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決断


いきなり名前を言われ、相手を威嚇し、今後の話を有利に持ち込もうと殺気を発したアルトだったが、その殺気はあっさりと流された。店の主人の顔には温和な笑みが張り付いたままだ。


「まぁまぁ、落ち着いてください。種を明かせば簡単な事でございます。貴方がこの街で情報を仕入れようとしたように、私もこの街である情報を得ようと網を張っていたのです。そこに貴方がかかった。良くある事ではございませんか?」


「確かに、俺の迂闊だな。しかし、ギルド以外でこの街では名前を名乗っていない。ギルドから情報を流れ出させる伝手を持っているというのは、手強い」


「いえいえ、貴方を最初に捕捉したのはパルムエイトに置いてです。もっとも、直接ではありませんがね」


「より恐ろしいんだが…」


「お褒めに預かり嬉しく思いますよ」


主人はホッホと笑う。しかし、嫌らしい雰囲気は無い、快闊で柔らかな笑みだ。あえて言えば、老教師が生徒に向けて見せる笑みと言うのが近い印象だろうか。


「では、俺が何を探していたのかも大体掴んでいるというわけか。解答を頂戴できるかな?」


「おやおや、思ったよりも早い降参ですな。もう少し、カマをかけてくるかと思いましたが…」


「あいにくと、先達には敵わない場合が多いということを思い知らされていてね。まぁ、身の回りに素晴しい教師陣がついていた所為なんだが…貴方からは、彼らと同じ匂いがするよ。敵にはなってほしくない、そう思う」


「敵にしたくない…ではないのですか?」


アルトは杯を干して、もう一杯を催促する。主人は笑いながら酒を注ぐと、指を鳴らした。気配からして、今日は閉店の札を掛けにいったのだろう、若い者の気配が動く。


「善人も悪人も、そして敵も、全ては第三者の意思で成立する。個人的な意見だが、貴方が俺にとって善人になるのも悪人になるのも、そして敵になるのも、貴方が決める事だ。俺に決定権は無い」


「味方…と言う言葉は出ないのですね」


「それは唯一俺が持つ決定権だからね。どんな悪人であれ、善人であれ、味方と認めるのは俺だ、仲間と認めるのも俺。そう言った意味では、善人悪人は対義語だが、敵味方は対義語として成立していないのかもしれない」


「なるほど、面白い意見ですな。ならば、私は出来る限り貴方にとっての善人であろうと思いますよ。味方になるかどうかは、私と貴方で決める事ですからね。双方の合意を待ちましょう」


「どうも、ご丁寧に」


アルトは頭を下げ。


「いえいえ」


主人も頭を下げた。


「まずは名乗っておきましょうか。私はウィルキンズ、この酒場葉の舞う十字の主人、ウィルキンズでございます。家名はございません」


「それでは、ご存知のようだが改めて…アルト・ヒイラギ・バウマン。アルトとお呼び下さい」


「ご丁寧に、どうも。さて、貴方も悠長な話はお嫌いでしょうから、端的に私の望んでいるものを言いましょう」


「ガルム…ですよね」


「はい。正しく言うならば、百日熱の薬。それを求めています」


アルトはカウンターの板を、指でコツコツと叩きながら考えをまとめていく。分かりやすく、他人に自分は考え事をしているという演技でもあるが、実際に考えている時の癖でもある。


「ガーリー…俺をパルムエイトの段階で補足していたという事を考えると、貴方方は彼についていた。しかし、薬を直接求めているというのなら、ガーリーと名乗っていたあの男が貴方の味方とは思えない。


……………


出し抜かれた?」


「ご名答。もっとも、ガーリーが私の依頼を受けていたことに間違いはありません。しかし、ガーリーと名乗っていた、貴方の知る男は私にとっての敵になります。彼自身が私に敵対し、私の仲間に害を与えようとしました」


アルトは背嚢から、偽ガーリーの持っていた依頼の紹介状を取り出す。依頼内容はガルムの駆除、もしくは捕獲。依頼等級はC級、依頼発行はフラン冒険者ギルドとなっている。


「この依頼を、貴方の側のガーリーが受けた。冒険者としての等級は分からないが、少なくともガルムを倒せるだけの腕は持っていたんだろうが、しかし」


「途中で襲われ、紹介状を含めて奪われました。幸いといいますか、彼は途中で仲間と合流する予定でした、連絡が着かなくなったガーリーの事を不審に思い。彼の事が知れたわけです。おかげで、最悪の事態は免れましたが」


