第36話 乾かせばいいと思った
川から引き上げた鍋を見送ったあと村は不思議と静かだった。
誰も責めない。
誰も落ち込まない。
ただ――
「次どうする?」
という空気だけが薄く漂っている。
「なあ」
広場でジンが声をかけてきた。
「さっきの続きだけど」
「はい」
「冷やすのがだめなら」
「別の方法でできないのかな」
そう言って、ジンは当たり前のように続けた。
「乾燥させるのはだめなのか?」
――む。
(ありなのか……?)
村人たちが一斉に頷く。
「そうだよな」
「肉は干すし」
「魚も干す」
「干せば長持ちする」
(……そうなるよな)
神が小さく呟いた。
(人類、必ずここ通るんだよね)
俺は頷いた。
「……試してみよう」
俺の小屋の前。
大きな板が運ばれ平らな石が並べられる。
「伸ばすんだろ?」
「薄くすれば乾くぞ」
「干し肉だってそうだ」
鍋の中のカレーをお玉ですくって板の上に落とす。
――とろり。
「……これを」
「こうだ」
誰かが木べらで伸ばす。
ぬるり。
ぺた。
「……」
「……」
沈黙。
「……なんか」
「塗り壁みたいだな」
「色と匂いが強すぎるだろ」
(すでに嫌な予感しかしない)
それでもできるだけ薄く伸ばした。
「おお」
「薄いな」
「これならいけるだろ」
干し場に運ばれる。
日当たりはいい。
風もある。
「完璧じゃないか?」
ジンが満足そうに言った。
(……干し肉っぽくなったな)
神が黙っているのが逆に怖い。
少し時間がたっただけで、表面はもう少し固くなってきた。
「おお?」
「触ってみろ」
指でつつく。
――ぱき。
「割れた!」
「乾いてるぞ!」
村人がざわつく。
「いけるんじゃないか?」
「これは成功だろ」
「やっぱ干しだな!」
俺は割れた断面を見た。
(……)
中は、しっとりしていた。
「……中、まだ湿ってます」
「そりゃそうだろ」
「夜まで置けば乾く」
(……夜、か)
嫌な単語が頭をよぎる。
その夜。
見張りはいなかった。
理由は単純だ。
「見張る意味あるか?」
「干し肉だって放っとくだろ」
それに夜は冷える。
翌朝。
子どもの声で起こされた。
「ねー!」
「これ!」
「なんか白い!」
走って干し場に行く。
――白い。
表面にうっすらと。
「……カビ?」
近づくと分かる。
あの嫌な匂い。
酸っぱくて、甘い。
さらに――
「うわっ!」
虫。
どこからともなく集まっている。
「おい!」
「追い払え!」
布を振り回す。
枝で叩く。
「来るな!」
「寄るな!」
子どもが一枚を指で持ち上げた。
「これは無事っぽい!」
ぱりっ。
割れた。
中から――
じゅわ。
「……」
沈黙。
「……外は乾いてる」
「中は……」
誰かが言葉を継いだ。
「……カレーだな」
神がため息をついた。
(完全に失敗だね)
ジンが腕を組む。
「干し肉と違うな」
「ですね」
「肉はさ」
「中まで水分抜けるだろ」
「うん」
「これは……」
「水が多すぎます」
ジンが腕を組む。
「干し肉と違うんだな」
「そうだな」
「肉はさ」
「切って干すだろ」
「うん」
俺は板の上の失敗作を指さした。
「これは」
「料理のままだ」
「そうだな」
誰かがぽつりと言った。
「……乾いてるように見えるだけか」
「そういうことだな」
神が静かに言う。
(同じ“干す”でも)
(相手が違えば結果も違ったね)
虫がまた集まってくる。
「だめだ」
「もう処分しよう」
板ごと運ばれ土に埋められる。
誰も文句は言わなかった。
「……」
広場に戻る。
ジンが言った。
「何でも干せばいいってわけじゃないんだな」
「そうだな」
俺は今朝の光景を思い返す。
乾いた表面。
湿った中。
夜の間に進む変化。
(……また夜だ)
気づきは積み重なっていく。
夜管理できない
「……」
俺は言った。
「やっぱり」
「夜が問題なんだよな」
ジンが苦笑する。
「夜は寝るもんだ」
「だよな」
神が静かに締めた。
(人が寝てる間に)
(勝手に保たれる仕組みがないと厳しいね)
俺は埋めた土を見た。
失敗作。
でも――
昨日より少しだけ前に進んでいる。
「……次、考えましょう」
干せばいいと思った。
それは間違いだった。
でも、"なぜ違うのか"が見え始めていた。




