残心
遅れました。
今日は、もう一本上げます。
0時に予約しておりますので、そちらもどうかよろしく。
アルトが見つけたのは、絡み合った蛇玉。少し凹んだ窪地の中で、数匹の蛇が纏まっている。アルトの視点から見える頭は四つ。しかし、それが全てとは考えにくい。
「蛇…予想より細いな」
体長から言えばニシキヘビの中でも大型の物を超すほどの長さだが、その体は細い。普通の蛇とは言わないが、アルトの予想であったアナコンダの半分ほどだろうか。
「銃は……ためさなくても良いか」
ウォルンバットの塊に、飛び降りざまに刀を叩き込む。一気に半ばまでを断ち切ったが、そこで刀を引く。
「堅い!」
その鱗は硬く、一匹ずつならばともかく、一度に負荷をかけると刃がかけてしまいそうだ。アルトは冷静に頭の部分だけを突いて残りも始末をつけたが、追撃を躊躇った。
刀は異質な武器かもしれない。いや、恐らくは稀な品に違いない。街を歩く冒険者などを見ても、諸刃の剣や斧、あとは打撃武器等を装備している者ばかりだ。片刃の剣や刀は希少だと言い切っても良いだろう。不備が出たとき、整備をきちんと出来る者が簡単に見つかるとは思えない。
「ならば!」
アルトは刀を鞘に納めると、両の手に二本の鉄の棒を握った。長さは凡そ20cm、先端を鋭く研ぎ澄ませてある。美術品としての側面も持つ日本刀とは違う、無骨で単純でだからこそ純粋に穿つためだけの道具。それを逆手に握ると、跳ね上がってきたウォルンバットに突きたてた。
「これだ」
極端な接戦しか出来ず、攻撃方法もただ突き刺すだけ。しかし、使い捨てても惜しくない装備ではある。
無骨な武器を構えて、アルトは獰猛に笑った。
地球に住むアナコンダやニシキヘビの類は胴が太い。結果として体重が重くなり素早い動きは難しくなる。水中や平地での待ち伏せなどを得意とし、その太い肉体は得物を絞め殺す事に有効に活用される。
しかし、ウォルンバットは違う。
長い体長は締め付けの効果を増し、細く軽敏な肉体は素早い動きを可能とする。バネのようにとぐろを組んだ形から、飛槍のように得物に肉薄し、噛み付き、締め上げる。
常人の目には銀色の閃きにしか見えないウォルンバットの攻撃を、アルトは飛んでくる端から叩き落し、蹴り上げ、精確に頭を刺し貫いてゆく。
しかし。
「何匹来る」
アルトの感覚の限界線を、次々と越境してくる細長い存在を感知。その数は攻撃開始から十秒少々ですでに二十体を超える。
蛇を含む爬虫類の生命力は強い。胴体を両断され、頭を潰され、腹を開かれても命を保ちながら何らかの方法で仲間を呼んでいる。
実は尻尾の先端のふくらみの中にある、地球で言えば蝉などが持つような音空、つまりは共鳴室を持っていて、そこで可聴域外の音を発しているからなのだがアルトには聞こえなかった。地球でも蛇の類は嗅覚と聴覚が発達している、フェロモンの察知や細やかな音から敵を見極める事が出来る。反面、視力は低くピット器官などで補っているが、この世界では少々異なる。
「目が良いな」
アルトの背面を確認し、死角から次々と飛槍が襲い掛かる。
しかしアルトは感覚だけで次々と避ける。避けざまに精確に穿ち、瞬殺とは行かないが致死の一撃を叩き込む。しかし、全てには対応できない。半径300mの範囲を知覚しながら、さらに十数本の攻撃をかわし続けるのは、少なくとも現在のアルトの限界と言える。
「ふぅ」
吐息と共にアルトは目を閉じた。そして、感覚の範囲を300から200、さらに100、50、30、15と狭めていく。感覚の密度は気体から液体に、さらに水銀のような重さと密度を持った絶対察知範囲へと変化する。
「18」
獲物の数が数えられる。
「21」
次々と範囲に入ってきたものを察知、撃墜。察知、撃墜、察知、撃墜。
{楽しい}と感じていた。空間を支配しつくすような全能感、事象を掌握できるような、得がたい絶頂。しかし、思いもよらない事で、それは途切れた。
『ピーン ピーン』
アルトの胸元で、立て続けに甲高い音が鳴る。
「何ん?」
アルトが胸元を探すと、ギルドで受け取った認定証、そのカードが光りながら点滅している。
「何だ?」
実の所、生命力の高いウォルンバットたちが漸く完全に絶命して観測され、依頼の達成条件を果たしたために発光と音でアルトに知らせているのだ。ちなみに、音と光としてアルトには感じ取られているが、実際には直接意識に働きかけている。だから、傍から見れば、今のアルトは大量のウォルンバットに襲われながら、首をかしげて何の変哲も無いカードを見つめている人となる。
「ギルドが駆け出しに渡した物だ。心配はいらんだろうな」
集中する。瑣末な事は置いておいて、集中する。鋭く、尖鋭にではない、広く、厚く、鮮鋭に。満遍なく集中すると言う矛盾を現実のものにする。
