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異世界フルオフライン  作者: 玄界魚


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第24話 初めてのカレー

 鍋が届いたのは翌日の朝だった。


「ほらよ」


 職人の男は短くそう言って小屋の前にそれを置いた。


 思っていたより重い。

 底は厚く縁は少し高め。

 覗き込むと中はつるりとしていて昨日まで使っていた鍋より一回り大きい。


「いい鍋だ」


 思わず声が出ると、男は少しだけ誇らしそうに鼻を鳴らした。


「火に強い。煮込み向きだ」


「助かります」


 お玉と菜箸も一緒に受け取る。

 どれも飾り気はないが使いやすそうだった。


(これでやれる)


 小屋に鍋を運び込み材料を並べる。


 ターメリック。

 干した赤い実。

 名前の分からない種。


 量は少ない。

 種類も足りない。


(……まあ最初はこんなもんだ)


 自分に言い聞かせる。


 昼過ぎ。


 外で薪を割る音がした。


「火、見るか?」


 ハタケヤマさんだった。


「お願いします」


 即答した。


 昨日までの祭りが嘘みたいに今日は静かだ。

 広場も落ち着いている。

 ジンはいない。

 シオヤマさんも姿が見えない。


 今日は――

 完全に実験日だ。


 鍋を据え火を入れる。


 ハタケヤマさんは黙って薪の位置を調整する。

 炎が安定するまでほとんど無駄な動きがない。


(ほんと、薪を使った火は完璧だな)


 俺は材料を刻みながら頭の中で工程を組み立てる。


(……まず、油?)


 肉じゃがのときの癖で考えるがすぐ止めた。


(いや、カレーだ)


 正解は分からない。

 だがレシピ本の曖昧な記憶を辿る。


(……スパイスを油で炒める、だった気がする)


 気がする、ばかりだ。


 ターメリックをすり潰す。

 黄色い粉が指につく。


(……これでいいのか)


 干した赤い実を砕く。

 辛そうな匂いが立つ。


 名前の分からない種も潰す。

 香りは……ある。

 が、カレーかと言われると分からない。


「……始めます」


 誰に言うでもなく呟き油を鍋に入れる。


 温まる。

 そこに粉を放り込む。


 ――ジュッ。


 音はいい。

 だが次の瞬間、鼻をつく匂いが立った。


(……あ)


 焦げた。


 一瞬で分かった。


「火、強いか?」


 ハタケヤマさんが聞く。


「……ちょっと」


 薪をずらしてもらう。

 だが一度焦げた匂いは消えない。


(……やっちまった)


 それでも止めない。


 具材を入れる。

 水を足す。


 鍋の中は確かに黄色い。

 だが、知っているカレーの色とは違う。


 薄い。

 濁っている。


 煮る。


 待つ。


 味を見る。


「……」


 言葉が出なかった。


(……まずい)


 不味い、というほどでもない。

 だがカレーではない。


 苦い。

 辛い。

 そして妙に薄い。


「……どうだ」


 ハタケヤマさんが聞く。


「……失敗です」


 正直に言った。


「そうか」


 それだけだ。


 誰も責めない。

 慰めもしない。


(……まあそうだよな)


 もう一口だけ味を見る。


(……でも)


 完全にダメかと言われると、違う。


 黄色い。

 温かい。

 腹は満たされる。


(……食えなくはない)


 神が言った。


(失敗だね)


(ああ)


(でも情報は増えた)


 確かに。


 ・火が強すぎると一瞬で焦げる

 ・ターメリックだけでは足りない

 ・香りの核が弱い


 分からなかったことが分かった。


 鍋を見つめる。


(……次は)


 次があるともう思っている。


「もう一回やるか?」


 ハタケヤマさんが聞く。


「……今日はやめときます」


 笑って答えた。


「そうか」


 鍋を片付ける。

 焦げ跡が底に残っている。


(……これも経験だ)


 夕方。


 一人で鍋を洗いながら考える。


 ジンがいれば切るのが楽だった。

 シオヤマさんがいれば味の方向性を掴めたかもしれない。


(……でも)


 今日は一人でやったから分かったこともある。


(カレー、難しい)


 肉じゃがとは全然違う。


 だが――


(面白い)


 失敗したのに不思議と落ち込んでいない。


 神が言った。


(料理はね、失敗しても死なない)


(当たり前だろ)


(だから何度でも挑戦できる)


 俺は鍋を伏せ乾かす。


 外は静かだ。

 祭りの余韻はもうない。


 それでも――


(次は、もう少しマシにしたい)


 黄色い鍋を見ながらそう思った。


 今日のカレーは失敗だった。


 だが――


 確実に、

 一歩目ではあった。


 夜が来る。


 小屋の中で俺は次の手を考え始めていた。

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