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好天の日

少し間が空きました。

家にまともに帰れない日々が続いております。

しばらくは更新予定が立ちません。書く時間もありません。

雑踏の音と言うのはどこの国であれ同じような印象を人に与える。文明や文化の差があればその音自体は変わってくる、しかし与えられる印象は活気や力強さと言った動きを感じさせられるものが殆どだ。暗く沈んだ雑踏と言うものはあまり聞いた事がない。


屋台の店主が客を引く声。


店先で商談をする男女。


冒険者らしき者達が歩くたびに聞こえる防具や武器の擦れる音。


窓から顔を出し合って噂話に興じる女たち。


果物の絞り汁を売る女と女目的で声をかける男。


石畳の上で規則正しい音を立てる馬車の車輪。


賑やかで活気に溢れ、皆が喜び幸せそうな街。その印象を与えるに十分な光景が、街を東西に分断する大通りには広がっていた。田舎から出てきた夢見る少年ならば、理想の光景にしばらくは息をする事すら忘れてしまうだろう華やかな光景だ。


「良い街だね」


「ああ、国中見たって一番さ」


パルムエイトからここまで馬車に載せて来てくれた男に声をかけると、芯から誇らしげに男は返した。彼は年に4回ほどしかフランの街には来ない、しかし、毎回毎回心から楽しみにしている。初めて来た時には街に入って息を飲んで惚然としたものだった、もう30年以上前の話になるが、その感動を彼は今も覚えている。


「この大通りの真ん中には教会が建ってる。壁の蒼い建物だからすぐに分かるだろ?あの塔だ。そのすぐ脇に冒険者ギルドがある、看板が出てるから。はいったらガルムの皮と牙を引き取ってもらえば良い」


「そうか、ありがとう。貴方はこのまま通りを行かないのか?」


「ああ、俺は問屋街に行かなくちゃならねぇから。気をつけてな」


「ああ、ありがとう。世話になったな。貴方も気をつけてくれ」


背嚢を背負い直すとアルトは歩き出す。もっとも、雑踏の中でなくてもこの男は足音がしない、完璧に静かで穏やかでそれでいて早く歩く。男がアルトのほうを振り返った時、すでに人壁の遙か向うへと行ってしまってもう見えなかった。


「結局お礼貰ってくんなかったなー」


男の乗る馬車の籠には、村を出る時にはなかった鳥が数羽入っている。道中荷台の野菜を狙ってきた鳥を、アルトが小石で打ち落としたものだ。穢れ物というにはいささか弱すぎる敵かもしれないが、時には人にも被害を及ぼす事のある雑食の鳥だ。特に集団の時には凶暴性が増す。


「帰ったら皆で串焼きだな」


村人達の今夜のおかずが一品増えた。



「毛皮の売り渡しをしたいのですが、あと登録も」


冒険者ギルドの中に入り、受付に目を向けるととても混んでいた。なぜか一箇所だけ空いている場所に並ぶと、順番を待って受付嬢に声をかける。


「あ、はい。えーっと、買取ですか?」


「此方で毛皮などを買い取る場合もあると聞いていたのですが、違いますか?出来れば同時に登録もしたいのですが」


応対した受付嬢は仕事を始めたばかりなのだろうか、非常におどおどしながら横においてあった書類をめくっている。仕事の書類と言うよりも、マニュアルメモのようだ、辺りにベタベタと貼り付け手元にも厚いマニュアルを置いていると言う事は仕事が出来ない娘なのだろう。


「あの、買取は出来るものと出来ないものがありまして。その、えっと、料金は」


経験の無い仕事でパニックになりかけていたのだろう。何の毛皮かも分からないまま料金の話をしようとしだしている。駄目かな?と思い出したアルトだったが、その時横から声が掛かった。


「すいません、買取りは此方で行います。こちらへ来て頂けますか?」


少し離れた大きく間口を切られた台の向うから、慌てていた受付嬢よりもさらに小柄で幼そうな女性が顔を出していた。


「申し訳ありません。あの娘は新米でして、まだ見ながら仕事を覚えている所なんです」


「そうですか。では、代わりにお願いします」


「はい、ご新規の登録と毛皮の買取りですね。物によっては昇級の得点がつきますので先に登録いたしますね」


「お願いします」


「それでは、此方の書類に記入していただけますか?」


紙と言うにはやや荒く、恐らくは繊維が一方向に揃っているため裂け易いであろう紙には、十項目ほどの記入欄があった。パピルスに判子を押してあると言えばイメージが掴めるだろうか?しかし、のりはしっかりと利いているので手に持っただけで折れるなどと言う事はない。


「すいません。恥ずかしながら此方の文字がかけません。代筆していただくわけには行きませんか?」


耳についているカフを指し示しながら、アルトは自身が流れ者である事と、言質に不案内な事を示す。ガルムの等級はそれなりに高い、あまりにも弱く見られて侮られるのも不味いが、逆に期待されすぎても困る。能力はそこそこ高そうだが、実際は使えるかどうか微妙と言うあたりの評価なら今後困る事も少ないだろう。


「分かりました。それではお名前と年齢、以前の職業などで級を得ていた場合は等級を、連絡先などがあればそちらもお教えください。ギルド以外の形でどこかに所属しているならばそちらもお願いしたいですね」


