔を見た。


少しばかり仮面の中で驚きを覚える。


その男は異相というに相応しい男だった。


背は高いだろう、と言うよりも長いと言った方が分かりやすい。病気のせいもあるのか酷く痩せており竹籤で出来た人間と言った体つきをしている。


しかしそれよりも印象的なのはその顔だ、太い眉、大きく節の立った鼻、異様なほどほりの深い顔には男らしい要素が詰まっている。厳しいと言っても良い。しかしその部品が顔の下半分だけに集中している。異様に額が広いと言うこともあるが、まるで子供が書いた絵のように顔の部品が下側に落ち込んでいるのだ。そして、さらに目を引く部位がある。


耳だ。


形や大きさと言う事ではない。存在しないのだ。


顔の両側には何も無い、短く刈り揃えられた髪の生えた頭部から下へと向かう輪郭には突起がない。


この耳無しこそがフランの町の教会の司祭、レイトラントその人だ。



ウィルキンズの依頼を受けてから、アルトは個人的に標的の情報を集めた。その動きは当然ウィルキンズも知る所となったが、それ自体には問題は無い。情報をほしがったと言うよりも、ウィルキンズに対して自分は慎重で更には多面的な行動もとりえる事を伝える意味が強いからだ。


しかし、集まった情報には少しばかりアルトも驚いた。


レイトラント。年齢は29で家名は名乗らない。家名がないわけではなく、名乗りたくないがゆえに普段は使っていないらしい。かつて王城に招かれた時や、教会の国首支部(国で一番大きな教会の意、多くの場合首都に存在する。ちなみに総本部は現在存在しない)へ招かれた時ですら名乗らなかったらしい。


王立学院を卒業しており専攻は薬学。一般家庭に常備薬を置くことを人生の目標にしているようだ。


そして、耳の件。


彼は亜人排斥運動や亜人差別を真っ向から批判しているのだが、教会は元々それらを助長してきた歴史がある。あくまで過去の事ではあるし、現在では保護を目的としており、亜人の司祭や教会幹部なども存在するわけだが、地方に住む亜人の中には教会に悪い印象をもっているものもいる。


その理由に関しては教会と呼ばれる集団が、ある時期を隔ててまったく別種の存在に変わったからなのだが、今はひとまずおいておく。


重要なのは少なくない数の亜人が、教会に不信感、あるいは普人に忌避感を持っているということだ。


少し話が変わるのだが、すでに滅んだ蛇人(ナーガ)魚人(メロウ)以外の亜人を含めて、小人(ホビット)森人(エルフ)窟人(ドワーフ)山窩(サンカ)ら諸種族には様々な特徴がある。蛇人(ナーガ)魚人(メロウ)は大きな変化である体表皮革の変化があった、簡単に言えば鱗が生えていたし足や下半身の形が違う。あまりにも違う見た目こそ彼らが滅んだ、滅ぼされた原因と言っても良い。


では、それ以外の種族の変化はどうか。細かく言えば体格の差異や寿命の長短、能力の差など数知れないが見た目自体は普人と大きな変化は無い。


しかし耳は違う。


小人(ホビット)森人(エルフ)は共通して耳が長く、森人(エルフ)の耳には先端に飾りのような長い毛が生えている。窟人(ドワーフ)の耳は大きく広く、他の種族と比べれば異常と言えるほど聴力に優れている。山窩(サンカ)は形こそは普人と同じだが、歳経ると副耳(ふくじ)と呼ばれる耳が増える。一般的には中年になると4耳に、殆どはそこまでだが、長命の者には6耳という者もいる。


耳と言うのは人種を判定する上で非常に分かりやすい部位なのだ。


レイトラントは自ら耳を削いだ。


ないのだから判断のしようも無いと言う理由だそうだが、狂気にも近い行動だとアルトは思った。


もっとも、その常識を超えた行動のせいなのか信奉者も多いらしい、恐らくは狂信に近い者いるだろう。また、怪異な風貌に反して、普段の行いや周囲に対しての言動は穏やからしく、教会に関係のあるものは勿論一般市民からの評価も高いようだ。その辺りが貴族との軋轢にも一躍買っているとは思うが。


