熱い光の日{上}
ドリフト改、正式に再始動でございます。
あいにくと生身のほうが忙しく予定されていた書き溜めは出来ませんでしたので、すばやい更新とはまいりません。
しかしながら、自分の書きたいものは書けておりますので、お時間のある時にでも暇つぶしに読んでいただければ幸いです。
南ウンガルという国がある。
アフリカ中央部の熱帯性雨林地帯を多く含む小国で、端的に言えばやや変則的な独裁国家。軍事独裁制のアフリカにおいては珍しくも無い小国家のひとつと言っても良い。
もっとも、幾つかの特徴が南ウンガルをそのほかの小国家群とは一線を画していた。
一つは、その指導者がアメリカよりで独裁国家でありながら民主主義、自由経済主義を謳っていた事。
もう一つは、軍事独裁政権でありながらその指導者は元々軍人ではなく科学者で、紆余曲折を経て教え子から政権を委譲される形でその位置に付いた事。
そして最大のものは、昨今最も重要視されつつある希少土類バイラジウムを算出する事だ。
新型太陽光パネルの触媒として必須なバイラジウムは、今後の利用価値が計り知れない希少土類でありながら、産出量が非常に少ない。
オーストラリアの北部で少量、中華人民共和国のモンゴル自治区で少量、日本海から少量産出が確認されているバイラジウムではあるが、何と言っても主たる産出地は南ウンガルだ。
なんと総産出量の48%。およそ半分を南ウンガルが占めている。
その計り知れない価値を、各国が放っておくはずもない。
しかし、ヨーロッパは足並みが揃わず、中東の失策が尾をひいているアメリカも迅速な動きは出来なかった。そんな中で効果的な手を打った国がただ一国だけあった。
中華人民共和国は自身が持っている産出量と間接的に手に入れた南ウンガルの産出量を合わせ、世界的な調節の舵を全てとる事を希望した。
何よりも国家としてのエネルギー政策のために電気を欲しがったのだ。
中国は、国民そのものが知ってしまった。
裕福な生活を知ってしまった。
クーラーを、テレビを、電化された家庭の便利さを知って憧れた。
そして、その生活をすでに我が物にしている人々を知り、そこに行き着く事を願ってしまった。
しかし、実数15億とも言われる人口に満遍なく必要な電力を供給することなど出来はしない。
そう言った状況の中、新時代の電力を象徴するバイラジウムの独占は咽喉から手が出るほど欲しい権力。
そこで中国が取った手は、国際常識すら半ば無視したがむしゃらな物だった。
鳴り響く機械音は電話の着信を告げる音だ。先ほどから何回か、それも長い時間鳴り続けているがそれを受ける者がいない。電話をかけている方も焦れたのだろう、何度目かの留守番電話には数回の怒鳴り声が入っている。高々2時間の間に13回も電話をかけているほうが悪いと言う意見が一般的だとは思うが。
しかし、ついに14回目にして彼の電話は相手に伝わる事になる。
「はい、アルト・ヒイラ・・・」
「アルト!早く出ろ、このバカ」
「ラッセルか。すまん、外に出ていたんだ」
「外?珍しいな、女でも出来たか?おい、紹介しろ」
「いや、走りこみに」
淡々と返答するアルトに電話の主は落胆したように黙り込んだ、しかしすぐに一つ咳払いをすると話を続けた。
「まったくぁっほんっ。まぁ良い、お前に仕事の話がある」
「場所と期間は?」
「断らないんだな、いつもの事だがもう少し悩め。お前の生に関わる事だ」
「問題ない。よく考えている、自分の死に関することだからな」
「そうか、装備は自由だが近接戦闘を考慮しておけ、期間は標準時で7月7日から7月22日まで、延長の可能性は無いだろう。場所はエジプトの首都カイロだがそこからさらに移動する。7日にベンスが迎えに行く足は気にしなくて良い」
「了解した」
「よし。ところで最近趣味の方はどうだ?」
「趣味?何の事だ」
「またぞろ、バカ高い酒を買い込んでいるんじゃないのか?」
「酒?酒は趣味と言うわけじゃないだろう、ただ好きなだけで」
「普通はそれで十分趣味だ。それで、またつぎ込んでいるのか」
「そうでも無い。最近買ったもので高いものと言えばラフロイグの40年位か、しかし限定とは言え一般売りだからな」
「十分だな、美味かったか?」
「ああ」
「そうか、それでは当日にな」
「それじゃあ」
電話を切ったアルトがいるのは、ベッドと大型の冷蔵庫しかない殺風景な部屋。ただ電話の留守番案内の明かりだけが点く中で、グラスに酒を注ぎながらアルトは留守番電話を消化にかかった。もっとも、ラッセルからの怒鳴り声しか入っていなかったが。
エジプトの首都カイロを飛び立った旧ソ連の輸送機アントノフ28は8名の客を乗せていた。
プロペラの音が響いている機内では数人の男達が思い思いに時間を潰していた。
いずれも落ち着いた物腰ではあるが、その人種や年齢は雑多の一言に尽きる。
その中から金髪の男が立ち上がると、見た目には似合わない通る声で言った。野戦服さえ着込んでいなければ、何処の喫茶店の主人かと聞きたくなる、あるいはバーテンダーだろうか、物腰落ち着いて世慣れた雰囲気が漂ってくる。同時に一目を気にしているであろう華やかさも兼ね備えている。