「名前は、アルト・ヒイラギ・バウマン。年齢は26。前職は傭兵になりますかね、等級などは得ていません。ギルドに所属した経験も無し。以前所属していたのは……」


「何か?」


「以前所属していたのは、行進する(マーチング)混酒(コックテイル)


「分かりました。それではとりあえず御掛けになってお待ちください。毛皮の査定をいたします」


「はい」


長椅子に腰掛けたアルトはゆっくりと息を吐き出す。


{そう言えば、ラッセル達の事あまり考えていなかったな。不義理な奴だ、本当に}


以前に経験した師の最後。その時と比べればあまりにもあっさりとしている。過ごした時間で言えば師とのそれよりも長い間、それも濃密な死線を潜り抜けてきた間柄なのにも関わらずだ。


彼らは戦友で、師であったはずだ。アルトを皆が気にかけてくれていたし、アルトもそれぞれ気にかけていた。


「状況が、と言うのは言い訳だな………しかし」


およそ二十年。二十年一人しか欠けなかったそのメンバーが。


全滅。


「生き残ったのは半端に所属してた俺だけか。まったく……まったく」


額を押さえて俯きながら声にならない声を出そうか息を吸った時、先ほどの受付嬢が声をかけてきた。


「バウマンさん、終わりましたよ。どうぞ」


アルトは軽く首を振って表情を作り直すと、静かに立ち上がった。


「はい」


「毛皮、ガルムだったんですね。質もよろしいですし、ちょうど要望があったようですので依頼成功の形式で引き取らせていただきます。ところで」


「何でしょう?」


「牙のほうはお持ちではないのですか?出来れば纏めて買い取りたいのですが」


「すいませんが、そちらの方は少々考えがありまして」


「そうですか……残念です。では、完品が二傷有りが一で合計1600ガランでどうでしょうか?」


「思ったよりも少ないですね。そんなものですか?」


バドウィックに聞いていた値段よりはかなり安い、半分に近い程度でしかない。もっとも、あまりバドウィックがそちら方面に詳しいとも思えなかったが。


「そうですね、最近は毛皮の値段も下がってきましたから。特に黒い毛皮はアマニノテンの飼育が可能になりましたからね」


「では、その値段でお願いします。登録には幾らかかります?」


「発行時は無料です。再発行する場合ですと100ガラン必要になります。再発行はどこの支部でも出来ますが、最後に依頼を成功した時の記録を引き継ぎますのでお気をつけ下さい。記録が無い場合は、記録の取り寄せに費用と時間が掛かる場合が多いですから、そのことも覚えておいてくださいね」


「分かりました」


「そのほかの説明も聞きますか?昇級や降格などの説明ですが」


「お願いします」


それでは、と軽く咳払いをして彼女は話し始めた。


「当ギルドでは、他のギルドと同じく等級による管理を行っています。等級により請けられる仕事は変わってきますので、信頼をそのまま階級に変えたものとご理解ください。


階級は最下層のFから最上級のAまでございます。B級までの昇級は依頼達成によって行われます。自分と同階級の依頼ならば30回、一階級上の依頼ならば10回、二階級上の依頼ならば2回成功で昇級します。二階級より上の仕事は、原則受けることが出来ません。


降格は2回連続での依頼失敗、あるいは依頼10回中4回の失敗、つまり成功率が6割を切りますと降格になります。自分より下の階級の依頼は何度こなしても昇級には影響しません。


B級からA級への昇級に関してはギルドから認定される必要があります。多くの場合は何か大きな功績を残した場合に進呈されます。依頼を受けるのは基本的に自由意志によりますが、特例的に上級者には命令が下る場合もあります。この場合拒否権はありません。もっとも、この100年ほど命令が下ったという話は聞きませんが、一応覚えておいて下さい。


他のギルドなどで等級を得ていない場合は、F級から始まります。バウマン様の場合、ガルムの毛皮3枚でE級の依頼を3つ成功した扱いになっていますので、E級の依頼を後7回、あるいはF級の依頼を21回成功させれば昇級になりますね」


「ありがとうございます。理解しました」


「それではご活躍を期待しております。依頼を受けるのでしたら、そちらの掲示板かあちらの受付で調べた番号をつかって依頼を受けてください。受付の場合でしたらそのまま依頼を受けることも出来ますので、文字に関しては心配ございませんよ」


「ご丁寧にどうも」


深々と頭を下げる受付嬢を後ろに見ながら、掲示板の前を通り過ぎて外に出る。背が低い受付嬢は、御辞儀をすると完全に受付の後ろに体が隠れてしまう。説明もてきぱきしていたし、話し方も丁寧で優秀そうに見えるが、それにしては年齢があまりにも若いように見える。


最初のおどおどしていた受付嬢よりは間違いなく古釜の様だが、いったい幾つなのだろう。アルトの見立てでは、素直に考えるなら14、15。如何ころんでも18以上は無い様に思えるのだが。


ともあれ、ギルドを出たアルトは足早に街の中を見て回る。


大通りを一通り見て、枝道に何度か入り、明らかな裏通りなどにも目を向けていく。


「とりあえず、荷物を管理できる場所が欲しい。それから着替え」


きょろきょろと、などという無様な動きはしない。それとなく様々な場所を見ながら、街を歩く。


パルムエイトの村を出たのは日もまだ昇らない頃だ。今はまだ太陽も天高くにいる。



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