暑い光の日{下}
第二話でございます。
本日はもう一話上げる様になっております。
文体診断ロゴーンに掛けた所、一二三話それぞれ予想外の結果で驚きました。しかしながら一致指数ワーストは常に岡倉天心先生です。ベストの方は毎回変わるのになぜなのでしょう?
「不愉快だ、不愉快だぜダール。超問題だ!」
頭を掻き掻きラッセルは口汚く罵る。普段は温厚で女学生から小父様と呼ばれているロマンスグレイの影は欠片も無い、この辺りの二面性は生まれが悪いのか普段の猫被りがすごいのか意見の分かれるところだ。
ラッセル達一行は、イエリンの飛行場に降り着いて道無き道を20km、漸く大統領たちの潜伏している旧王制時代のさらに前、フランス植民地時代の物資保管庫跡地へ到着した。
しかし、そこで見たものは予定とはかけ離れた現実だった。
「人数も違うし、予定されていた足も無ぇ。おまけに大荷物だ、あの筋肉達磨どもに御輿でも担がせるつもりかあの欲呆け爺は」
当初の予定では、航空写真によって確認できた川のあとをラリー仕様のウニモグで移動する予定だった。しかし、そんな物は影も形も無く、在るのはラッセル達がここまで乗ってきたジープが3台、他には不整地を走ればへし折れそうなリムジンだけだ。
予定されていた少数名の護衛は、多くとも4人までには抑えさせると言う話だったが12人も居る。しかも、女が2人と子供が1人追加されている。明らかに愛人と思われる女2人と稚児の子供が1人だ。
どうやら大統領の爺さんは両刀使いで女も男もいけるらしい。
極めつけはその荷物だ、わけの判らないコンテナややたらとでかい旅行かばん宝石などは勿論美術品などまで持ち込んでいるようだ。
そして一番の問題は、大統領その人が居る事だ。
本来ならば、ラッセル達が国外にいる間から目立ち監視の目をひきつけて入国する、そして使用した輸送機にこっそりと大統領たちが乗り込み隣国へ移動すると言う計画だった。
まさか警戒していた連中が乗り捨てた輸送機がそのまま使用されるとは中々思わない。
経験のある者こそ騙されるような妙手だと思っていたが、蓋を開けて吃驚と言う訳だ。本物が流した噂のとおりに目の前にいて冷えた酒を飲んでいる。
依頼先は大統領とは別な上に表面に出すことが出来ない契約だ、これは大統領に対してもで、彼は間違いなく知っているだろうがラッセル達からその名前を出す事はできない。
この場において手詰まりの状況に近い。
「ケツの座りが悪い所の話じゃねぇぜ。どう言う事だ、アンクルサムが俺たちを騙して何の得が有る?あの爺の身柄だけはどうしても確保したいんじゃなかったのか」
「裏を取るか?契約からは違反するが」
ダールの問いは現状酷く魅力的な案だ、しかしながら今後間違いなく業界で飯が食えなくなる。
「契約違反はお互い様でもあっちは業界最大手こっちは掃いて捨てるほど有る小集団だ。マイノリティーなんてもんじゃねぇ、蚤は象には逆らえない」
干されるとかならまだしも、戦場でまったく敵の居ない方向から誤爆の末死亡なんて事に。そう言った話が簡単に想像できる。あるいはお日様が昇ったら冷たくなっていましたと言う想像でも可だ。
「しかし、如何する?足も無い情報も無い、無い無い尽くしだぞ」
その言葉はラッセルが一番よく分かっている、小なりとは言え組織の長。責任がある。
「アルト、ベンス、ちょっと来てくれ」
インターコムで二人を呼び出したラッセルは、意図の見えない笑みを見せた。
「あいつの好きなことわざなら、鬼が出るか蛇が出るかと言うところか」
「どっちも出ては欲しくないね」
ラッセルは葉巻を噛み千切ると、口の中に残った葉ごと唾を吐き出した。足元で葉巻の火を踏み潰す。
「同感だね」
現れた二人に対してラッセルはそれぞれ指示を出した。アルトに対しては大統領の持ち込んだ物品の確認、ベンスに対しては大統領へ向けて今後の予定の説明。
特にベンスに対しては話を聞いた時の大統領や取り巻きの動向をつぶさに観察しろと伝えた。言ってしまえばスパイなわけだが、この辺りは勘の鋭いベンスの十八番だ。
ダールは危険を覚悟の上で個人的な伝手を使って情報を集める。もっとも、その情報は現状に対して有効なものではなく、後日立場が悪くなった時のための布石だ。苦しいが雇い主に言い訳の出来る範囲での行動でしかない。
ラッセルは最悪拷問も辞さない覚悟で取り巻きのうちの一人から引き出せるだけ情報を引き出すつもりだ。最悪の場合は、情報だけ得て殺す所まで考慮してある。
「いいか、現状は確かに問題だらけだが仕事は仕事だ、方向性としてはあの大統領を隣の国まで運び込むのが目的だ。何時ぞやの様にぶち壊して後は知らんと言う事はできないからな」