「横から跳び入った俺が、欲しい物を攫ってしまったわけか」


「然様でございます」


アルトは不思議そうに顎に手を当てると、目を閉じゆっくりと手を広げる。そして、何かに気がついたように一回二回と頷くと、ウィルキンズへと尋ねた。


「俺には、貴方が出し抜かれたと言うのがどうにも信じられない。あくまでも勘にしか過ぎないが、貴方には勝てる気がしない。そんな貴方が出し抜かれた…そこに疑問と違和感を感じるのですよ。それと」


「何でございましょうか?」


アルトはカウンターの後ろに置かれている、二股に分かれた金属の棒を指差した。銅か何か分からないが、赤みがかった色の金属にあまり上等とはいえない飾り彫りが彫られている。


「すいませんが、それ見せてもらえます?」


「ええ、どうぞ」


アルトは手に取ったその棒の重さを確かめ、軽く指で小突いてみせる。


「高い物ではないようですが、何か大事な物ですか?」


「いえ、甕の蓋紙を締め直すために使っておりますので」


「では」


アルトの手が霞むと、持っていた棒が空気を切裂いて背後に飛び、カッと言う音を立てて壁に衝き立った。同時に。


「ひっぅ!!」


と言う甲高い声も漏れる。


「ウィルキンズさん。あれはご存知でしたか?」


「いえ、気が付いていませんでしたよ。失礼な事をしてしまいましたね」


淡々と話す二人は、にこやかとも言える様に見えるが、首を壁に縫い付けられたほうからしてみれば、堪ったものではない。


ブルブルと震える手で、棒を引き抜いた踊り子は、ゆらゆらと震える足でゆっくりと二人のほうへと歩いてきた。顔面は蒼白、緊張と興奮で唇を咬んでいるのだろう、そこだけは紅くなっている。


「な、な、な・・・」


踊り子が手に持った棒を、アルトはさらりと受け取ると、それをウィルキンズへと返した。


「どうも」


「お手数でしたな」


「壁に傷を付けてしまいました。お代を」


「御気になさらず」


「どうも」


「如何です、もう一杯」とばかりに出された酒に、感謝の言葉を述べてアルトは杯に残った酒を飲み干した。棒はウィルキンズが元あった場所にそっと戻し、頭から湯気を出しそうなほどに怒気を発している踊り子以外は先ほどまでと変わらない光景へと戻った。


勿論、それに納得がいかない者もいる。


「何なのよぉぉ!!」


激昂した踊り子は、先ほどまで真っ青だった顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「何なの!って言うか、何!?何でそんなに平然としてるのよ!!今、今あんた、私を殺そうとしたでしょ!」


「死んでないじゃないか」


「死んでませんね。傷も付いておりませんよ」


穏やかに返す二人に、踊り子の怒りは天を衝き、口の奥からはキリキリと歯軋りの音が聞こえてくる。顔色は、赤を通り越して、黒っぽくすらなっている。


「大体!何で私の場所が分かったのよ!!今まで、ばれた事なんてないのに」


「何と無く。としか言えないかな?」


「な!!何と無くで、あんな物を投げつけたの?………え…本気で?」


「ああ」


「死んじゃったらどうするのよぉ!!」


今までに無く激しい怒声に、流石に煩く思ったのかアルトは顔を顰める。


「別に、場所も何と無くでわかったわけじゃない。お前の居る位置ははっきりと分かっていたし、体格や姿勢等も分かった上で投げた。それに」


「それに何よ!?」


その時、アルトの顔から笑みが消え、寒々として深く沈殿した泥の様な冷気を帯びた視線が踊り子を貫いた。


「わざと人払いまでして話している事を、隠れて聞こうとしたのだろう?殺された所で何の疑問がある?冗談で済ましてやったんだ、感謝してもらっても良いと思うが……どうだ」