「ハハッ」
再び剥きだす様に顔面に笑みが重なる。
時間は凡そ二十分。しかし、極端な集中下にあったアルトには、二時間以上にも五分以下にも思えた。その間に胸元で鳴った音は総計十四回、倒したウォルンバットの頭数は四十四匹。
残心の形のまま、深く息をついて感覚の範囲を再び広げる。再び寄せてくる存在を感知したアルトは、フランの街の方へ脱兎の様に駆け出した。
「長居は無用だな」
ここまで来た道を走りながら戻っていく。途中でアルンズの近くを通った時には、早くも匂いに引かれた鳥が群がっていた。周囲にはおこぼれに預かろうと、一回り小さな動物が順番待ちをしている。
子犬のような、あるいは精悍なウサギだろうか、長い耳を持ったその動物は一匹で見れば可愛らしいものだろう。しかし、粘液を撒き散らした死体を喰うのを待っている姿を見てはその感想は浮かべにくい。
分かりやすい弱肉強食の姿だろう。
もっとも、強者であるアルトは死体を放置したのだから、その言葉はあてはまらないのかも知れない。しかし、自然の厳しさを表すものではある。
ギルドまで戻ってきたアルトを見て、朝担当した受付嬢は軽く鼻を鳴らす。恐らくは、依頼果たせず逃げ帰ってきたと思ったのだろう。服には返り血の一つも無く、怪我も何もしていないアルトの姿からは数十匹を片付けてきた後だとは思わないだろう。
しかし、あいにく彼女の前にはすでに客がいる。アルトも朝の行動を反省していた、子供のように依頼達成を見せ付ける事もあるまいと別の列で待つ。
その列の先にいたのは最初の日に応対してくれた幼い娘だった。
「あら?初依頼達成ですか?」
「ああ、思ったよりも早く済んだよ」
そう言いながらアルトはギルドのカードを出す。とは言っても、受付に並んだときにはすでに提出しているので、ホルターから受付嬢が取り出すのだが。
「素晴しいですね。あら?…あらあら」
にこやかに笑っていた彼女の笑みに驚きが現れる。
「D級の依頼十四回分達成ですね。二階級上の依頼二回、一階級上を十二回と換算しましてD級へ昇級となります。依頼完了の報酬に昇級特給が付きます。報酬が1540ガラン、D級への特給が100ガラン、計1640ガランになります。銀貨と銀板、どちらで受け取られます?」
「銀貨で下さい。しかし、十四回ですか?数は倒しましたが、複数の依頼を受けてはいませんよ?」
凡そ予測はしていたが、それでも確認の意味をこめてアルトは訊いた。
「はい、此方の依頼は重複可の依頼になりますので。倒した回数だけ依頼報酬が支払われます。ただし」
「ただし?」
「依頼はギルドで更新してから最大六日までしか計測されません。長期依頼の場合でしたら特別な品を渡しますが、殆どの討伐系重複可の依頼は短期指定です。その辺りはお気をつけ下さい」
「分かりました。気をつけます」
「それでは、報酬をあちらの窓口でお受け取りください。これからも活躍を期待しています」
そう言ってカードをアルトに渡すと、彼女はとても華やかに笑った。若さに似合わない煌めきと温かさを兼ねたそのさわやかな笑顔に、アルトは一瞬呆気にとられた。
「そうだ、一つ、いや二つ良いでしょうか?」
気恥ずかしさを覚えたアルトだったが、それを誤魔化すように尋ねた。
「何でしょう?」
「私は貴方のつけてる名札が読めませんので…お名前を教えていただけますか?」
「これは失礼を、私はアリシア。アリシア・ミューゼルです。ミューゼルは族名ですからアリシアと読んで下さい。それと…もう一つは何でしょう?」
「ありがとうございます、アリシアさん。もう一つは、良い酒場を知っていませんか?少々高くても構いませんので雰囲気の良い酒の美味い場所が良いですね」
「あら?お誘いですか。そんな急には駄目ですよ」
今度の笑みは、それこそ見た目に反して妖艶で、アルトは首筋が赤くなるのを感じた。
「いえいえ、すいません。そんなつもりは無かったんですが。あの、すいません」
「押しが弱いですねぇ。もう一押しすれば付いて来る方もいると思いますよ。まぁ、冗談はともかく、良いお店ならばギルドを出て左に三区画、そこを左に入ったところに紅い鉄十字のかかった店があります。お薦めですよ」
「ありがとうございます」
頭を下げて払い出しの受付へと向かうアルトにアリシアは声をかけた。
「飲みすぎにはお気をつけ下さいね」
手を軽く振って応えると、何かがつっかえたように、心に何かが刺さるものがあった。
「飲みすぎ…飲みすぎか」
金を受け取ると、アルトは酒場へと向かった。
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PS,無線ランが壊れ>買いなおし>財布が