第37話 温めればいいと思った
干し場を埋めた翌日。
村は昨日と同じように動いていた。
失敗を引きずる者はいない。
誰も落ち込まない。
ただ次を考えている。
「なあ」
広場でジンが声をかけてきた。
「冷やすのがだめで」
「干すのもだめならさ」
「毎日火を通せばいいんじゃないか?」
――ああ。
(そこ来るよな)
村人たちも顔を上げる。
「腐る前に温め直せばいい」
「火はあるし」
「毎晩やれば持つんじゃないか」
神が小さく言った。
(これもみんな一回は考える)
俺は少し考えてから頷いた。
「理屈だけなら合ってるな」
「だろ?」
「毎晩温め直す」
「それで持つなら楽だ」
“楽”という言葉に少し引っかかりを覚えたが。
「じゃあ……やってみるか」
ハタケヤマさんは最初は笑っていた。
「温め直すだけだろ?」
「それくらいなら問題ない」
鍋は広場に置かれた。
中身はカレー。
薪は使わない。
もったいないからだ。
代わりにハタケヤマさんの火。
「ほら」
今日は調子いいみたいだ。
安定した炎が灯る。
鍋の底がじんわり温まる。
「匂い戻ったな」
「問題なさそうだ」
初日はうまくいった。
二日目も特に問題はなかった。
「いけるな」
「これなら続くかも」
村人の声が明るくなる。
だが――
三日目の夜。
「……ちょっと待て」
ハタケヤマさんが額を押さえた。
「どうしました?」
「いや、ちょっとな」
「無理なら今日はやめましょう」
「いや、大丈夫だ」
そう言って火を灯す。
だが炎がわずかに揺れた。
「……あれ」
「今日はちょっと難しいな」
その夜は、それで終わった。
四日目。
夜の空気は冷えていた。
ハタケヤマさんはいつもより遅れて来た。
「悪い」
「少し横になってた」
「……無理してませんか」
しばらく黙ってからハタケヤマさんは言った。
「正直に言うぞ」
村が静まる。
「火を出すだけならいい」
「でもな」
「毎晩となると、話が違う」
「夜は眠いし、目も疲れる」
「何より――」
鍋を見る。
「これを毎日やるなら」
「いっそ薪を燃やしたほうが楽だ」
その言葉に皆が気づく。
――まあそうなる。
誰かが言った。
「でも、それだと」
「もったいなくない?」
ジンが腕を組む。
「結局、魔法で節約してるつもりだったけどハタケヤマさんをを消耗させちゃってたのか……」
俺は頷いた。
「そうだな」
その夜は温め直しをやめた。
鍋はそのまま置かれた。
誰も文句は言わない。
ジンが言う。
「火があれば何とかなると思ったけど」
「おう」
「何とかはなるかもしれない」
「でも、続かねえな」
「そうだな」
ハタケヤマさんが肩をすくめる。
「非常時ならいいけど、毎日は無理だ」
「俺の火は、生活を助けるもんであって」
「代わりになるもんじゃない」
神が静かに言う。
(便利と仕組みは別物なんだね)
夜の広場は暗かった。
静かだった。
火がなければ何もできない。
(……また夜だ)
干すのもだめ。
冷やすのもだめ。
火に頼るのも、だめ。
俺は息を吐いた。
「……さてどうしようか」
ジンは少し考えてから笑った。
「お手上げだね」
また一つ、できなかったことが増えた。
でも――
次に進むための確かな足場になっていた。