「ぁ……あぁ……」


殺気に押され、掠れた声しか出せなくなった踊り子の顔は、再び蒼白へと戻っていた。


「アルトさん、すいませんね。その娘は、レーンは少しばかりバカで、無鉄砲で、気分屋で、お調子者で、礼儀知らずで、偏食で、悋気で、他人に厳しく、自分に甘く、敬意をはらわず、無学で、最近体の成長に悩んで居たりしますが。まぁ、悪い子では…ないのでは…なくもない…ような気も、しなくもないと言った所なのでしょうか?」


「少しをそこまで並べられると、言葉の意味が変わったのかと、少しばかり不安になりますが…最後は疑問になっていますし」


アルトが力を抜いた瞬間、レーンと呼ばれた踊り子は、へなへなと足元へと崩れ、へたり込んだ。全身に粘つくような冷たい汗をびっしりとかいている。喉はカラカラで焼けたように痛みを感じているし、脳の奥底に冷やされた鉛が流し込まれたように重苦しい。


運良く用を足した後でなければ、恥ずかしい物を漏らしていたかもしれない。


「やれやれ、と言った所でしょうか?私は聞かれても構いませんが、そちらは如何です?」


「そうですね。先ほども言った様に、心配な娘ではありますが。貴方にお灸も据えていただきましたし、大丈夫でしょう。今後に如何こう出来る話でもありませんし」


「では、放っておきましょうか」


「それでよろしければ」


「あの娘はそれで良し、ですが。此方に少々問題が」


「何です?」


アルトは椅子に座りなおすと、頭をかいて応えた。


「俺は、まぁ、さっきも見ていただいたとおり、実働と言うならばそれなりに自信もありますが…貴方と交渉で渡り合える自信はありません」


「先ほども仰られていましたね。敵になっては欲しくないと」


「ええ…そこで、貴方にお尋ねしたい」


「なんでしょうか?」


「私はこの件から、手を完全に引いたほうが良いでしょうか?それとも、関わったほうが良いでしょうか?」


その言葉を聞いたウィルキンズは、驚いたように目を大きく開いた。口からは思わず声が出る。


「ほぉ。いえ、失礼。どう言った御心算(つも)りです?」


「さっき言った事ですよ。貴方には勝てる気がしない。これが作戦の中なのであれば、勝てないとは言わず何か方策を立てますが…今は個人で動いています。義理も何もありません。事件に関わった結果として、貴方を出し抜いたような相手と当るのなら、私は手を引きます。ガルムの牙は貴方に渡しましょう。御代は、まぁ、常識的な範囲で頂きますが…それだけです。なんなら街を出ても良い」


「意地や興味はありませんかな?」


「そう言ったものは、余裕のある人間が追えば良い事だと思いますよ。私にも、譲れない部分はありますが、今回の事についてはそれに当てはまりません」


「何故です?」


「私は職業として戦士を選んだわけではありませんが、生き方として戦士になるように教育されたからですよ。戦場以外の場所で死ぬのは不本意です。少なくとも、情報と取引の戦場は私の居場所ではありません」


「では、貴方の居場所とは?」


アルトは、顔に深いしわを刻んで笑みを作った。獰猛な笑い顔とも、苦痛に歪む顔とも見える。その顔のまま、吐き捨てるようにアルトは言った。


「人の血が流れ、命が終わる場所です」



読んで下さってありがとうございます。


アルトくんネガティブターン。


という訳でもないのですが、前回の事もあってそれなりに落ち込んでます。精神的に弱いぞ、打たれ弱いぞアルト。


さてさて、次の話分は書けたのですが。ちょっと悩んでいまして、次の更新は一週間近く空くかもしれません。(話のストックは前々話で切れておりまして、他にもも整合の為に手を入れたりしたので遅くなっております)


最低限、一日以上時間を空けてから書いた物を読み返し、誤字や脱字を出来る限り確認し、あるいは書き直し、書き直したらまた一日以上空けて確認して、掲載。


こんな流れで載せております。(それでも誤字は消し切れませんが)

読んで下さっている奇特な方々のためにも、もう少し早いペースで書けたらとは思いますが、厳しゅうございます。如何かお許しを。


それでは、次もよろしくお願いいたします。

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