第8話 現状整理
結局ほとんど眠れないまま朝になった。
外が白み始め鳥の鳴き声が聞こえてくる。
体は横になっていたが頭はずっと起きたままだ。
「……やっちまったな」
小屋の天井を見上げたまま静かに息を吐く。
寝不足。
正直、もっと最悪な気分になると思っていた。
だが不思議と気分は悪くない。
むしろ頭は妙に冴えていた。
眠れていないのに考えははっきりしている。
少しづつこの世界になれてきたのかもしれない。
起き上がり改めて状況を整理する。
まずノートPC。
これは間違いなく最大の切り札だ。
だが同時に最大の制限でもある。
バッテリーは有限。
充電手段は今のところ見当たらない。
つまり――
使える時間は限られている。
考えなしに開けば確実に詰む。
「便利だから」とか「気になるから」で使っていい代物じゃない。
(これは、切り札というより諸刃の剣だな)
次にこの村。
電気はない。
夜は暗い。
生活は日の出と日の入りに強く縛られている。
夜に活動する、という発想自体がほぼない。
暗くなったら休む。
それが当たり前だ。
資源は少ないがゼロではない。
木はある。
水もある。
簡単な道具もある。
そして火の魔法が使える人もいる。
ただし、それは「いつでも」ではない。
頼れるが依存はできない。
文明として見ればかなり不安定だ。
そして自分の立場。
俺はこの村の人間ではない。
だが今のところ敵でもない。
一晩小屋を借りられた。
話を聞いてもらえた。
それだけでこの世界では十分すぎるほどの好待遇だ。
少なくとも「何かを始めた瞬間に排除される」立場ではない。
つまり――
試す余地はある。
失敗しても即終わりではなさそうだ。
問題は何から手を付けるか。
電気は遠い。
本を開いてみてそれははっきりした。
知識としては存在する。
だが今の環境では再現できない。
夜の明かりもまだ先だ。
工夫はできそうだが準備が足りない。
じゃあ今いちばん足りないものは何か。
少し考えて、すぐに答えが出た。
(食事だな)
昨日から食べているものを思い出す。
腹は満たせる。
生きることはできる。
だが、栄養も味も最低限だ。
これを「生活」と呼ぶのは正直きつい。
体力も気力も、じわじわ削られていく。
今は頭が冴えているがこの食事が続けばそうはいかなくなる。
寝不足の今だからこそよく分かる。
生活の土台が弱い。
ならやることは決まっている。
いきなり大きく変えない。
完璧を目指さない。
革命みたいなことは今は無理だ。
コツコツ改善していくしかない。
失敗しても笑う人はいない。
少なくともこの村には。
できることをできる範囲でやる。
使う知識も、いちばん身近でいちばん現実的なものからだ。
俺はリュックに手を伸ばした。
ノートPCを取り出す。
電気・工学ではない。
社会・思想でもない。
視線は、自然とそこに向かった。
料理・生活。
「……まずは、ちゃんと食おう」
そう呟いて指が一瞬止まる。
俺、料理したことあったか?
記憶を探る。
包丁を握った記憶はある。
が、それだけだ。
(いや、待て)
(本を読めば、なんとかなるはずだ)
(たぶん)
深く考えると怖くなる。
だから考えるのはやめた。
俺は半ば勢いでフォルダを開いた。
失敗する未来はもう見えている。
だが、腹が減る未来も確実に来る。
どっちを選ぶかと言われたら――
「……失敗する方だな」
そう結論づけて画面を見つめた。




