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受付嬢のチョット哀しい日。でも、負けないと思ったら、傷口に塩塗り込まれたよ

前作でもやった、長いタイトルを付けてみようパターンでございます。


別タイトルは後書きで。

睡眠時間はおよそ六時間。寝たのはおおよそ時間を合わせたアルトの時計では十時半頃だったので、四時半頃にアルトは目を覚ました。


完全に服を脱いで裸で寝ていたアルトは、そのままの格好で部屋を出て廊下の突き当りまで行く。誰も目を覚ましていない事は感覚で分かっている。足音一つ立てず、辺りの空気もまったく揺らさないような動きでは、その物音で起きてくる者もいない。


廊下の隅の甕の中、汲み置きしてある水を自分の水筒に入れると部屋へ戻る。


まずは柔軟。体の先から内へ全体をくまなくゆっくりと、およそ一時間。


指先を重点的に筋力とバランスの鍛錬。指立て伏せ、指を減らしながらのブリッジと倒立を交互にゆっくりと。つま先だけで立ち微動だにせぬまま、深く重い呼吸を繰り返す。


続いて型。套路と言っても良い。自分の動きを確かめながらゆっくりと、重力を活用しながら体の支配を深めるように動く。空気が凍り付いて動かないほど緊張する部屋の中、油泥の底を歩むようにゆったりと、そうであっても身体は伸びやかに、顔に笑みが浮かぶほどの静かで深い集中をもって。


武を志す者が部屋の中で今のアルトを見れば、その緊張とあまりの完成度に心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けることは間違いない。


動き始めておよそ四時間。体中には汗が溢れ、幾筋もの流れを作っている。


最後に両手足をすばやく動かすと、汗が飛び散って窓からの光に反射する。狭い部屋の中で、飛び、あるいは跳ね、激しく回り、拳や脚が空を切る。しかし聞こえるのは空気を切裂く音だけで、着地する音も薄い床板の軋む音も聞こえない。


気息を整え再び柔軟をして体をほぐすと水筒から水を少しだけ飲む。


後の水は、布に浸して体を拭く。風呂に入るほどではないが、少しはさっぱりした。


「ふぅ。宿も転々と移しておいたほうが良いし。落ち着かんなぁ」


元々アルトの家にもものは何も無かった。物質的に足りない物や欲する物は少ないが、流石に世界すら違う地に流れ着いてまだ六日目だ。何処となく落ち着かない気持ちはある。


それから、風呂に入れないと言うのも辛い物がある。フランは国内でも王都と並ぶ街だが、それだけに人口が密集している。石の支柱に木の板で壁を作る工法が一般的なこの国では、火事が起こった時の被害と言うのも大きい。当然、大量の薪を使い高い火力が必要になる風呂は、簡単にそれぞれの家に作れるものではない。


余程の商人や、貴族の家、一流の宿以外は、街の中にある公衆浴場を利用する。例外的に春街などでは管を通して各店に湯を送る仕組みが出来てはいるのだが。


今のアルトが泊まっている宿には当然のように風呂はないし、様々な人が利用する公衆浴場へも行きにくい。彼が今もっている荷物は、知れただけでも大きな被害をアルトに与えかねない。銃や爆薬は勿論の事、ガルムの牙、モルヒネや自白剤なども含む薬物、GPSや通信機などの機械類、使える物は少ないが簡単に身から離せるものではない。


「もしも趣味と言うのなら、酒は師匠から受け継いだものだが……風呂好きはどこが由来だろうな。まぁ、師匠も風呂は嫌いではなかったが」


ラッセルが言っていた「趣味」と言う言葉は、彼がいない今少しだけ重くアルトの心に居座っていた。



保証金として、多く払っていた分を払い戻してもらうと宿を出た。


道を歩きながら、恐らくは同じような木賃宿に泊まっている者を的にした屋台で朝食を買う。この通りには他にも幾つか同じような木賃宿があるようだ。仕事に忙しい商人が多く利用するため、慌ただしい朝に手早く食べられるように、何かの粉で作ったクレープの様な物を売っている。中に入っているのは、酸味のあるクリームと野菜、それに細かく千切って揚げた肉片を入れてある。


アルトはそれと梨の様な果物を一つずつ買った。


早々に腹に収めると、ちょうど教会の鐘が鳴り響いた。一時間ほど前にも鳴っている。あちらが始まりの鐘、毎朝八時頃、今のが次の鐘、毎朝九時になっている。アルトは細かく知らないが、大体始まりの鐘で普通の商店は準備をはじめ、次の鐘で実際に業務が始まると言うのが一般的だ。ギルドも、朝九時から業務を開始している。


機械式の時計は存在する。この世界で歯車の制御を可能にする脱進機が発明されたのは、おおよそ八百年前。すでに振り子式の時計やゼンマイ式の時計も発明されてはいるが、地球の時計とは少しばかり趣が異なる。


殆どの場合、文字盤が存在しないのだ。


基本的には音を使って時間を教える。最近になって、ごく一部の時計には板を回転させる事によって、さらに細かい時間を教えるものが出来た。しかし、時針は存在しない。色分けされた円盤が回り、その上に置かれたもう一枚の円盤との位置関係で時間を知らせる仕組みだ。


