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桜色反応-火炎放射器1号な彼女-

 彼女の行動は、観測するまで誰も予測できない。彼女は結果の定まらない不確定要素のシュレティンガーの猫。千変万化の万華鏡(カレイドスコープ)のようにくるくると千花模様を散らしている。



 大学内の広場には桜の木が数本あって、金曜ともなると講義のない人が昼ごろから場所取りを始める。夕方にはいろいろな食べものや酒が持ち込まれ、その宴は夜を徹して行われる。ちなみに、それを見越したように、毎年どこからともなく毛布や寝袋が数点持ち込まれ、春のまだ冷える夜の気温に備えている。


「今年、桜咲くの早いよね。来週末にサークルの花見する予定なんだけれど、桜まだあるかな」

 彼女は好物のプリンを手に、夕闇に淡く色づく桜を見てる。


「最近、温暖化だからね。桜も咲くの早いのかもしれないな。でも、もっと温暖化が進むと、桜が咲かなくなるという話聞いたことあるなぁ」

 彼は言う。桜については専門外なので詳しいことは知らないが、毎年この時期になるとテレビでちらほらと見かける雑学知識なのだ。


「そうそう。確か、冬に気温が低くないと桜咲かないんだっけ? だから、二酸化炭素削減しよう! さぁ、みんな好気呼吸するな! 息を~止めろ!」

 彼女はすでに、酔っているのかもしれない。

「そんなことしたら、僕らが死んじゃうよ」


「温暖化はとにかく。二酸化炭素減らすだけなら、簡単な方法あるんだけれどね」

 彼女は、手に持ったスプーンを空に円を描く。

「このまま温暖化を推し進めるの。温暖になれば海水が膨張して体積増えて二酸化炭素吸収量が増えるし、植物の光合成も活発になって二酸化炭素は減るんだよ。それが人間が住みやすい環境かどうかはさておきだけれどね」

 彼女は、スプーンですくったプリンを口に運んだ。


「それじゃ、意味ないじゃん。温暖化進めないための二酸化炭素削減なのに」

 彼はつっこみを入れる。

「だから、『温暖化はとにかく』って最初に言ったじゃん。ただ単に二酸化炭素を減らす方法を言っただけだよ?」

 彼女は、酒に酔うと重箱の隅をつつくような詭弁を言い出す。


「どちらにしろ、温暖化は二酸化炭素だけが要因ではないから二酸化炭素だけを減らしたくらいじゃ、焼け石に水、変わりはしないしな。ちなみに温暖化の最大の原因は実は水蒸気だから、どうしようもないんだよ」

 彼は自分の知識をアピールした。


「あはは、物知りだね。大気中の水蒸気が増えるなら、世界で雨も増えるし、極地の雪も増える増える。南極の氷が解けた所で、新しいのが降り積もるから怖くなくなるね。そして、あちらこちら水浸し、ますます大気中の二酸化炭素減るね。それならさ、二酸化炭素だけでなく一酸化二水素(みず)も規制せよってそれっぽく訴えたら、街頭で規制を求める署名集めは成功しそうだね。『温室効果のある一酸化二水素は、工業用溶剤や冷却材にも使われている。農作物にも残留し、時に悪影響与え、毎年この物質を大量に摂取したことが原因で死亡する人もいる』って。あぁ、そういえば酸性雨の主成分でもあるし、ほぼ全ての犯罪者は犯行を行う数時間前にそれを服用しているよね……せっかくの水の惑星が、からっからになっちゃうよね。みんなミイラだ、干からびだ」

