第2話 神様との会話
意識が戻ったときリョウマは落ちていなかった。
立っていた。
いや正確には「立っている感覚がある」だけで足裏に床の感触はない。
視界は相変わらず白一色で距離感も奥行きも曖昧だった。
目の前にはさっきまで話していた存在がいる。
神――らしきもの。
「お、起きた?」
軽い。
想像していた神の第一声とあまりにも違いすぎてリョウマは一瞬返事を忘れた。
「……ここは?」
「転生直前の待機場所みたいな感じかな」
待機場所。
ゲームのロビーか何かだろうか。
「さっきの話だけどさ」
神は思い出したように指を一本立てる。
「いくつか説明しておかないといけない制限がある」
来た、とリョウマは思った。
(重要事項は後出しされる。契約交渉の基本だ)
「まず、PC」
「はい」
「ネットは使えない」
「分かってます」
「電源も無限じゃない」
「……はい?」
神は空中を指でなぞるように操作しどこからともなく見慣れた画面を表示させた。
バッテリー表示。
35%
「この状態で持って行ってもらう」
「少なくないですか?」
思ったより素直に声が出た。
「いや、まあ充電されてなかったからね」
「いやそういう問題ではなく」
リョウマは頭の中で即座に計算を始める。
起動回数。
使用時間。
待機電力。
(無計画に使ったらすぐに終わる)
「充電は?」
「できない」
「電源は?」
「ない」
「発電は?」
「知らない」
神は即答だった。
(詰んでないか)
「あとね」
神は悪びれもせず続ける。
「知識についてなんだけど」
「はい」
ここが一番重要だ。
「君の頭に直接入れたわけじゃない」
リョウマは一瞬、言葉の意味を測りかねた。
「……え?」
「全部PCの中」
「……え?」
二度目は少し間抜けな声になった。
「いや、だから。君の持ってた PC の中にデータとして入れておいた」
「それって……」
「本、PDF、資料。いろいろ」
神は指を折りながら数える。
「つまり」
リョウマはゆっくりと言葉を選んだ。
「俺自身が賢くなったわけじゃない?」
「うん」
即答だった。
(やっぱり)
「でも安心してほしい」
神はフォローするように胸を張る。
「必要なときに調べられる知識の方が安全だと思って」
(合理的ではある。人間側の事情は一切考慮されていないが)
「あとね」
神はさらに続ける。
嫌な予感しかしない。
「データの中身、全部理解できるとは限らない」
「……はい?」
「専門的すぎるやつとか」
「…………はい?」
「あと君が途中で投げた本とかも入ってる」
(あ)
心当たりがありすぎた。
買っただけで読んでいない技術書。
開いた瞬間に閉じた専門書。
積読フォルダ。
「善意だよ?」
神は本当に善意の顔をしていた。
「選別するのも大変だったし」
「選別してほしかったです」
リョウマは本気でそう思った。
だがもう覆らない。
(条件は確定)
ここで感情的になっても意味はない。
リョウマは深呼吸し、状況を整理する。
・異世界に転生する
・能力チートなし
・知識は PC の中
・バッテリーは 35%
・ネットなし
・充電不可
(……ハードモードでは?)
「質問は?」
神が聞いてくる。
「あります」
即答だった。
「この世界に魔法とかあります?」
「あるよ」
「便利ですか?」
神は少し考えてから答えた。
「使い勝手は……悪い」
(あ、信用できる答えだ)
「万能ではない?」
「全然」
「安心しました」
「え?」
「いや、こっちの話です」
万能魔法がある世界なら自分の知識は不要になる。
だが不完全なら工夫の余地がある。
(勝ち筋はある)
「じゃ、そろそろ行こうか」
神が軽く手を振る。
「健闘を祈るよ」
「最後に一つだけ」
リョウマは食い下がった。
「もし失敗したら?」
神は少し困った顔をしてこう言った。
「そのときは……まあ、次はもう少し上手くやるってことで」
(やり直し前提か)
「大事なPCに入れておいたからな」
神は念を押すように言った。
「壊さないタイプだと思ったんだ」
それが最大級の評価であり最大級の勘違いでもあった。
次の瞬間、世界が反転する。
視界が暗転し重力が戻ってくる。
(まずは、生き延びる)
(次に、調べる)
(最後に、行動する)
条件は厳しいがゼロではない。
そう結論づけたところでリョウマの意識は完全に途切れた。




