第21話 材料が集まる
火の数が足りない。
そう気づいたときにはもう遅かった。
最初の鍋が回り始めた直後から広場の空気が変わった。
ただ食べに来る人だけじゃない。
――何かを持ってくる人が明らかに増えている。
「これも使えるか?」
差し出された籠の中にはじゃがいも。
「玉ねぎ、余ってたから」
別の場所に置かれる布包み。
干し肉だ。
(……減らない)
鍋に入れている量より置かれていく量のほうが多い。
俺は鍋から目を離し積まれ始めた材料を見た。
(増えてる)
確実に。
減るどころか、増えている。
しかも――
「俺、肉じゃが食ったことないんだけどさ」
そう言いながら男が何かを置いていく。
……魚だった。
「いや、それ使わないです」
思わず即答した。
「そうなのか?」
「肉じゃがなんで」
「ああ、肉か」
どこか納得した顔だが、魚はおいていかれた。
似たようなことが何度も起きる。
「これも入れる?」
「それはちょっと……」
「じゃあ持って帰るわ」
誰も怒らない。
誰も気にしない。
ただ人と物だけが増えていく。
俺は反射的に声を出した。
「えっと、材料は一旦――」
言い終わる前に別方向から声が飛ぶ。
「鍋、空いたぞ!」
「火、大丈夫火!?」
「切るの、追いつかない!」
情報が一気に押し寄せる。
(待って待って待って)
「順番に! まず材料を――」
「次どれ入れる!?」
「じゃがいもどこに置けばいい?」
声が被る。
誰も悪くない。
誰も俺を無視しているわけでもない。
ただ人が多すぎる。
火の前ではハタケヤマさんが一人で踏ん張っていた。
「次、火足すぞ!」
「いや、そっちは弱めで!」
「分かってる!」
魔法は使わない。
薪をずらし鍋の位置を変え、火の強さを調整する。
一人でだ。
明らかに限界が近い。
切り場ではジンの手が止まらない。
止まらないが追いつかない。
「……もう無理です」
額に汗を浮かべながら言う。
「切っても切っても増えていきます……!」
籠は増え続けている。
切られる量より運ばれてくる量が多い。
(やばい)
完全に想定外だ。
神が淡々とした声で言った。
(君の把握能力を超えたね)
(今それ言う!?)
(でもね)
(もう止められない段階に入った)
全然ありがたくない。
俺は鍋を覗き込み味を見ようとする。
――その瞬間。
「ねえ、これどこ置く?」
「次、どれから?」
「子ども先でいい?」
声、声、声。
集中できない。
(無理だ、これ)
俺は完全に混乱していた。
そのときだった。
「切るだけなら手伝えるよ」
年配の男が包丁を指して言った。
「私も」
「俺も切るくらいなら」
一人、また一人と集まる。
ジンが助かったというような顔で見る。
「……いいんですか?」
「祭りだろ」
「指示いらないなら勝手にやるぞ」
(……あ)
気づいたときには切り場が増えていた。
包丁の音が重なる。
速さも癖もバラバラだ。
だが確実に量が減っていく。
(……回ってる?)
俺がぼんやりしている間にも鍋は増え続ける。
だが次は鍋側が限界だった。
シオヤマさんが鍋を順に見て回っている。
だが数が多すぎる。
「……ちょっと待って」
「次どれ?」
「味、見た?」
彼女の動きがわずかに遅れる。
(まずい)
俺は意を決して言った。
「俺も味付け――」
鍋に近づく。
――だが。
「ねえ、これどうする?」
「次いつできる?」
「もう一杯ほしいんだけど」
また声。
集中できない。
頭がぐちゃぐちゃになる。
神が低い声で言った。
(君、こういうの向いてないね)
(知ってる)
(冷静に見てごらん)
(今、何が起きてる?)
答えられなかった。
それどころじゃない。
その代わりシオヤマさんが動いた。
「……あんたたち」
声を張る。
広場の端にいた何人かの女性を見ている。
「ちょっと来てよ」
呼ばれた数人が集まる。
どうやらシオヤマさんと仲のいい人たちみたいだ。
「この鍋、味これくらい」
「次はもう少し甘め」
「火が強い鍋は先に」
指示は大雑把だ。
分量も回数もない。
(それで通じるのか?)
俺は本気で心配になった。
だが――
「分かった」
「了解」
「任せて」
誰も迷わない。
(……え?)
神が静かに言う。
(まあこの世界みんなこんなもんだよね)
(細かい言葉はいらないんだ)
鍋が同時に回り始める。
切られた野菜が入り
味が決まり
肉じゃがが出来上がる。
一つ、また一つ。
配られる。
食べられる。
笑いが起きる。
材料は――
減らない。
むしろ積み上がっていく。
(……なんだこれ)
俺は完全に置いていかれていた。
止められない。
勝手に回っていく。
祭りが、料理が、人の流れが、勝手に進んでいる。
神が最後に言った。
(君が作ってたのは料理じゃない)
(場だ)
俺は鍋の前で立ち尽くす。
頭は混乱したまま。
心臓だけが早い。
夜が深まっていく。
だが火は消えない。
笑い声は途切れない。
――祭りは肉じゃがを中心に完全に回り始めていた。
そして俺はその真ん中で
何も分からないまま立っていた。
(……これ、どうなるんだ)
答えは、まだ見えない。




