第3話 村に放り込まれる
――落ちる。
正確には投げ捨てられた感覚に近かった。
神との面談が終わった直後、足元が消え視界が引き延ばされる。
重力の方向が分からなくなり身体が宙に放り出された。
あ、これ絶対ワープ演出だ。
エレベーターじゃないやつだ。
そんなどうでもいいことを考えたのを最後に意識が切り替わった。
次に目を開けたとき俺は草の上に転がっていた。
まず――臭い。
土と草、それに家畜。
生き物としては正しいが現代日本ではほぼ排除されていた種類の匂いが遠慮なく鼻を殴ってくる。
「……なるほど」
声を出して違和感に気づいた。
低い。
落ち着いていて少し枯れた――完全に前世の俺の声だ。
嫌な予感がして慌てて自分の手を見る。
ゴツい。
指は太く関節が目立つ。
シワもある。
腹を押さえる。
ある。
ちゃんとある。
引き締まってもいないし腹筋が割れている気配もない。
「……あー」
理解した瞬間、俺はそのまま仰向けに倒れた。
異世界転生だぞ?
普通ここ、
銀髪とか、
中性的な顔立ちとか、
村娘が二度見する美少年とか、
そういうやつじゃないのか?
なのに現実は――
「前世35歳、姿も声も据え置き」
神よ。
あんた、仕様説明が足りてない。
「……せめて見た目くらい若返らせてくれよ」
呟いた声がまたしても落ち着いた中年男性のそれで、地味にダメージを受ける。
鏡がないのが唯一の救いだ。
もし自分の顔を直視したらたぶん立ち直れなかった。
……正直に言おう。
美少年になりたかった。
ゆっくりと起き上がる。
視界に入ったのは木と土で作られた家々だった。
屋根は藁。
壁は歪み道は舗装されていない。
畑では何人かの人間が黙々と鍬を振るっている。
「……中世だな」
派手なファンタジー感はない。
だが、確かに人が生活している場所だ。
しばらくして通りがかった男と目が合った。
三十代くらい。
布切れを縫い合わせたような服を着ている。
「お前、見ない顔だな」
一瞬思考が止まった。
――通じている。
日本語だ。
発音もイントネーションも、完全に。
「……旅の途中で」
反射的に嘘をつく。
自分でも驚くほど自然に言葉が出た。
たぶん、神が言っていた「最低限の調整」ってやつだろう。
「そうか。災難だったな」
彼はそれだけ言って特に疑う様子もなく去っていった。
拍子抜けするほど普通だ。
言語問題を気にしなくていいのは助かる。
理由の説明が雑なのもこの世界らしい。
深掘りすると面倒だから誰も気にしない。
合理的だ。
村を歩く。
正直、きつい。
道はぬかるみ、排水は甘く、生活排水らしきものがそのまま流れている。
衛生という単語が頭をよぎる。
「……病気とか大丈夫なのか?」
大丈夫じゃないんだろう。
でもそれがこの世界の「普通」だ。
俺の知っている清潔な生活の方が異常なのだ。
鍋で煮炊きする匂いが漂ってくる。
香辛料はほとんど感じない。
素材の匂いが前面に出ている。
腹は減っているが、正直食欲を刺激されるタイプではない。
「文明レベルは……想定通り、か」
異世界チートで即無双という空気は一切ない。
ここは生きるだけで精一杯の世界だ。
背中にずっしりとした重みを感じる。
思い出して手を回した。
「……あるな」
ノートPC。
黒くて、薄くて、見慣れすぎた形。
この世界で明らかに浮いている存在。
「ほんとに持ってきたんだな……」
神の言葉を思い出す。
――知識は入れておいた。
だが、今は起動する気になれなかった。
バッテリー問題。
そもそもここで開くのはリスクが高すぎる。
夕方になり村の空気が変わる。
作業が終わり人々が家に戻っていく。
焚き火の煙が増え辺りは薄暗くなる。
――俺は、完全な部外者だ。
泊まる場所もない。
金もない。
知識は持っているがまだ何の役にも立たない。
冷静に状況を整理する。
・この世界で生きる必要がある
・PCは切り札だが切るには早すぎる
・まずは今日を生き延びること
結論はシンプルだった。
「……とりあえず生き延びよう」
その先のことは余裕ができてから考えればいい。
知らない知識を知らない世界で使う。
今度の人生は前より面白くなりそうだ。




