『空気を塗り替える魔術師』 ——作者の代理人が語る 政治の魔術師たち その①シバ・シーゲル
やあ、皆さん。
初めまして。僕は誰でしょう。
……僕です。
当時、僕は三十路になったばかり。
飲食関係の仕事をしていた。
スーツに着られて、スーツが本体、中身は僕。
そんな哀しき存在が、ある日、連行された。
犯人は、超大手食品企業の会長。
仕事でお世話になってる、雲の上の人。
その人が言うには、
「ちょっと付き合え」
で、着いた先が——
政治資金パーティー。
場所は、誰もが一度は泊まりたいと思う、
あの有名ホテル。
朱雀の間……いや、鳳凰の間だったか。
豪華で、華やかで、上品で、
“あ、これは俺の居場所じゃないな”って、
入った瞬間に悟った。
開始前、まだ人はまばら。
けれど、空気はすでに張っていた。
封筒を持った人々が、
無言で列をなして、
笑顔の奥に数字を隠していた。
始まっても、誰も食べない。
飲み物だけ。
ルールなのか、空気なのか。
でも僕は、場違いを自覚していたから、
遠慮なく、食った。
ふとまき、唐揚げ、ローストビーフ。
口に運びながら、頭の中で計算してた。
「チケット2万 × 2000人……4千万か」
「この会場のレンタル料が……」
あさましい人間性、ここに極まれり。
そんなとき、
BGMが変わった。
まるで授業開始のチャイムみたいな音楽。
「いよいよ本番か」と思ったそのとき、
あの男が、入ってきた。
——シーゲル。
ぴりっとしたスーツ。
でも、緊迫感はない。
緊張してるのに、緩やか。
“あれ、思ったより緩い人?”
最初はそう思った。
でも違った。
挨拶が進み、
お初の人たちが集まり、
空気がざわつき始めたそのとき、
シーゲルが、ふららら〜っと動いた。
シャーシャー言ってた子猫たちの群れに、
するっと入って、
一呼吸。
——シャーシャーが、消えた。
なにが起こった?
緊張も、警戒も、しがらみも、
ぜんぶ、ぜんぶ、
シーゲル色に塗り替えられていた。
僕は、口に運んでいたふとまきを
落としたことにすら気づかなかった。
気づいたときには、
ホテルのスタッフが片付けてくれていた。
感動?感激?いや、あれは——100メガショック。
そこからはもう、
僕はあの男に夢中だった。
でも、あの空気の美しさを
僕のような異物が汚してはいけない。
そう言い訳して、
会場の隅っこで、一人愛を叫んでいた。(うめぇー)
やがて、パーティーが終わる気配。
僕を連行した会長が、ようやく現れた。
「おつかれさん」
盃を交わしながら、
会場を見渡すと、
あのシャーシャー子猫たちが、
信者になっていた。
なんだこれ。
控室で、会長とソファに沈む。
「すごかったなぁ」
と、思い出にふけっていたら——
いつの間にか、隣にバケモノがいた。
「やあ、はじめましてかな。僕のこと知ってる?」
「一応、政治家なんてものやらせてもらってるんだけどね」
——なんという圧迫面接(心の絶叫)
「で、出来たら、君のこと教えてほしいんだけどね。
せっかくこの場で、縁があったんだし。ね?」
——圧迫面接 Part2(心の絶叫)
僕は、なんとか言葉を搾り出した。
「今こういう仕事させてもろとります●●です……」
「会長に同伴の機会を与えていただいて……」
「その割には、よく食べてたよね」
「こっちは見ていたようだけど」
——圧迫面接 Part3(心の絶叫)
「君みたいに興味津々なのに、
食べることに逃げてる人って初めてでね。
挨拶に伺ったんだよね」
——あっぱくめんせつうううう(魂の絶叫)
助けを求めて周囲を見れば、
秘書さんが「またか」の顔。
いつもやってんのかよ、パワハラァァァ!
でも、人間って不思議なもんで、
追い詰められると、
ふっと割り切れる瞬間がある。
敬語を忘れて、言ってしまった。
「いやいや、マジで……すごかったんですよ。
なんすか、あの空気作り」
シーゲルは、ふっと笑って言った。
「空気か。いい表現するね。
ま、言わんとすることは分かる。
それで、それを見て感動して——どう思ったの?」
——あっぱくめんせつううううう(魂の絶叫)
もう一度、割り切れた。
だから、言った。
「……洗脳、しとります?」
我ながら、アホの極みの質問である。
でも、まだ三十の頃だ。若気の至りだ。
シーゲルは、笑って言った。
「それ、使えたら使いたいよねぇ。
いや、僕らの商売、あったら便利だと思うよ。
思うだけで、あっても、誇りにかけて使わないけどさ」
ああ、すげえ。
こんなアホなことにも、
ちゃんと向き合ってくれる人。
それが、超有名人。
さっき感じた“空気の塗り替え”
ああ、これか。
これが、魔術の正体か。
気がついたら、ホテルのBARだった。
なんで?って思ったけど、
もう驚かない。
政治談議が始まったけど、
僕は“超必殺技・政治談議スルー返し”を発動。
すると、察しの早いシーゲルは、
すぐに話題を変えてくれた。
地元の話、絆の話、
貸し借りの話。
相殺できない価値の話。
「昔からの格言ってあるじゃない」
「それが真実だって、
世の中に“わからされる”ときがあるんだよ」
そう語るシーゲルの顔は、
趣の深い、夜の顔。
そして——
「接待って、あるじゃない」
「まぁ、大人の付き合いさ」
「そこでね、昔ね……ああ、これは僕が語ってるけど、僕じゃないよ。イイネ?」
今度の顔は、わんぱく小僧。
語られる“共通の敵”の話。
“貸し借り”の話。
“ルール”の話。
そして、バケモノの話。
——あの夜、僕は知った。
空気は、読むものじゃない。
つくるものだ。
そして——
という事が、あったんだけどね。
あの頃の僕は、まだ若かった。(重要)
政治家も大変なんだなー、くらいにしか思ってなかった。
でも、歳を重ねて、
社会構造に揉まれて、
いろんな現場で、いろんな人と出会って、
いろんな“空気”を吸ってきた今なら、
あの夜の意味が、なんとなく見える。
あの人は、
するっと人の中に入ってきて、
その人の色を、自分の色に塗り替える。
でも、塗りつぶすんじゃない。
重ねて、深くする。
その人のまま、
でも、確かに“あの人の色”になる。
ありゃ、バケモノだわ。
俺?
俺は、あんま変わってないと思ってる。
でも、
そう思わされてるだけかもしれん。
それすら、塗り替えられてるのかもしれん。
ただ、ひとつだけ確かなのは——
あの人は、ホンモノだった。
あのときは、
まだ他の“ホンモノ”を見たことがなかった。
だから、何もわからなかった。
でも今なら、わかる。
あれは、魔術だった。
ひとの色を、
自分の色に、
するっと、塗り替える魔術。
——そんな、
バケモノのお話。
【あとがきにかえて】
今なら言える。
あのときの僕に、伝えたい。
なんで言わなかったんだ。
なんで、あの空気の中で、
あの魔術の渦の中で、
「僕もハニトラ接待、受けたいです」って言わなかったんだ。
いや、トラはいらねぇ。
ハニだけでいい。ハニだけで。
——って、
今さら思ってる時点で、
まだまだ塗り替えられてるのかもしれん。
でも、あの夜のことを思い出すたびに、
ふと笑ってしまう自分がいる。
それだけで、
あの魔術は、
今も効いてる。




