第9話 料理の本
「よし、やるぞ」
独り言のように呟いてリュックを引き寄せる。
ノートPCを開く前に深呼吸する。
バッテリーには限りがある。
昨日の時点で残りは34%。
ここで調子に乗って読み漁ったら確実に後悔する。
料理本を読むのであって、料理を研究するわけではない。
(見るのは一つ)
(覚えるのも一つ)
(できれば、失敗しても笑われにくいやつ)
条件は多い。
ノートPCを起動する。
画面が立ち上がるまでの数秒がやけに長く感じる。
右上の表示を確認する。
34%
「……よし」
料理・生活フォルダを開いた。
中にはいくつかの項目が並んでいる。
保存食。
簡単な煮込み。
主食。
副菜。
(選択肢、意外と多いな)
だが、全部見る余裕はない。
直感で知っている料理を探す。
知らない料理は再現性が低い。
説明を理解する時間もかかる。
できるだけ名前を見た瞬間に完成形が浮かぶもの。
視線が止まった。
肉じゃが
「……あ」
思わず声が漏れる。
前世で何度も見た料理だ。
作ったことはないがよく知っている。
あったかい食事。
味付けも比較的シンプル。
(これなら村人にも受け入れられそうだ)
ファイルを開く。
画面に材料と手順が表示される。
じゃがいも。
玉ねぎ。
にんじん。
肉。
……肉?
(この世界の肉って、どの肉だ)
牛か?
豚か?
そもそも区別はあるのか?
不安がよぎるがとりあえず先を読む。
工程は意外と単純だった。
切る。
炒める。
煮る。
調味料も思ったほど多くない。
醤油。
酒。
みりん。
(あれ……これ、いけるか?)
材料の数も調味料の数も少ない。
特殊な器具もいらない。
必要なのは鍋と火だけだ。
だが、読み進めるうちに嫌な予感も出てくる。
火加減。
中火。
弱火。
煮込み時間。
(中火ってどのくらいだ)
(この世界の火感覚違わないか?)
数値で書いてほしいがそんなものはない。
感覚頼りだ。
完全に経験者向けの説明だ。
バッテリー表示を見る。
33%
「……減ってる」
時間感覚が狂っていたらしい。
思ったより読み込んでいる。
焦りながら、画面を目で追う。
手順を頭に叩き込む。
材料と順番だけを必死に覚える。
(細かいコツは後回しだ)
(失敗したら次に活かす)
再現可能性は感じている。
材料は多少違っても代用できそうだ。
調味も村のものに合わせればいい。
完璧じゃなくていい。
まずは「食えるもの」を作る。
それだけでこの村では十分だ。
もう一度、バッテリーを見る。
32%
これ以上は危ない。
俺は名残惜しさを振り切ってノートPCを閉じた。
頭の中で肉じゃがを思い浮かべる。
切る。
炒める。
煮る。
……だっけ……?
うまくいく気はしないが、できないと決めつける理由もない。
「よし、やるぞ」
もう一度そう呟いた。
はじめての料理の時間だ。




