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日はすでに落ちて久しい。部屋の壁には、とても小さなランタンが掛けられ、かすかに部屋を照らしている。


静かな部屋の中には何の音も聞こえてこない。


アルトが取った宿は宿だけに特化している。他の多くの宿のように一階に食堂や酒場を併設した宿ではない。素泊まりだけの完全に宿泊目的の宿だ。あたりの通りや商店も、夜まで客商売をするような店ではない。当然のように暗く静寂が立ち込めている。


常人にとっては。


アルトは現在常人ではない。歴史に残る達人、あるいは彼らでも容易には成し得なかった強さの階層にいるのだ。辺りに住み暮らしている人たちがうじゃうじゃといる街中で、その動きを逐一アルトは感知し続けている。外から見れば、静かな通り。しかし、半径300mでおよそ70人の人間の動きを感知し続けるのは、なれていないアルトには厳しいものがある。と言うよりも、ゆっくりと休めないのだ。


昼間何件も店を巡り、町中を歩き回り、人ごみにもまれたアルトは単純に休みたかった。休息がほしかった。


しかし、同時に今日得た情報を整理し、推測すると言う予定が残っていた。



まずは人々。


山窩(サンカ)森人(エルフ)窟人(ドワーフ)小人(ホビット)。話には聞いていたが、少なくとも今日見た限りにおいては見当たらなかった。あるいは、普通の人間と見かけ上は変化が無いか少ないのかもしれない。


そして、普通の街の人々について。言える事は、地球にいたころには考えられないような強さを持った者がチラホラいる。


あまりにも筋肉が発達し、肥満体に見えるような人間がいた。女性にしては驚くほど鍛えられた肉体を持つ者を見た。地球の感覚で言えば、世界に通用するようなプロフェッショナルの挌闘家が巷に普通にいる、そう言った印象だ。


それから、一般的に破壊や殺傷に関しての意識の枷が低いと感じられた。


例えば、他人を攻撃する必要がある場合、正当防衛等で暴力を振るっても構わないと言う場合。何処まで出来るのかと言うのは人によって違う。


一番高い枷ならば、殴る事もできないだろう。


次によくいるのは、殴る事は出来る。全力ではないだろうが、とりあえず相手に加撃することは出来ると言う者だ。


その次、ここまで来ると一般社会では少数になるだろう。壊すことが出来る者。相手の目に指をねじ込む。関節を壊し。肌を裂き。金的や背骨、あるいは頚椎、相手の身体に重篤な損害を与えられる者。相手の現在だけでなく、未来にも影響を与える事が出来る者だ。

 

そして最後は、殺す事が出切る者。相手の命を奪う事が出来る者だ。相手の全てを終わらせる事が出来る者。現在も、未来も、そして生まれてくるかもしれなかった子々孫々に到るまでに影響を与えられる者。


勿論、それぞれ冷静にと言う註釈がつく。我を忘れての行動はもはや枷とは呼べない、そもそも枷を外しているからこそ我を忘れると言うのだから。


一般的な地球の社会。その中において、壊すや殺すを選択出来る者は少ないだろう。戦場においても、一般の兵士達は自身の判断では殺さない、あくまでも戦争と言う大きな意思と流れの中において、その中にあって初めて人を殺せるのだ。


誰も好き好んで人殺しなんかしない。至言かもしれないし、事実だろう。意志を持って人を殺すと言うのは難しい、それが出来る人間は実際はかなり少数派なのだ。恨みや憎しみを熟成させることも出来ないような間柄ならば、それはさらに難しい。


ところがだ。


この世界においては、その枷がとても低いように感じるのだ。


アルトは戦いの中で、その戦いに虐げられながら成長してきた。当然のように殺人に対して心の枷は限りなく低い。憎いとか怒りであるとかと言った感情に因らなくてもアルトは人を殺せる。


そんなアルトだからこそ判ったのだろう。この世界も、彼が住み暮らしてきた社会と同じように命が軽い。平和の中から長じて兵士になった者達とは違う。幼い頃から、死がすぐ傍らにあるような生活を多くの人間が経験しているのだろう。


ここまでで、少し考えるのをアルトは止めた。


どうせなら、争いも何も無いような世界に行けた方が楽だったのかもしれないと言う思いが起こったからではない。戦乱の、命が軽い世界に流れ着いた事に安心を覚えたからだ。


ここでなら生きてゆける。


ここでなら、死ねる機会に巡りあえる。


戦いの中で、一生懸命生きようとして、それでも死んだ時。その時初めて自分は楽になれると。その時を待ち焦がれている自分にとっては、この世界は幸運だったと思えたからだ。


そしてアルトは、その思いを深く飲み込んだ。深く飲み込み、閉ざし、上から覆いをかけて浮かび上がらないようにした。


自分が望んで死ぬのではない。


精一杯やって、その中で力足らず敗北して命が終わる事こそが許しなのだから。


死を望む心が表面に出てはいけない。


その時の死は自殺に近くなる。


それは、アルトの師の教えからは遠く離れてしまうのだ。


アルトは頭を降って僅かに残った死への欲求を振り払った。



続いてアルトは考える。


この世界の特色の事だ。


魔法。


アルトから見ればそれは魔法にしか見えない。無から有を、静から動きを作り出す技術。


詳しい事は分からないが、それを「呪式(じゅしき)」と言うらしい。


一般人では使える者こそ少ないが、それは周知の事実で迫害などはされていない様だ。また、才能の差はあれ、誰でも使う事は出来るようになるらしい。


しかし、学び方が分からない。


軍人や高位の役人などは使用できる場合が多いようだ。しかし、街中で見る限りそう優秀そうでない冒険者などにも使える者がいる。


この事に関しては、今後も調査が必要なようだ。希望としては、アルト自身使えるようになりたいと思っている。



このほか分かった事はまだまだあるが、現状一つの問題にあたっていた。


簡単に言えば、街中で生活するのには足りないものがあると言う事だ。


野外で野宿、旅の中と言うならば今の装備でも問題は無い。そのための用意をしてきたからだ。


しかしながら、街中で人の中で過ごすと言うのならば、服が一着、下着も二揃いと言うのは実に少ない。パルムエイトでは服を借りて、着ている服を自分で洗濯した。しかし、宿暮らしでは自分で選択することは難しい。服を借りることの出来る相手もいない。しかも、今着ている野戦服にはいろいろな仕掛けがある。軽々に誰かに預けて洗濯をしてもらうと言うわけにもいかないのだ。


早急に服をせめてもう一着、下着をもう二揃いは用意しなくてはいけない。しかし、調べた所服は高い。何しろ大量生産が出来る体制など整っていないのだ。生地から全て手縫いで職人が作り上げる。そうすれば当然価値は高くなる、出来上がるまでに時間もかかる。


さらに、型紙も存在しないような服を特注で作ってもらうのだ。下着だって様式が違う、流石に布を巻きつけただけの簡易ふんどしのようなこの地方の下着を着たいとアルトは思わない。そうなれば、下着だけでも一体幾らになるのか。


金がもっともっと必要になるのは自明の理だ。


「ガルムの牙は情報が集まってない。流すとどんな問題が起きるかもわからん。となれば」


そう、他に選択肢は無い。


「冒険者ギルドとやらで依頼をこなすか」


明日の朝一番でギルドによってみようと思い、アルトは浅い眠りについた。



読んでいただきありがとうございます。


明日も同じ時間に。


それでは。

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