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契約と理解


「それで、何をしろと?話を聞かせたと言う事は、俺に何か依頼があるということですよね」


「別に貴族を殺して来いとは言いませんよ」


「そのほうが楽かもしれませんがね」


アルトは如何でも良さそうに応える。殺す以上は標的にかわりないとでも言いたげだ。


「あれはあれで分かりやすい馬鹿貴族ですから…まだ色々と。それに、偽ガーリーの事を調べる上でも生きていてもらった方がよろしいので」


「まぁ、今後変な火の粉が降りかからないのなら俺は構いませんがね。俺は誰かの廃滅(はいめつ)を望むでなく塵戮(じんりく)を望むでなく……まぁ、そんなところですから」


仄暗い焔がアルトの目に浮かぶ、その焔はウィルキンズの目にも薄く燃えている。横でそれを見ていたレーンは、二人の顔に未だ笑みが浮かんでいるのを見て背筋に冷たい汗をかいた。先ほどまでだらだらと喋っていた二人とは違う。大きな崖の向うを見てしまったような感覚、覗いてはいけない谷間を垣間見た事にただただレーンは恐怖していた。


「それは重畳。人間進むためにでも進んだほうがよろしいですからな。無論、最低限身は守らなければなりませんが」


「ですね」


「さて、単刀直入に言いましょうか」


「ぜひ」


コホンと一つ咳払いをすると、ウィルキンズは一息に言った。


「貴族が台頭するのも面倒ですが、何よりも彼が死んでしまうのは心苦しい。彼の誓い等は知った事ではございません。貴方には彼の寝所に忍び込み、無理矢理薬を飲ませていただきたい。報酬は8000ガラン、勿論牙の代金は別で」


「薬の加工代は?」


「勿論此方が」


「支援は?」


「案内をつけます」


「幾つか用意して欲しい物が」


「何なりと」


「決行日は?」


「薬が出来次第」


「最後に…牙の代金を含めた全ての報酬は」


「20000ガラン」


拍手が響く。大して大きい音でもないのに、空間が震えるような重くゆっくりとした拍手だった。


「了解した。任務を了解した。全て了承…全て了承」


「嬉しそうですな」


「殺さずに殺される可能性のある任務。初めての経験です。それがなにやら喜ばしい、なにやら素晴しい」


二人の笑い声が響く中、レーンはひたすらに肩を震わせていた。生半可な好奇心で今この場にいることを徹頭徹尾後悔している。あの時指示に従ってそのまま離れていればよかった、心の底からそう思う。


「そうでした。用意してほしいものは三つ。貴方の身長の半分ほどの針金を十本と革紐を十本、どちらも細い物を。つや消しの灰色に塗った面と同じ色の服を上下一揃い。靴などは要りません」


「分かりました。用意しておきましょう」


「案内が中までついてくるのなら服は要らないから面だけ二つ用意しておいて欲しい」


「そのように」


アルトは背嚢を持ち上げると、素早く牙を二本取り出す。布に包まれた牙は一対ごとに包まれているので、それを一つ取り出してカウンターに置いた。


「とりあえずは半分だけ。残りの引渡しは依頼後にしますよ。全部纏めて引き取って下さい」


「分かりました。薬が精製できるのは明後日です、昼過ぎにおこしください」


「了解しました。それでは」


「お待ちしていますよ」


「ああ、掃除をしますので明日の昼までには話を通して置いて下さい。その時までに出来なかったら、しょうがないと言う事で」


「朝からでもよろしゅうございますよ」


「分かりました」


カウンターに銀貨を置くとアルトは店を出る。その途端にレーンは深く息をついて椅子から滑るようにずり落ちた。


「はしたないですよ」


ウィルキンズに何を言われようと、勝手におびえていたレーンからすればやっと一息ついたのだ。力も抜け切るというものだろう。



アルトが去った酒場にはレーンとウィルキンズだけが残っている。漸く元気を取り戻したレーンは、ウィルキンズにあれこれと質問をしていた。


「あの人凄いね。怖かったぁ」


ジュルジュルと、行儀悪く出されたジュースを飲みながらレーンは言う。それにウィルキンズは杯を布で拭きながら応えた。


「怖い…そうですか。貴方はやはりまだまだですね。あれほど優しい男はそうは居ませんよ」


「どこがぁ!?」


思いもよらぬとばかりにレーンは返す。


「彼は様々な人を突き放しています。あるいは境界を作ろうとしているのですよ。結界と言っても良いかも知れませんねぇ。近づくな、傷つくぞと言っているわけです」


「それって優しくないんじゃないの?」


「彼は務めに誇りがあるからではないでしょうか?まぁ、一流と言う事ですよ。彼は、彼自身がどれだけ冷酷なまねが出来るか良く知っているのです。そして、それを悲しんでも居る。しかし、それを枉げはしないのですよ、彼は玄人ですからね」


「何かおかしいよ、それって」


ブゥーと頬を膨らませて、反感を表すレーンを見てウィルキンズは笑う。


「あの時、貴方が見つかった時、貴方は恐れ戦いていました。殺気を感じていたのでしょう?」


「殺されるって思ったよ!!酷いよあれは」


ウィルキンズはゆっくりと首を横に振った。


「後ろから見ていた私には、悲哀の慟哭に見えましたよ。女子供を脅したくはないと言うね。でも、だからこそ彼は本気で脅したのでしょう、実力行使にでなくても済むように。貴方が恐れて引くように」