見た目で言うならば、据付型の丸鋸にカラフルな色付けがなされ、豪華絢爛に飾り付けられた物、そんな感じだろうか。もっとも、貴族ですら軽々には持てない物だ、アルトにはあまり関係が無い。



ギルドに到着したアルトが中を見渡すと、ギルド内はまだ閑散としていた。元々、冒険者などをやろうと思う者達だ、朝も早くから謹直にギルドに詣でたりはしないのだろう。


受付を見ても昨日受付をしてくれた小さな女性はいなかった。同じく、新人であろう最初の受付嬢も見当たらない。受付に居たのは、おそらくアルトと同年代、二十代後半のキツイ目つきの女性だけだ。もっとも、この二人が横に並んだ所で同年だと信じる者は少ないだろう、方やアルトは童顔で、受付嬢はキツイ目つきが年嵩に見せている。


アルトに選択の余地は無く、その目つきのキツイ女性に話しかけた。内心、昨日の小さい娘さんがいれば気楽だったのだが…と思いながらだが。


「依頼の内容を教えて貰えると聞いたのですが。出来ますか?」


アルトは出来得る限り人当たり良く、にこやかな笑みを浮かべて尋ねた。しかし、返って来た答えは冷たいものだった。


「希望の依頼等級、討伐探索護衛等の系統、そして依頼期間を仰ってください。他にも何かありましたらどうぞ」


口調は丁寧、恐らくは慣れているのだろうマニュアルの通りに口は動く。しかし、やる気の無さと冷たい声色、相手を見下している態度がありありである。ここまで表面に出されると慇懃無礼とすら言えない、ただただ無礼だ。


流石に、この態度にはアルトもムッとする。顔にそれを出しはしないが。


「そうだな。D級の依頼で討伐系。それも短期で近場が良いな。二階級上しか受けられんとは、ケチな事だ」


少々言葉は挑発的になった。


この発言に、受付嬢は内心「このハネたガキめ」と怒りを覚えたが、この二人は同年だ。女としては認めたくないだろうが。


彼女としても、適齢期を過ぎてやっと見つけた恋人に別れを告げられ、その恋人の年齢が今のアルトの見た目、二十歳前後でなければもう少し愛想が良かっただろう。元々彼女はチョット若いぐらいの男のほうが好みだ。そう言った事情が無ければ、もしかしたらアルトへの愛想は非常に良いとか、あるいは付きまとうような事になっていたかもしれない。


ほとんど完全な男女同権の世界で、差別などは殆ど無いが、結婚出産が女性の一つの道であることに代りは無い。むしろ、そんな事があった次の日に、朝から仕事をしている彼女は良い娘さんなのかもしれない。


「貴方は昨日登録をしたばかりの最下等級。それがいきなり二級上位の討伐と言うのは、いかがなものでしょうかね!」


「規約に問題は無いはずだが…ああ、君の目の無さと言う事はあるかも知れんな。これでも厳しく躾けられていてな、技量に関してだけは自信があるのだよ。盲目お姐さん!」


それこそ男の見る目がないと断言された彼女は、顔を赤黒くさせて怒ったが、そこは年の功で怒りを堪えて書類をめくる。もっとも、怒りに耐え切れなかった書類の何枚かに切れ目が入ったが。


震える手で一枚の依頼書を差し出した。等級はD、内容は討伐、その他色々と特記が書き込んである。もっとも、アルトには読めないのだが。


「ウォルンバットの討伐です。場所はフランから北東に凡そ一時間の場所で、依頼は三頭!」


「その、ウォルンバット。どういった穢れ物だ?情報は詳しく教えてもらいたいな」


「体長5~6フィール(約5M)銀色の鱗を持った蛇のような穢れ物です。尾の先端に毒針が有り、その周辺だけは赤銅色をしています」


「感謝するよ。しかし……」


「何でしょう!?」


「働きに評価が欲しいのなら、聞かれる前に言うべきだね」


どうも以前と感覚が違う自分に戸惑いながら、軽率な行動に反省しつつアルトはギルドを出る。その行動がすばやいのは、単純に機敏な動きを良しとしているだけでなく、今回は照れと自嘲の念が含まれている様だ。


そそくさと立ち去ったアルトの背中の影に、受付嬢は満身の力をこめて手の甲を振り下ろす。「呪われて死ね」と言うジェスチャーである。


奥の部屋で講習をしていた昨日の二人組みは、全身からほの暗い熱気を立ち昇らせる彼女を見て開けた扉を再び閉めた。


この日彼女の受付には気配を察して人が並ばず、代わりに新人の受付には長い列ができた。もっとも「やはり若い方が」と言う事で、彼女の気配はさらに冷たく厳しいものとなった結果でもある。


読んでいただきありがとうございます。


別タイトル「ちょっぴりおかしくなってきたアルト君。八つ当たりしたら異様に反響があったよ、恥かいたよ。赤面!」でございます。

段階的にアルトを変化させようと考えた結果。名前もついていないキャラクターが被害を被りました。

Aさんもトバッチリだぁね。ちなみに…ドジッコ受付嬢といかず後家受付嬢は…今後活躍しません。名前も決まってません。つける気もありません。


PS.いかず後家って25歳の事らしいですね。でも、25の人に言ったら殺されるよね。時代の流れって怖いね、そう言う話。


次の更新は予定立っておりません。でも、多分明々後日。

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