表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界フルオフライン  作者: 玄界魚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/36

第33話 カレーの香り

 森から戻った夜、俺は何もしなかった。


 袋を小屋の隅に置き靴も脱ぎっぱなしで横になる。


「今日は終わりだ」


 それだけ言って意識を手放した。


 体が重い。

 足がだるい。

 頭ももう回らない。


 森はやっぱり疲れる。


 ――気づけば朝だった。


 小屋に差し込む光が昨日の袋を照らしている。


(……ちゃんとあるな)


 俺は起き上がり袋を開けた。


 干すために持ち帰った梅。

 強い匂いの白っぽい塊。

 鼻に刺さるほど刺激のある小さな種。

 土の匂いの奥に辛味が立つ根。

 苦味がありそうな葉。

 そして――パクチーの草と小さな丸い実。


 机の上に一つずつ並べる。


(……一つづつ確認していくか)


 森で拾ったものすべてが料理になるわけじゃない。

 どれを使うのか確認する必要がある。


 まず白っぽい塊。


 皮を少し剥き刃で軽く潰す。


 ――瞬間、鼻に突き抜ける強烈な香り。


(……にんにくだな)


 刺激が強く目の奥がじんとする。


 村で使われていない理由も分かる。

 匂いが前に出すぎる。

 扱いを間違えれば料理を壊す。


(でも……これは使う)


 次にパクチーについている小さな丸い実。


 改めて指で潰してみる。


 ふわり、と柔らかく、しかし芯のある香りが立つ。


(……これだ)


 以前のカレー鍋の前で感じていた違和感。

 安定しているのに記憶に残らなかった理由。


(香りの中心)


 葉の方を見る。


(葉は……今回は使わない)


 正直、苦手だし主張が強すぎる。


 神がぼそっと言う。


(同じ草でも役割が違うんだよ)


(……だな)


(昨日言おうか迷ったんだけど)


(ありがとう)


 自然にそう思えた。


 残りの種、根、葉に目を向ける。


(これらは後回しだな)


 土鍋を出す。


 次は主食。


 袋から白くない穀物を出す。


 ラグ麦。


 カリノさんが言っていた。


「この村では主に家畜用だが人が食えないわけじゃない」


「ただ、炊くのが面倒なだけだ」


 洗う。

 水を量る。


 もう迷いはない。


 火加減も昨日までと同じ。


 次はカレー。


 鍋に油。

 弱火。


 まずあの強い匂いの塊。

 ――にんにく。


 少量だけ。


 香りが立ちすぎる前に止める。


 次にターメリック。

 赤い実。


 そして小さな丸い実を潰し粉にして加える。


(これがコリアンダーだったのか)


 ――鍋の中で香りが重なった。


(……つながっている)


 そのとき小屋の外から声がした。


「今日の匂い……」


 ジンだ。


「前までと違うな」


「うん」


 皿を出す。


 ラグ麦。

 カレー。


 色は相変わらず黄色だ。


 一口。


 香りが先に来る。

 次に辛味。

 その奥に余韻。


(……これだ)


 ジンも食べる。


 一口。

 目を見開く。


「……あ」


 二口目。


「鼻に残る」


「でもしつこくない」


 三口目。


「……うまいな」


「昨日までのとは別物だ」


 俺は頷いた。


「やっと形になった」


「なるほど、たしかにうまいや」


 鍋を見る。


(……少し、残っているな)


 俺はもう一人分よそった。


「どこ行くんだ?」


「礼」


 森の入り口近くの小屋へ向かう。


 声をかけると、すぐに出てきた。


「……その匂い」


「昨日の礼です」


 皿を渡す。


 一口。


「……ほう」


 二口。


「森の匂いがする」


「使いました」


「そうか」


 皿はすぐに空になった。


「危ないもんは無理に使うな」


「はい」


「だが……」


 少しだけ、口角が上がる。


「うまいもんを作るやつは嫌いじゃない」


 小屋に戻る。


 ――やけに騒がしい。


 人だかり。


「今日の匂い、なんだ?」


「猟師のとこからも、変な香りがしたぞ」


 鍋を見る。

 ジンを見る。


「……出すか」


「だな」


 皿を並べる。


 ラグ麦。

 カレー。


 最初は静かだった。


 だがすぐに声が上がる。


「香りが違う」


「腹に残る」


「また食いたくなる」


 笑い声。

 空になる皿。


 誰かが言った。


「これ、続けて食えそうだな」


 ジンが笑う。


「やったな」


 俺は鍋を見る。


 危険だから放置されていたもの。

 強すぎて扱われなかったもの。


 それらがようやく役割を持った。


 神が静かに言う。


(料理ってさ)


(役割のなかったものに、居場所を作ることかもね)


(……ああ)


 この日は村に新しい匂いが残った日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