嫌いなピーマンを微塵切りにしてハンバーグに混ぜていたのは私です
ヤサイ王国。
豊かな農作物に恵まれたこの国には王族にのみ伝わる特殊能力がある。
『ウルトラヤサイ人』
王族が野菜を摂取することで全身から黄金のオーラを放つ。
そして金髪が重力に逆らって逆立つ。
この姿になった王族の戦闘能力は一騎当千。国民たちはその姿に羨望の眼差しを向け、国の平和は守られてきた。
「今日もシュディラ殿下の髪が天を衝くほど逆立っておられる!」
「なんと勇ましい。あれぞ王族の鑑。我らの希望だ!」
城の回廊を闊歩する夫――シュディラ王子の姿にすれ違う侍女や兵士たちが頬を染める。
そんな最強の王子の隣で、私――王子妃パプリカは微笑んでいた。
その力の源は夕食のハンバーグに私が混ぜ込んだ大量のピーマンだとは誰も知らない。
我が国の誇る最強の王子シュディラ様の野菜嫌いを私が補う日々。
そんな平穏も、ある出来事で大きく壊れることになる。
◇
ことの発端は夕食の席でのことだ。
いつものように私は厨房で腕を振るい、特製ハンバーグを食卓に並べた。
見た目は肉汁溢れるジューシーなハンバーグ。
けれどその実態は細かく刻んだ野菜を大量に練り込んだ栄養爆弾である。
そんなハンバーグを前にシュディラ様はふんと鼻で笑ったのだ。
「…パプリカ。いつまでこんなものを僕に出すつもりだ?」
「はい?」
予想外の言葉に私は首を傾げる。
「君の作るハンバーグはまるで子供騙しだ。ソースの味で誤魔化し食感も柔らかすぎる」
彼は切り分けたハンバーグをフォークの先でつつきながら呆れたように言う。
「君は過保護すぎるんだよ。僕は王族だぞ? 生まれつき『選ばれしウルトラヤサイ人』の素質を持っているんだ。食事ごときで力が変わるはずがないだろう?」
…ほう?
「それに王子妃である君がいつまでも料理を作っているのも外聞が悪い。料理人の仕事を奪うのは良くないな」
「……」
「今後はもっと王族らしい洗練された食事がしたいものだ」
私のこめかみでピキリと何かが切れる音がした。
――なるほど、私の涙ぐましい努力と工夫を子供騙しと仰るのですね。
「……分かりました」
私は笑顔を浮かべた。
「では本日よりお食事は全て宮廷料理人にお任せしますね」
「そうしてくれ。やっと王族らしい食事ができる」
勝ち誇ったように鼻を鳴らす王子。
せいぜい楽しみにしていてください。
本当の『王族らしい食事』というものがあなたの喉を通るものなら。
そして翌日から王子の食事は一変した。
宮廷料理人たちによる最高級のコース料理が運ばれてくる。
「本日は彩り野菜のテリーヌでございます」
「こちらは朝採れズッキーニとナスのラタトゥイユ風煮込み」
「ヘルシーなサラダの前菜を」
テーブルの上はまるで花畑のように色鮮やかだ。
野菜本来の甘みを最大限に引き出した「王族の晩餐」。
シュディラ様は出された料理を見て一瞬固まったが、すぐにナイフを手に取った。
「こういう見た目も美しい料理を待っていたんだ」
震える手で大きなブロッコリーを口に入れた瞬間、彼の顔色がさっと青ざめた。
「……うぐっ」
喉が拒絶しているのが見て取れた。
それでも彼は私がいる手前、無理やりそれを水で流し込んだ。
「…美味しいな」
「まだまだたくさんありますから残さず召し上がってくださいね!」
「うむ…」
その日の夜、シュディラ様は青い顔をしてトイレに駆け込んだ。
二日目。
「なんで宮廷料理はこんなに野菜ばっかり出るんだ!」
食堂からは王子の叫び声。
そりゃあ、ここはヤサイ王国ですからね…。
野菜を食べなきゃ力が出ない王族のためにメニューが野菜中心になるのは当たり前だ。
三日目。
ついにその時が訪れた。
「……あれ?」
朝、寝室から出てきたシュディラ様を見て私は思わず口元を押さえた。
いつもの金色の逆毛がヘナヘナとしおれた黒髪となっていた。
全身から溢れ出ていた黄金のオーラは完全に消滅し、背中は丸まる。
なんだか全体的に小さくなっていた。
「おはようございますシュディラ様。…随分と落ち着いた雰囲気になられましたね?」
「なんだか体が重くて力が入らないんだ…」
明白な野菜不足である。
彼がその姿で回廊を歩くと城内がざわめいた。
「あれはシュディラ殿下か?」
「あの貧弱そうな男が?」
「金髪はどうされたんだ?」
ひそひそと交わされる噂話。
シュディラ様は肩を落とし逃げるように練兵場へと向かった。
しかし、剣術の稽古でも新兵相手に無様に剣を弾き飛ばされて尻餅をつく始末。
「すみません殿下!」
「いいんだ。僕が弱いだけだ…」
最強の王子の威厳は地に落ちてしまった。
四日目。
追い詰められた王子は宮廷料理人たちに無茶な命令を下していた。
「野菜は形が見えないように食材に混ぜて使え!」
料理人たちは慌てて野菜をペースト状にしたりと工夫を凝らした。
しかし――