何しろ相手が悪すぎる。世界の警察、国連の総意を自任するちょっと行き過ぎたナショナリズム溢れるお国を敵には回せない。
回したが最後テロリストのお仲間にされてしまう。それはラッセル達のもっとも嫌いな奴らと同列に扱われる事だ、自尊心が許さない。
テロリストと言う言葉が出たので幾つか説明を入れよう。
テロリストなどの異端を含め民兵や傭兵、更には正規軍所属の者まで兵士と言うカテゴリーには多くの人間が存在する。しかし、彼らを資質や技能などで見てみるとその分類はそう多くない。
特にそれは心構えの面で顕著だ。
最も多くそして促成しやすいのが信仰を植えつけるタイプだ。宗教、あるいは愛国心、程度の差はあれ自分の命を他の誰かに預けさせる事によって戦士に仕立て上げる方法はとても多い。多くのテロリスト達もここに分類される。
もっともこれの問題は士官以上の者が育ちにくい所だ。自立的な判断や思考すらも上位者に、つまり神や国家指導者あるいは直接の上官に預けてしまうため判断力が育成されない。
次ぎに英雄的な人格と言える者だ。数は非常に少ないが時折現れる上の狂信タイプの進化系とでも言おうか、自分の信仰の中で自分の価値が高くなったときに生まれやすい。
宗教の守り手や国家の守護者あるいは敵に天罰を与える者、言い方はそれぞれの信仰に殉ずるだろうが内容は変わらない。敵から見たときの殺戮者が仲間の中で祭り上げられた結果生まれる。
士官以上になれる場合もあるが、派手な戦闘等を選びやすく実利よりも見栄や体裁やしきたりを重視する結果、兵を無駄に死なせやすい。別名を「弾が当らなかった馬鹿」とも言うが、英雄に率いられた兵士は実力以上の突撃力などを発揮させる場合などもある為良い面もある。
次ぎはラッセルやその部下の殆どやベテラン傭兵達など、いわゆる玄人に多いタイプだ。自分の命も他人の命も突き放して考えられるタイプ。
死の瞬間まで冷静に自分の命も他人の命も道具の一つとして扱える者達。結果としてその冷静な意思が命を永らえさせる事にも繋がる、長い間戦場に身を置いて来た者に多いタイプだ。冷静で沈着、周囲へ目を配る事もできたいていの場合は礼儀正しい。
しかし必要とあれば、誰でも何時でも何処でもどんな状態であれ破壊し殺す。彼らが礼儀正しいのは無意味な戦いを呼び込む愚を犯さないためだ。
他には訓練途中だったり技能的にどうしようもない新兵達や戦地に立たない軍官僚や軍関係技術者、あるいは食うために仕方なく戦っている者などもいるわけだが、彼らは本質的には戦士ではないので除外しよう。
残る二つは殺人嗜好者と死にたがり。
理由は様々だが他者を殺す快楽に囚われた者、あるいは命の危険や恐怖に囚われそれとの同化を願う者、戦場を死に場所に選んだ者。
彼らは決して歓迎されない。殺人嗜好者も死にたがりも兵士として考えた時に周囲との調和がとり辛く危険も大きい。彼らはその存在がわかれば群れから放逐される、生きたまま蹴り出されるか物言わぬ形で何処かにころがるか。
だから彼らは擬態を施す。周囲に馴染むように、弾き出されない様に。
先ほどラッセルの部下の殆どはプロフェッショナルのタイプに属していると言ったが、ただ一人だけ例外がある。
アルトと言う男はこの偽装した死にたがりに非常に近い。実際に死を求めていると言うよりも、戦場の中で苦痛の中で終焉を迎える事を望む。
どこかで罰と悔苦を求めている。
だから彼は休まない、重傷を負わぬ限り戦場から戦場へと飛び歩く。多くの場合は不利な側へ付き、命を投げ出すように戦い抜く。
彼は命を突き放しているのではない、すでに手から半ば投げ出してしまっている。
表面の偽装から彼は何処に行っても若いのに優秀で冷静な兵としての扱いを受けてきた、しかし付き合いの長いラッセル達には見抜かれている。
もっとも、それでも生き残るほどの経験と素質を持ち、努力を惜しまない男であることも知っているので放置されてきたわけだが。
ラッセル達も心配はしていたが有効な手段も無いまま時間が流れ、そして今、久しぶりに誘ったこの作戦で大きな問題を間近に見ている。
「それで、お前達はここを離れる心算は無かった。そういう事か?」
「あ、ぅああ、そーだ、そんな感じだったぁ」
静脈にアルコールを注射された男は、ろれつの回らないなまりの強いフランス語で答えた。かつてはフランスの植民領だった南ウンガルは今でもフランス語が公用語になっている。
「大統領から信用されているのは誰だと思う?勿論一番はお前でその次は誰だ?」