総合すると、評価としては行き過ぎることもある正義漢、根っからの善人で国有数の薬師にして国内最上位に順ずる教会幹部となる。


まごう事なき重要人物だが、まさか自分の立てた誓いで本気で死に掛けている。と言うよりも、ウィルキンズが動きアルトが依頼を受けなければそのまま間違いなく死んでいたと言うのだから。


「話しにならない」


アルトは呟くとふわりとレイトラントの眠る寝台の上へ飛び乗った。


同時に口元を押さえ声を出せなくしつつ口の中へ薬を叩き込む。両足を使ってレイトラントの四肢を完全に押さえ込むと、空いた片手を軽く胸に押し当てた。


「うぅんぐっ!」


息を強制的に吐かされたレイトラントは眠りから無理矢理起こされた混乱と、与えられた衝撃への恐怖から暴れようとした。動こうと力を入れた瞬間、胸に置かれた手が再び力を込めてくる。わけも判らぬまま、レイトラントは薬を飲まされた。


「よく眠れた?教会の司祭さん」


アルトは例とランドへゆっくりと声を掛けた。


アルトの会話はパルムエイトで村長から物々交換で手に入れた品で成立している。何度か試したのだが、声色を変えてもそれが相手に伝わることは無いらしい。極端に流暢な機械音声音の様にやや平坦に喋り、声は本来のもので固定される。だからアルトはせめて放す速度と口調を変えて喋った。


「とは言っても、今の貴方は話せない。ふふ、ふふふ」


仮面の内からなのに、妙に澄んだ声で笑う。正しく言うならそう言った演技をするアルトを、見てレイトラントはさらに恐怖を覚えた。この辺り、アルトはうまい。


「貴方には縁もゆかりも無い者。そう、貴方の方からはまさにその通り。しかし、そう、しかし」


アルトは胸に置いた手にさらに力を込める。病気で痩せ衰えたレイトラントの胸骨が軋み、再び深く息を吐く、いや搾り出される。


「此方からは違うのですよ、司祭さん。私は貴方に幾つか恨みがありましてね、よく聞いてもらいたいと思っているんです」


恨みと聞いて驚愕に顔を歪めるレイトラントにアルトは反応して再び笑う。


「くくく、驚かれたようで。そうですね、まさに善人、正義の人の貴方からすれば何のことやら分からないでしょう。しかし、正義や善意からの行動が人に害を与える場合は多々あるのですよ。私はその被害者の一人と言うわけだ」


胸に置かれた手が緩み再び押され、また緩み更に押される。呼吸すらも侭ならず、ただただ言葉に耳を傾ける他レイトラントに成す術はなかった。


「貴方の行いが、一人の人間を本人の意思とは無関係に戦いへと向かわせました。貴方が守ろうと考えていた山窩(サンカ)の青年の一人ですがね。彼は、恐らくは洗脳を受け一人の冒険者を殺しました。殺したかったとは思いませんが、事実として殺害を果たし、その冒険者と入れ替わりました。そして、彼は私に襲い掛かり、私は彼を殺した。二人が死亡、私のほかにも数名が怪我、それなりの被害ですね」


ただでさえ悪かった顔色を、さらに悪くする。興奮の所為か恐怖の所為か、もとは土気色だった顔色は青くなり赤くなり、今はどす黒い。


「貴方がね、義を通すのも、あるいは誓いを掛けるのも、信念に殉ずるのもね、私には如何だっていい。何処で人が死のうが関係は無いんです、本当はね。


でも、私は戦いの場を選ぶ。


殺すも殺されるもいい。奪うも奪われるも。損なうのも、あるいは失うのも失わせるのも構わない。


だがね、それは自分で選んだ戦いの中ならばだ。だから私は、貴方を恨むよ司祭。


よくも下らない戦いに巻き込んでくれたな司祭」


口調は変わらずゆったりと、しかし体から出る殺気の桁と質が違う。相手を磨り潰し押し潰し、切裂くそんな殺気を浴びれば戦いの素人でも、いや戦いの素人だからこそそう長くは耐えられない。


その時、ちょうどレーンが扉を叩き、中へと入る。そして、悲鳴を上げようとした時に。

 

