第4話 魔法使いのおじさん
目が覚めたとき背中が痛かった。
固い。
とにかく地面が固い。
「……やっぱりな」
視界に入ったのは、木の枝と草それに白み始めた空。
屋根はない。壁もない。
昨夜の記憶が順番に蘇る。
――泊まる場所はなかった。
――交渉する余裕もなかった。
――結果、野宿。
「文明レベルを甘く見てたな……」
寝返りを打とうとしてさらに背中が軋む。
35歳の身体に地面は優しくない。
朝の村は静かだった。
人はいる。
だが誰も俺を気に留めない。
見知らぬ旅人が一晩村の外で寝ていた。
それだけのことだ。
この世界ではそれが普通なのだろう。
腹が鳴った。
空腹はかなり切実な問題だった。
村の外れで畑仕事をしている男が目に入った。
年は五十代前後。
背は低く、少し猫背。
服装は他の村人と何も変わらない。
どう見てもただの村人にしか見えない。
その横に鍋と薪が置かれていた。
俺が眺めていると通りがかった別の村人が声をかける。
「おーい、火、貸してくれー」
男は顔を上げた。
「ああ、はいはい」
詠唱もない。
大げさな動きもない。
軽く手をかざす。
――ボッ。
小さな火が生まれた。
「……あれは……」
一瞬、言葉に詰まる。
何もない空間から火が出ている。
理屈は分からないが現象としては明らかだ。
(……もしや、魔法……?)
内心でそう呟く。
思っていたよりもずっと静かで地味だった。
火は安定しなかった。
強くなったかと思うと急に弱くなる。
薪にうまく移らず煙だけが増える。
「おっとっと」
男は慌てて手を引っ込めた。
「今日は調子悪いなぁ」
それを見た村人は特に驚きもせず
「まあ、そんな日もあるわな」
と、普通に受け入れている。
俺はその様子をじっと見ていた。
(……細かい調整はできないのか?)
火は出せる。
だが同じ結果を続けて出すのは難しそうだ。
便利ではある。
だが頼りきれる感じではない。
(毎回こうだと使う側は大変だな……)
そんな感想が自然と浮かぶ。
気づくと男と目が合っていた。
「ん?あんた、旅人かい?」
「……ええ、まあ」
近くで見ると本当に普通だ。
威厳も特別感もない。
「昨夜は外で寝たのか?」
「ええ……まあ」
「そりゃきつかったろ」
そう言って、少し笑う。
「俺はこの村で唯一魔法を使える。まあ、見ての通りだけどな」
自嘲気味に肩をすくめる。
――魔法使い。
この人が?
俺の中で勝手にツッコミが入る。
(俺の知ってる魔法使いと違う……)
ローブも杖もない。
畑仕事の合間に火を出すだけのおじさん。
それでも村人たちは当たり前のように頼っている。
不安定でもないよりはずっといいのだろう。
「腹、減ってるだろ」
おじさんはそう言って鍋を指した。
「大したもんじゃないがな」
「……いただけるならありがたいです」
断る理由はなかった。
火は相変わらず気まぐれだったが、なんとか鍋は温まっていく。
その様子を見ながら俺は思う。
魔法は確かに不思議な力だ。
でも扱う側の都合には合わせてくれない。
知識もきっと同じだ。
――使う人間が工夫しないといけない。
背中のノートPCの存在をふと思い出す。
あれもまた、うまく使えなければただの重たい箱だ。