「そーだなぁ、一番は、ああ、勿論俺だが。そぉだ、な、ケマル、ケマルの奴だろう、うん」
「ケマル?あの若い男か、大統領の愛人か?」
「ああ、そんなんだと、うん、思う。大統領がひ、惚れて連れて来、ん、たしか最近」
どうやらアルコールに対しての耐性は低いらしい、男の言う言葉はどんどん小さくなる。睡眠と言うよりは意識が落ちかけているのだろう、昏睡に近い。
「何時も傍にへばり付いているあいつか、手を出すのは無理だな。如何するか」
眠りに落ちた下っ端その一を踏みながらラッセルは悩んでいた。
「今時こんなものをつかっているなんて、誰も考えないよな。なぁ?」
ダールは三羽の鳩の頭をなでる。
現代ではとっくの昔に廃れた技術だが、伝書鳩は非常に便利な情報伝達技術だった。道中での脱落や固定された場所へしか物を運べない不便さはあるが、長距離を密かに移動し少量ではあるが物品も運べる。
現代の記憶媒体を使えば何千枚もの写真や動画長い文章も簡単に運ぶことが出来る。
マイクロSDカードを足につけた鳩たちは、空へ舞い上がった。
背嚢を背負って荷物の前に立つ。
有能で信用のおける仲間が警備し、敵の動きが此方まで到達していない事は十分に承知していても武器と各種物資は常に装備している。
それをするのはなぜか自分でもよく分かっていない、優秀な兵士である事を表す演技、本心では誰よりも死を恐れている臆病さゆえ、あるいは教え。定かではないがもう癖のようなものだ、殆ど無意識で装備を揃えて身につける。過剰なほどに慎重に入念に。
長期の潜入ミッションでもこなすつもりか?
そんな事を言われた事もある。しかし、もう癖だ。
黒髪に時代錯誤の武器を手にする最後のサムライなどと笑われた事もある。変わった装備を持つのもやはり癖なのだろうか、彼としては信念や固執と言う物があるとは思っていない。
臆病者と思われる場合もある、大抵は血気盛んな兵士からだ。しかしそう言った者達で生き残るものは少ない。信頼を結べるほどの時間を共有できる者からは慎重だと褒められる。しかし、あえて意識しているわけではない。
アルトはアルトなりに自分の出来る範囲で行動をしているだけだ。経歴から想像されるほど歴戦の勇士では無い。人から思われるほど慎重でも臆病でも、逆に勇敢でもない。
癖だ。
だから何時ものように十分すぎる装備をして、ただ命令のとおりに動く。
荷を確認する。それが今与えられた命令だ。
「ジェッテロー閣下。今後の予定をお伝えします」
すっかり肉の緩んだ老人を前に眼鏡を押し上げる。ベンスと呼ばれた男は戦場に居るのが不思議な男だった。冷やした硬質の水のイメージを持っている。
有能な保険屋、弁護士か検事、優秀な外科医、そんな印象だろうか。
彼がそう報告したとき南ウンガル大統領ボナスン・ジェッテローは怪訝な顔をした。
そしてその顔を見たケマルと言う美少年は、服の下であるボタンを押した。
ピッ
小さな電子音にアルトは瞬時に反応した。
「ラッセル!荷から異音を確認」
そうインカムに向かって叫びながらとっさに背嚢を体の前に置く、身を小さくして全力で背後に跳んで外へ退避しようとした。
次の瞬間、世界は閃光に包まれた。
7月9日、南ウンガルとドーコの国境付近で核爆発を確認。
7月10日、アメリカは南ウンガルにおいてクーデターを画策していた軍主導部による核使用と断定、同時に亡命準備中であった同国大統領の死亡を確認。
その後国際問題の面倒な取り決めを半ば無視し国連において緊急決議、アメリカを中心とした連合軍を治安維持の目的で南ウンガルに派遣。同時に特別武器調査部隊を派遣、核と同時にバイオ・ケミカル兵器を確認。
軍主導部を大量破壊兵器の使用と殺戮の容疑により逮捕。
11月4日、国家として初となる完全民主主義総選挙を実施。軍によらない政府を目指したため民間からの大統領が選出される。同時に前軍主導部は全員処刑。
中国の強引な全軍主導部への干渉は世界の知る所となり、同時に核兵器譲渡の嫌疑もかけられる。あくまでも嫌疑でしかなかったが発言権は小さくなり、その後しばらくは大人しくするしかなかった。
ラッセル率いる民間軍備会社マーチングコックテイルはボナスン大統領に個人的に雇われ、共に死亡。
ダールが鳩を使って贈ったはずのデータは、何処からも発見されなかった。
アンクルサムのトリックプレーにより、24人の人間が蒸発、数千人に核汚染の被害、700平方kmの森林消失が起こった。
そして一人の人間が。
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