第34話 作りすぎた結果
カレーはあっという間に村の定番料理になった。
どうやらこの村の人たちは肉じゃがよりもカレーのほうが好みらしい。
その分、カリノさんたち猟師の仕事は少し増えたが――それはさておき。
問題は好きすぎたことだった。
小屋に戻るとジンが腕を組んで待っていた。
「なあ」
「カレーさ」
「うん」
「……みんな、好きすぎないか?」
「それは、まあ」
「いっぱい食べたいのは分かる」
「分かるけど」
ジンは額を指で叩く。
「食べきれない量まで作ってる」
(ああ……)
嫌な予感がした。
「昨日な」
「三杯目いく前に、鍋見て気づいたんだ」
「これ明日も食う前提だなって」
「……あるあるだな」
「で、各家も同じことやってる」
ジンは肩をすくめた。
「カレーってさ」
「つい多めに作る料理だろ」
否定できなかった。
その予感は昼前に現実になった。
「おい!ちょっと来てくれ!」
呼ばれて向かったのは村の端の家だった。
中に入ると鍋が据えられている。
――匂いが微妙だ。
「……これ、いつのだ?」
「三日前だ!」
胸を張って言う。
(なぜそこで誇る)
話を聞くとこうだった。
・三日前に大量に作った
・一日目はうまかった
・二日目もうまかった
・三日目――
「カレーの匂いはするしな」
「捨てるのはもったいないだろ?」
「色もそこまで変じゃない」
「火を通したら平気だと思った」
――そして、食べた。
結果。
「腹が……」
男が床に転がっていた。
隣の女が腕を組む。
「だから言ったでしょ」
「やめときなさいって」
男は苦しそうに笑う。
「……でも」
「食ってるときはうまかったんだ」
(そこじゃない)
神がため息をついた。
(“もったいない”は、時々判断力を壊す)
別の家でも話は続いていた。
「肉じゃがもまだあるぞ!」
「カレーと混ぜたら長持ちするかと思って!」
――腹痛、追加。
さすがに村がざわつき始める。
「……これ、俺のせいか?」
俺が聞くとジンは即答した。
「半分な」
「半分?」
「カレーを好きにさせたのはお前」
「残り半分は、好きすぎたやつら」
(公平)
神が小さく頷く。
集まってきた村人たちが口々に言う。
「腐るのは知ってる」
「でもな」
「カレーの匂いがするんだ」
「いけそうに思ったんだよ」
「干し肉は何日も持つしな」
「鍋に入ってりゃ同じだと思った」
俺は息を吐いた。
(……知識はある)
(でも経験が追いついてない)
「肉は干す」
「魚も干す」
「塩漬けもする」
この村は保存を知らないわけじゃない。
ただ――
料理になったあとの扱いをまだ知らなかった。
俺は言った。
「腐るかどうかは」
「匂いだけじゃ分からないこともあります」
「特に、香りの強い料理は」
村人が黙る。
「カレーは」
「腐ってもカレーの匂いを保つことがある」
「だから余計に判断が遅れる」
ジンが腕を組んだ。
「つまり」
「うまい料理ほど危ない?」
「場合によっては」
誰かがぼそっと言う。
「……厄介だな」
「でも捨てたくない」
正直な声だった。
俺は頷く。
「だから」
「作りすぎたら」
「そのまま置くんじゃなくて」
「変える必要があります」
「干す、は知ってるだろ」
「漬けるのも」
「煙でいぶすのも」
村人たちが顔を見合わせる。
「料理を」
「別の形にする」
「そうすれば、長く持つ」
腹痛になった男が弱々しく手を上げる。
「……次は」
「腹壊さないやつ、頼む」
思わず笑った。
「はい」
「それを考えます」
神が静かに言う。
(成功するとね)
(“次に必要なこと”がちゃんと見えてくる)
(……忙しいな)
(でも嫌じゃないでしょ)
俺は村を見渡す。
鍋。
余った料理。
困った顔。
――それでも誰も言わない。
「もう作るのやめよう」とは。
(……じゃあ次は)
(残すための料理だ)
作りすぎた結果。
それは失敗じゃない。
料理が先に進もうとしているだけだった。




