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12月26日

見上げれば街路樹の枝が空を掴もうとしていた。俯いて、僕は倉庫街のバス停の横で肩をすぼめていた。


スマホを取り出す気にもならない寒さ。フーディ一枚でこらえるのは、なかなか難しかった。

確か、朝はもうちょっと暖かった気がしたんだけどな?

そう、ごちてはみたものの体は素直だ。上半身は無意識に小刻みに震え、足は自然と足踏みを始めてしまう。


地面を踏みしめる音が聞こえる。それくらい周囲は静かだった。年末の最後の週末ということで車の通りも少ない。なんだか僕の世界が急拡大してドーム状に広がったような錯覚を覚えた。


「急に寒くなりましたね」

ひび割れた地面に向かって言葉を落とすと、短く返答があった。

「ね」

今日、仕事場で一緒になった人だった。


彼は唇の端に笑みを浮かべながら、雪を踏み固めるような仕草で両足を交互に動かしていた。


僕らは同じスポットワーカーだった。つまり日雇い労働者だ。


スポットの仕事は一期一会だ。現場で一緒になった人と、他の現場で一緒になることは稀だ。たぶん、この彼とも今後、滅多に会うことはない。


彼に向って笑顔を浮かべてみる。彼はきょとんとした顔をした。


きっと僕も彼もスポットの業をそれほど寂しく思っていない。スポットという仕事にすっかり慣れてしまったからだろう。袖すり合うも他生の縁という。だとしたらスポットワーカーの袖はきっと誰よりも擦り切れている。


正直、スポットワーカーの扱いはあまりよくない。

たとえば、今日のようにスポットワーカーが現場の無料送迎バスを使わせてもらえなかったりするのはザラだ。おかげで僕と彼は寒空の下、正門から遠く離れたバス停付近で足踏みしながら待つ羽目になってしまった。


「送迎バスいいっすねえ」

僕が正門を睨めつけながら恨めしそうに言うと、彼は一瞬視線を上げた。


「乗らないんですか?」彼は少し目を丸くした。

「スポットは乗っちゃいけないって派遣会社から連絡来てませんでしたっけ?」

「別にいいんとちゃいます?」

彼はあっけらかんと答えた。


「え?でもお兄さんも市内バスで帰るんですよね?」

「あー、俺は初めてだからお兄さんについてきただけで…」

彼は申し訳無さそうに言った。

「えー!マジっすか!じゃあ、僕に気を使わず、そっち乗ってください!」


慌てて言うと、彼は頭を掻く素振りを見せた後、小走りに正門へと帰っていった。


彼が去ると、急に寒さがフーディーに忍び込んできた。僕はポケットに手を突っ込んで身を震わせた。

去り際に彼が見せた笑顔。できたら僕と同じ気持ちがこもっていてほしいと思った。




車の通りが少ないので、バスは定刻通りにやってきた。車内は空いていて、僕は二人掛けの席に一人で座ることができた。腰掛けるとたちまち暖房の暖かさで体が弛緩した。


先ほど無料バスが使えないと愚痴ったが、有料の市内バスが悪いかといえば、必ずしもそうではない。僕が有料の市内バスを選んだのには、実はもう一つ理由があった。なんと市内バスの終着は地下鉄の駅なのだ。


無料送迎バスを使うとJRと地下鉄を乗り継ぐことになる。バス→JR→地下鉄と都合二回乗り換えが必要になる。それに対して市内バスならばバスから地下鉄の乗り換えだけですむ。お金は多少かかるが、モノグサな僕には都合が良かったのだ。


バスの旅は十五分ほどだ。

席について窓の外を眺めていると、巻物の紐をほどいたみたいに夜景が流れていく。なんだかこのまま年末が終わって無頓着に来年に雪崩れ込むような気がした。今日の彼のこともすぐに忘れてしまいそうだった。一日一日を大事にしよう。今日の彼のこともちゃんと覚えておこう。良かったことも悪かったことも全部抱えて年を越そう。



しばらくするとバスは終着の駅前に着いた。人の多さも車の通りも現場近くとは比べ物にならないほど多い。年越し最後の金曜日だ。でも、その喧騒も僕にとっては人ごとのように思えた。


実は、僕はこの駅に来たことがほとんどなかった。地下鉄だけでなく私鉄・JRの駅もあるということは知っているのだけど、どこに何があるのかは把握していなかった。


そこでしばらく適当にそのあたりをうろついてみた。でも私鉄やJRの改札を示す看板は見つかるのだが、どうにも地下鉄の駅が分からない。


そうしているうちに段々、不安になってきた。もしかしてこの駅に地下鉄は通ってないのか?何度も行ったり来たりを繰り返すものだから、駅員さんが訝し気な視線を送ってきていた。僕はそそくさとその場を去り、駅前の歩道でスマホを取り出した。


グーグルマップを開いて、検索窓に「地下鉄」と打ち込む。するとグーグル先生はあっさりと答えを教えてくれた。


この駅に地下鉄の駅はないようだった。


僕は愕然とした。

そんなまさか!

確か…、と記憶を探ってみると、段々と誤りに気付いてきた。完全に僕の勘違いだった。多分、頭の中で、この駅とその勘違いした駅は同じ分類に入れられていたのだ。


さて、どうしようか。僕はスマホの地図を見ながら悩んだ。


というのは嘘だ。最初から答えは決まっていた。

地下鉄の駅があるところまで歩けばいいのだ。

歩こう。歩くのは好きだ。一歩ずつだ。


空を見上げてみる。

いっそ雪でも降ってくれないかな。そしたら雪の上の足跡を確かめながら歩けるのに。

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