 何がつぼに入ったのか分からないが、彼女は笑い転げている。


「それはDHMOのジョークだね。人間はいかにだまされやすいか、の実験だっけ?」

「そう、それをぱくった。あれは、科学と統計と人間心理が融合した最高のジョークだよ」


「統計なんてものは、その人が見せたいように都合のいい方向に解釈できるからね」

「そう、データは嘘はつかないけれど、観測者は嘘をつく。結果の定まらない不確定要素のシュレティンガーの猫もびっくり。まさしく、観測者は見たいように結果を見る」

 彼女は、食べ終えたプリンのカップをゴミ袋に投げ入れた。きれいな放物線を描いて、それは袋に落ちた。



「さ、だいぶ人が集まったところで、我こそはと思う者は一発芸を……」

 この頃になってくると、だいぶお酒も入っていたこともあって、一部の集団で一芸大会が開かれる。酔った勢いの力任せの運任せのその場で作ったような芸から、しっかりと準備した手品のような芸まで、様々な催し物が行われる。


「よい子はまねしないでね~」

 彼女は、誰かが差し入れで持ってきた度数が90%近くあるウォッカを紙コップについだ。そして、ブルーシートの上に転がっていた点火棒(チャッカマン)を手に取り、人のいない、そして周りに燃えるものが無いじゃりの道まで移動した。


「今から、火をふくよ~」

 彼女は、そう宣言した。


 彼女はウォッカを口に含んで霧状に噴出し、タイミングよく点火した。

 瞬く間に橙色に燃え上がる炎。

 まるで口から火炎放射のごとく火を吹いているように見えた。

 一瞬しか燃え上がらないのだが、すっかり暗くなった夜の闇の中にはう炎は迫力があり、辺りを明るく染め上げるように発火するので、他の花見をしている学生たちも何事が起きたのかと事情が飲み込めなくて驚いたように固まっていた。


「くくく、ふぁいや~! ただいま、二酸化炭素(しーおーつー)量産中(りょーさんちゅ)! ちきゅうにやさしくないよ~。よい子はまねしないでね~」

 再び彼女は火をふいた。すっかりご機嫌な彼女である。


「すげぇ、僕も、僕も! 教えて!」

 宙に拡散していく炎をみて彼は気分が高揚した。自分もやってみたかったのである。

 実は、火をはくというこの技に、憧れを抱いていたのだ。テレビの中だけでしか見ることができないと思っていたが、まさか身近でそれができる人がいたとは! 

 彼は彼女に、教えを乞うた。


「よい子はまねしちゃいけないんだよ?」

 そう口癖のように言いながらも、彼女は彼に「火ふき」の方法を伝授した。



 数分後、彼は無事に火吹きの技術を習得した。

「我が弟子には、もう教えることは何もない」

 彼女はやりとげた達成感にひたりながら、にこやかに顔をほころばし、彼の肩をたたいた。そのあとの彼女の発した一言が、彼の運命を定めた。


「だから君には『火炎放射器2号』称号を与えよう!!」


 そう、これが『火炎放射器2号』誕生の瞬間であった。

 それ以来彼は、新年会や忘年会、打ち上げといった飲み会の席で、事あるごとに『火炎放射器2号』からかいの意味をこめた二つ名が付きまとうことになる。


 一方、『火炎放射器1号』であるはずの彼女にその通り名は定着することはなかった。――そう、彼女にはすでに別の通称がいくつもあるのだ。

 だから『花見の席で火をふいて、大学の校門に駐在している守衛さんに見つかり怒られた』という新たな伝説は増えても、新しく現れた『火炎放射器』という称号は定着しえなかったのである。


 彼女の行動は、観測するまで誰も予測できない。彼女は結果の定まらない不確定要素のシュレティンガーの猫。

 現れた結果はいかがなものか? まさしく、観測者たちは見たいように結果(かのじょ)を見るのだ。

ちなみに、自分も『火吹き』をすることができます。

 チャッカマンではなくて、たいまつを使用したやつですが。


 あれは、いつの夏の夜だっただろうか。

 海岸で舞台を組んで芝居をした時にした裏方の仕事でした。

 波打ち際辺りで燃えあがる火の玉役をしたのですよ。

(やってみたいと、興味本位でやってみたら、できた)


 あれは、なかなか快感で……(笑)

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