カカカカッ。


そう音を立てて、針金がレーンの周囲に突き立った。レーンは悲鳴を上げれずただ息を飲んだ。


「喋るな、騒ぐな、そのまま震えていろ」


言われた事とは違う状況に、レーンは歯の根も合わないほどただ震え、押し黙った。


「さぁ、司祭。心優しいあなたに此処でお勉強だ。今からお前に毒をやる。自分で飲めば、そこの女は助けてやろう。さぁ、どうする?」


その言葉に、レイトラントはアルトが現れてから初めて意志を瞳にはっきりと宿らせた、そして、迷い無く頷く。


「そうか、飲むか。


しかし、それではあの女は不幸になるかもしれないぞ。


町でも有名で、人気のある司祭様が自ら死ぬ原因を作った女。そう周囲から言われ続ける人生。


不幸だな、とてもとても不幸だ。その将来を彼女に押し付けるのか?また、お前個人の勝手な正義と善意で人を不幸にするか?懲りない奴だ」


勝手な言い様で、現状に関して言えば悪いのはアルトなのだが、状況を完全に支配されているレイトラントは頭が回らない。ただ、衝撃を受けている。


「お前の意志や行動、信念、理想、信仰、教義、言い方は何でもいい。それらは十分に他者に影響を与えるという事だ。私はそれに巻き込まれ、そして彼女も巻き込まれた。全ての原因はお前?


違う。


しかし、始まりは貴方だ、司祭。


人が死んだ、傷ついた。冒険者が、ただの村人が、たまたま訪れた町娘が、そして私のような者も。巻き込まれたのだ、貴方の行動に。


さぁ、責任が取れるのかい?」


レーンが動こうとすると、アルトは再び針金を投げる。刺さった所で、余程の急所に刺さらない限り死ぬ事などは無いが、恐怖は別だ。レーンの両眼からは絶え間なく、そして音も無く涙が流れている。美少女が静かに零す涙は、多くの人の心を狂おしく締め付けるだろう。アルトとて例外ではないが、手は抜かない。


「少なくとも、私は許さない。


敵を選ぶのは自分自身だ。


戦場を選ぶのも、死地を選ぶのも、戦いを選択するのも自分自身で。


数少ない自分のこだわりを曲げられるのは我慢が出来ない。しかも、敵でもない人間を敵にさせたのは貴方だ、司祭。よくよく深く考えろ。


いいか、お前には死んで逃げるなんて許さない。


ゆっくり生きて、十分悩め」


アルトは静かに胸に置いた手を振りかぶると、頚動脈を軽く締めてレイトラントを気絶させた。そして、かねて用意してあった布袋をレイトラントの額に乗せると、軽く小刀で引き裂いた。


赤い液体が辺りに散る。


ああぁぁぁああぁぁぁあぁーーー!!


その光景にレーンは高く悲鳴を上げ、アルトはその横をすり抜けた。


「どうだ?怖かっただろう」


そう一声かけて、放心したレーンを残し、アルトは教会の中を駆けた。顔は仮面で隠し、ゆったりとした服で体形を隠し、わざと目立つように笑い声を上げて疾駆する。


異変に気付いた警備の人員が追い駆けるのを、さらりとかわして視界から消える。


夕刻、その不審者の着ていたであろう服が、教会の警備人員によって町を統御するゲーラル侯爵の館の壁に打ち付けられた状態で発見された。あまりにもあからさまな行為で、彼に疑惑がかかる事は無かったが、彼と司祭の対立を知る者は大いにそれを見て笑った。


話を聞いたゲーラル侯爵は、何時ぞや以上に顔を赤くして怒り狂った。


その頃アルトは、一汗流しつつ心を落ち着ける意味もあって風呂に入っていた。サウナに近い半蒸し風呂に何度も入りなおしながら、ゆったりとしている。気にしなくてはならない荷物はウィルキンズに預けているので、今日は安心だった。アルトは思う存分、その時間を満喫した。




引き続き、アルトさん怖いターン。


以上。


レイトラントさんは…今後出るんだろうか?前作読んでる人には…一応フラグが。

(あのフラグが入れ替わってレイトラントさんへの道。の予定。)()内がおかしかった、入れ替わってではなく追加されてレイトラントさんへの道、が正しい。説明してて気がついた。前作の更に改訂前の状態にかすかにあったフラグを再び導入。


読んでいただきありがとうございます。

次の更新は未定ですが、今週中には。もう少し手直しをせねば。

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