「人参の土臭さが消えていない!」
一口食べてはトイレに直行。
プロの料理人が作った「大人の味付け」では野菜の存在をごまかしきれなかったのだ。
一週間が過ぎた頃、シュディラ様は見るも無惨な姿になった。
猫背はいっそう酷くなり、雨に打たれた捨て犬のようだ。
城内の噂はさらに加速し、「廃嫡」の二文字すら囁かれ始めていた。
そしてその夜。
私の部屋に入ってきたシュディラ様は崩れ落ちるように膝をついて土下座した。
「パプリカ。僕が間違っていた」
「何のことでしょう?」
「君の言う通りだった。僕は君の料理じゃないと駄目なんだ!」
彼は床に額を擦り付けんばかりに頭を下げた。
「君のハンバーグじゃないと僕の体は受け付けないんだ。あれこそが魔法だったんだ!」
「魔法、ですか」
私はため息をつき、腕を組んで彼を見下ろした。
「いいえ、魔法などではありませんわ」
「え?」
「ハンバーグをいつも作っていたのは、あなたがいつまでも子供舌だからです!」
私が言い放つと、シュディラ様は「うぐっ」と言葉を詰まらせた。
「返す言葉もございません…」
シュディラ様はしおしおと小さくなった。
――これだけ反省しているなら十分だろう。
これ以上苛めて本当に廃嫡されてしまっては私も困る。
「仕方ありませんね。今夜は特製ハンバーグです」
そう言うと、彼はパァッと顔を輝かせて私の後をついてきた。
◇ ◇
私が厨房でエプロンをつけると、シュディラ様もなぜか袖をまくって横に立つ。
「どうしたのですか?」
「君がどうやってハンバーグを作っているのか今後のために知っておこうと思って」
殊勝な心がけだ。
「ではレシピを公開いたしますね」
「ああ、頼む」
私は冷蔵庫から食材を取り出し、調理台に並べた。
巨大なボウルに挽肉を入れる。
「まずお肉は200グラムです」
「ふむ。二人分にしては少し少ない気もするが…」
「そしてここに野菜を投入します」
私は微塵切りの野菜たちをドサドサとボウルに放り込んだ。
「野菜は500グラムです」
「は?」
シュディラ様が目を丸くした。
「肉が200で野菜が500?」
「はい。特にピーマンは300グラム入ってます」
「ピーマンッ? 僕が一番嫌いなやつじゃないか!」
彼は悲鳴を上げて後ずさった。
「一番栄養があるんですよ。ウルトラヤサイ人になるには必須です」
「しかしそんなに入れたら……」
「さらにつなぎのパン粉にも野菜ジュースを染み込ませ、仕上げに特製の野菜ペースト入りデミグラスソースで煮込むんです」
「……」
王子はボウルに入った緑色の物体を見つめ、震える声で言った。
「それはハンバーグではないのでは……? 『野菜のつなぎに肉を使った何か』では?」
「はい、その通りです」
私はにっこりと微笑んだ。
「しかし、これだけ食べないとウルトラヤサイ人状態を維持できないのです。そして、子供舌の王子には普通の野菜料理ではこの量を摂取することは不可能です」
事実、彼は宮廷料理で失敗したのだから。
「君は毎日こんな手間のかかることを……」
「微塵切りにするだけで一時間はかかりますね」
「……参りました。完敗です」
シュディラ様はがっくりと項垂れ、そして私に向き直ると深く頭を下げた。
「僕も手伝うよ。少しでも君の負担を減らしたい」
「王子、包丁は私が持ちます。危ないので」
「いや僕も少しは……」
真剣な顔で包丁を持つその姿は以前の傲慢な王子とは別人のようだった。
一時間後。
食卓にはいつものハンバーグが並ぶ。
シュディラ様は一口食べると涙ぐんだ瞳で私を見た。
「…美味い。やっぱりこれだ」
「ふふ、お口に合いましたか?」
彼がハンバーグを完食した瞬間、その体がカッと輝いた。
黒かった髪が根元から黄金色に染まり、全身から黄金のオーラが溢れ出る。
最強のウルトラヤサイ人、復活である。
「ありがとうパプリカ!」
黄金に輝く王子様は嬉しそうに私に笑いかけた。
――髪が逆立っていても中身はピーマン嫌いの子供舌のままなのだけど。
◇ ◇ ◇
それからは王子も私の料理を「いつもありがとう」と感謝して食べるようになった。
たまに厨房に来ては玉ねぎの皮むきを手伝ってくれるのが日課になりつつある。
そんなある日、王子がこんなことを言ってきた。
「なぁパプリカ。僕らの子供も僕に似て野菜嫌いだったらどうする?」
不意な言葉に私は固まる。
まだ見ぬ子供の話。
「そうですね…。その時は親子並んでハンバーグですね。頑張って二人分を微塵切りにします」
「そうか。僕も一緒に食べていいのか」
「ハンバーグを卒業する気はないんですか?」
「君が作ってくれて、たまに『あーん』をしてくれるなら、一生子供舌でも構わないと思えてきた」
そんなことを真顔で言ってくる。
もう……本当に呆れた王子様ですね。
私はフォークに刺したハンバーグを彼の口にぐいっとねじ込んだ。