「分かんない」


「彼は本職と言うことですよ。間違いなく一流の、いえ特級のでしょうか?レーン…貴方が今まで見てきた冒険者や傭兵の中に、礼儀正しく大人しい人たちはいましたか?駆け出しは抜いて考えてみて下さい」


軽く視線を中に漂わせ、レーンは応える。


「いない…かな?だって、冒険者の中にならともかく傭兵なんて荒くればっかりじゃん。冒険者では……アリシアさんくらい?現役じゃないって言ってたけど」


「その程度でしょうね。ですがレーン、本当の一流や特級の戦士とは物静かなのですよ。破壊者や殺戮者と言うならば話は変わってきますが」


「どう言う事?」


「彼らは金剛石のように強堅な精神と、薄霧のように儚い精神を併せ持ちます。意志は固く、ただし慎重に、臨機応変に確実に結果を残す。


彼らは自身の力を知っていますから無駄に相手を怒らせたり傷つけたりしません。殺す時は一瞬で、壊す時も一瞬で。


同時に、自身の弱さも知っています、人間の脆さも熟知しています。死ぬ時も一瞬で、破滅も一瞬で。


そして、他者にも自分を一瞬で殺せる相手がいることを知っています。自分より弱くても、相手が格下であっても死を招くことは出来ると知っています。だからこそ、無用な争いを避けるため、無駄な消費を避けるため、彼らは礼儀正しく大人しい。


別に精神が錬れているとかではないのですよ。何処までも冷酷で実利的な思考方法から成り立った行動なのです」


「よく分かんない」


「彼も本来はその階級にいる人間でしょう。しかし、貴方を守るため、彼の言う所での、敵になってしまいかねない人間を造る危険を冒してまで貴方に警告を出したのです。優しいと言ったのはそういう事です」


レーンはゆっくりとさっきの事を考え直すと、それでも考えが纏まらないのか数度首を振って言った。


「やっぱり分からないよ」


「そうでしょう。私も分かりません。なぜ彼はああなったのか、そう育ったのか、あのように出来上がったのか。とても興味深いですね」


「伯父さん、目が笑ってないよ。悪い顔になってるよ」


そう言われ、ウィルキンズはフフッと軽く笑って見せてレーンに言った。


「さぁ、今日はもう帰りなさい。イーシャさんが心配する。姪だからと言って嫁入り前の娘がそう大っぴらに出入りする所でもないのですから。さぁ、お帰りなさい」


「はーい」


レーンはピョコンと軽い音を立てて椅子から飛び上がると、裏口から出て行った。しかし、顔だけを店の中に戻し尋ねた。


「ねぇー伯父さん。やっぱりさっき言ってた司祭様への案内って私?」


「おや、自分からやると言うのならお駄賃は要りませんかね?」


「ええぇー。ただでさえ私司祭様苦手なのに……大目に頂戴よぉ」


「はいはい」


「はいは一回でしょー。いっつも私に言ってるじゃん」


「はい、多めにね」


「よろしい」


にっこりと笑うと、レーンは今度こそ店を出た。とびらが激しく音を立てて閉まる。


「やれやれ、もう18だと言うのに。しかし」


(本当にどうやったらあんなふうに人間は出来上がるのでしょうか。試練か絶望か、恐怖、悲哀、一体何が原因なのでしょうか?彼は確かに素晴しい、素晴しいと間違いなく言える能力を持っている。しかし、物悲しさも感じてしまう。弱さ。儚さ。そう言ったもろもろの負の印象を受ける)


「愛すべき人を失ったと言うところでしょうか…男女ではなさそうですね。仲間……あるいは師。それもごく最近に。今の彼は強さと同時に儚さを、人を遠ざけようとする意志とは裏腹に人恋しさを。人を愛したいと思っている節が見受けられますね。喪失からの穴埋めができていない…あるいは」


喪失と言う言葉がウィルキンズの胸にも刺さる。


はるか昔に刺さった棘や、今なお深く刺さる悲哀の痛みは彼の胸にもある。


「まったく。どうやればあの歳であのような人間になれるのか?人になれるのか?」



暗くなった道を気配を消しながらテクテクと歩きながらレーンは呟いた。


「伯父さん、何で纏めて20000ガランなんて言ったんだろ?あの人だって相場を調べていたなら牙から造れる薬の代金だけでもその位にはなるって知っていたはずなのに。何時も、借りは作っちゃいけない。貸しなら幾らでも作っていいって言ってるのに。


分かんない」



次は明後日になります。

読んでいただきありがとうございます。


改訂していて思ったのですが、ボツになったキャラクターを今度こそ活かそうと思うと話が進みません。まぁ、フラン編は後二人ほどなのでここからはもう少しまともに進みますが。


王都から新体制樹立についての部分では・・・

本来の予定だと、30話で王都編に片がついているはずなのですが…無理ですな。

多分36話くらいに先伸ばされます。

あと、私はどうも武人的な人格が好きではないようです。戦を書くのにそれはどないなものかとも思いますが。女で武人なキャラとかを普通に書いてらっしゃる方々を見ると感心します。女キャラも苦手なので。

まぁ、可愛い女の子とかって苦手なんですよね。

現実でも設定でも。


愚痴でしたー。

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