「今回の作戦は、何時もの如く人様に自慢できない日陰仕事だ。南ウンガルの大統領、ボナスン・ジェッテロー氏を丁重にアンクル・サムに引き渡すのがお仕事だ」
「場所は?」
「ボナスンはすでに南ウンガルの南西部イエリン付近まで来ている。俺たちが引き継いで国境を越えさせ、サべーの北にある飛行場までおよそ200km。この距離をおっさん引き摺っていけば良い。簡単なお仕事だ」
「了解」の声がバラバラと上がる中で、一人の男が上げた声に残りの面々が唖然とした。
「で、何でそのおっさんは逃げなきゃならないんだ?」
「阿呆かこいつ?」の視線が一点に集中する。
「おい。本気か?」
やれやれと言うように、一番年嵩の先ほどまで説明していた男が首を振って煙草に火をつけた。
「トール!ゲイリーの奴に説明してやれ、俺はもう疲れた」
「アイ・サー、ラッセル。ついでにアルトも聞いておけ、前情報から説明してやる、お前の歳なら知らないだろうからな」
「ああ」
一つ咳をしてからトールと呼ばれた男は話し出した。
「まずは今回の事情から行こうか。バイラジウムと言う希少土類がある、今最も価値が高騰している物の一つだ。中国としてはこいつが欲しい、どうしても欲しい。
しかし、いかに中国であってもいきなり攻め込むわけには行かないだろう?チベットのように地続きならそうしたかも知れないが、あいにくと別の大陸だ」
「あの国だけは如何しようもねぇな」
「国家批判は置いておこう。そこで南ウンガルの軍部を扇動して傀儡政権を作ろうともくろんだ訳だ。少なくない工作員を直接送り込んでいる情報が入っている。
まったく、時代錯誤も甚だしい国だとは思わないか?100年ばかり遅れている」
「それでアンクル・サムも行動に出たわけか。お鉢をこっちに回さなきゃならんとは、あの国も落ちたもんだな。おかげで飯の種にはなるが。しかし、独裁者のおっさんなんだろ?軍事を背景にしない独裁なんか在り得ねえだろ?」
「そうだな。お前にしては理知的な台詞だ、的を射ている。
しかし、ここからが前情報だ。それが在り得た国だから珍しいのさ。
話の始まりはドーウェン・ボーと言う男だ。彼は当時王政だった南ウンガル王国の軍に入り何らかの影響で革命思想を持った、軍内での発言権とシンパを増やし力を蓄えていった。
そしてついに72年に決起、二年間の闘争期間を経てついに思いを果たしたわけだ。しかし、彼は達成の直前に死んだ。
生きていれば、生きてそのまま政権を作り上げていれば、ゲバラやカダフィーに並んだ革命のビックネームになっていたかもしれないが、28で死んでしまったからな。あまり知られていない。
このドーウェンは、その戦いを始める時カイロ大学で学んでいた男を自分たちの陣営に招いた、それがボナスンだ。専攻は化学の中でも特に薬物の精製だったわけだが」
「麻薬」
答えたアルトにトールは指を立てて応じる。
「イグザクトリィ。まぁ、現状のあの国を少しでも知っていれば思いつくことではあるな、今も昔も資金源の確保に大いに役立ったようだ。同時に多岐にわたる知識に感服したドーウェンは、ボナスンを師と仰ぎその弟子になった。
と言う風に伝記ではなっているが、何処まで本当なのかは分からないな。
そして、死んだ教え子に託される形で国家の指導者になった訳だが、ここで軋轢が生まれたわけだ。
軍に最初から居たわけでもないし、そもそも軍人ではない。元からドーウェンと共に戦っていた今に軍幹部としては、ぽっと出の男が気に入らなかったんだろうな。ずっと不満は燻っていたわけだ」
「そこに中国がマッチで火を点けた」
「規模から言えば火炎放射器を振り回したと言う方が正しいがな。軍部との軋轢に悪感情、民間との格差など湿気てた問題まで無理矢理燃やしているのさ。あの国は、中部アフリカじゃマシな方の国だった。
エジプトやリビアで相次いでいる革命の波に揉まれる前に、そう考えた中国が屁をひっかけて着火したわけだ」
「ビビッてデカイ音を鳴らしたもんだ。14億人の屁か、たまったもんじゃない」
つまらない洒落にわざと笑いあう二人だったが、アルトの表情に笑みは浮かばない。少しだけ、ほんの少しだけ口角を上げる演技をして見せるだけだ。彼としては最大限の仲間に対しての敬意だろうが、酷く分かり難いものではある。
「説明は理解したかな?生徒諸君」
アルトの黒髪をワシワシと掻きながらラッセルが現れた。
「こんなオンボロ輸送機だ、まだまだ時間は掛かる。降下と同時に作戦に入る予定だからな、勉強が終わったなら飯食って休んでおけ」
「「「了解」」」
「止めろ止めろ、お前らが軍人みたいな格好をしているだけで笑えてくる」
嫌に礼儀正しく敬礼をしたのは、少し前まで参加していた作戦で敬礼が癖になったアルトをからかってのものだ。もっとも、トールは海軍式でゲイリーは空軍式だ、てんで合っていない。
トールとゲイリーが笑いあう中、アルトはもそもそとレーションを食べ始めた。
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