第18話 村人の助け
その夜。
小屋の中で俺は一人、鍋を前に腕を組んでいた。
火は消えている。
材料もほとんど残っていない。
(……足りない)
じゃがいも。
玉ねぎ。
干し肉。
どれも祭りを見据えた量には程遠い。
練習で減った分を考えるとむしろ危機的だ。
(どう考えても買えない)
金はない。
交換できるものもない。
(……どうする)
頭を抱えるが答えは出ない。
昨日は火。
今日は味。
そもそも材料がない。
(詰んでないか?)
神は何も言ってこない。
それが逆に重かった。
翌日の昼。
結局答えが出ないまま俺は村をふらふらと歩いていた。
考えても考えても同じところをぐるぐる回る。
材料がない。
でも祭りは近い。
どうにもならない。
(……なにも思いつかないな)
畑の横を通り過ぎると見覚えのある顔が声をかけてきた。
「あれ肉じゃがの人じゃないか」
「今日は作らないの?」
(またそれだ)
「今日は……材料がなくて」
正直に言うと相手は一瞬だけ考えてから言った。
「じゃあ、これ使うか?」
差し出されたのは籠いっぱいのじゃがいもだった。
「え」
「余ってるんだ」
それをきっかけに妙な流れが生まれた。
「肉じゃが作るならこれもいるだろ」
「玉ねぎならあるぞ」
「干し肉少しなら分けられる」
気づけば人が集まっていた。
10人、20人。
皆、同じことを言う。
「肉じゃが、食わせてくれよ」
(……釣れすぎだろ)
材料は一気に増えた。
だがそれと同時に重圧も増す。
(これ失敗できないやつだな)
そのとき一人のおばちゃんが前に出てきた。
「私も手伝おうか?」
年配だが背筋がしゃんとしている。
「シオヤマです」
「ありがとうございます、お願いします」
正直、助かった。
人手が増えるのは助かる。
材料を並べると、不思議と皆の動きが揃い始めた。
火の前にはいつの間にかハタケヤマさんが立っている。
薪の位置を少しずらし、鍋との距離を測るように目を細める。
「このくらいだな」
炎は強すぎず、弱すぎず。
魔法とは違いこちらの火の扱いはやはりうまい。
包丁を持つのはジンだった。
迷いなくじゃがいもを掴み一定のリズムで切っていく。
「数、多いですね!」
「口は動かしていい、手は止めるな」
「はい!」
シオヤマさんは鍋の横で全体を見ている。
具材が入るタイミング、火の様子、人の動き。
(……慣れてる)
俺は一瞬言葉を失った。
「じゃ、じゃあ味付けを――」
言いかけたところでシオヤマさんが軽く手を振った。
「味つけは私がやるよ」
「……大丈夫ですか?」
「何回も食べさせてもらったからね。だいたい分かるよ」
不安はあったが頷くしかなかった。
シオヤマさんは鍋を覗き込み、
干し肉をざっと入れ、
木の樹液を迷いなく回し入れる。
「ちょ、ちょっと多くないですか!?」
「大丈夫」
「いや、さすがに……」
「大丈夫だって」
完全に感覚任せだ。
(絶対失敗する)
そう思った。
だが煮え始めた鍋から立ち上る匂いに違和感を覚えた。
(……あれ?)
味見をする。
「……」
言葉が出なかった。
「どうだい」
「……完璧です」
本当に。
あの「いつもの味」だ。
いやそれ以上に美味しいかもしれない。
「ほらね」
シオヤマさんは笑った。
「人数増えたらその分入れるのも増えるのさ」
「でも……量、感覚で……」
「いつも料理してるからね」
あっさり言われた。
「人数増えたら水も増える。なら味も増やさなきゃ薄くなるだろ」
(……そういうことか)
教科書には書いていない。
でも現場では当たり前のことだった。
気づけば、切られた野菜は次々と鍋に入り、鍋は増えていき、火は途切れず、もらった材料はあっという間に肉じゃがへと姿を変えていく。
皿に盛られ、村人の手に渡りあちこちから声が上がる。
「うまい」
「これだよ、これ」
「肉じゃがが一番うめぇ」
俺はその光景を少し離れたところから見ていた。
(……あれ?)
気づいた瞬間軽い衝撃を受けた。
(俺、何もしてなくない?)
火:ハタケヤマさん
鍋:シオヤマさん
切る:ジン
材料:村人
俺は立って見ていただけだ。
(ショック……)
神が静かに言った。
(いい傾向だね)
(どこがだよ)
(君が「全部やらなくていい」ってことを理解した)
確かに。
一人で抱えていたときより今のほうがずっと上手く回っている。
(……文明って、こうやって作られていくのか)
俺はようやく分かった。
こういうものに必要なのは個人のスキルじゃない。
仕組みづくりがすべてだ。
そして――
人が動けば勝手に回り始める。
俺は深く息を吸って吐いた。
「祭りのときもお願いします」
自然とそう言葉が出ていた。
誰も止まらない。
誰も不思議がらない。
鍋は回り、
肉じゃがは配られ村の空気は温かくなっていく。
祭りは近い。
だが今度は――
一人じゃない。
あとは……五百人分の材料をどうするかだ。




